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7th Sense  作者: freeman
第二章:弐頭龍、襲来
48/64

第四十五話:終局

『残念ですねぇ。申し上げましたのに、あなたと刃を交える気はないと』

指で帽子のつばを上げながら笑みを浮かべる男、ベロッキオ。

『・・・・』

(・・・どういうことだ・・・)

男が完全に闇の柱ブラック・アウトに飲み込まれたのを確かに“この眼”で確認したにも関わらず、何ともない様子で存在しているその姿を目の当たりにした式は純粋に驚愕した。

『“なぜ?”といった顔をされていますねぇ―――さぁ?なぜでしょう?イッヒヒヒッ・・・』

翻弄するような口調で男は気味の悪い笑い声を発する。

―――バッ

直後、式は男に向けて右手を翳し、陰喰を出現させると―――

(―――来いっ)

あらゆるのもを引き寄せる陰喰の特性の1つ、“絶対引力アブソリュート・グラビティ”を発動した。

だが―――

『―――ッ!?』

男の体は引き寄せられることなく、その場に立ってる状態を難なく維持している。

(・・・まさか―――)

その光景を目の当たりにして、彼の頭にある可能性・・・・・がよぎった。

そして、その直後だった―――

『―――うっ、ごはぁっ―――』

ビチャァッ

突然、式の口から大量の血が吹き出すように流れ出た。

『おや?』

その様子を見たベロッキオは不思議そうに首を傾げる。

『・・・うっ・・・ぐ・・・』

ガクッ

口からだけでなく、鼻からも血を流している式はその場に膝をついて悶え苦しんでいる。

『・・・はぁ・・・はぁ・・』

(―――くそっ、まだ早すぎる・・・)

闇の柱ブラック・アウトであの女を飲み込んだことによって、こうなること・・・・・・はある程度覚悟していた。

(・・・だがこの状況は、ヤバい・・・)

なぜか目の前の男に第七感ちからが効かない。

―――これは本当にヤバい―――

『ははーん、なるほど』

すると正面に立っている男が声を発した。

『・・・はぁ・・はぁ・・ごふっ―――』

ビチャッ

吐血しながら視線を男に向ける。

『どうやら本当のようですねぇ―――“聖光ルーチェに弱い”というのは』

『・・・・』

(また情報が漏れてる・・・どうなってんだ・・・)

『今苦しんでおられるのは、あの闇の柱でリンシェン・ツィーを飲み込んだ時、彼女が纏っていた聖光ルーチェのコードも一緒に取り込んだことが原因のようですねぇ』

カツカツカツ・・・・

ゆっくりと歩み寄ってくるベロッキオ。

『・・・・』

(ヤバい・・・視界が・・・)

男が一歩、二歩と近づいてくる中、式の目は霞んでいき、意識が遠のいていく。

『イッヒヒヒッ、まぁいにしえから“闇を倒すのは光”と相場が決まっていますからねぇ』

『・・・・・』

カツカツカツ・・・・

とうとう、両膝をついて衰弱しきっている式の目の前まで来たベロッキオは笑みを絶やさずに彼を見下ろすと―――

『―――ですが、これは我々にとって願ってもない好機チャンスですねぇ』

―――スッ

男の長い手が式に向けて伸びる。

『・・・・・』

(―――くそっ・・・・)

だが式に体を動かす余力などもう残っていない。

まさに絶望的な状況。

そして、男の手が式に触れようとしたその時だった―――


タッタタタタッ・・・・


『『―――ッ!』』

ドアのなくなっている屋上の出入り口から聞こえてくる足音。階段を駆け上がってくる音がだんだんと大きくなり近づいてくる。

『―――どうやら今日はここまでのようですねぇ』

するとベロッキオはピタリと手を止めて背を向け歩き始めると、帽子のつばに触れ、口元を吊り上げながら背中越しに言った。

『ではセニョール、またいずれ―――』

男の姿は屋上から消えていた。

『・・・くっ・・』

バタッ

その場に力なく倒れると意識はそこで途絶えた。

9月12日、午後7時12分、弐頭龍による襲撃事件はこうして幕を閉じた。








「・・・・ん・・・・」

目を開けると見知らぬ天井が視界に映った。

「・・・ここは・・・」

気がつくと患者衣を着てベッドで横になっていた。

「お、目が覚めたか」

すると横から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「・・・海場さん」

日本支部のトップ、海場宗次がベッドの脇にある椅子に腰かけていた。

「今回は災難だったな、式」

「・・・ここは?」

ゆっくりと上体を起こしながら尋ねる。

「日本支部の医療棟だ。まさかお前が意識不明で運ばれてくるとはな。ついさっきまで工藤が付きっきりでいたんだ」

「・・・結理さんが?」

「ああ、もう遅いから帰らせたがな。随分と思い詰めた表情をしていたぞ。補佐としてお前を守れなかったことに責任を感じていたんだろ」

「・・・・」

ふと、病室のデジタル時計を見ると、13日の午前3時を過ぎた辺りだ。

「・・・てゆーか、何でコイツが俺のベッドで寝てるんですか?」

「・・・ん~、むにゃむにゃ・・・・」

視線を横に向けると、制服姿のまま密着するようにピタリとくっついて眠っている妹が何やら寝言を呟いている。

「工藤や医務員が説得したんだが、お前の傍から離れないと聞かなかったらしいぞ」

海場は笑みを浮かべながら言う。

「・・・まったく・・・」

呆れ気味にため息をつきながらも、無邪気で可愛らしい寝顔を眺めると自然と顔が綻んでしまう。

「腹減ってるだろう?何か食うか?」

海場は机に置いてあるバスケットからリンゴを手に取ると、器用にナイフを使って皮をむき始めた。

「・・・海場さんにそんな才能があったなんて知りませんでした」

その見事な手さばきに純粋に感嘆する式。

「これでもたまに料理をしたりするんだぞ?」

「―――ぷっ、海場さんが料理ですか?」

その言葉に思わず噴き出した。

「笑うことないだろ。いつも詩菜に食事を作らすのは悪いと思って始めたんだよ」

「でも奥さん、美和子さんがいるじゃないですか?」

「そうか・・・お前にはまだ言ってなかったな。アイツは3年前にガンでな・・・・」

「―――え・・・」

「見つかった時にはもう手遅れだった」

「・・・そうだったんですか・・・残念です・・・」

「アイツはお前がアメリカに行った後も、ずっとお前のことを気にかけていた」

「・・・美和子さんらしいですね」

「お前を実の息子のように可愛がっていたからな」

「・・・・・」

「美和子が死んでから詩菜は強くなった」

「・・・どうして詩菜さんがサオスに入ることを許したんですか?」

「さぁ、何でだろうな・・・ただ、アイツが自分で“この道”を選んだんだ。俺に止める権利などないと思っただけさ」

そう言って食べやすい大きさに切ったリンゴを渡してきた。

「それにしても、高校生にして第二官なんてイレギュラーじゃないですか?」

そう言いながらむしゃむしゃとリンゴを頬張る。

日本支部の階級システムでは、大学生以下は補佐官候補より上の位には就けないと決まっているはず。なのに彼女は結理より上の第二官という地位に就いている。

「何事にも例外は付き物だ」

「・・・まぁ、あなたの娘さんですからね」

「ははは、お前が言うな」

「・・・そうですね」

含み笑いを浮かべる二人の原石。

「―――さて、では序列第三位、状況報告をしてもらおうか?」

だがそんな穏やかな空気が海場の放った一言で一変した。

「・・・“オルトゥスのベロッキオ”・・・道化師ピエロみたいなふざけた野郎はそう言ってました」

式の言葉に海場が若干目を細める。

Ortusオルトゥス・・・ラテン語で“誕生”を指す言葉だな。確か8年前にお前とローランドが潰したテロ組織もそんな名称だった気がするが」

「ええ、あの時完全に駆逐したと思っていたんですが・・・どうやら思った以上にしぶとい連中だったようです」

「―――だが、その道化師ピエロにやられたわけじゃなさそうだな。陰喰の完全治癒リジェネレーションを使えるお前が意識を失うほどのダメージを食らうとしたら―――また聖光ルーチェのコードでも取り込んだのだろう?」

「・・・バレバレですか。さすが海場さん、敵いませんよ」

「まったく・・・昔ローランドにあれ程痛めつけられたのにまだ懲りてないのか?お前にとって聖光ルーチェは猛毒も同然だ。それは身を持って味わってるお前が一番分かってるだろ?」

「・・・ええ」

そう、狂闇ディメントの原石である俺にとって聖光ルーチェは一発で命を奪いかねない危険な第七感ちからだ。聖光ルーチェの前では完全治癒リジェネレーションさえ意味を成さない。

“闇は光に勝てない”―――あのベロッキオという男が言っていたように、これは太古の昔から言われていることでもある。

「死に急ぐような真似はよせ。その子を守ってやれるのはお前しかいないんだろ?」

式の隣で眠っている綾に視線を向けて海場は言う。

「―――ええ、コイツのおかげで俺はまだ人間ひとでいられるんです。コイツ―――綾を守るためなら誰を敵に回しても構わない―――それが例えハワードやアリス、そしてあなただろうと」

怪焔フィアンマの原石、炎帝えんていの目を真っ直ぐ見て狂闇ディメントの原石は言った。

「―――ふっ、言うようになったな、小僧」

その視線を正面から見返して、男はどこか楽しそうに笑みを浮かべた。

「―――まぁ、詳しいことはまた後日聞こう。取りあえず今はゆっくりと休め」

そう言って海場は立ち上がって背を向けて病室の扉へと歩き出した。

「―――これから残業ですか?」

「ああ、どっかのバカのおかげで校舎が滅茶苦茶になってるからな。月曜までには元通りにしないといけないから急ピッチの復旧作業になりそうだ」

「・・・それは大変ですね」

人の悪い笑みを受かべる式。

「まったくだ、これだから上の立場っては面倒だ」

「お疲れ様です」

「ああ、お疲れ―――」

そんな彼に海場も含み笑いを浮かべて病室を去った。

室内は再び静けさを取り戻す。

「―――さて」

上体を起こしたまま、隣で眠っている少女に視線を向ける。

「まったく・・・病人のベッドで寝るヤツがあるか?」

その白く柔らかい頬を軽くつまみながら問いかける。

「―――ふっ・・・」

手を放し、息を吐くと思わず顔が綻んでしまった。

(・・・ホントに、綺麗になったな・・・)

改めてその無邪気な寝顔を見ると思わずそう心の中で呟いてしまった。

まだ若干あどけなさは残っているが、この8年間で女らしさを兼ね備えたその容姿は誰が見ても美しいと思うだろう。

「・・・・」

―――スッ

ふと、長く伸ばしたその流れるような黒髪を撫でようと手を伸ばしたその時だった―――

ドクンッ

「―――ッ!」

体中をある欲求にも近い感覚がドロドロと駆け巡る。



―――この女を喰らいたい―――



「―――くっ・・・」

(―――やめろ・・・やめろっ!)

頭を押さえ、自分の中に眠っている狂気を抑え込むように抗う。薄暗い室内でその瞳が点滅するように赤い光を放っている。

「・・・はぁ・・はぁ・・・」

(・・・危なかった・・・)

気がつけば息づかいが荒くなり、体中が汗を掻いている。

その瞳は未だ不安定に赤い光を放っている。

「・・・どこまでいっても化物だな、俺は・・・」

伸ばしていた手を止め、ただその寝顔を眺めるだけに留まる。

「・・・ふっ、そうだよな・・・何考えてんだ・・・」


―――こんな汚れた手で綾に触れようとしていたなんて―――


「―――虫唾むしずが走る・・・」

あの男が言っていたように、俺の本質は殺戮・・だ。人を殺し、喰らうことに最高の快楽を感じる狂った化物だ。今は狂気・・を切り離しているからまだマシな方だが、一度アレに染まってしまったら自分でも抑えが効かなくなってしまう。



―――8年前以前のように―――



自分から綾にはなるべく触れないようにしている。こんな汚れた手で触れたらコイツまで汚してしまう気がしてならないからだ。

綾は知らない―――俺が今までこの手でどれほど汚れたことをしてきたか―――

だがそんなことをコイツが知る必要はない。

俺の本質をと例えると、綾は俺のそのものだ。

それ故に、本当は誰よりも怖いのかもしれない―――何の力も持っていない、このか弱い少女が―――あのアリスよりも。



「・・・お兄ちゃん?」

「―――ッ!?」

そんなことに思い耽っていると、ふと耳に入ってきた声によって現実に引き戻される。

布団を被っている妹がこちらを真っ直ぐ見つめていた。

「・・・悪いな、起こしちまったか」

「・・・・」

少女はこちらを見つめたままゆっくりと上体を起こすと―――

―――ガバッ

「―――ッ!?」

勢いよく抱き着いてきた。

「・・・お、おい綾・・・」

「・・・よかった・・」

「・・・え?」

赤みを帯びたその目元にはうっすらと涙を浮かべている。

「ホントに・・心配したんだよ・・・」

「・・・ゴメンな、もう大丈夫だから」

そっと頭に手を置いて指でその涙を拭う。

「―――うんっ!」

すると安心したのか、少女はいつものように満面の笑みを浮かべる。

「てゆーかお兄ちゃん、汗びっしょりだよ?ホントに大丈夫?」

式の額に手を当てながら言う綾。

「・・・ああ、これは―――」

「あーっ、もしかして私の寝顔を見て興奮してたのぉ?」

口元に手を添えて茶化すような笑みを浮かべている。

「・・・まぁな。あんまり可愛かったもんだから、思わず食っちまおうかと思ってたところだったんだよ」

「―――ッ!?もうお兄ちゃんったら///」

綾は顔を真っ赤に染めながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。

「でもホントに無茶はしないでね。お兄ちゃんがすーっごく強いのは私が一番よく分かってるけど、もうお兄ちゃんが傷つく姿は見たくないよ・・・」

「・・・分かったよ。でもお前が思ってるほど俺は強くないぞ?たぶん原石の中じゃ最弱だろうし」

「そんなことないもんっ!お兄ちゃんが本気になればあの淫乱女だってボコボコにできるもんっ!」

「・・・アリスをボコボコって・・・」

(・・・それこそ無茶だろ・・)

「とにかくっ!お兄ちゃんは私の中で最強なんだからねっ!」

「はいはい、わかったから」

「―――それに・・・」

―――スッ

「―――ッ!?」

小さな両手が式の頬を捉える。

「―――最高に・・・かっこいいんだから・・・」

小さくて造りの綺麗な顔を近づけてまじまじと式を見つめる綾。その絡みつくような視線は妙な熱を帯びている。

「お兄ちゃんの瞳、ホントにキレイ・・・」

少年の頬に触れている細い指に力が入り、至近距離で少女のつぶらな瞳が、鋭い光を放っている少年の瞳を真っ直ぐ見つめている。

「・・・そんなこと言うのはお前くらいだよ」

「だってホントにキレイなんだもん。お兄ちゃんがくれたこの指輪と同じ・・・キレイな“赤”」

恍惚とした表情を浮かべて左手の薬指にはめている指輪を眺める綾。

「―――ねぇ、お兄ちゃん・・・」

「・・・ん?」

そして彼女は再び式に視線を向けて言った。



「なんだかこうしてると、お兄ちゃんが私のファーストキスを奪った時のことを思い出しちゃうね♥」



上目づかいで式を見つめているその瞳は何かを期待しているような目つきで、口元に笑みを浮かべている。

「・・・・・」

(・・・そんな昔の事掘り返すかよ・・・)

そんな綾に対して、式はどこか気まずそうな表情を浮かべている。

(詩菜さんのアドバイス・・・・・でキスしたなんて・・・言えねぇよな・・・)




―――8年前―――

とある一軒家の庭にある、石畳の階段。そこに座り込んでタバコを吹かしている長い黒髪を携えた一人の少女―――いや少年。

『あー、シーくんみぃーつけた♪』

ガバッ

すると後ろから誰かが抱き着いてきた。

『・・・なんだ、お前か』

口から煙を吐きながら、飽き飽きした様子で少女の顔を一瞥する。

背後から少年に抱き着いているのは肩まで伸ばした黒髪の可愛らしい少女だ。

『もー、またタバコ吸ってるぅ!お父さんみたいにタバコの臭いがついちゃうよ?』

『何の用だ?』

『アップルパイが焼き上がったってお母さんが言ってるよ♪シーくんも呼んできなさいって♪』

『・・・・』

無愛想な表情を浮かべながらも立ち上がる少年。腰の辺りまで伸ばしているその黒髪が大きく揺れる。

『シーくんはお母さんのアップルパイが大好きだもんねぇ♪』

嬉しそうに笑みを浮かべながら少女は自分より背の低い少年に視線を向ける。

『・・・まぁ、食えねぇことはないからな・・・』

『ふふふっ♪素直じゃないなぁ~お母さんねぇ、シーくんがたくさん食べてくれるから作るのが楽しいって言ってるんだよぉ♪』

『・・・何で・・』

『ん?』

『何でお前ら家族は俺なんかにそこまでするんだ・・・マジで分かんねぇ・・・』

『だってシーくんはもう私たち家族の一員みたいなもんじゃんっ♪』

『・・・家族?』

『そうっ♪今は私の可愛い弟だもんっ♥あっ、大きくなったらお婿さんってゆーのもイイかもー♪』

頬に手を当てて何やらキャッキャッ言っている。

『・・・俺には妹がいる』

『えっ!?そうなのぉっ!?』

『ああ・・・でも正直、今まで相手にしてなかったから、今になってどう接すればいいのか分からない・・・』

煙を吐いて一息置くと、少年は意を決したように口を開いた。

『―――“家族”って・・・どうやったらなれるんだ?』

『ん~、とにかくシーくんはその子と仲良くなりたいんだね?』

『・・・仲良く・・・まぁ、そんな感じだ』

『ん~・・・あっ!いいこと思いついた!』

『?』

『その子とチューしちゃいなよっ♪』

『・・・は?何で?』

『ん~、何となく?』

『・・・聞いて損した・・・』

呆れた様子で地面にタバコを落として踏みつける。

『でもキスって愛情表現としては一番分かりやすいんじゃないかなぁ?』

『・・・・』

『シーくんって誰かとチューしたことあるぅ?』

『・・・ない・・』

『ふーん♪』

『お前こそどうなんだよ?』

『私もまだー♪だってまだ10歳だよぉ?』

『・・・それもそうだな』

『あっ!ねぇシーくん♪』

『?』

『なら私とチューしてみる?』

『はぁ?』

『だってその子とする時の練習になるじゃんっ♪』

『・・・バカバカしい・・』

(だいたい、俺はアイツとキスするなんて一度も言ってねぇ・・・)

『シーくんは私じゃ嫌なの?』

『・・・あのなぁ―――』

(そんなことしたら、今度こそお前の親父に殺される・・・)

『私、シーくんにならあげてもいいよ―――ファーストキス♪』

ほんのりと頬を赤くして少女は無邪気な笑みを浮かべる。

『ほらほら♪んー♥』

目を瞑ると急かすように唇を突き出してきた。

その時―――

『詩菜ぁ、シーくん、早く来ないとアップルパイ冷めちゃうわよ~』

家の中から二人を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。

『・・・ほら、行くぞ』

唇を突き出したままの少女を置き去りにしてスタスタと歩いていく少年。

『あっ、シーくんひどーい!』

全く相手にされていないことに頬を膨らませる少女。

『お前みたいなガキにはアップルパイがお似合いなんだよ』

『むぅー、私より年下のくせに生意気ぃー』

『突っ立てないでさっさと来い。俺はどうせなら焼き立てが食いたいんだよ』

『あっ、ちょっと待ってよぉ!てゆーかポイ捨てはダメだっていつも言ってるでしょ~』

近くに落ちている吸い殻を拾って少女は少年のあとを追いかけていった。




『・・・・・・』

ふとそんな昔のことを思い出していると―――

―――スッ

首に綾の腕が絡みついてきた。唇が触れ合う寸前まで接近する。

「“あの時”もこんな感じだったよね・・・こうしてお兄ちゃんの赤い瞳と見つめ合って・・・・」

「・・・いや、あのな・・・アレは―――」

だが言葉を遮るように柔らかい唇が押し当てられた。

「・・・・」

(確かに詩菜さんのアドバイスのおかげで俺は綾と家族になれた・・・)

だが彼女が言っていたように、綾の俺に対する態度は普通の兄妹のそれとは違う。

そんなこと、俺でも分かる。

けど、俺にはコイツを拒絶することなんてできない。

(コイツから何もかも奪ってしまった俺にそんな権利はない・・・)

少年はただその唇を受け入れた。







「・・・ン・・・」

リンシェン・ツィーは目を覚ました。

「・・ココ何処ダ?・・・・」

気がつくと、ひんやりと冷たい黒い大理石のような地面にうつ伏せに倒れていた。

周囲を見渡すとそこは奇妙な場所だった。

紫の空と黒い地面が永遠と広がっている。他には何もない。

「・・・・」

最後に覚えているのはあの闇に飲み込まれたところまで。

だが飲み込まれる直前に、あの少年の口が何か言葉を発していた。何百メートルも離れていたが、色聴の共感覚を持っている女にはその声が微かに聞こえた。

「・・・確カ・・」


『――――お前は―――の餌だ』


―――ゾワァッ

「―――ッ!?」

直後、背後からとてつもなく禍々しい気配を感じた。

振り返ってみると――――

「――――ッ!?」

そこには一人の幼い少女が立っていた。

肩が剥き出しの赤いワンピースを着ていて、腰の辺りまであるストレートの銀髪に、透き通るような白い肌。まるで人形のような容姿の美しい少女がそこにいた。

だがリンシェンの視線は少女のある部分に釘付けだった。

(・・・コノ目ハ・・・!)

長い前髪の間から鋭い赤い光を放っているその両眼。

(・・・同ジダ)

妹を殺したあの悪魔と同じ目だ―――

―――ボォッ

直後、抑えようのない怒りを覚えた女はグローブ型のイミテーションから炎を出現させ、少女に殴り掛かろうと腕を振るった。

しかし―――

ガシッ

「―――ッ!?」

炎を纏った女の拳が少女に当たる寸前にピタリと止まった―――いや、止められたのだ。

女の手を掴んでいる“黒いソレ”によって―――

「・・・何ダ・・・コレ・・」

女はソレ・・を見て目を見開いた。

黒い地面から生えている無数の不気味な“黒い手”が押さえつけるように女の体中を掴んでいる。

「―――ンッ!クソッ!」

体の自由が効かず、身動きが取れないリンシェン。

すると、目の前にいる少女の顔がそれまでの無表情から一変した。

二ィとつり上げた口元から尖った犬歯を覗かせ、狂ったような笑みを浮かべている。

そして少女は言葉を発した。




「―――コレ・・・・・食べていい?」



「―――ヒィッ」

その声を聞いてリンシェンは思わず悲鳴を上げる。

少女は大きく開けた口を女の首元まで持っていくと―――

―――グシャァッ

噛みついた途端、女の首元から噴き出す大量の血。

「ガァ―――ッ」

女の悲痛の声を無視して少女はその血肉を貪り続ける。

グシャアッ―――ブチィッ、グチャ・・・・

数十秒もしない内に女の肉体は原型を失っていた。

スゥ―――

地面に落ちている骨や臓器、血肉といったものが黒い手と共に黒い地面に飲み込まれていった。

赤いワンピースを血で更に赤くし、口元についている血をペロリと舐めると少女は言った。

「ごちそうさま・・・パパ・・





「―――ええ、アナタの仰ってた通り、大変素晴らしい力でした」

とある高層ビルの屋上―――

24区の夜景を眺めながら電話を手に取って話をしているのは白いスーツを身に纏った男、ファビオ・ベロッキオ。

「わざわざ中華連邦のS2操者を餌に使った甲斐がありました―――御陰で彼の力をある程度確認することができましたからねぇ~」

『―――――』

「ご安心ください、私は傷つけてなどしていませんよ。我々にとって彼はとても重要な人材ですからねぇ~」

『―――――』

「そうですねぇ、どうやら今の彼には、8年前ほどの力はないようですねぇ―――ですが我々の目的の第一段階はすでにクリアされています」

そう言って、不気味な笑みを浮かべて男は言葉を続けた。

「アメリカ本部が8年間存在を隠していた彼を表舞台に引きずりだすことにようやく成功しました―――この時をどれほど待ちわびていたか、イヒヒヒヒッ」

不気味な笑い声がその場に響いた。



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