第四十四話:勧誘
「いやはやぁ、恐れ入りました。さすがはアメリカ本部の“ゴミ処理屋”、あの程度の輩では相手にもなりませんねぇ」
十数メートル離れた貯水タンクの上にいる、全身白スーツの長身細身の男、ベロッキオは帽子を被り直しながら愉快な口調で言った。
「・・・お前か、あの姉妹を差し向けたのは」
依然、両眼から赤い光を放っている式はフェンスの上に立ったまま振り返り、正面から男を見据える。
「お察しの通りです。中華連邦軍の五指に入る“弐頭龍”とも呼ばれていたそうですが、所詮はただの“狂犬”だったということでしょうか―――イヒヒヒッ」
「・・・・・」
「―――さて、先ほど拝見させて頂いた“闇の柱”、実に美しかった―――私、感激いたしました。2週間程前に“サウジアラビア”上空に出現したものと同一と受け取ってよろしいのでしょうか?」
ピクッ
男の言葉にわずかに式の眉が動く。
(情報が・・・漏れてる)
「なるほどなるほどぉ、そーいうことですか。それにしても、大変すばらしい第七感ですねぇ―――」
そして、男は二ィと口元を吊り上げて言った。
「―――その第七感、ぜひとも我々“Ortus”に欲しいですねぇ」
「・・・・」
(・・・Ortus・・・)
「聞き覚えのある名前だな」
「イッヒヒヒ、当然でしょうねぇ―――我々は8年前に一度、“あなた方”に叩き潰されましたからねぇ」
男はそう言って若干目を細める。
「・・・そういえばそうだったか――――お前たちの施設は完全に潰したと思っていたんだがな―――まだ生き残りがいたとは・・・しぶとい連中だ」
「イヒヒヒヒッ、我々は何度でも“誕生”しますとも」
「そうか、なら―――」
―――スッ
式は男に向けて右手を突き出す。
「―――何度でも滅ぼしてやろう」
―――ブワァ
そして右手から再び陰喰を出現させる。
すると―――
「まぁまぁ、お待ちください。今あなたと刃を交える気など私には更々ありません」
笑みを絶やさず、両手を挙げて交戦の意志がないことを伝えるベロッキオ。
「どの口が言いやがる、刺客なんか送り込んできたヤツのいうセリフじゃねぇだろ」
「あんなものは単なる余興に過ぎません―――あなたに“楽しんで頂く”ための」
「“楽しむ”・・・だと?」
「ええ、ご自身でお気づきになりませんでしたか?私にはあなたがとても“楽しんでいる”ように見えましたが、この程度では満足して頂けませんでしたかな?」
「・・・・・」
(コイツ・・・何が言いたいんだ?)
「では単刀直入に申し上げましょう。今日私が馳せ参じたのは、あなたを勧誘するためです」
「・・・勧誘だと?」
「そうです。セニョール雅に我らが組織、オルトゥスに入り、私たちの同士となって頂けないかと」
「・・・俺が“Yes”と言うとでも思ってるのか?」
「イヒヒヒヒッ、まぁこの状況では少しばかり難しいでしょうねぇ。ですがセニョール、あなたは本来、“こちら側”の人間なのでは?」
「・・・どういう意味だ?」
「恍けないで頂きたいですねぇ、あなたも本当は気づいておいででしょう?あなたの本質は“守る”ことなどはなく――――“殺戮”なのでは?」
「・・・・・」
「8年前のあなたは実に美しかった―――闇の“漆黒”と血の“赤”を纏っていた、あの恐ろしい姿は未だに私の脳裏に焼き付いています。ですが残念なことに、今のあなたにはそれを感じることができません――――」
そして男は続けて言った。
「―――一体、何があなたをそんなに変えてしまったのでしょうか?」
楽しそうに表情を歪めて男が言った直後だった―――
ゴォ――――ッ
真正面から闇の柱が男を飲み込んだ。
突き出した右手から放たれた、陰喰第二形態・『闇の柱』。
スゥー
そして男を飲み込んだ闇の柱は徐々に細くなっていき、消えていった。
後に残ったのは、上部がごっそりとなくなっている貯水タンクとそこから勢いよく大量の水が溢れ出ている。
先ほどまでいた男の姿はもうそこにはない。
「・・・ふっ」
式はそれを確認して軽く息を吐いた。
男の最後の言葉を聞いた瞬間、彼は直感した。
―――あの男は危険だ――――
あのまま野放しにしていれば、後後になって厄介なことになる。今ここで始末しておかなければと瞬時に悟った。
何よりも――――
(―――綾にまで害が及ぶ可能性があった)
あの不気味な笑みに、黒い瞳から垣間見えた静かな“狂気”。
「・・・気味の悪いヤツだったな・・・」
―――タンッ
フェンスから降りてそう呟いた直後だった―――
「それは私のことですかな?」
「―――ッ!?」
突如、横から聞こえてきた声。そちらに振り向くと――――
「―――なっ・・・!」
目を見開き、初めて驚愕した表情を浮かべる式。
「全く、いきなりとは酷いですねぇ」
十メートルほど離れた所に立っているのだ。
先ほど、闇の柱に飲み込まれたはずの男、ベロッキオが―――
「残念ですねぇ。申し上げましたのに、あなたと刃を交える気はないと」
帽子のつばを指で上げ、不気味な笑みを浮かべながら男は言った。
タタタタッ・・・・
ストッキングのまま4階の階段を駆け上っている結理。
(―――式君・・・)
そして屋上に通じるドアの前に辿り着いたのだが―――
「・・・ドアが・・」
そこにあるはずのドアはなく、屋上の風景が視界に映った。
「・・・・」
若干緊張した面持ちで屋上に足を踏み入れると―――
―――ピチャッ
「―――ッ!」
(・・・水?)
屋上のコンクリートは水浸しになっていた。
視線を上に向けると、上半分がごっそりとなくなっているタンクから水が流れている。
「・・・式く―――」
姿の見えない少年の名を呼びながら視線を横に向けた彼女の言葉は途中で途切れた。
なぜなら―――
「―――ッ!、式君ッ!」
水浸しになったコンクリートに、うつ伏せて倒れている少年の姿が視界に入ったからだ。
その周囲の水は赤く染まっている。
「式君ッ!式君ッ!」
少年の元に駆け寄り、彼の名を叫ぶ結理。
だが、口や鼻から大量の血を流している彼は応答しない。
「―――式君ッ!」
少年の名を叫ぶ彼女の声が何度も屋上に響き渡った。




