第八話:イミテーション
―――任務内容―――
アメリカ本部からの情報によると、旧朝鮮人で構成されている反日テロ組織『壮爪』のメンバーが24区に潜伏している可能性があるとのこと。対象の目的はいまだ分かっていないが、24区にテロの脅威が及ぶ可能性が高いと判断し、アメリカ本部からの戦力支援として送られてくる序列第三位、雅式に本件におけるテロリストと接触した際の拘束、もしくは戦闘行為による殺害の判断を一任する―――
そして、本作戦で彼のサポート要員として任命された工藤結理はその職務を全うしようと意気込んでいたのだが・・・・
「・・・式君。ねぇ式君」
「・・・・・・・」
「あーもうっ!式君っ!ねぇってば!」
「・・・・・・・」
全く無反応だ。
午前11時30分。いまだ自室のベッドで眠っている彼を起こそうと自宅に上り込んできたのだが―――
「爆睡中ね・・・・」
「お兄ちゃんはいつもそんな感じだよ、結理さん」
彼の部屋のドアからひょっこり顔を出してきた妹の綾ちゃんが声を掛けてきた。
「いつもこんな時間まで寝てるの?」
「いつもはお昼すぎ頃まで寝てるよ」
「・・・はぁっ!?」
当然のことのように彼女は言った。
「・・・一体、どんな生活習慣してんのよ・・」
「まぁお仕事から帰ってきたら朝になってるパターンが多いからね。この前もそうだったし」
「ああ、サウジアラビアの・・・」
先日、イスラム系テロ組織『カルトディア』のアジトをCIA(アメリカ中央情報局)が突き止め、アメリカ軍はそのアジト奇襲をアメリカ本部に依託した。本部で決定した作戦内容は彼一人による単独行動で奇襲するというもので、それを見事に完遂した人物が今目の前にいるのだが―――
(ホントこんな調子で大丈夫かしら・・・・)
頭から布団をかぶり、もう昼前というのにまだ寝ている彼を見ていると先が思いやられる。
(・・・まずは生活習慣の改善からね)
―――ガッ
彼のかぶっている掛け布団の端を両手で持つと、大声で叫んだ。
「いい加減に起きなさーい!式君!」
―――バッ
布団を勢いよく丸ごとはぎ取ると寝間着姿の式がようやく目を覚ます。
「ん゛~・・・・あれ?・・・なんで結理さんがここにいるんですか・・?」
目をこすりながら覇気のない声でたずねる式。
「式君がいつまでも寝てるからわ・ざ・わ・ざ起こしに来たのよ」
呆れた声で言う。
「ふぁーあ、あなたはいつから俺のお母さんになったんですか?」
「―――なっ!?」
―――カチンッ
あくびをしながら失礼なことを言ってきた。
「・・・私はまだ“お母さん”って呼ばれるような歳じゃないわよ」
「女の20代なんてあっいう間だとよく聞きますよ。結理さんなんてもう、折り返し地点じゃないですか。別に“お母さん”でもおかしくないですよ」
「・・・ぐぬぬぬ・・!」
少しも悪意のないような口調で述べる式だがそれが余計に結理をカチンとさせる。
(なんか・・・前に似たようなこと言われた気がするわ)
クスクスクス・・・
後ろから綾の笑い声が聞こえてきた。
今日は8月31日。この兄妹がここ24区に来てから6日経つが、なんとなく二人のことがわかってきた。
まず妹の綾ちゃんだが、こちらは初日会ったときと大して変わりないからまだいいとしよう。
問題は兄であり私の上司でもあるこの子だ。
初日会ったときは“しっかり者のお兄ちゃん”という印象で「さすがだわ」と感心していたが、日が立つにつれその本性が現れてきた。
口調は相変わらず敬語口調のままだが、たまに本人は悪気はないようだが先ほどのように毒舌をふるうことがある。
さらにご存じの通り、生活習慣は滅茶苦茶だ。サオスで働いていなかったら、ただの廃人となんら変わりない。
そんなことを考えながらいまだボーとしてる彼に視線を向けると思わず“ある一点”に目が留まってしまった。
「・・・式君」
「はい、なんですか?」
「ソレ、どうにかしてもらえないかしら?」
思わず目をそらして言う。
「・・・・“ソレ”ってなんですか?」
「そ、“それ”よ!“それ”ッ!」
声をあげて彼の体の“ある場所”指さす。
その指さす場所に視線を向ける彼とその妹。すると―――
―――モッコリ
「お、お兄ちゃんっ!」
妹の綾ちゃんは顔を真っ赤にしている。対する兄は―――
「ああ、“コレ”ですか・・・すみません、見苦しいモノを見せてしまって―――でもこればかりは生理現象なんでどうすることもできませんよ」
手で頭をかきながらあっけらかんとしている式君。
(開き直った!?)
そう、彼は非常にマイペースというか自分のことでさえも他人事のようで、まるで身の回りのことに関心を持たないのだ。
(ホントにこんな子が序列第三位なのかしら?)
そう疑わずにはいられなかった。
「―――それで、なんでこんなところに来たんですか?」
「もちろん、任務の一環ですよ」
敬語口調でこたえる結理。
現在、式と結理の二人は日本支部にある第一訓練棟の中にある、一辺30メートルほどの立方体の空間になっている白一色の一室にいる。
この部屋は第七感を使った戦闘訓練や実験を行うのに使われるため、壁、床、天井は強い衝撃にも耐えられるように作られている。
「“任務の一環”って・・・何ですか?」
「今からあなたには私と模擬戦闘を行ってもらいます」
またまた敬語口調でこたえる結理、式としては別にいつもと同じ話し方でかまわないのだがどうやら彼女は任務時はこういうことをきちんとしておいておきたいらしい。
「・・・なぜ俺と結理さんが戦うんですか?」
「今からバディを組むんですからお互いのことをよく知っておいた方がいいと思いまして」
「・・・それで模擬戦闘、ですか・・」
「そういうことです」
ニッコリと笑う結理。
―――スッ
すると彼女は右手の薬指に少し機械染みたシルバーの指輪をはめた。
(イミテーションか・・・・)
第七感を使うには基本的に『イミテーション』と呼ばれる第七感の力を技術的に取り込んだ機具を使用する。このイミテーションを使えば誰でも第七感の力を行使することが可能だが、その強大さと危険性からイミテーション保有国は厳重に管理することを義務付けられ、日本ではサオスなどが組織的に保有している。
「―――では、はじめましょう」
いきなりだった。
―――ズンッ
「―――ッ!?」
次の瞬間、結理が消えたかと思えば、一瞬で式の目の前に現れ、そのまま蹴りを繰り出してきた。
―――ドゴッ
「―――かはっ!」
その一撃は式の脇腹に叩き込まれ十数メートル先まで飛ばされ、少年は床に倒れ込む。
(・・・え?今、もろに当たったわよね?)
仮にも『序列第三位』の少年が簡単に吹っ飛ばされたことに内心驚いている結理。
対する吹っ飛ばされた張本人はと言うと―――
「あ~、痛ってぇ・・・不意打ちとかひどいですよ」
「―――ッ!?」
大して痛くもなさそうに脇腹をさすりながら式は立ち上がった。
「・・・・」
(手応えは確かにあったわ・・・・とっさに何らかの能力を使って蹴りの衝撃を緩和したのかしら?)
現に彼は普通の人間がまともに食らっていたら肋骨骨折と肺の破裂は確実であった先ほどの蹴りがピンポインで直撃したにも関わらず、けろりとしている。
そんなことを頭の片隅で考えていると式が声を掛けてきた。
「今の『加速系』と『硬化系』の組み合わせですか?」
「え?ええ、その通りです」
個体によって許容量は異なるがイミテーションは『コード』と呼ばれる第七感の中でさらに分類されている体系を複数取り込むことができる。『硬化系』と『加速系』とはそのうちの一つであり、イミテーションを使うとそれらの力を組み合わせて使うことができる。
つまり結理は今、自らの移動速度を加速させその勢いを生かしながら足を硬化させ、式に蹴りを叩き込んだわけだ。
「―――なら次は、俺から行きますよ」
その言葉を聞いて思わず身構える結理。
もともと、彼に勝てるなんて思っていない。しかしどうしてもその力をこの目で見てみたくて今日彼をここへ連れてきた。
(あなたの力見せてもらうわよ、式君)
そんなことを考えていた矢先だった。
「―――ッ!?」
気がつくと式が目の前からいなくなっていた。
(―――えっ!?消えた!?)
加速による高速移動のせいで視認できないというわけはなく、先ほどまで十数メートル先にいた彼が本当に消えたのだ。
(―――一体どこへっ!?)
必死になり辺りを見回すが彼の姿はどこにもない。
―――ガシッ
「―――ッ!?」
すると突然、後ろの方から右手首を掴まれた。
ハッと振り向くとそこには式がいた。結理が振り向くと彼は彼女の手首を掴んでいる手を放す。
―――グオッ
いきなり背後に現れたことで頭の中は混乱しているが本能的に戦闘態勢をとり、拳を放った。
―――パシッ
「―――ッ!?」
だが、その拳は片手で簡単に受け止められた。そこで彼女は気づいた。
(―――ッ!?加速と硬化が働いていないっ!?)
「俺の勝ちですね、結理さん」
拳を受け止めている手の反対の手に持っている、機械染みたシルバーの指輪を彼女に見せて少年は言った。