第七話:夕食後にて
「ゆ、夢じゃないよねっ!?ほ、ホントにあの人がウチに来て、私の作った料理を食べたんだよねっ!?」
それだけにとどまらず、名前で呼び合う仲までになってしまった。
「“美紀”・・・・・キャッ――――///」
―――モフッ
思わず枕に顔を押し当て、叫んでしまった。
現在、工藤美紀は自室のベットでゴロゴロしながら先ほど夢のような出来事を思い返し、一人で興奮していた。
最初にリビングで彼を見たときはとうとう現実の区別がつかなくなってしまったと思うくらいの衝撃を受けて、思わず取り乱してしまった。
さらに食事を始めてからもまともに話ができず、彼と目が合うとあまりの緊張と気恥ずかしさに俯くことしかできなかった。
皿洗いを二人でしたとく識するだけで変な汗をかき、彼に話かけられるまでしゃべることができず、話しかけられたときは危うく皿を落としそうになった。
「はぁ・・・・絶対ヘンな女だって思われただろうなぁ・・・何やってんだろ私・・・」
自分の情けない言動に後悔と怒りが込み上げてくる。
しかし、そんな自分にも気を遣ってくれた彼。
そして何より――――
「・・・・かっこよかったなぁ///」
170以上はある身長に程よい細さの体格、少し長めの黒髪に凛とした整った顔立ち、そしてあの瞳―――
「・・・・あのときと違って、今日は黒かったけど、黒でもすごく素敵っ///」
考えただけでウットリしてしまう。
そんな彼が今、隣の5002号室にいるのだ。
“彼女”と―――
「・・・・・・」
あんなにかわいい妹がいたなんて知らなかった。
私を睨んできたあの威嚇するような目つき。
そして彼を見ていたあの目。
あれは兄妹とか家族とかを無視した“オンナの目”だった。
「で、でも・・・いくら好きだからってさすがに兄妹だし・・・」
だが言い切ることができない。
今日彼女が自分に“見せつけてきた”彼との異常なスキンシップ。日頃からあんなことをしてるのかと思うと―――
「・・・・や、やめよ。こんなこと考えるの・・・」
所詮自分のような大して魅力のない一般人が彼と釣り合うわけがない。
だが本音を言うと少しでも彼に近づきたい。
「もっと・・・あなたを知りたいよ、式くん・・」
―――コンコンッ
「―――ッ!?」
「美紀、入るわよ。」
「―――え!?う、うん」
ガチャッ
結理が部屋に入ってきた。
「んふふー♪さては式君のこと考えてたんでしょ?」
ニヤニヤしながら冷やかすように言ってくる。
「―――え!?い、いや別に考えてないよっ!」
慌てふためく美紀。
「どうだかねぇ~それより会った印象はどうだった?アンタの憧れの雅式の」
「そ、それは・・・・か、かっこいいなぁって・・・でもやっぱり向こうは私に気づかなかったみたい・・・無理もないけど」
「まぁ8年前の事だからねぇ、美紀もだいぶ大きくなったから彼も分からなかったのよ」
「・・・私のことなんて、覚えてるわけないよ」
力なく笑う。だがその表情は悲しそうだ。
「・・・でもまた会うことができたじゃない!8年の歳月をかけて育ったそのおっぱいを使うときがとうとう来たわね♪」
―――ズバッ
美紀の胸を指さして言う。
「な、なんでそこでおっぱいなのっ!?」
「男を仕留めるためには色仕掛けも必要よ。特に彼みたいに放っておけば女が群がってきそうな男には―――アンタは普通にカワイイんだし、なんと言ってもその立派な胸があるじゃないっ!私より大きい・・・」
最後は小さく呟き、姉は悔しそうな表情を浮かべた。
「で、でも無理だよっ・・・そんなの恥ずかしくてできないよぉ~」
顔を赤くし、俯く美紀。
「はぁ・・・アンタ、そんな悠長なこと言ってたら綾ちゃんがどんどんアタックしていっちゃうわよ。今日ので分かったでしょ?あの子が式君に抱いてるのは兄妹の枠を超えてる感情だって」
「・・・・わかってるけどぉ」
落ち込んでる様子の綾。それを見かねた結理が言った。
「・・・アンタがそんな様子なら別に私が彼を狙っても、罰は当たらないわよねぇ?」
相手を翻弄するような口調だ。
「―――ッ!?」
それを聞いた美紀がばっと顔を上げ、驚いた表情で姉を見る。
「おねぇちゃん・・・・それ本気?」
「さぁ~?どうだろねぇ~?」
挑発したような目で妹を見る。
「そ、そんなの絶対させないよっ!わ、私だっておねぇちゃんに負けないからっ!」
先ほどまでの様子と打って変わって目に力が籠っている。
「フフフ♪その意気よ。頑張りなさい」
やさしく微笑んで結理は言った。
「―――ぶえっくしっ!」
自宅に戻り、風呂から上がって頭を拭いているとくしゃみがでた。
「・・・ヤベ、マジで風邪引いたかも」
心当たりはある。
(ホントあのとき寒かったからなぁ)
「そういや、この国での保険証もらってないぞ。アリスのやつ・・・自力で治せって言うのか?」
寝間着を着終えてリビングへ通ずる廊下を歩きながらそんなことをブツブツ言ってると、妹の声がリビングから聞こえてきた。
「おにいちゃん、もうお風呂上がった?」
「ああ、もう上がったよ」
返事をしてリビングに入ると綾はソファに座っている。
俺が皿洗いを手伝っていた間に入浴を済ませてきたようだ。
「今日はお疲れ様。いろいろ大変だったね」
「そうだな。綾も疲れただろ?今日はもう寝たほうがいいんじゃないか?」
「えー!やっとお兄ちゃんと二人きりになれたのにー!」
ギュウ―――ッ
ばっと立ち上がり正面から抱き着いてきた。
式の胸に顔をうずくめて何やらウーウー言ってる。
(はぁ・・・元気だなぁ)
「とりあえずソファに座ろう」
そう言い綾とソファに座ったのだが―――
「・・・・お前、どこに座ってんだ?」
「ん?お兄ちゃんの膝の上だよ?」
そう言い正面に向き合って式の胸に手をつき、頬ずりをしながら甘い声を出す。
「んふふふっ♪お兄ぃちゃ~ん♥」
ギュウ・・・
二人の体は密着していて綾の肌の感触が衣服を通して伝わってくる。透き通るきれいな白くやわらかい肌、まだ発育途中だがそれなりに膨らみがある胸、そして髪の毛からほのかに甘いシャンプー香りが漂ってくる。
「ねぇ、お兄ちゃん・・・」
すると綾が顔を上げ、式の顔を見つめてきた。
「ん?なんだ?」
―――スッ・・・
少女は首に手を回し、顔を近づける。
―――チュッ
「―――ッ!?」
(―――なっ!?)
そしていきなり、キスされた。
やわらかい唇の感触が伝わってくる。
「・・・・」
式はただただ呆然と固まっていた。
何秒経ったかわからない頃になってようやく綾が唇を離した。
そして頬を赤くした少女は、少年に満面の笑みを向けて言った。
「お誕生日おめでとう、お兄ちゃん♪」
「・・・・」
リビングの時計を見ると、12時をちょうど過ぎていた。
8月25日、今日は俺の誕生日だ。
いきなりのサプライズで戸惑ったが取り合えず言っておいた。
「・・・・ああ、ありがと」
時を遡ること、十数分―――
あと十数分で兄の誕生日。
兄は現在入浴中、時間までに上がってくるといいのだが―――
そこでソファに腰かけ、今日の出来事を思い返す。
結果を述べると邪魔者が二人増えた。
しかも二人とも人柄が良さそうな結構な美人だ。
姉の方はまだそれほど危険視する必要はないが、妹の方は警戒する必要がある。
あの歳であれほど見事に育っている胸、おそらくDカップはあるだろう。わたしも容姿にはそこそこ自信があるが、胸の大きさは彼女に完敗だ。
(まぁそんなことは大したことじゃないんだけど・・・・)
兄は女の色仕掛けに引っかかるような間抜けではない。
自分では気づいていないようだが兄はただでさえあの容姿だ。女が寄って来ないわけがない。
これまでもさまざまな女が言い寄ってきたが、あの人は興味を示さなかった。
元々あの人は他人に大して興味など抱かない。上辺では人を気遣ったりするが基本的に無関心だ。
兄がまともに関心を持っているのは妹であるわたしと数人の特別な人間だけだろう。
なかでもわたしは兄と一緒に暮らしていて、とても可愛がってもらっているから兄が一番関心を持っているのはわたしだと言っても過言ではないと優越感に浸ることもできる。
けど、たまに兄を見ていて思う。私を含め、あらゆるものを見ているその目は確かにそれらを見ているのだが、その目に映っているのはそれらではない、特定のなにか、あるいは誰かといった感じがしてならない。
まるでわたしのことより、他の女のことを考えているような―――
もしそれが事実であれば、それはわたしにとっては死活問題だ。
わたしにとって兄が全てであるように、兄にとってわたしが全てでなければならない。
だから、あと十数分で来たる兄の誕生日に女としてさらに一歩近づこうと決めた。
“誕生日のサプライズ”と言う名目でさらに兄を感じることができるのだ。
彼と口づけを交わすことによって――――