第五十三話:復活
「―――よいか!一度しか言わんからよ~く耳の穴をかっぽじって聞けい!我が名は可憐かつ最強かつ美貌に満ち溢れた“暴食の吸血鬼”―――グラトニス・ル・ノワール―――生粋のパリジャンヌじゃ!覚えたかぁっ!」
「「「「・・・・・」」」」
シーン・・・
「―――キッシシシ、あまりの衝撃に言葉も出んか。まぁ無理もなかろう―――キッシシシ!」
彼女たちの反応を見て満足げにふんぞり返る、グラトニスと名乗った少年。
だが―――
「・・・ねぇ、今あの子、なんて言った?」
「・・・確か『可憐』とか『最強』とか・・・」
「・・・美貌に満ち溢れた・・・」
「・・・『吸血鬼』で『パリジャンヌ』・・・」
「・・・てか吸血鬼って、ルーマニアじゃなかったっけ?」
「てゆーかあの古風な口調・・・なんかウケるんだけどっ!」
「一体・・・どうしちゃったんだろ?」
「実は二重人格とかっ!?」
「いや、どっかで頭打っておかしくなっちゃったのよ!」
「あるいは・・・俗に言う“中二病”だったりして―――」
「―――ぷっ・・・何それ」
ヒソヒソヒソ・・・
女性補佐官たちはどこか“痛いもの”を見るような視線を彼に向けている。
「ん~、実に8年ぶりか。やはり肉体があるのはいいものじゃのぉ~」
ボキボキボキッ・・・
そんな彼女たちの視線など全く気にしていない様子で少年はその場で大きく背伸びをして体中の骨を鳴らす。
―――ブランッ
「―――ん?」
すると、先ほど三門羽月によって圧し折られたその右腕があらぬ方向へ曲がった。
「・・・ふむ」
少年は痛がる様子なく自身の右腕と潰れている左拳、さらに体中へと視線を移すと―――
「―――たかが人間相手にこの様とは・・・真に落ちたものよのぉ、小童」
バチバチバチ―――ッ!
直後、赤い火花がその全身を包み込んだ。
「―――あれは・・・!」
結理は見覚えがあった。それは占拠テロの時、彼が空間支配を発動した時に発生した火花と同じものだった。
そして―――
「「「「――――ッ!?」」」」
その光景に、その場にいる全員が息を飲んだ。
バチバチバチッ―――
最も分かりやすかったのは潰れていた左拳だった。
グチャア・・・
剥き出しの骨の上からどこからともなく肉が再生し、更にその上から皮が覆われていく。
「・・・ふむ、やはり全盛の頃のように“一瞬で”とはいかんか―――じゃが、この程度の傷など屁でもないわ―――」
折れていたはずの右腕を動かしながら尖った犬歯をチラつかせて少年は笑みを浮かべる。
「・・・うそ・・・」
「・・・傷が・・」
「・・・治った・・・」
そう、折れたはずの右腕は元通りに機能し、それだけでなく真っ赤に染まっていた左拳や体中にあった外傷が全て嘘であったかのように、ものの数秒で完治した。
「・・・完全治癒・・・」
三門羽月はそれを目の当たりにして一言発した。
「・・でも一体、どうして・・・」
(夜間しかろくに第七感を発動することができない―――それが狂闇の原石である彼の最大の弱点のはずなのに、なぜ―――)
―――なぜ、第七感が発動している―――
彼女の頭は軽く混乱していた。
「・・・お兄ちゃん・・・」
おぼつかない足取りでゆっくりと立ち上がった綾は兄の姿をした“ソレ”の顔を見上げて小さく声を発した。
「―――む?」
対して少年の赤い眼は大して関心のないような目つきで彼女を見下ろす。
(・・・この目・・)
綾は気がついた。まるで蟻でも見ているかのように自分に向けられているのこの目つき―――
(・・・似てる・・)
―――8年前以前の兄の目つきによく似ている―――
―――ガシッ
「―――ッ!?」
「―――キッシシシ、残念ながら汝の兄ではないぞ小娘―――言ったじゃろう、今はグラトニス・ル・ノワールじゃ―――」
強引に引き寄せるように綾の手首を掴んで顔を近づけると、犬歯を光らせながら吸血鬼、グラトニスは言った。
「―――む?」
すると綾の顔に向けられているその視線は、掴んでいる彼女の右腕の肘―――正確には擦りむいた肘から流れている綾の赤い血に向けられ―――
「―――キシッ、どれ―――」
―――ペロッ
「―――ひゃっ!?」
その舌が血を掬い取るようにペロリと綾の肘を舐めた。
「―――ほう、この味―――“処女”か」
「―――えっ・・・///」
「キッシシシ、図星か―――とっくにあやつと交わっとるのかと思っておったが・・・どうやら真に“兄”を務めているようじゃな―――全くもって驚きじゃ。にしても―――」
グイッ
「―――ッ!?」
少女の小さな顎を掴み、まじまじとその顔を見る吸血鬼。
「やはり処女の血は美味い―――汝の血、美味であったぞ。再びこの舌が欲するほどに―――」
―――ズルッ
口端を吊り上げて笑みを浮かべている口元から、まるで極上のエサを見つけた蛇のように舌を這いずり回らせる。
「―――じゃが――」
パッ
突き放すように綾の顎から手を放した。
「あやつと契りを結んだのでな―――汝には手を出しはせん。それに妾はどちらかというと、“童貞”の方が好みじゃ―――特に汝の兄の血はそれまでにない、最高の味であったぞ―――」
「・・・・」
「―――にしても小娘、汝も相当な女じゃのぉ」
「―――えっ・・・?」
「血の繋がりがないとはいえ、口づけをせがむだけでなく―――寝ている隙に唾液まで舐め取るとは―――随分とまぁ、意地汚い女じゃ。キッシシシッ―――」
「―――ッ!な、なんでっ・・・!?」
「なーに、夜はどうしても陰喰が疼くからのう、偶々内側から見えたんじゃよ―――汝の醜態が」
「・・・・」
「キッシシシッ―――安心せい、あやつには黙っておいてやる。少しばかり血をもらった礼もあるからのう。ほれ―――」
そう言って綾に向けて手を翳すと――――
バチバチバチッ――――!
「―――ッ!?」
その手から発せられた赤い火花が四方向に散り、擦りむいている綾の両肘、両膝に触れ―――
「―――うむ、これで元通りじゃ」
薄らと血を流していた彼女の両膝、両肘は傷一つない、白く艶めいた状態に完治していた。
「・・・・・」
「なーに、礼には及ばん。どうやら汝は“あやつ”のお気に入りのようじゃからのう―――」
「―――ッ!お、“お気に入り”―――ッ!?それって―――私のこと・・・す、“好き”ってコトッ!?」
吸血鬼の言葉で途端に活気づいた綾。
「―――さぁ、どーじゃろうな。妾はてっきり“情婦”にでもするのかと思っておったが、どうやらそれも違うようじゃしのぉ―――う~む、さっぱりじゃ」
「じょ、“情婦”って・・・何・・・?」
「なんじゃ、最近のガキんちょはそんなことも知らんのか―――耳を近こう」
「・・・う、うん」
ゴニョゴニョゴニョ・・・・
「――――ッ!」
ポッポ―――ッ
「・・・は、はうぅ・・・///」
耳元で囁かれるその内容を聞いていくにつれて綾の顔が真っ赤に染まっていく。
「なーに沸騰したような顔をしておる?まったく・・・これだから処女は―――一体こんな小娘のどこが気に入ったのか・・・」
「・・・むぅ~、さっきから“処女処女”ってうるさい!その内すぐにでもお兄ちゃんに捧げるんだから!」
「・・・キッシシシッ、妾を睨むとはいい度胸じゃ―――加えて、なかなか良い目をしておる―――小娘、名はなんという?」
「・・・綾・・」
「“綾”か―――うむ、あやつの妹ということで特別に覚えておいてやろう」
「―――ふんっ、あと数年もしたら“妻”になってるからご心配なく!」
「キッシシシ!なかなか面白い、あやつが気に入ったのが少し理解できたわ」
「てゆーか、お兄ちゃんの体で変な笑い声やめてくんない?えっと・・・」
「何度も言わせるな、グラトニス・ル・ノワールじゃ」
「あー!よく分かんないけどホンット長ったらしい名前!」
「仕方なかろうが!本名なんじゃから!」
「めんどーだから“グラ”って呼ぼーかな・・・」
「なんじゃそのブラジャーを“ブラ”と略したような呼び方は!ぐぬぬ・・・人間の分際で我が名を省略化するとは!せめて“グラトニス”と呼ばんか!」
「―――やだ、めんどい」
「むっきゃー!この生意気な小娘・・・契りを結んでおらんかったら汝なんぞ、とっくに喰っておるわ!」
「―――いや、ナイナイ。私を食べていいのはお兄ちゃんだけ、もちろん性的な意味で―――キャッ///言っちゃった♥」
「・・・何じゃコイツ・・」
「「「「・・・・・」」」」
赤らめた頬に手を添えて顔を激しくブンブン振って自分の世界に入っている少女を呆然と見ている吸血鬼と女性操者たち。
「てゆーか、なんでお兄ちゃんの体を乗っ取ってんの?」
「仕方なかろうが、妾の肉体は境地に封じ込まれておるのじゃから」
「・・・“境地”?」
「妾とて好きでこんな体を使っとるわけではない」
「―――ちょっと、お兄ちゃんの体を“こんな”呼ばわりしないでくんない?お兄ちゃんの体は最高なんだから!」
「―――キシッ、まるで抱かれたことがあるような言いぐさじゃな―――処女娘」
「―――なっ///そ、その内抱かれる予定なんですぅー!」
「キッシシシッ、そうかそうか―――にしても・・・この股下にぶら下がっておる“肉棒と玉袋”―――どうも落ち着かん」
―――ガシッ、グニョグニョグニョ・・・
「うわー、みんなが見てる前で・・・」
「・・平然と・・・」
「・・・イジッてるよね、アレ・・」
「き、きっと、かゆいんじゃないんですか?」
「―――ちょっ、何してんのっ!?」
海パンの上から自身の股間を弄り始めたグラトニスに顔を赤くしながら抗議する綾。
「え~、じゃってコレ・・・何か邪魔なんじゃもん―――いっそのこと、引っこ抜いてみるか」
「―――ダメッ!絶対ダメッ!それは私―――じゃなくて、お兄ちゃんにとって必要不可欠なの!引っこ抜いたりなんかしたら絶対ダメだから!てゆーかアンタも男なら、ついてたんじゃないの!?」
「・・・ねぇ、この下トーク・・・一体何なの?」
「・・・さぁ・・」
緊張感もへったくれもない、卑猥な内容に思わず呆れている結理たち。
「何を言うか!言ったじゃろう、妾は美貌に満ち溢れた生粋のパリジャンヌ―――女じゃ!こんな“付属パーツ”はついておらんかったぞ!」
「―――え・・・?女・・・なの?」
「―――いかにも!てか、さっき言ったじゃろうが!少しは人の話を聞かんかぁ!」
「・・・でもなんか、話し方とか古臭くて男っぽいし・・・」
「あー、これか・・・なんせこの言語を覚えたのは、300年ほど前にこの国に来た時じゃったからのう―――」
「・・・300年って・・・何の冗談?」
「冗談などではない―――妾は実に、600年近こう生きておる」
「・・・アンタ、一体お兄ちゃんの何なの?」
「―――ふむ、共犯者といったところか」
「・・・お兄ちゃんの・・友達・・?」
「そのような慣れ慣れしいものではない―――妾とあやつは色々と複雑なんじゃ」
「・・・お兄ちゃんは・・今どこにいるの?」
「今は入れ替わっておるから内側で眠っておる―――よってこの体は今、妾のものということじゃ―――」
尖った親指の爪先を自分の方へ向け、二ィと吸血鬼は笑う。
「・・・返して・・」
「む?」
「お兄ちゃんを返してっ!」
赤い眼を真っ直ぐ見て綾が叫んだ。
「キッシシシ!随分とあやつに執心のようじゃな。ん~、確か・・・世間一般では汝のようなのを“ブラコン”と言ーんじゃったか?」
「―――うっさい!アンタは早くどっかにいってよ!」
「傷を治してやった相手にその言い方はないじゃろ?まったく、最近の若いモンは・・・加えてこーんなちっこい胸のくせして、生意気な―――」
―――ガシッ、モミモミモミ・・・
「―――ッ!ひゃあっ!」
急に何の遠慮もなく乳房を触られ、思わず短い悲鳴を上げる綾。
「ねぇ・・・あれ完全に・・・揉んでるよね?」
「・・・ええ、揉んでるわね・・」
「キッシシ、なんじゃこの“俎板”は―――」
モミモミモミ・・・
「イヤァ―――!この変態!お兄ちゃんの手で変なことしないでよ!」
「なぜじゃ?今汝の乳を揉んでおるのは他でもない、あやつの手じゃぞ?」
モミモミモミ・・・
「アンタはお兄ちゃんじゃないじゃん!私のおっぱいは私とお兄ちゃんだけのものなんだから!早くお兄ちゃんを返せぇ!」
「あー!ギャギャー喚くな!品のない女じゃ。あやつもこんな幼児体型のガキが相手では、欲情もせんじゃろーな」
「―――ッ!」
―――カチンッ
「・・あーあ・・・」
「よく分かんないけど―――」
「言っちゃいけないこと―――」
「―――言っちゃい・・ましたね・・・」
「・・・今、何て・・・」
静かに口を開いた綾。
「む?」
「―――今!何て言ったぁ―――!」
―――ガシッ
「―――ッ!?」
その小さな手で少年の腕を力強く掴むと―――
―――グングンッ―――ブンッ
「―――ぬうっ!?」
まるでハンマー投げをするかのように、グラトニスをプールに向けて思い切り投げ放ちながら少女は叫んだ。
「私!脱いだら結構スゴイんだから――――!」
((((・・・・いや、もう脱いでるようなもんでしょ・・・))))
水着姿の彼女に思わずツッコむ女性陣。
「ぬあぁ~っ」
―――バッーシャン!
宙を舞うグラトニスの体が水面に落下した音が屋内に響き渡った。
「―――ふんっ!」
腰に手を当てて仁王立ちしているツインテールの少女。
「「「「・・・・・」」」」
つい先ほどまで、傷ついた兄のために涙を流していた張本人が彼の体をぶん投げたのでは、世話ないだろうとその場にいる全員が思った。
―――バシャッ!
「―――っばぁ!いきなり何すんじゃ!」
「それはこっちのセリフよ!勝手に人の胸触っておいてぇ・・・だ・れ・がぁ・・・“俎板”で“幼児体型のガキ”よっ!」
「じゃってホントのことじゃもーん、何度でも言ーてやる!貧乳!ガキ!」
「ぐぬぬぬ・・・!貧乳ナメんなぁーっ!」
「―――キッシシ、汝の胸なんぞ妾のような“ボイン”の前では存在しないに等しいわ!」
「アハハッ、今胸ないじゃん!超ウケるんですけどー!てゆーか、お兄ちゃんの口で“ボイン”とか言うな!」
「キッシシ、知らんのかぁ?あやつは昔から“ボイン大好き星人”なんじゃ!昔なんぞ妾の谷間を見ただけでカチンコチンにフル〇起しておったわ!」
「―――ハンッ、バッカじゃない?そんな妄想発言、私が信じるとでも思ってんの?お兄ちゃんは私のおっぱいにメロメロなんだから!いっつも私を“オカズ”にオ〇ニーして、毎晩私の夢を見て立派に朝〇ちしてんの!」
「それこそ汝の妄想発言じゃろーが!証拠を出せい!」
「う、うっさい!そっちこそ証拠出してよ!お兄ちゃんが“ボイン大好き星人”だって証拠を!」
ギャー、ギャー、ギャー
「・・・ひ、酷い・・酷過ぎる・・・」
「・・・なんて低レベルな会話・・」
「・・・今時、中学男子でもこんなこと言わないでしょ・・・」
「えー、そぉ?こんくらい普通じゃない?」
卑猥な単語と汚い言葉が飛び交っている二人の言い合いを呆然と見ている結理たち御一行―――ただ一人、楽しそうに眺めている恵美を除いて―――
「―――だいたいね!お兄ちゃんの共犯者だか何だか知らないけど、さっさとその体をお兄ちゃんに返してよ!それはお兄ちゃんの体なんだから!」
「黙れこの俎板娘!今は妾の体じゃ!何をしよーと妾の勝手じゃい!キシッ、何なら今ここで、ここにいる女どもにこの股間にぶら下がっとる✕✕✕をサービス公開してやろうか?」
そう言って海パンに手を掛けるグラトニス。
「―――ッ!それは絶対ダメェーッ!そんなことしたらお兄ちゃんの貞操が!お兄ちゃんが汚されちゃう!」
((((―――おい))))
ツッコみを入れる女性陣一同。
「キッシシシ、さて、一体どんな反応をするか楽しみじゃ―――」
―――ズル
笑みを浮かべながらグラトニスは海パンに掛けている手をゆっくりと下していく。
「だ・か・らっ!やめろっつてんでしょ!この変態!露出狂!お兄ちゃんの✕✕✕は私専用なんだから!」
((((・・・おいおい))))
問題発言にまたもやツッコみが入った。
「―――キシッ、もー遅い!篤と見るがよい!これが悪魔の✕✕✕じゃー!」
「ダメェ―――!!」
綾の悲鳴にも近い叫び声が響く中、グラトニスが海パンを完全に脱ごうとしたその瞬間だった――――
ピキッ、ピキピキピキ――――ッ!
「「「「――――ッ!」」」」
シューッ
大量の冷気が屋内を包み込んだ。
「・・・ほう」
周囲に白い冷気が漂う中、その現象に笑みを浮かべている吸血鬼。
「―――重罪行為、協定違反に加えて、公然わいせつ未遂による身柄確保―――完了」
スタート台の傍に佇み、プールに向けて翳していた右手を下すと三門羽月は言った。
「この力―――魔氷か」
三門の方に首を捻るグラトニスは現在、全く身動きを取ることができなかった。
なぜなら―――
「・・・プールの水が・・」
「・・一瞬で・・・」
その光景に女性補佐官たちは驚きを隠せなかった。
ピキンッ・・・
プールの水一瞬で、極寒の湖のように氷に変わったのだ。
「話の途中に割り込んでくるとは―――無粋な女じゃのう」
「人格破綻者であることは分かっていましたが、まさか露出癖まであったとは―――あたな、もう人として終わってますよ」
胸から下を氷漬けにされいるため、身動きがとれない少年を蔑むような目つきで見下ろす。
「―――そういえば汝じゃったか、“あやつ”を追い詰めたのは―――」
「一体何を仰っているのか理解できません。“他人のふり”はもう終わりです」
「―――シッ、汝らのような下等生物には理解できんじゃろうな―――じゃが、汝には一応、礼を言っておこう」
「・・・礼・・?」
「そうじゃ、おかげで復活を遂げ、久しぶりに暴れることができる」
「・・・“暴れる”ですって?首から下をろくに動かせない、その様で?」
「―――キッシシシッ、確かにこれでは暴れることができん。じゃが―――」
言葉を一度切ると、吸血鬼は元の方へと視線を戻す。
「―――小娘、確か綾と言ったな?」
「―――えっ・・・?」
突然の光景に呆然としている少女に声を掛けた。
「悪いがもう暫くの間、この体は妾のものじゃ―――でなければ、わざわざ復活した意味がない」
三門や結理を含むプールサイドで佇んでいる女性操者たちの方へ視線を移すと、口端を吊り上げ、この上なく楽しそうに笑って吸血鬼は言った―――
「―――せっかくこれだけの供物が、目の前にあるのじゃから―――」
「「「「――――ッ!」」」」
その場にいる全員が自然と察知した。
そこに先ほどまでギャギャーと激しく口論していた時の雰囲気はもうなく、纏う空気が変わった。そして―――
―――命の危機を―――
「あやつとの契りの内容は妹には手を出さないこと。なら汝らは喰ってよいということ―――余興はもう終いじゃ、人間共。そうじゃな・・・まずは汝から喰ってやろう」
「・・・・」
吸血鬼、グラトニス・ル・ノワールは三門羽月に向かって声を発し、続けて言った。
「妾を見下ろしているその目つき、気に喰わん―――万死に値する」
「・・・・」
――――バッ
本能的な行動だった。三門羽月は身動きの取れない少年に向けて右手を翳すと―――
ピキッピキピキピキッ―――!
長さ20センチほどにの鋭利な氷の針が何十本も空中で錬成され―――
「アレは危険すぎる―――殺すしかないわ」
「―――ッ!?」
結理は自らの耳を疑った。
「―――待っ――!」
思わず結理が声を発しようとした瞬間だった―――
「―――くたばりなさい、化物―――」
―――ビュンッ!
空中に浮遊していた何十本もの氷針が弾丸のような速度で一気に放たれ―――
―――ザシュッ!ザクザクザクザクッ!
一直線に標的へと突き刺さった。
だが―――
「―――なっ・・・!?」
三門羽月の表情が初めて驚愕に染まった。
なぜなら、そこに標的の姿がなかったからだ―――
彼女たちの視界に映ったのは、標的の体が埋まっていたはずの、今は空洞となっている穴の周囲の氷に何十本もの氷針が突き刺さっているという光景だった。
少年が一瞬で消えたのだ。
(―――まさかっ!)
結理はこれに似た現象に見覚えがあった。
「―――どこを狙っておる?妾はここじゃ―――」
「―――ッ!」
傍から聞こえてきた声に思わず一同が首を振った。すると―――
「―――キッシシッ、やはりこうでなくてはな、人間は見下ろすに限る―――」
赤い双眼の少年がすぐ傍のスタート台の上から彼女たちを見下ろしていた。
バチッ、バチバチバチ・・・ッ
そして、その背後の黒い空間が閉じていき、赤い火花が散っている。
「・・・空間・・・支配・・・」
―――空間支配―――
対象物を自在に空間転移させることを可能とし、他の第七感の特異コードと比べても最強クラスと言われている、狂闇の特異コードの名を結理は呟いた。
「―――ほう、よく知っておるな、小娘」
「―――ッ!?」
突如、耳元から聞こえてきたその声に結理は体が一気に強張った。
「・・・・」
ゆっくりと隣に視線を向けると―――
「―――ッ!」
心臓が止まる感覚を覚えた。
「なーに今にも小便が漏れそうな顔をしておる?」
つい先ほどまで、スタート台に立っていたはずの少年が、自分の真横に立ってまじまじとこちらを見ていた。
何の前触れもなく突然、どこからともなく女性陣の集団の中に現れたのだ。
「―――ひぃっ!」
―――バタッ
突然目の前に現れた彼に驚愕―――または恐怖を覚えたのか、傍にいた歩が腰を抜かしたようにその場に倒れた。
―――ザッ・・・
周囲にいる女性補佐官たちもその不気味さに思わず恐怖し後ずさる。
「なるほど―――汝が“世話係”の女か」
「―――えっ・・・?」
そんな彼女たちの反応など、一切眼中にない様子で吸血鬼は言葉を投げ掛けてきた。
「なーに、あやつが人間に関心を示すなど滅多にないことじゃから、ちと興味が湧いてのう―――」
結理の方へゆっくりと手を伸ばしながら吸血鬼は言葉を続ける。
「どのようにして取り入った?その体で籠絡でもしたか?」
―――スゥッ
「―――ッ!」
その尖った爪先が、なぞるように結理の首元に触れる。
「―――どうなんじゃ?なんとか言え―――」
「・・・・」
結理は言葉を発するどころか、身動き一つ取ることができなかった。
ツー
頬を一筋の汗が流れた。
少しでも動けば、この鋭利な爪は何の抵抗もなく自分の喉を掻き斬る―――そう思えてならなかった。
確信した。今自分の目の前にいるこの人物は雅式ではない―――彼とは比べものにならないほど黒くて深い、恐ろしいものだ。
「―――気が変わった、まずは汝から喰ってやろう―――」
―――ズルッ
「―――ッ!」
結理を真っ直ぐ見て、少年の顔をした“恐ろしいもの”は舌なめずりする。
「汝を喰ったと知ったあやつが、一体どんな顔をするか興味が湧いてきた」
(・・・ヤバい・・逃げないと・・・)
―――本当に殺されてしまう――――
だがあまりの恐怖のせいか、金縛りにでもかかったかのように体が微動だにできない。
「この体も渇きを覚えておる―――汝のような若い女の血肉を喰らいたいとな―――なーに、骨まで残さず喰ってやるから安心せい―――キッシシシ!」
―――ガッ
「―――うっ・・・」
結理の首を掴むと、尖った犬歯をチラつかせながら口元を彼女の首元へと近づけ―――
―――ガッ
噛みつこうと口を大きく開けたその時だった。
「―――しっかりしなさい、工藤第三官」
―――ドゴッ
「―――ッ!」
(―――三門さん!?)
突如、横合いから現れた三門羽月の拳が少年の頬にめり込んだ。
―――バギャッ・・・
少年の頬骨が砕ける音が結理の耳に響く。
「・・・・」
拳がめり込んだまま、少年は首を僅かに傾けて微動だにしなくなった。
(硬化系でコーティングした拳がピンポイントで入った―――即死はまぬがれない)
そう、確信していた―――
「またお前か・・・まったく、目障りな女じゃ―――」
―――ギロッ
赤く光る眼が三門を見据える。
「―――ッ!?」
(・・・嘘・・でしょ・・)
「あーあ、せっかくのキレイな顔が台無しじゃ―――」
バチ、バチバチバチ―――ッ
赤い火花が、少年の頭部を包み込む。
グシュウ・・・
そして、無惨に破壊された左の顔面が再生していき、元の端整な顔立ちに戻っていく。
「ん゛~・・・一度死んだか、まぁよい―――」
ボキッ・・・
顎に手を添え、肩の骨を鳴らしながら吸血鬼はどうでもよさそうに呟く。
―――code:Ignition Boost,on―――
―――ヴンッ
爆発的かつ、予測不能な超加速を纏った三門羽月の拳が今度は少年の心臓目掛けて放たれた。
「―――諄い」
―――ガシッ
「―――ッ!?」
だが、彼女の拳は少年に届く寸前にピタリと止まった―――いや、正確には止められた。
「―――な・・・!?」
彼女は自身の腕に絡みついているソレを目にして目を見開いた。
―――ギュウッ
黒い触手のようなものが動きを封じるように彼女の腕に巻き付いていたのだ―――
(これは・・一体・・・)
触手の生えている根本を目で辿っていくと、少年の足元の周辺が真っ黒な陰になっていた。
―――ブワァッ
黒い陰から生えた数本の黒い腕が不気味に蠢いている。
「―――確かイミテーション―――といったか」
少年の口がおもむろに開いた。
「魔氷に豪雷に怪焔、複数の使用を可能にするとは―――妾が眠っておった8年間で随分とまぁ、便利な世の中になったものじゃ―――」
―――ビュルッ、ガッ
「―――ッ!」
陰から生えている残りの腕が彼女の四肢を掴むと―――
ドガッ―――
「―――かはぁっ・・!」
乱暴に彼女の体を床に叩きつけた。
「―――いい様じゃ」
―――ガッ
「・・・うっ・・」
身動きが取れず、仰向けに倒れている彼女の腹を足裏で踏みつける吸血鬼。
「大罪を背負ってもいない人間風情がのうのうと我らの力を模倣して使うなど―――いけ好かん、妾は認めん」
―――ブワァッ、ジャキ―――ッ
陰からもう一本の触手が生え、その先が漆黒の鋭い刃に変形した。
―――ピタ・・・
漆黒の刃先が三門の心臓に狙いを定める。
「・・・・・」
―――スッ
三門羽月は抵抗をやめるように体の力を抜いた。
(こんなことになるなら、伝えておけばよかった―――)
―――“あの人”に自分の気持ちを―――
「―――死をもって身の程を知るがいい、人間」
―――ズオッ
そして、漆黒の刃が彼女の心臓を貫こうと一直線に迫ったその時だった。
―――ボオッ
「―――む」
グラトニスの眉がピクリと動いた。
『ギアァ―――ッ!ギャアァ―――!』
突然、三門の胸元に触れる寸前で漆黒の刃を纏った触手が人間のものとは似ても似つかない、断末魔のような叫び声を発した。
―――ボッ、ボオッ
『ギャア―――!ギアァ―――ッ!』
更に、彼女を拘束している他の4本の触手も立て続けに奇声を発して苦しみ悶えるように蠢く。
「・・・これは・・」
突然、何処からともなく出現し、触手たちに纏わりついている“それ”を見て吸血鬼は呟いた。
ボウッ・・・
それは怪談話に出てくる火の玉を連想させるような、静かに燃えている青い炎―――
ブシャア・・・
三門の体を拘束し、彼女の心臓を貫こうとしていた黒い腕たちは塵となって消えていった。
「―――そこまでだ」
カツカツカツ・・・
靴音を鳴らせて屋内に入ってきたのは、黒を基調としたブルーのラインが入っている軍服を着た、一人の男。
180センチほどの身長に短い黒髪、銀フレーム眼鏡のレンズ越しから覗かせる切れ長の双眼。
「・・・し、支部長・・」
その姿を目にして三門羽月が声を発した。
「プールで燥ぎたくなる気持ちは分かるが―――少々度が過ぎている」
日本支部支部長にして、“最滅の第七感”怪焔の原石―――海場宗次がそこにいた。




