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7th Sense  作者: freeman
第三章:Nosferatu Gluttonis
63/64

第五十九話:ペナルティー

東京湾を隔て千葉県幕張方向に面した5大エリアの内の1つ、秋北しゅうほくは北はオフィス街、南は歓楽街としての都市機能を果たしている24区を代表する繁華街だ。特にノースモノレールで海浜幕張駅とリンクしている秋北駅周辺は夕方の終業時刻になると帰宅ラッシュで千葉方面に帰ろうとする人で混雑するのが日常的な光景と言っていい。

特に賑わいを見せる秋北3丁目方面に出る南口を降りると駅前は広告看板を載せたビルや老舗デパート、専門店・飲食店などが密集し、帰宅途中の会社員や学生、遊び目的の若者や買い物客で溢れ返り昼夜を問わず人の波が途絶えることはない。

正面にある南北に伸びたメインストリートの1つ、「紅葉通り」から暫く歩いて飲み屋街の少し奥へ入っていくと「浅倉」という一軒の食事処がそこにはあった。

時刻は午後7時前。その二階にある和室の大広間は現在、“ある一行”によって貸切状態となっていた。

座敷にはさまざまな和食料理が並べられた2脚の巨大な食卓が置いてあり、それを囲うように足を崩して座っている日本支部の制服姿の女性たち。

「「「・・・・・」」」

彼女達の視線は正面に立つ1人の人物へ向けられていた。

グレーのカッターにジーンズ姿といった男性物の格好をした長身の美しい少女。だが肩まであったはずのその黒髪はなぜか短くなっていた。

「皆さん、今日は本当にすみませんでした」

依然少女の姿のままである式は開口一番にそう言って彼女達に頭を下げた。




およそ2時間程前、日本支部屋内プール訓練施設―――

先程まで取り乱していた式であったが、自身が女体化した経緯を海場から聞いた頃にはすっかり落ち着きを取り戻していた。

「ねぇ式君、その・・・元の姿に戻れないの?」

「・・・今は無理です。あと2、3時間は第七感ちからが使えませんから」

肝心なところを突いた結理の問いに彼はそう答えた。

聖光ルーチェの原石、アリス・ローランドの血液には狂闇ディメントを発動不能にさせる力があり、その効力が発揮されるのは二段階に分かれている。そして接種した直後で狂闇ディメントを発動できない現状がまさにその第一段階、「第ーフェーズ」だ。その持続時間は彼女の血を接種した量によって左右され、対狂闇ディメント大罪抑制浄化抗体、Innocenceイノセンスへの注入量で換算すると撃たれてから2時間から3時間は発動できないことを式は開発者のサイモン・コックスから前もって聞かされていた。

「・・・・」

だが、彼には1つ気掛かりな点があった。

「・・・カリーナ」

「ん?なに?」

「ナイフ」

「は?」

「だからナイフ」

突然カリーナに声を掛けると手渡すよう催促する。

「・・・アンタ、また変な気起こしたんじゃないでしょーね?」

ちげぇよ、ちょっと確かめてみたいことがあるだけだ」

「・・・ハイハイ、どーぞ」

「サンキュ」

受け取ったナイフの柄を口で咥えると、彼は両手で後ろ髪を纏め始めた。

「やだ、普通に様になってるじゃん」

「思わず見惚れてしまいそうね」

「なんかだか・・・女として負けた気がします」

白いうなじを覗かせながらナイフを咥えて髪を束ねる仕草はどこか妖艶な色気を感じさせ恵美、彩香、歩の3人はそう声を漏した。

「・・・こんなもんか」

そう呟くと彼は纏めた髪を片手で掴みナイフを手に取った。

次の瞬間、彼が取った行動にその場にいた全員が度胆どぎもを抜かれた。

ザシュッ

「「「―――ッ!?」」」

あろうことか、彼は肩まであった後ろ髪を何の躊躇もなくバッサリと切り落し、その手から離れた毛束が無数に散らばって氷の地面に落ちてゆく。

「ちょっ、式君!?」

思わず結理が声を発したが―――

ザシュッ、ザシュッ

続けてこれまた一寸の迷いなく横髪を掴んでナイフの刃を当て両サイドも切り落とした。

「まぁ、こんなもんだろ」

頭を軽く振って手で髪を払いのけながら彼は言った。足元には客の髪を切り終えたばかりの美容室の床のように頭髪の山が出来上がって、少女の髪は少年の姿の時と同じくらいまで短くなってしまった。

「ちょっと式君・・・何してんの?」

「長いと鬱陶しいんで」

詰め寄ってきた結理にそう答えると足元の頭髪を手に取り―――

「・・・ふむ」

何かを悟ったように頷いた。

「どーしたっての?急に髪なんか切っちゃって」

「カリーナ、これを見てみろ」

「・・・アンタの髪じゃん」

「そう、俺の髪なんだよ」

すると今度はドレスのスカート部分を掴むと―――

ビリッ、ビリビリ―――ッ

勢いよく赤い布地を引き裂いてスカート丈が一気に短くなり、血管が見えそうなくらい白く透き通った美脚が露わになった。

「うっひょー♥」

剥き出しになったその瑞々みずみずしく艶めく脹脛ふくやはぎ太腿ふとももを目にした途端、カリーナが今にも飛びついてきそうな熱い視線を向けてくる。

そんな彼女に呆れ顔を浮かべながら握っていた赤い布きれを手放し、地面に落ちていく様を観察する。

そして、それがただ普通に地面に落ちたの見た瞬間―――

「そうか、やっぱそういうことか・・・」

その顔が確信めいたものに変わった。

「なになに!?今度はストリップでも始める気!?」

「するかアホ。完全に人間に浄化されたか検証・・しただけだ」

「はぁ?そりゃ浄化されたに決まってんじゃん。第一フェーズに突入したアンタは今、ただの人間なんだから」

「ああ、その通りだ」

そう言って彼は地面に落ちている頭髪とドレスの布きれを見下ろす。

「このなりと衣装は陰喰いんがによってかたどられたものだ。そして本体の俺から切り離されてもただの髪と布きれのままで復元しない―――つまり俺は今、完全に狂闇ディメントの力を失ってる」

「いや、だからどーだっての?」

「・・・なるほど」

顎に手を添えながら海場は真意を理解したように頷いた。

「ちょっと支部長さん、どゆこと?コイツの言ってること、マジで分かんないんだけど」

「メドウズ第十二位、おかしいと思わないか?」

「え?何が?」


狂闇ディメントを無効化されたにも関わらず、式がこの姿のまま・・・・・・でいることがだよ」


「・・・あ、確かに!何で女体のままなの!?これって思いっきり矛盾してんじゃん!」

「初めは俺もそう思った。けど完全に人間になっているのを確認した今、ある仮説―――いや、結論に行きついた」

「その結論って?」

「お前も知ってる通り、この体は暗黒物質ダークマターの集合体だ―――つまり、形があって形がない・・・・・・・・・

「・・・定義がないってこと?」

「そうだ、普段の姿が本来の俺であると誰が決めた?誰にも分かるはずがない。俺には正体・・がないからな。この姿も俺の可能性の1つ、紛れもなくで“元の姿”という表現は間違っている。だからアリスの血を取り込んでもこのままってわけさ」

「あの吸血鬼も言っていたな、“姿形など意味を持たいない”と」

「・・・ん~、まぁなんとなく分かった気がする。アンタの体ってまるで“影”だね」

「影か・・・そうだな、この肉体は形概念のない影といったところだ」

「てかアンタ、自分に変身能力スキルがあること知らなかったの?」

「ああ、今日初めて知った」

「はぁ・・呆れた。それで、いつまでその姿でいんの?アタシとしては一生そのままでいてほしいんだけど♪」

「ふざけんな、第七感ちからが戻ったら速攻で戻すに決まってんだろ。あと2、3時間はこれで我慢だ」

「はぁーっ!?アンタバカァ?そっちの方が100億倍イケてんのに!」

「何気に傷つくぞ、それ」

「ハッハハ」

「ふふっ」

クスクスクス・・・

そんな2人の会話に海場や結理、綾を始めとした周囲の人間が思わず笑みを零しどこか和やかな雰囲気に包まれたその時だった―――


「は~い、めでたしめでたし―――ってわけにはいかないんだなぁ、それが」


突如、聞き覚えのない声が屋内に響いた。

ボォ―――ッ

「―――ッ!熱っ!」

直後、式の周囲に炎が発生し彼を取り囲むと―――

「はい、捕縛完了っと」

高さ2メートルほどの炎の檻が動きを封じるように少女を捕らえた。

「―――ッ!怪焔フィアンマの錬成操作!?」

声のした方へ視線を向けると、180センチ後半程の細身の体格で日本支部の制服を纏った一人の人物が出入口に佇んでいた。

「いやぁ~、皆さんご無事のようで何より」

不知火しらぬい第一官・・・」

狐を連想させる細い目が印象的でおっとりとした顔つきの30代前半といった容貌であるその男の名を結理は発した。

「うわっ、もう滅茶苦茶になってますやん」

破壊された施設の中を見渡してそう呟くと不知火という男はゆっくりとした足取りで近づいてくる。

「不知火、どういうつもりだ?」

「いやどうって言われましても・・・その子が今回の元凶なんでしょう?」

頭を掻きながら困り気味の表情を浮かべて彼は檻の中に閉じ込められている式に視線を向けた。

ドドドド―――ッ

するとその背後から拳銃を持った20人近くの男たちが入ってくると―――

ジャキッ

一斉に銃口を式に向け、その場の空気が一気に凍りついた。

「大丈夫、大丈夫だから」

言葉を失って顔を真っ青にしている綾を結理は安心させるように抱きしめる。

「全員、即座に仕舞え」

「「「はっ!」」」

海場の一言で男たちは銃をホルダーに戻す。

「不知火、解放してやれ」

「あ、ひょっとしてこれから連行されるおつもりで?」

「身柄を拘束するつもりはない。きつめに説教してやったからそれで十分だ」

「え?せ、説教だけって・・えーっと・・・御冗談ですよね?」

「私が冗談を言ってるように見えるか?」

海場は不知火の目を真っ直ぐ見据えて言う。

「いやいや支部長、さすがにそれはまずいでしょ?こんだけの大事おおごとを起こしておいて、ウチの子等も殺されかけたんですよ?説教だけで御咎めなしってのは、ちょいと甘過ぎやしませんかね?それじゃウチ等の立つ瀬がないでしょ?」

頭を掻きながら不知火は当り障りのない口調で言う。

「海場さん、あの人の言うとおりです。俺はそれで構いませんから」

式は灼熱地獄と化している檻の中から極めて落ち着いた様子で炎の柵の隙間から海場の目を見て言った。

海場自身もその言葉の真意を十分に理解していた。

この惨状を生み出した真の元凶は式でなくグラトニスだが他の人間にとっての真実は違う。

仮に全てを話したところで周囲の納得を得られるかどうか分からない。だがそれ以前に、グラトニスの存在は公表するわけにはいかない。彼女を知る者はこの2人以外にハワード・べイル、アリス・ローランド、そしてサオスを裏で操っている“彼ら”しか知らない超極秘事項となっている。

すると選択肢は自ずと1つに絞られてくる―――式を現行犯で捕らえなければ事態の収拾がつかない。

海場としてもそうしなければ部下たちに示しがつかない、これ以上迷惑を掛けて彼の立場を危うくすることだけは式は何としても避けたかった。

グラトニスに責任を押しつける気など彼には更々ない。彼女が狂気と化したのは当然のことで、仕方のないことなのだ。

それを分かっていて自分は彼女に身を委ねた、委ねてしまった。

全ての責任は自分にあり、この身柄1つで事態を収拾できるのであれば安いものだと式は思った。

ただ1つ、心残りがあるとすれば―――

「・・・お兄ちゃん・・」

不安に染まりきった表情を浮かべて視線を向けてくる妹にこんな情けない姿を見せてしまったことを悔いてならない。

「・・・悪いな、今日は帰りが遅くなると思う。結理さんたちと先に帰ってろ、な?」

そんな彼女に心配を掛けまいと式は無理やり作り笑いを浮かべると、不意に結理と目が合った。

「すみません結理さん、コイツのことお願いします」

「式君・・・」

両目にうっすらと涙を溜めている綾を抱きしめながら、結理は何もしてやれないことに悔しさを覚えてならなかった。

「ハイハーイ、ちょっとストーップ」

すると突然、そんな重苦しい雰囲気を一掃するように一人の女が声を上げた。

「・・・おい、カリーナ」

「アンタは黙ってな」

式は何か嫌な予感がして引き留めようとしたが、彼女はあしらうように短く返すと両手を腰に当てながら不知火にとても好意的とはいえない視線を向ける。

「お~これはこれは、アメリカ本部が誇る“才女”メドウズ第十二位じゃないですか。初めまして、第一官をやってる不知火和樹しらぬい かずきといいます」

突き刺さるような棘のある視線を受けても表情一つ変えず、不知火は飄々とした様子で自己紹介を述べる。

「初めましてミスター。単刀直入に言わせてもらうけど、このバカを閉じ込めてる熱苦しい檻をさっさと消してもらえませんかね?」

「そいつはちょいと無理な相談ですねぇ、いくら本部そちらさんの頼みでもこればかりは譲れませんわ」

「いやいや、何も身柄を引き渡さないって言ってるわけじゃないから。とっ捕まえて煮るなり焼くなり好きにすれば?このバカがどうなろうとアタシの知ったことじゃないし」

「・・・え?」

そこで思わず式は素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

「でもさぁ、こんなやり方で幼気いたいけな女の子を泣かせるのが気に入らないっつってんの。こーゆープレイがしたいなら余所でやってくんない?」

俯いて涙を拭っている綾を一瞥しながら言ったカリーナの真意を式はようやく理解した。彼女が異議を唱えた真の理由は上官である自分のためなどではなく、悲しむ綾を見ていられなかったからだ。カリーナ・メドウズという女は昔からそういう人間だった。

「ん~、そりゃこっちだってこんなことはしたくないよ?でもケジメはつけんといかんでしょ?おたくの上官がやったことは立派な協定違反なんだから」

「・・・あっそ、なら力づくでぶっ壊すわ。シキ、ちょっと下がってな」

不知火の返事を流すように受け取ると、カリーナは炎の檻に近づこうと一歩踏み出した。

だがその時―――

スッ

水着姿の一人の女が彼女の前に立ちはだかった。

「・・・ハヅキ、どいてくんない?」

「あなたの言う事を聞く義理なんてないわ。ここは日本支部よ」

鋭い視線を正面から見返して三門羽月は答える。

「その日本支部のトップが解放しろって言ってんだからぶっ壊したって文句ないでしょ?」

「だからといってあなたにその権利はないでしょ?」

「邪魔するってんなら、容赦しないよ?今の装備でアタシとやり合えると思ってんの?」

「相変わらず血の気の多いこと。去年のように惨めな思いをしたいのなら相手してあげるわ」

「―――ッ!」

その言葉を聞いた途端、カリーナの顔つきが険しいものに変わった。

「アハハ、普通それ言うかな?少しは空気読みなよ、オ・バ・サ・ン」

「・・・・」

グッ

挑発するようなその口ぶりに羽月は無言のまま表情を硬直させ、強く拳を握りしめた。

「怪我しても知らないわよ」

「フッ、上等だっつーの!」

「おい!カリーナ!」

「よせ三門」

戦闘の構えをとって対峙する2人を引き留めようと式と海場が同時に声を発した。

「・・・まいったなぁ」

その様子を見ていた不知火は困り果てた表情を浮かべると―――

「まぁ、ここは三門さんにつくのが当然か」

そう言って薬指に機械的なシルバーの指輪を嵌めている右手をカリーナの方へ翳したその時だった。

「おーっと、動くんじゃねぇぞ」

ジャキッ

突如、背後から聞き覚えない男の声が耳に入った。

「・・・・」

ゆっくりと後ろを振り返ると―――

ヴーン・・・

「おら、さっさと手ぇ上げな」

背後の空間の色波長が歪み始め、自分の後頭部に銃口を突きつけている一人の白人青年の姿が露わになった。

「・・・アラン・D・フォースター」

その名を発すると、不知火はゆっくりと両手を上げる。

「貴様ぁっ!」

ジャキッ

背後にいる男たちが即座にホルダーから銃を取り出し、一斉にアランに銃口を向ける。

「やめときなさい、君らが束になっても敵う相手じゃないから」

いくつもの銃口が集中している中でも全く動じず、不敵な笑みを浮かべている青年を一瞥しながら不知火は部下たちにそう警告した。

「そーそー、賢明な判断だぜ」

「光学迷彩ねぇ、そーいえば本部の十八番おはこだったね」

「アラン!」

「よぉシキ、少し見ねぇ間に随分とイイ女になったな!ハッハハ!」

「・・・命令だ、2人とも武装を解除しろ」

「「無能は黙ってろ」」

上官の命令を蹴落とすようにアランとカリーナは吐き捨てた。

「別にアンタのためじゃないから」

「こうも嘗められちゃ、黙ってられねぇだけだ」

「ふっ、若いっていいわね」

「君たちいいのかな?上官の命令に背いたりして?」

「そりゃアンタらも同じだろ?さっさとあのバカを解放しねーと脳みそ撒き散らすぞ、このきつね野郎」

「お~、怖い怖い。でもね、こっちだっておいそれと譲るワケにはいかないんだよ」

4人のS2操者による緊迫した拮抗状態によってその場が凍りつき、全員が思わず息を飲んだその時―――

バチィ―――ンッ

「「「「―――ッ!?」」」」

何かが破壊された鋭い音が屋内に響いた。

「貴様ら、大概にしておけ」

素手で炎の柵を引きちぎった海場の凄みの効いた声が静かに響き渡った。

ブワァ・・・

その手によって檻がいとも簡単に消滅していく中、式は純粋に「ヤバい」感覚を感じ取った。

彼が、海場宗次がキレてる。

「これ以上つまらん争いをするのであれば―――貴様ら全員、灰にするぞ」

「「「「・・・・」」」」

ハッタリなどではない、本気だ。その言葉は4人の戦意を削ぎ落とすのに十分だった。

「うっひょ、おっかね~」

アランはクライストレッドを下し、不知火は上げていた両手をぶらりと下げ、後方にいる男たちも銃をホルダーにしまった。そして睨み合っていたカリーナと羽月も戦闘の構えを解いた。

「不知火、今回の事は全て私が預かる。いいな?」

「まぁ、あなたがそこまで仰るなら私は構いませんけど」

「よし、それと式」

「・・はい?」

「お前にはここの修復費を負担してもらうが、構わないな?」

「ええ、当然のことなんで」

勢いよく抱き着いてきた綾を抱き留めながら少女は答えた。

「それとだ、お前にはもう1つ義務を課そう」

「・・・義務、ですか?」

「彼女らの“心のケア”ってやつさ。部下を労わるのも上に立つ者の務めだ」

そういって結理たち女性陣の方に彼は視線を向けた。

「でも労わるって・・・何をすれば・・・」

「仕事付き合いで偶に行く料亭を紹介してやる。少し値は張るだろうが、全員連れて行ってやれ」

「・・・そんなのでいいんですか?」

「お前もまだまだだな。女性の機嫌を取るのには美味いものを御馳走してやるのが一番なんだよ」

「はぁ・・・」

「おじさんが言うんだ、間違いないさ」

含み笑いを浮かべながら彼は言った。





そういった経緯で現在に至る。あの後、日本支部の地下を通っているメトロを使い秋北駅から歩いて予め団体予約していたこの料亭「浅倉」に大所帯で入店したというワケだ。

「俺が皆さんを危険に晒したことは言い逃れのできない事実です。機密事項で何も話せないことに反感を買われても文句は言えません。皆さんが納得できないのも当然だと思います」

だが何事にもケジメは必要だ。彼女たちに頭を下げたまま式は言葉を続ける。

「こんなことで許されるとも、なかったことにできるとも思っていません。俺は下手をすれば皆さんの中の誰かを手にかけていたかもしれません。ただ一つ、あれは俺の意志ではありません・・・それだけは信じて下さい」

「「「・・・・」」」

「本当に・・すみませんでした」

表情を引き締め深々と頭を下げて少女は言った。

「顔を上げて、式君」

直後、結理が優しい口調で口を開いた。

「そーそー、せっかくだから楽しくやろうよ。なんか湿っぽいじゃーん」

盛り上げるような調子で恵美もそう言った。

「それにね式君、私たちだってこれでもS2操者なのよ?危険な目に遭う覚悟なんて日本支部ここに入る前にとっくに決めてるから」

「彩香さん・・・」

「だからもうそんなに謝らないで、ね?私たち式君を信じてるから」

そう言って歩もにこやかに笑いかけてきた。

「そんなに私たちが怖いのかな、式君?」

「・・・いや、別にそういうわけじゃ・・・」

「いやいや違うって結理、今は式君じゃなくて“式ちゃん”でしょ?」

「あっ、そうだったそうだった。今は可愛い女の子だもんね~♪」

「「「ね~♪アッハハハ!」」」

「・・・・」

女性陣の笑い声が響く中、今は耐えるしかないと自分に言い聞かせ、少女は無言を貫く。

「まぁとにかく、日本支部の女はちょっとしたことくらいで心に傷を負うほど柔じゃないってコト♪だからもう謝らないでいいのよ?せっかくこんないい所でご馳走してくれるっていうんだから楽しむしかないじゃない♪皆もそうでしょ?」

「「「そうそうっ♪」」」

「だから式君、そんなに気負わないでもう顔を上げて、ね?」

「結理さん・・・皆さん、ありがとうございます」

どこか解放された気持ちになって勢いよく顔を上げたその時だった。

ブチッ

男性用のシャツを着ているせいではち切れんばかりのその胸に耐えきれず、第三ボタンが勢いよく外れ―――

ぺチ

「あうっ!」

傍に座っている綾の額を直撃した。

「あ、悪い」

「・・・ぐぬぬぬ!」

どこか憎たらしげに兄の立派な胸を睨みつける妹。

「・・・フ、フフフッ」

「アハハハッ」

「「「アハハハハッ!」」」

その光景に思わず会場が笑いに声に包まれた。

「あ、それと遅くなりましたが、G18サミットの任務で来日した部下を紹介します」

そう言って隣に立っている2人に視線を向ける。

「フォースター第五位とメドウズ第十二位です。血の気の多い連中ですが、悪い奴らじゃないんで仲良くしてやってください」

「「ヨロシコッ♪」」

「・・・あと日本語ロクに話せないんで英語で相手してもらえると有難いです」

「あの本部の中でも群を抜く2人の天才操者・・・」

「まだ二十歳と19歳でしょ?私らより若いじゃん!」

「特にフォースター第五位はヤバいって聞いたよ」

「狙撃の腕で右に出る者はいない“鷹の目”って呼ばれてるもんね」

「実力はもちろん、何でもお祖父さんがCIA長官でお父さんが陸軍中将とか」

「フォースターっていったら、超名門の軍人家系で有名だよね」

「それに、結構ハンサムじゃんっ♪」

「何ていうか、2人とも纏っているオーラが違うよね」

コソコソコソ・・・

尊敬の眼差しを向けながら女性陣が小声で話している一方で―――

「おいおい、なんかレディたちの視線がオレに集中してるんだけど。いや~、まいったなぁ♪」

「どんだけ自意識過剰なの?キモいんだけど」

「うっせぇ!」

「・・・・」

当の本人たちのくだらない言い争いを無視して式は再び口を開く。

「今日は俺の奢りです。みなさん、明日の仕事に支障がない程度に好きなだけ飲んだり食べていって下さい。えっと、それじゃあ・・・乾杯!」

「「「「かんぱ~い!」」」」

ガチィンッ

グラス同士が当たる音が響く中、こうして賑やかに宴会は始まった。

「「「式ちゃ~ん♪ゴチになりま~す♪」」」

「は、ははは・・・」

容認し難い呼び名を発しながらハイテンションな女性陣が次々とグラスを当ててくるのに式は苦笑しながらその対応に勤しむ。

「いや~、こんな高級料亭でご馳走してくれるとか、さすが序列第三位!」

「よっ!太っ腹!もう器が違うよね~」

「なんだかんだいって、男はやっぱり財力だよね~♪」

「ね~♪アッハハハ!」

そんなブラックトークに花を咲かせる者もいれば―――

「やぁ、悪魔くん。ゴチになるよ」

「あの・・・何で北山さんがいるんですか?」

何食わぬ顔で座っている白衣姿の北山唯織きたやま いおりに思わずそうツッコむ。

「タダ飯をご馳走してくれると聞いたから、ご一緒させてもらうことにしたのさ。あ、この漬け物美味しい♪」

「・・・まぁ、一人増えたところで大して変わりませんから構いませんけど」

「さすが悪魔くん、それにしても君は本当に面白い。まさか女の子になる能力スキルまで持っていたとはね。ぜひ今度私の研究室ラボまで足を運んでほしいな」

「いや、遠慮しときます」

「釣れないな~」

「式くん」

すると唯織の隣にいる一人の少女が声を掛けてきた。

「美紀・・・今日は途中で放置しちまってごめんな」

「そ、そんな・・・私より式くんの方がその・・・大丈夫?」

そう言って少女の姿をした彼を物珍しそうに眺めている美紀。

「あ、ああ、その・・・今はこんな姿になっちまってるけど・・・うん、大丈夫。大丈夫だから」

表情を曇らせながらもそう答えることしか彼には出来なかった。

「そっかぁ、なら良かったぁ。でもその・・今の式くん、とても綺麗だよ」

「は、ははは・・・」

彼を気遣ってそう言ってくれたようだが、当の本人としてはどうしても素直に喜ぶことができない。

「キャー♥ミキィ♪お姉さん会いたかったよ~♥」

「ひゃあっ!」

するとジョッキを片手にハイテンションのカリーナが後ろから美紀に抱き着いてきた。

「なんだ、初対面じゃないのか?」

「数時間前に運命的な出会いをしたの♪ねぇミキィ?」

「カ、カリーナさん・・・ごめんなさい、英語じゃ何言ってるか分かんない」

「オイ!カリーナてめぇ!ミキちゃんに何してんだ!大丈夫かいミキちゃん?お兄さんが迎えにきたぜ♪」

更にもう一人、面倒くさい男が割り込んできた。

「アンタはすっこんでろ!マジでキモいんだよ!もうこの子はアタシのものだから!手出ししたらその股にぶら下がってる汚物をぶった切るぞゴルアアァ!」

「んだとっ!?この糞アマ!もういっぺん言ってみろ!」

ギャーギャーギャ・・・

「おいやめろ、アメリカのノリが日本こっちで通用すると思うなよ。美紀ドン引きしてるから。純情な少女をてめぇらのただれた世界に引きずり込んでんじゃねーよ」

「うっせぇ!オメェに言われたかねーよ!この✕✕✕✕!」

「お姉様にヒールで踏まれてヒィヒィ喜んでる変態マゾがなーに偉そうに言ってんの!」

「はぁ!?ふざけんな!俺が喜んでるだと!?あんなのアリスの一方的な暴力だ。一体何のプレイと勘違いしてやがる!俺はそこまでMじゃねーよ!」

「ふーん、じゃあMってことは認めるんだ?」

「そ、それは・・・」

「シキよぉ、男は攻めてなんぼだろー?」

「お前なぁ、あんな超サディスト女を前にすりゃ誰だって引き下がるしかないだろ?」

「あっ、でも今は女じゃん」

「あー、そうだったそうだった!今は“タマなし”だもんなぁ~?」

「「HAHAHA!」」

「て、てめぇらぁ・・・後で覚えてろよ」

額に青筋を浮かべながら握り拳をブルブルと震わせていると―――

「ちょっと!お兄ちゃんをイジメないでくんない?」

ズイッとすり寄ってきた綾が眉を吊り上げて2人を睨みつけてきた。

「キャー♥アヤァ~♥この子もアタシのお気に入り~♪」

「おっ、この子が妹のアヤちゃんか。これまたミキちゃんとは違ったタイプの可愛いレディじゃねーかぁ♪よろしくな♪」

そう言って握手を求めたアランであったが―――

「ふんっ!」

あっさりと拒絶されてしまった。

「・・・ありゃ?オレなんか嫌われるようなことした?ひょっとして君はツンデレなのかな?」

「は?何言ってんの?お兄ちゃん以外の男に触れたくないだけだから」

「・・・シキ、オメェひょっとして妹にまで手出してるのか?姉御だけじゃ物足りないってか?欲張りなヤツだな~」

「なに言ってんだ、一度病院行ってこい・・・それとお前ら、頼むからコイツの前ではアリスの話はするな」

綾には聞こえないよう、小声でアランとカリーナにそう言った。

「え?なに?この子と姉御ってなんか因縁でもあんのか?」

「あ~、そういえばお姉様前に言ってたわ。アンタの妹が邪魔で仕方ないから消してやりたいって」

「色々と訳ありなんだよ。だから綾の前ではしないでくれ、頼む」

「まぁお前がそこまで言うんなら・・・じゃあ代わりにその乳触らせろ、本物かどうか確かめてやるからよ」

「死ね」

「ちょっ、ひどっ!てめぇ今日の恩を忘れたのか!?ちょっとくれー触らせてくれてもいーだろーが!」

「嫌に決まってんだろ。お前は取りあえず一回死んどけ、な?」

「んだとおおお!」

「アハハーッ!ざまぁ~!」

「2人とも、この変態に変なことされたらすぐ言えよ。始末しておくから」

「うん!分かった♪」

「え?う、うん・・・」

式の言葉に即答で返事した綾と詰まりながらも頷いた美紀であった。

「ちょっとぉ、なーに盛り上がってんの~?あたしらも混ぜてよ~♪」

「ちょっと恵美、あんたもう酔ってんの?」

「酔ってなんかないよぉ~。これからだって、こ・れ・か・ら♪」

そこへ、もう既に頬が染まっている恵美とそれに呆れ顔の結理がやってきた。

「式君、何かジュース飲む?注いであげるから」

「あ、すみません。じゃあオレンジジュースで。アラン、カリーナ、こちらは俺の補佐をしてくれてる工藤第三官」

「工藤結理です、よろしくお願いします」

「おいシキ!何だよあの人。普通に綺麗な姉ちゃんじゃねーか!」

「ああ、けどああ見えてキレたらマジで怖えーぞ。暴力の化身だから」

「あら式君、なにか言った?」

「い、いえ・・・何でもありません」

「どーもどーもウチのバカ上司が大変世話になってます。コイツの面倒見るの大変でしょ?」

「フフフ、そうですね。思わずイラついて偶に手が出ちゃって、オホホホ」

「・・・いや、“偶に”じゃなくて“いつも”でしょ」

「式君、なにか言った?」

「・・・何でもありません」

「腹立ったら全然殴っちゃっていいから♪コイツ痛めつけられるの大好きなドM野郎だから」

「あら、そうなの?じゃあこれからも遠慮なく♪」

「おいカリーナ、変なこと吹き込んでんじゃねーよ!」

「ところで工藤さんはボーイフレンドとかいるんすか?」

「え?いませんが・・・」

「マジっすか!?ならオレと“夜のお友達”からどうですか?」

「結構です」

ニコリと笑みを浮かべてキッパリと言った結理であったが、その目は笑っていなかった。

「おいアラン、女漁りなら別の所でやれ」

「二ヒヒヒッ!ジョークだよジョーク。にしてもシキィ、おめーまだ酒ダメなのか?情けねぇな~」

「体質的に無理なんだよ」

「あら?少しも飲めないの?」

結理が首を傾げて尋ねてきた。

「ええ、狂闇ディメントの主な特性は「吸収」でそれを身に宿してる俺の体はアルコールを分解しないで吸収してしまうんです」

「なるほど、それでは酔いが回るのも早いし、ほんの少し飲んだだけでもベロンベロンになってしまうね」

「そういうことです。一口飲んだだけでも頭がおかしくなるんですよ。昔無理やり飲まされたことがあって色々やらかしてしまって・・・」

話に入ってきた唯織の言葉にそう答えると、過去の失敗を思い出したのか表情を曇らせて式はそう言った。

「そうなんだ・・・そういえばお2人は飲酒しても大丈夫なんですか?アメリカって確か・・・21歳からじゃ?」

「あ~関係ない関係ない、アタシらコイツくらいの歳にはもうガンガン飲んでたから」

米国こっちじゃ高校生が飲んでても案外黙認されてるからな。もちろん公の場じゃ御法度だけどよ。まぁ要はバレなきゃいーんすよ」

「そうそう、バレなきゃそれでOKってワケ♪」

「・・・・」

「まぁ、天才操者といっても実際はこんな感じの適当な連中なんですよ」

「な、なるほどね・・・それより式君、奢ってもらっておいて難だけど・・・お財布の方は大丈夫なの?」

「さっきATMで下して来たんで大丈夫ですよ。全員分で50万くらいと考えたら安いもんですよ」

「サラリと50万も出せるなんてさっすが序列第三位!やっぱあたしらとは稼ぎが違うよねぇ~。ねぇねぇ、式君ってどのくらいお給料もらってんの?」

「ちょっと恵美、どさくさに紛れてなに言ってんの!」

「え~、だって気になるじゃーん?結理だってそうでしょ?」

「そ、それは・・・」

金の話になった途端飛びついてきた恵美を注意した結理であったが、悲しいことになぜか否定することができなかった。

「こんな時しか聞けないじゃん!みんなも知りたいよね!?アメリカ本部のナンバー3がどのくらい稼いでるのかさ!」

「「「「――――ッ!」」」」

恵美の発した声に女性陣がギラリと目を光らせ、その突き刺さるような視線が一気に式に集中した。

「ねぇ~式くぅ~ん、お願い!教えて♪ね?」

「え、えっと・・・でもたぶん皆さんが思ってるほど多くないですよ?民間と違って一応皆さんと同じ国際公務員なんで」

「式君、もうここまで来たら言うしかないっしょ!」

「結理さんまで・・・まぁ、だいたい年収でいったらこのくらいですかね」

そう言って2本指を突き立てた。

「へぇ~」

「2000万くらいかぁ~」

「確かにちょっと想像より少ないね~」

若干気の抜けた様子で思い思いのことを呟いた女性陣であったが―――

「いや、2000万ドル・・です」

「「「・・・え?」」」

次の瞬間、式が衝撃の一言を言い放った。

「「「「は、はぁ―――っ!?に、2000万ドルうううっ!?」」」」

文字通り、その場に女性陣の声が轟いた。

「ちょ、ちょっと式君・・・2000万ドルって・・・」

「日本円で換算したら・・・」

「に、ににに―――二十億うううっ!?」

結理、歩、恵美はポカンと口を開けたまま、今にも眼球が飛び出そうなくらい驚愕している。

「え、ええ・・・まぁだいたい、そのくらいかと」

「ちょっとアンタ!なんでそんなにもらってるの!」

「え・・・なんでって言われましても・・・」

「あたしらなんてね!手取りで800万がいいとこなのよ!」

「そ、そうなんですか・・・あ、でも俺も手取りだと実際17億くらいかと・・」

まるで鬼のような形相で顔を近づけてくる結理と恵美に圧倒され、何とか言い逃れるようとしたが―――

「いやいやいや!それでも十分過ぎるでしょ!いくら序列第三位だからって・・・全然公務員の額じゃないっしょ!」

「え?何なの?何なのこの圧倒的な格差は!本部ってそんなに儲かってんの!?じゃあ序列第一位とか第二位はどんだけ貰ってるワケ!?」

彼女たちはそのあまりの額に、軽くヒステリックを起こしていた。

「・・・いやたぶんその・・・本部ウチの中でも俺が一番貰ってると思います。この8年間大きな戦争とかテロ組織排除とか、全部俺一人が受け持ってたんで・・・だからだと思いますけど・・」

「戦争ほど金の掛かるものはないからね、本来なら何万人もの兵を動員するところを、悪魔くん一人で片づけられるなら国家としても大幅なコストダウンに繋がるしね。まぁ妥当な額だと私は思うよ。うわ、これ超美味しい♪」

大トロをパクリと食べながら唯織がご満悦そうに言った。

「「「・・・・」」」

「・・・まぁあと偶に政府の研究機関の実験に協力するとそのギャラが結構良かったりするんで・・は、ははは・・・」

表情の読めないまま黙り込んだ彼女たちをなるべく刺激しないように苦笑していると―――

「ねぇ式君、因みに資産は今どのくらいあるのかな?」

「・・・え?」

ニコリと結理が笑いかけてきた。

「え、えっと・・・あんま確認とかしてないんですけど・・・スイスの口座に80億くらいは―――」

スタッ

「―――ッ!?」

途中で急に恵美が立ち上がった。

「え、恵美さん・・?どうしたんですか?」

すると彼女はこちらを見下ろしながら今まで見たことのないような柔らかい笑みを浮かべて声を発した。

「ねぇ式くぅ~ん♪年上の女ってどうかな~?」

「・・・はい?」

「だ・か・らぁ、年上の女は好きぃ~?」

多少酒を飲んでるせいか、妙に色っぽい声でそう言い寄ってきた。

「・・・綺麗なお姉さんは普通に好きですけど」

「あらホントー?ならお姉さん、式くんの愛人になっちゃおうかな~♪」

「は、はぁっ!?」

一瞬式は彼女が一体何を言ってるのか理解できなかった。

「さすがに結婚は無理だと思うから~、偶にデートするとかどう?」

「い、いやいやいや!あんた急に何言ってんすか!?」

「あっ、もちろん下のお世話もしてあげるから♥こう見えて結構テクニシャンなんだぜぇ♪」

卑猥な手つきで指をワシャワシャ動かしながらニヤリと彼女は笑う。

「ちょっと先輩!いい加減にしてください!」

すると歩がダンと机を叩いて珍しく怒り狂ったように眉を吊り上げて抗議の声を発した。

そうだ、言ってやれ。式は心の中でそう叫んだ。

しかし―――

「急に抜け駆けなんて酷いじゃないですか!」

「・・・ん?」

その思いとは裏腹に彼女まで理解不能な発言をし始めた。

「そうよ!」

「恵美!あんたなに一人だけ美味しい思いしようとしてんの!」

「この腹黒女!」

「金の話になった途端この様よ!あ~、い・や・ら・しぃ~!」

「「「ねぇ~」」」

そして歩に続いて女性陣が言いたいことをぶち撒ける始末。

「だまらっしゃい!一番最初に目をつけたのはあたしだから!あんたらは引っ込んでな!式君、実はあたし初めて会った時から感じてたの―――そう!きっとこれは運命の出会いだと!」

「嘘つけぇ!これ絶対運命語る人の目じゃないですって!明らかに瞳に“金”の文字が映ってますから!」

「違うって~、それはきっとキ〇タマの“金”よ♪もちろん式君の♥」

「そこ下ネタで誤魔化すかよおいいい!」

「だ・か・らぁ♪愛人にしてよ~♥お姉さん何でもしてあげるからぁ♥ね?お願い!」

片目を瞑ってパンッと両手を合わせながら懇願してきたが―――

「そ、そんなの無理ですって!」

そう断った途端、彼女の態度は豹変した。

「うがー!プライド捨ててまでこんなに頼んでるってのに!こんのクソガキー!」

「いやいや!プライド捨て過ぎでしょ!てか裏表が激しすぎでしょ!」

「こっちは20代の折り返し地点でいい男見つけるのに必死なんじゃー!あんたみたいな億万長者なんてまずお目に掛かれないんだから!さぁ!あたしの体を好きにしな!カモーンッ!」

ゴロンッ

そこには畳に仰向けに寝転がって大の字になった哀れな女の姿があった。

「・・・恵美さん、取りあえず一回鏡でご自身の姿を見ることをお勧めしときます」

「カモーンッ!」

「いや、カモーンじゃないから」

「うわ、恵美あんた・・・」

「子供の前で・・」

「サイテーだわ」

「式君、あんなアバズレは放っといていいから♪それより私は本当に前から式君のこと―――」

「ちょっと歩!今あんたあたしのコト“アバズレ”って言ったぁ!?」

「え~?何のことですかぁ?先輩お酒の飲み過ぎですよ~」

「いや!確かに聞こえたから!」

「でね式君、私は本気で式君のこと―――」

「コルアアア!無視すんなあああー!」

「ちょっと先輩は黙ってて下さい!あ、ごめんねっ、とにかく私はお金とかじゃなくて―――って!?ちょ、ちょっとおおお!」

直後、後ろから伸びてきたいくつもの腕に強引に押し退けられ、儚くも歩の言葉は途中で強制終了させられた。

「私実はもう一年近く彼氏いないんです!」

「わ、私も今ドフリーで絶賛彼氏募集中なんです!よかったらメルアド交換からどうですか!?」

「私こう見えて料理とか得意で結構家庭的な女なんです!何でも作れますから!」

「用がある時に思う存分使ってもらうだけでも結構なんで!御奉仕させて下さい!飛んで参りますので!」

「今年大学卒業したばかりでこの中で一番若い22です!年も近いからきっと話も合うと思うんですよ!」

「ちょっとあんた!なーに歳の差を武器にしてんのよ!」

「先輩こそなーにが“御奉仕”ですか!?それもう完全にデリヘルじゃないですか!」

「誰がデリヘルじゃあああ!」

「ちょっとぉ!邪魔なんだけど!」

ギャーギャーギャー!

「・・・あ、あの・・皆さん・・?」

酒で酔いが回ってるせいもあるのか、いつの間にか式の周囲では血走った目をした女たちによる、血みどろな抗争が勃発していた。

「・・・結理さん、この状況何とかしてもらえ―――」

なんだかんだいって、こういう時に頼りになるであろう彼女に最後の助け舟を求めようと振り返ってみると―――

「ちょっと美紀!聞いた!?17億―――17億よ!あの生意気なガキあの歳で17億も稼いでんのよ!スイス銀行だって!資産80億だって!絶対モノにするのよ!あんたがあの子と結婚したら私も遊んで暮らせるから!」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!分かったから落ち着いて~!」

ブンブンブン―――ッ

「・・・・」

妹の両肩に置いた手を狂ったように前後に激しく揺らしている姉の姿がそこにはあった。

「ちょっとあんた分かってんの!?17歳で17億稼ぐ男なんて世界中探してもまずいないから!あの子とくっついたら一生楽して暮らせるのよ!?私たちセレブになれるわ!」

「わ、分かったから~!」

ブンブンブン―――ッ

気のせいだろうか、激しく体を揺らされてる美紀の顔がどこか青ざめているように見える。

「ホントに分かってんの!?いい?何が何でもあのリッチボーイをモノにするのよ!?この際手段は問わないわ、そのおっぱいで悩殺してやりな!あの子“ボイン大好き星人”なんだって!男なんてみんなバカだからちょーっといい思いさせてやればそれでイチコロよ!お姉ちゃんあんたなら出来るって信じてるから!」

「わ、分かったから!も、もうやめてぇ~!」

バインバインバイン―――ッ

「・・・安心してください結理さん、もうすでに悩殺されてますから」

連動して激しく揺れる美紀の胸に目が釘付けになっていたバカであった。

「ホント、女って醜いわね」

一人遠目からカオスと化したこの惨状を眺めていた彩香がポツリと呟いた。










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