第四話:サオス日本支部
正面玄関をくぐり、中へ入るとまず空港によくある金属探知機と駅の改札機が合体したような機械が広いフロアの端から端まで十数機ほど横一列に並んでいるのが目についた。
「これは上と横にあるセンサーが身体と持ち物に危険物を持ち込んでいないか感知し、刃物や銃火器、爆発物、あと解放状態の第七感にFDSが反応するので、ここから先は緊急時以外第七感の使用は禁止されています。ウィルス感染していないスマートフォンやパソコンなどといった通信機器や普段から日常生活で身に着けていたり持ち歩いている範囲のものなら機械が自動で判断してくれるので引っかかることはありません。そして改札機と同じようにここにある画面にIDをかざすと認識して通ることができます。この2つのうちのどちらか1つでも引っかかるとブザーが鳴り、係りの者が来て検査をするようになるのでご注意ください」
説明を終えると二人にそれぞれのIDを渡してきた。
「わかりました」
「では、行きましょうか」
3人とも探知機を難なく通り、少し歩くと正七角形の大広間に出て、そこから上を見るとはるか高い天井まで吹き抜けになっている。
ガヤガヤガヤ・・・
そこからだんだん人通りが多くなり、先ほどからすれ違ったり立ち止まってる職員たちの視線がこちらに注がれているのがなんとなくわかる。
「なんかみんなこっち見てるね、お兄ちゃん」
いまだに腕を組んで隣を歩く綾も気づいたようだ。
(・・・お前の行為がその原因の一端であることは俺の心にとめておこう)
確かに若い男女がこんなところで腕を組んで歩いていると周りにいる職員たちもそちらに目線が行ってしまうのも無理はないだろう。
ただ、それだけなら空港で浴びた仲睦ましい男女を見ている衆人の視線と同じなのだが、今ここで浴びている視線に込められているものは少し異なる。
そこに込められているのは好奇心、あるいは恐怖かもしれない。
(まぁ、どうでもいいが)
「・・・やはり職員の視線が気になりますか?」
前を歩いている工藤さんが申し訳なさそうな顔を向けてたずねてくる。
「そんなことありませんよ。慣れてますから」
作り笑いを浮かべる。
「それならいいんですが・・・皆あなたを見て興奮してるんだと思います。あなたはこの世界で有名ですから」
「はぁ、そうですか・・・それにしては工藤さんは妙に落ち着いていますね」
ただ彼女の雰囲気について正直な感想を述べただけだったのだが―――
「そんなことはありません。こう見えて私も先ほど空港でお会いした時から今もずっとドキドキしてるんですよっ♪」
今までとは違うどこかいたずらっぽい笑みを式に向けてきた。
(いや、その言動は少し誤解を招くんじゃ―――)
「・・・・」
―――ギュウッ
「―――ッ!」
直後、左の二の腕に激痛が走った。
「痛っ!痛いって、綾っ!」
無表情で腕を組んだまま俺の二の腕辺りを両手で思いっきりつねっている妹。
その小さな手の一体どこからそんな力が出てくるのだろうと恐怖する兄だった。
それから支部長室に案内され、現在、中にいる人物と面会している。綾と工藤さんは外の待合室にいる。
「―――8年ぶりか。見ない間にずいぶんと大きくなったな、式」
「お久しぶりです。あなたは変わっていませんね、海場さん」
見て思ったことをそのまま口にする。
「そうか?だが俺も今年でもう49だぞ。それよりどうだ、向こうでの生活は?」
「まぁ普通に暮らしていますよ」
「ははは、普通か、それは何よりだ」
うすら笑いを浮かべているいるのは銀色フレームの眼鏡をかけている黒い短髪の男。
身長は180センチほどで中肉中背の体格に黒いスーツを着ている。強い何かを宿している切れ長の目は只者でない雰囲気を感じさせる。
この男が日本支部の全指揮権を任されているサオス日本支部支部長、海場宗次である。
「サウジアラビアでの任務、映像を見せてもらったよ。相変わらず桁外れな力だな。今回は頼んだぞ。期待してるからな」
相手のことをよく知り、信頼しているような口調で海場は言う。
「俺はやるべきことをやるだけですよ」
「そうか、まぁやりすぎないよう、くれぐれも頼むぞ―――はははっ」
男は笑いながらそう言ってきた。
「・・・気をつけます」
そのころ、待合室で待っている綾と工藤結理の二人はと言うと―――
「「・・・・・・・」」
終始無言状態。
(・・・何か話しかけた方がいいかしら?)
「綾さん、のど渇きません?何か飲み物でも飲みますか?」
「―――いりません」
キッパリと断られた。
「そ、そうですか・・・・」
(さっき怒らせちゃったのがまずかったのかしら・・・)
先ほどの言葉は式の言葉に乗って場を和ませるつもりで言ったのだが、どうやらそれが彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。
(まぁ緊張してたのはホントだけど・・・)
彼女の役目は式の日本滞在中に任務だけでなく生活面においてもサポートをすることであり、それは目の前の少女とも接点を持つことを意味するので、初日から『頼りがいのあるおねぇさんキャラ』でいき、いい信頼関係を築いていこうと意気込んでいたのだが―――
(あ――!やっちゃった!妹が“超ブラコン”なんて聞いてないわよぉ!)
最先は芳しくないようだ。
そんなこんなで頭を抱えていると―――
「あの、工藤さん―――」
「―――?」
綾が話しかけてきた。
「な、なんでしょう?」
「その、お互い敬語使って話すのやめませんか。これから長い付き合いになるかもしれないし、きっと兄もその方が気が楽でいいと思います」
「そ、そう・・・ならそうしましょう」
突然の提案に戸惑いながらも賛成の意を示す。
「なら私の事は“結理”って呼んでね。私も“綾ちゃん”って呼ぶから♪」
「わかった、結理さん」
少し表情をやわらかくしてこたえる綾。
(よかったぁ。少し距離が縮まったかしら)
安堵に浸っていると綾が唐突にたずねてきた。
「結理さんって、歳いくつ?」
(え!?いきなりそこ来る!?)
「・・・26歳だけど」
「ふぅ~ん、なら問題ないかな」
「・・・どういう意味かしら?」
「恋人とかいるの?」
「・・・いません」
なぜか恥ずかしくなり体を縮こませる。
「ん~、そこそこキレイだと思うんだけど・・・どうしてだろ?」
頬に手を当て、首をかしげている綾。
「・・・・・」
―――グッ
思わず拳に力が入った。
(・・・ここは耐えて、大人の対応をしないと)
「綾ちゃん、さっきから聞き捨てならない言葉がきこえてくるんだけど、一体なんでさっきからそんなこと聞いてくるのかなぁ?」
「そんなの決まってるじゃん。お兄ちゃんに近づく女はみんな把握しておくためだよ」
「―――ッ!?」
サラッと恐ろしいことを仰った。
「い、いや・・・あ、あのね!私はお兄さんに対してそんな感情は抱いていないよっ。お兄さんとはあくまでお仕事での付き合いになるし・・・・」
「・・・米国でお兄ちゃんに言い寄ってきた女も、みんな最初はそんなこと言ってた・・・特に年増は―――」
「とっ、年増ですってぇ―――!?」
―――バンッ
いきなり結理が机に手をついて勢いよく立ち上がり、室内に彼女の声が響いた。
「ほら、そういう反応。おばさんっぽい」
指さして言う綾。
「・・・がっ・・」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる結理。
(こ・の・小娘ぇ~!・・・落ち着け、落ち着くのよ。ここで取り乱したら負けよ)
「・・・い、いい綾ちゃん?綾ちゃんみたいな子供にはまだ早いかもしれないけど、女ってのは私くらいの年齢が一番おいしい年頃なの。それに自慢じゃないけど私、スタイルには結構自信があるから思春期のお兄さんにはちょっと刺激を与えちゃうかもしれないけど、そ・の・と・きは許してねっ♪」
―――キュピーン
片目を瞑ってウィンクを飛ばして腰に手を当てると、勝ち誇った顔で少女を見下ろす26歳独身女。
「・・・・・」
綾は表情を変えず沈黙を守っている。
(フッ、勝った!)
勝利を確信した結理だったが、綾が口を開いた。
「お兄ちゃんには私がいるからそんなことありえないもんっ」
「・・・はい?」
綾が爆弾を投下した。
「・・・え?綾ちゃん・・・それはどゆこと?」
「私の体から心まで全てのものはお兄ちゃんのものってこと。もちろんお兄ちゃんの全ても私のものだけどねっ♪」
一人でキャッキャッ言いながら、頬を赤く染めている目の前の少女。
「へ、へぇ・・・そうなんだ・・」
(なんか・・・バカバカしくなってきた)
「うんっ、だからお兄ちゃんは他の女には興味なんて持たないから結理さんに欲情なんてしないよ。それより結理さんももう三十路前なんだから、早くいい人見つけた方がいいと思うよ」
(―――三十路前ですって!?)
「・・・私まだ26なんだけど!」
「女の20代なんてあっという間だよ」
ガーン・・・
尤もなことを言われてしまった。
「・・・こういう仕事してるとあんまり出会いがないのよ」
「ふぅ~ん、まぁとにかくお兄ちゃんは私の旦那さんなんだから、手出ししても無駄だよ」
「“旦那さん”って・・・・でもあなたたち兄妹じゃない」
(いくら好きだって言っても・・・)
「―――これ見て」
すると綾が左手の薬指にはまっているものを見せてきた。
「・・・すごくきれいな指輪ね」
「ねっ!すごくきれいでしょっ!?」
たしかにとてもきれいな指輪だ。細いシルバーのリングに魅惑的な輝きを放つ赤い石。
「コレねっ、今日私の誕生日なんだけど、ここに来る飛行機の中でお兄ちゃんにもらった婚約指輪なのっ♥」
(それは“誕生日プレゼント”って言うんじゃ・・・・)
そうツッコまずにはいられない結理であったが、至福の表情で指輪に魅入っている目の前の少女を見てると色んな意味でそんなことを言う気が失せた。
「それにね、結理さん―――」
急に表情を変え声を発する綾。
「“兄妹は結婚できない”なんて常識―――わたしのお兄ちゃんに対する愛の前では何の意味も持たないよ。そんなの無視してぶっ壊せばいいんだから♪」
色っぽい美しい笑みを浮かべ彼女は言った。それは“恋する少女”なんて可愛らしいものではなく何かドロドロとしたものを感じさせる“オンナの顔”だった。
「・・・・」
このとき工藤結理は悟った。
目の前にいるこの少女も彼女の兄と同じく“普通ではない”と―――
そして、これから“波乱の毎日”を送ることを―――