染み
僕の部屋には染みがある。
それは人の形をしているように見える。
心理学的に、人はみたいものを見ると言う。
そして、形なきものに人の面影を見出すと言う。
幽霊の正体は枯れ尾花、といったように。
でも、この染みがどんどん大きくなっているんだ。
この前、壁を叩く音が聞えた。
僕しかいないのに人の話す声が聞えた。
聞こえるはずのない声。
思いこみ、と信じるほかない。
どんどん染みが大きくなる。
もう人の形にしか見えない。
怖い。
でも見てしまう。
日に日に人型の染みは形を変える。
そして、何時の日か、染みはとある方向を指さしていた。
その瞬間にインターホンが鳴る。
僕は怯えてしまった。
恐る恐る覗き穴を見ると、そこには友人の顔が映っていた。
ほっと一安心した瞬間。
「気をつけて…」
誰もいない部屋に女性の声が響いた。
気をつけて?どういうことだろう?
「おーい、俺だよ!居ないのかー?」
友人が外で叫んでいる。僕が先ほどの「気をつけて」の意味を考えて黙っていると、鍵が勝手に開いた。
「え…?」
「なっ!?」
僕と友人ははち合わせた。彼の手には金属バットが握られていた。
「おい、いるじゃねえかよ!返事くらいしろよな!」
ガンっ、バットが振り下ろされる。
「前っから気にいらなかったんだよなー!俺が狙ってる女はお前の事が好きだしよぉ!!」
ガンガンと振りまわし友人が僕の近くに寄ってくる。
「気にいらねえから、お前ぶっ殺すわ!次はあの女な!!」
僕の頭を金属バットが砕くかと思ったその瞬間。
友人の顔が紫色に変色した。
誰もいないはずなのに、誰も何もしていないはずなのに、友人の首にはくっきりと手形が浮かんでいた。
「やめてくれ!!」
僕が叫ぶと、その手形は消え去った。
友人は気を失って倒れ込んだ。
その後、僕は警察を呼んだ。
色々と聞かれたが素直に答えた。
首については僕じゃないと答えた。警察にも女性の手の大きさだと言われた。
それから、部屋の染みは消えた。
染みは消えたが気配がある。
誰かに見られているような、誰かにつき纏われているような。
でもそこに不快感はない。
僕の命を救ってくれた人にそんな気持ちは抱かない。
「ずっと一緒だよ…」
女性の声がした。
「そうだね…」
気のせいじゃなかったんだ。壁に埋めた彼女は、まだぼくの傍にいる。
これから彼女をずっと感じられるんだ…。
不快感を持つはずないだろう?