第四十六話: Wonderful Day
新章突入です。
――――中華連邦共和国・大連邦総督府――――
「なにぃっ!?弐頭龍がやられただとっ!?」
ダンッ!
状況報告を聞いた途端、円卓に拳を叩きつけた中華連邦軍大将、鍠朱全。
「そ、そのようです・・・」
部下の男が歯切れの悪い口調で言葉を返す。
「ぐぬぅ・・・あの道化師・・・我々をコケにしおって・・・!」
男は拳を震わせながら額に汗を浮かべている。
「・・我が軍の“五指”に入るあの二人がこうも歯が立たないとは・・・」
「・・・やはり相手が原石では・・・」
「・・しかも向こうにはあの炎帝もいるんだぞ・・・」
ザワザワ・・・
円卓に座っている高官たちがざわめき声を発する。
「・・・大将、いかがなされますか?」
「・・・例の計画を実行する」
「「「「――――ッ!?」」」」
その場にいる男たちの表情が凍りついた。
「・・・で、ですが大将・・アレはまだ早すぎるのでは・・・」
「まだ準備も整っておりませんし・・・」
「第一、今の状況で日本とアメリカの両方を敵にするのは些か分が悪いのでは?」
「黙れぇっ!今回の件はすでに奴らにも知れてるはずだっ!やるなら今しかないのだ・・・」
「・・・では・・」
「ああ、残りの“五指”を全員召集しろ。それとアレの完成を急がせろ」
「・・・了解しました」
「始めるぞ、戦争を―――」
パシャァッ
弾ける水しぶき。
「ほら美紀ー、それっ!」
「きゃあっ、もぉー綾ちゃん、冷たいよぉー」
水を掛け合ってキャッキャ遊んでいる水着姿の少女たちの声が巨大な屋内プールに響き渡る。
―――9月14日、日曜日、午後2時過ぎ―――
「お兄ちゃ~ん、こっちで一緒に遊ぼーよぉ♪」
そう言ってはつらつと手を振っている綾。そんな彼女の視線の先には
「・・・・」
膝の辺りまである黒の海パンにグレーの半袖パーカーを羽織っている式の姿があった。
少年はビーチチェアに横になってボーと上を眺めている。
(―――ったく、アリスのヤツ・・・)
だが彼には自分を呼ぶ妹の声が耳に入っていなかった。
―――昨日の深夜―――
「―――状況報告としてはこんなところだ」
自室のベッドで横になりながら電話を片手に通話をしている式。
『そう・・・オルトゥスね・・・まだ存在していなんて・・・』
電話の相手はアメリカ本部、序列第二位のアリス・ローランド。
「8年前、俺とお前がロンドンで壊滅させたはずの、あのオルトゥスに間違いないだろ」
『思い出すだけでも吐き気がするわ。腐ったテロリスト共が・・・』
忌々しげな口調で彼女はそう吐き捨てる。
「・・・・」
『・・・ごめんなさい―――それで、そのフォビオ・ベロッキオっていう男のことだけど・・・本当なの?』
「ああ、第七感が効かなかった」
闇の柱や絶対引力といった、陰喰の力があの男には全く作用しなかった。
『正直・・・にわかに信じられないようなことだけど、アナタがそう言うのなら事実のようね。この事はカイバには?』
「いや、取りあえず一番最初にお前に報告するべきだと思ったから」
『あら、いい子ね。とびきり熱いキスをしてあげたくなるわ』
「何勘違いしてんだ、お前が直属の上官だからだよ。それが正しい判断ってもんだろ?」
『フフフッ、そんなに強がらなくてもいいじゃない。それだけ私のことを慕ってくれてるってコトでしょ?』
「―――あのなぁ・・・」
『今更照れる必要なんてないでしょ?私とシキの仲じゃない―――もうお互いのことを隅々まで知ってるんだから』
「・・・・」
『ンフフフッ、米国に帰ってきたら、またたくさん楽しみましょうね♥』
「・・・そんなことより、米国の情報管理はどうなってるんだ?あの道化師、俺のことを知ってた風な口の利き方だったぞ」
『う~ん・・・まぁ今の時代、情報管理にも限界はあるわ。恐らく何らかの手段を使って情報を得たんでしょうね』
「内部からの漏洩っていう線はないのか?」
『シキ―――ひょっとしてアナタ、身内を疑ってるの?』
それまで穏やかだった女の口調が変わった。
「可能性がゼロってわけじゃないだろ」
『・・・まぁいいわ。その辺りのことはこちらで調査してみるわ。そのベロッキオって男のことも』
「ああ、頼む」
『―――あっ、それと17日のサミットのことだけど、カイバからもう話は聞いたかしら?』
「あぁ、その件なんだが・・・“断る”っていう選択は―――」
『―――ないわよ』
キッパリと言われた。
「―――チッ、なにが“休暇”だ・・・」
(俺を日本に留めさせておいた“本当の理由”はこのためだったってワケか・・・)
舌打ちを鳴らしながら女の考えを察知した。
『アナタの仕事は“戦闘”だけじゃないってコトよ。アナタの場合、今まで表に出ることがなかったからこういうことに不慣れなのは分かるけど、仮にもアナタは本部の序列第三位なんだから』
「・・・分かったよ・・」
『いい子ね♪それとシキ―――1つだけ忠告しておくわ』
「何だよ?」
『ロシアの女には気をつけなさい』
「・・・はぁ?」
「―――ったく、何で休暇中にタダ働きしないといけないんだよ・・・」
(・・・それに、“ロシアの女”ってどういう意味だ?)
「お兄ちゃんっ!お兄ちゃんってば!」
「―――ッ!?」
気がつくと、不機嫌そうな表情をした綾がこちらを見下ろしていた。
「もぉー、さっきから何回も呼んでるのにぃ!」
「・・・悪い、それでどうしたんだ?」
「お兄ちゃんも一緒に遊ぼうよ!」
「え?プールなんかで何して遊ぶんだよ?泳ぐことくらいしかないだろ」
「・・・せっかく誘ってあげたのに、そんなこと言うんだ?」
頬を膨らませてさらに不機嫌さを増していく。
「そんなこと言ってもなぁ、プールじゃ俺―――」
「―――私の水着姿見ても、何も言ってくれないし・・・」
後ろで腕を組んで俯きだした。
「・・・とても似合ってるよ」
「・・・ホント?」
「ああ、かわいいぞ」
「ホ、ホントにホントッ!?」
興奮した様子でそう言って詰め寄ってくる。
「ほ、ホントだって・・・」
胸の中央と下のスカートにリボンがついている黒に白のドット柄の水着。ビキニの中では決して露出度が高い方ではないが、まだ体が発展途上の綾にはいい意味でピッタリだ。黒い水着が彼女の透き通るような白い肌を際立たせ、可愛らしい少女のイメージとどこか女の色気を感じさせる見事な水着姿だ。
「嬉しー!」
バッ
「ちょっ、おいっ・・・」
ビーチチェアに寝そべっている式に頬を赤くしながら覆いかぶさるように抱き着いてきた。
「だって嬉しいんだもーん♪」
ご満悦の表情でパーカを着ている式の胸板に顔をうずくめる。
「ちょ、ちょっと綾ちゃんっ!」
バシャァッ
すると、慌てた様子でプールから上がってきた美紀が駆け寄ってきた。
「んー?なに~?」
依然、式に密着したまま視線を美紀に向ける綾。
「そ、その・・・プールでそうゆうことをするのはどうかと思うよ!」
言葉に詰まりながらも、意見を主張する美紀。
「“そうゆうこと”ってどんなこと?」
「え?だ、だから・・・そ、そうやって抱き着いたりとか・・・」
恥ずかしげに俯いて小さな声でそう返答すると―――
「・・・分かった、じゃあ今度から美紀が見ていないところでするから♪」
「――えっ?」
そう言うと、式から手を放して立ち上がる綾。美紀を真っ直ぐ見ているその表情はどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「・・・・」
どこかやるせない表情で俯いて黙り込む美紀。
「綾、その辺にしとけ」
「「―――ッ!?」」
すると、立ち上がった式が諭すように言った。
「・・・私、何か悪いことした?」
若干不服そうな顔で問う綾。
「そういうわけじゃないけど、言い方ってものがあるだろ?友達は大切にしないと」
「・・・・」
黙り込む綾の横を通り過ぎて式は美紀の目の前で足を止める。
「美紀、ゴメンな。コイツたまにこういうところがあるけど、悪気があるわけじゃないから」
「そ、そんなっ!私は全然大丈夫だから!」
明るい笑みを浮かべる美紀。
「そう言ってもらえると助かるよ。それと―――」
もう一歩美紀に近づくと、彼女だけに聞こえるように小声で彼は言った。
「―――さっきは助かったよ、ありがとな」
少年はそう言うと片目を瞑って含み笑いを浮かべる。
「えっ・・・う、うん///」
そんな彼の言葉に少女は頬をほんのりと赤くする。
「もぉーっ!なに2人でコソコソ話してるの!?」
すると、とうとう我慢の限界っといった様子でズイっと綾が割り込んできた。
「これからもお前と仲良くしてやってほしいって言っただけだよ。なぁ美紀?」
「えっ・・・う、うんっ!」
事実と違うことに若干戸惑いながらも式の話に合わせる美紀。
「ふーんだっ!そんなことお兄ちゃんに心配してもらう必要ないもんっ!」
膨れっ面で両サイドのツインテールを大きく揺らしながらそっぽを向く妹。
「心配くらいさせてくれよ。お前は俺の可愛い妹なんだから」
「お、お兄ちゃん・・・」
(“俺の可愛い女”だなんて・・・きゃー♥)
頬に手を当て、興奮した様子で急に頭をブンブン振り始めた綾。その思考回路が普通でないことは確かなようだ。
「・・・・」
(・・・よく分かんねぇけど、機嫌直ったみたいだな・・・)
そんな妹の奇行を目にしながらも、取りあえず安心する兄。
「・・・あの、式君?」
「ん?」
すると、美紀が声を掛けてきた。
「今更なんだけど・・・私までついて来ちゃって本当に良かったのかな?」
どこか不安げな口調で尋ねてきた。
「んー、その辺は問題ないんじゃないか?」
現在3人は日本支部の訓練施設の1つである50メートルプールを貸切で使っている。
本来は訓練目的で使われるこの施設だが、どういうわけか休日である今日は自由に使っていいと言われたのだ。
暦の上ではすでに九月で秋に入っているが、なんせ温暖化が進んでいるこの時代のこの時期はまだ夏の残暑が残っていて暑いくらいだ。
式自身はプールで遊ぶつもりは更々なかったが、綾に聞いてみたら「行くっ!」と二言返事だったのでせっかくなら美紀も誘って行こうということになった。
そんなわけで先ほどから20分ほど少女たちは水の中で遊び、式は一人、プールサイドのビーチチェアに寝そべっていたというわけなのだ。
「で、でも・・・私サオスの関係者じゃないのに施設の中に入っても大丈夫かな?」
心配性で真面目な性格の彼女はまだ気にしているようだ。
「許可が下りたんだから大丈夫だろ」
「そーだよ美紀、せっかく部活も休みなんだし、楽しもーよ♪」
明日までに教室棟の修復を済ませなければならないため、現在第一高校では急ピッチで修復作業が行われている。そのため、土曜と日曜は全部活動が活動休止になっており、美紀が所属している弓道部も例外ではない。
金曜日の事件は教室棟からの突然の出火による火災として処理されたらしい。
それなら本来ならば警察や消防が出動する事態だが、24区において絶対的な権限を有している日本支部がいわゆる圧力をかけて自分たちだけで事態を収拾したというわけだ。
(本部も日本支部も、根回しが得意なのは何処も一緒ってわけか・・・)
因みに美紀は金曜日の事件のことを知らない。いくら当事者である結理さんの家族だからといって、教えられないこともある。
「そ、そうだよねっ。せっかく呼んでもらったんだから、楽しまないともったいないよねっ」
そう言って表情を明るくする美紀。
(・・・ん?)
その顔を見てみると、いつもの彼女と何かが違う気が―――
「・・・あっ、メガネか・・・」
「えっ?」
「・・・あ、いや・・・いつもとなんか違うなーって思ったら、メガネかけてないから・・・」
「あっ・・・うん、さすがにプールの中ではかけるわけにはいかないからね」
そう言ってどこか気恥ずかしそうな表情を浮かべる美紀。
「・・・・」
そんな彼女の顔を式は無意識の内に凝視していた。
なぜなら―――
(・・・この顔・・・どこかで見たことあるような・・・)
記憶の奥底に何かが眠っているような感覚が頭の中を駆け巡った。
(・・・なんか・・)
―――彼女の顔に見覚えがある―――
メガネをかけていると印象が違うので気づかなかったが、昔会ったことがあるような、そんな気がするのだ。
だが―――
(・・・んー、全然思い出せない)
いくら記憶を掘り起こしてもそれ以上は何も浮かんでこない。
でも、何か忘れているような引っ掛かりを覚えてならない。
「あっ、あの式君・・・」
「―――ッ?」
「・・・私、変・・かな?」
不安そうな口調でそう尋ねてきた彼女の声で我に返る。
触れ合いそうな近い距離から自分が彼女のことを凝視していたことにようやく気がついた。
正面の美紀はどこか落ち着きがない様子で式を見つめている。
(・・・やっぱり、気のせいか・・)
「あっ、悪い。全然変なんかじゃないよ。なぁ綾?」
「うんっ、美紀メガネはずした方がイケてるよ♪」
「えっ・・・ホント?」
「だって美紀元々カワイイんだから♪お兄ちゃんもそう思わない?」
「んー、そうだな・・・」
美人の結理の妹である彼女も確かに誰もが認める美少女だろう。メガネをかけていた時はどこか控えめな印象を受けたが、元々顔の造りが整っているのでメガネをはずしたことによってその綺麗な目元に輝きが増したように感じる。
しかし綾の振りにどう答えればいいものかと苦戦している式。そんな彼を落ち着きのない様子で美紀が見つめている。
「・・・個人的には、俺もそっちの方が好き・・・かな?」
(・・・こんな言い方しかできないのか、我ながら情けない・・)
「――ッ!ほ、ホントにっ!?」
すると表情を一変させて詰め寄ってきた。
「あ、ああ、ホントだよ」
「・・・あ、ありがとう///」
だが彼の言葉を聞いた美紀は頬を染めてこれまでない嬉しそうな表情を浮かべている。
「それにしても美紀、ソレ、変わった水着だな」
「あっ、コレ?」
「ああ、そういうタイプのは見たことがないから」
彼女が着ているのは競泳水着の型にどこか似ていて、ワンピースタイプの紺一色のシンプルなデザインの水着だ。
「そうだよねっ、式君は今まで学校に行ってなかったからスクール水着とか知らないよね?」
「スクール水着?学校で使う水着なのか?」
「うん、水泳の授業の時はみんなコレなの」
「へぇー、そんなのがあるんだぁ~、でもコレ、ちょっと地味すぎない?」
遠慮のない意見を言った綾。美紀がこの後発する言葉で返り討ちを食らうハメになるとも知らず―――
「そうだよね・・・本当は去年買った普通の水着もあるんだけど・・・そ、その・・・」
「「・・・?」」
急に言葉を詰まらせて恥ずかしそうにモジモジし始め、小さな声で彼女は言った。
「・・・もうサイズが合わなくて、ホントはこの水着もちょっとキツイくて・・・」
不思議なものだ、“サイズ”という言葉を聞いただけなのに、彼女の顔に向けられていた式の視線は徐々に下がっていき―――
(・・な、なるほど・・・)
気がつけば、その豊かな膨らみのあるバストに目が釘付けになっていた。
化学繊維の材質で出来ている生地に、はち切れんばかりといった様子でバストが何とか収まっているといった光景だ。
しかも胸だけに止まらず、綾のビキニタイプに比べて露出度は少ないが、綾に比べて少し肉付きがいい彼女の健康的な太ももやピチピチと張っているこのスクール水着はある意味、服の上からでは分からなかった彼女の見事はプロポーションを引き立てている。
「・・・・・」
ゴクリ・・・
思わず生唾を飲み込んでしまった。
ゴオォ・・・・
「お・に・い・ちゃ・ん?」
「―――ッ!?」
直後、横からひしひしと伝わってくるドス黒いオーラを発しているツインテールの少女の声で体がビクリと跳ねた。
「・・は、はい?」
ギギギギィ・・・
思わず敬語口調で返事しながら、まるで機械のような動きでゆっくりと首を少女の方に向けると―――
「そんなに、おっきいのが好きなのかな?」
御世辞にも大きいとは言えない胸の綾がニッコリと笑みを浮かべていた。ただし、その目は笑っていない。
「な、なに言ってんだお前っ・・・」
動揺を悟られまいと言い返した式だが―――
「だって、さっきからずっと美紀のおっぱいに目が行ってるじゃん」
「―――なっ・・・」
「―――ッ!!」
逃れることを許さない綾の言葉でついに何も言い返せなくなった式、そして顔を真っ赤にしている美紀。
「い、いや・・・あのなぁ、美紀・・・」
弁解しようと美紀の方に視線を向けると―――
「―――ッ!!」
―――バッ
両腕で胸元を隠した美紀。これ以上ないくらい恥ずかしそうにしているその目は若干涙目になっている。
「ち、違うんだっ!俺は決してそんな目で見てたわけじゃ―――」
「―――お兄ちゃんのエッチ・・・」
綾がボソリっと言った。
「・・・あ、あのなぁ・・・2人ともいいか?男ってのはみんなエロいもんなんだよ・・」
これ以上見苦しい言い逃れをするのに疲れてつい本音を暴露してしまった。
「美紀今の聞いた!?気をつけなよ。お兄ちゃんがいやらしい目で見てるから」
「・・え、えっと・・・」
「おい綾、変なこと吹き込むなって・・・」
「だってそーゆーことでしょ?まぁお兄ちゃんがすんごくエッチなのは知ってたけどね。この前だって私のこと食べちゃおうとしてたみたいだしー」
「なっ――!」
茶化すような笑みを浮かべながら綾が爆弾を投下した。
「―――いや、確かに言ったけど・・・」
(“食べる”の意味をお前は間違えてるぞっ!)
「・・・えっ?“食べる”って・・・?」
その言葉を聞いて?を浮かべている、まだまだ知識の少ない美紀。
「えっとね、つまりぃ―――ん゛ん゛っ!?」
「―――ったく、これ以上好き勝手に言われたらたまったもんじゃない・・・」
再び爆弾を投下しようとした綾であったが、その口元を後ろから式の手が塞いだ。
「ん゛――――ぱぁっ、もうお兄ちゃん何するのっ!」
抵抗してようやく式の手から逃れた綾が眉を吊り上げてジーと見上げてくる。
「お前が変なこと言うからだろ?」
そんな彼女を後ろから抱きしめるような格好のまま見下ろして言う式。
「・・・だ、だって・・・」
「お、おい綾・・・?」
急に綾がションボリと俯きだした。
「・・・お兄ちゃんが美紀のことばっかり見てるから・・・」
「そ、そんなこと・・・」
「・・・やっぱり、こんなちっちゃい胸じゃ・・魅力ないのかな・・・?」
力なく呟いた彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「・・・・」
―――ポンッ
「―――ッ!?」
綾の頭にそっと式の手が置かれる。
「そんなことないぞ。俺は好きだぞ、お前のその可愛い胸も」
「―――ッ!?」
その言葉を聞いて少女はハッと式を見上げる。
(・・・何言ってんだろ、俺・・・)
自分の言ってることがまともではないことくらい分かっている。これではただの変態兄貴だ。
「・・・ほ、ホント・・?」
だがそんな変態兄貴の言葉に頬を赤らめながら綾は尋ねてくる。
「ああ、それにまだ発育期だろ?これからまだまだ成長するだろうから安心しろって」
クシャクシャと頭を撫でながら優しく微笑む。
彼から言わせれば、妹に涙を流させるくらいなら、変態呼ばわりされる方が余程マシなのだろう。
「う、うんっ!私頑張ってお兄ちゃん好みの胸になってみせるからっ♥」
「・・・ははは、そっかそっか・・・・」
はじける笑顔を振りまいて高らかに宣言した綾の言葉に式は苦笑する。
「・・・まぁとにかく、2人共とてもキレイで魅力的だぞ。お前らにかかれば、そこら辺の男なんてイチコロだよ」
「嬉しいっ///でも私はお兄ちゃん以外眼中にないもんっ♥」
「あ、ありがと///わ、私も・・・式君だけだから・・・」
あけっぴろに自分の本心を語る綾に対して、美紀は後半部分を小さな声でボソッと言ったため式には聞き取れなかった。
しかし―――
(“キレイ”だなんて・・・やっぱりお兄ちゃん、素敵♥)
(きゃー、式君に“魅力的”って言われちゃった///)
二人とも好きな男にここまで言われて完全にデレデレ状態だ。
(・・・ふぅ、これでなんとか・・・)
一方、なんとか事態を上手く収拾できて安堵した式。
そこへ―――
「3人ともお待たせー♪」
聞こえてきたのは結理の声。
「はぁー、やっと溜まってた書類が片付きましたねっ♪」
「ホント~、たくぅ~、せっかくの日曜なのに仕事だなんて・・・」
「仕方ないでしょ恵美、ウチは普通の職場とは違うんだから」
更に結理の同僚の渡辺歩、大槌恵美、林彩香の3人の声も聞こえてきた。
「でぇ~、それでねっ、彼ったら―――」
「えー、ウッソ!?マジ!?」
「こないだの合コン収穫なかったぁ~」
「あ~あ、どっかにいい男いないかなぁ~」
その他にも10人近くの女性たちがゾロゾロとプールサイドへとやってきた。
「よーし皆!今日はプールで仕事の疲れを癒そーぜぃ♪」
「「「「「「お―――♪」」」」」」」
恵美の掛け声に合わせた女性陣たちのはつらつとした声がプールに響き渡った。
「・・・・」
その光景を式はただただ呆然と見ていた。
なぜなら―――
(・・・今日は、なんて日だ・・・)
大人の色気がムンムン漂う、“お姉さま方”の水着集団がこちらへ近づいているのだ。
ゴオォ・・・・!
「―――ッ!」
すると背後から痛みを感じる程ピリピリと何かとてつもないものを感じ取り、ハッと後ろを振り返ると―――
「「・・・・・」」
無言でニコニコと可愛らしい笑みを浮かべている二人の美少女。
「あ、あの・・・お二人とも?」
しかし、その目は一切笑っておらず、殺気にも近い、ドス黒いオーラを放っていた。




