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7th Sense  作者: freeman
第二章:弐頭龍、襲来
39/64

第三十八話:月明かり

――午後6時43分、第一高校教室棟、二階廊下――

先ほどまで若干の明るさが見られた空は完全に暗がりに染まり、蛍光灯の点いていない暗い廊下を、窓から差す月明かりが照らしている。

「俺はこの心臓・・によって、加速系を行使している・・・この臓器型イミテーション、『Coreコア』によってな・・」

左手の親指で自身の胸の中央を指しながら少年・世良拓弥は言った。

直後―――

グラッ

「―――ッ!」

バタッ

突然、フッと力が抜けたようにバランスを崩し、床に跪く。

「・・・がはぁ、はぁ・・・がはぁ・・・―――がはっ」

ビチャッ

口や鼻からダラダラと溢れ出てくる赤い液体。

ピチャ、ピチャ、ピチャ・・・・

そして左胸の傷口から床に下垂れ落ちる大量の液体によって、少年の足元は血の湖と化している。

「・・・うっ、がぁっ―――」

(―――痛ッ・・・くそっ、やばい・・・)

アドレナリン上昇のせいで鈍っていた痛覚が徐々に戻りだし、左胸から意識を奪いかねないほどの強烈な痛みが襲ってくる。

だが彼を襲う苦痛はそれだけではない。

ビキッ

「痛ッ―――くっ・・・」

右手に鋭い激痛が走る。

(・・・もう・・右手も使い物にならない・・・)

ダラーン

その手首は本来なら考えられないような方向に曲がっている。

(・・・そりゃ、硬化系で強化しないと折れるよな・・・)

自身の右腕を一瞥して心の中で呟く。


加速系は人間の運動速度を超えた速さを生み出す。

速さは重さ―――『力』に変わる。

それはすなわち、速ければ速いほど、それだけ強い衝撃を“打たれた側”も“打った側”も受けることになる。

その衝撃に耐えきれず、女の頬骨は陥没し、彼の手首は折れた。


ゴキッ

「―――ッ!?」

突如、正面から聞こえてきた響くような音。

「―――痛っ・・・はぁ・・・これでやっと・・・まともに声を発せます」

顎に手を当て、確認するように口の開け閉めを繰り返している女・メイシェン。

(・・・外れた顎を無理やり・・・)

その顔の左半分は歪んでおり、頬は陥没して、左目は真っ赤に充血し、頬の皮膚が裂けて血が流れている。

「―――ペッ」

口から血を含んだ唾を飛ばすと、女は探るように自分のあばらの辺りを押さえる。

「・・・・4本ですか・・・まぁ運がいい方でしょう。もし君が加速系に硬化系を組み合わせていたら、初めの殴打で即死でした」

(・・・おい嘘だろ・・・この姉ちゃん、どんだけタフなんだよ・・・)

「臓器型イミテーションですか・・・さすがにそれは予想しませんでした」

カツン、カツン、カツン・・・

一つに纏めた長い三つ編みを揺らしながら女はゆっくりと近づいてくる。

「その“機械の心臓”に加速系を取り込み、それを動力源として全身の血液を循環させている―――言ってみれば、君は24時間、365日、常に体内・・で加速系の流纏操作を行使し続けている。まさにその流纏操作は、君にとって“生きる”と同義であると言えますね」

カツン、カツン、カツン・・・

「しかし、“その状態”で加速系を行使することは、同時に君の“死”を早める、そうですよね?」

「・・がはぁ・・・がはぁ・・はぁ・・」

朦朧とする意識の中、ゆっくりと近づいてくる女の声がただ耳に入ってくる。出血多量で衰弱しきっている拓弥にはもう、女に言葉を返すことも、その姿を目で捉えることも難しい。だがメイシェンはそんな彼に構わず言葉を続ける。

「体の運動速度を加速させると、必然的に心臓の運動が激しくなる―――つまり、全身の血の流れも急速に加速させ、傷を負った場合、出血が激しくなることを意味する」

少年を中心に広がっている、血の湖を一瞥して女は言った。

「今の君のようにそんな重傷を負っていては尚更です。あっという間に体中の血液が抜けていき、出血性ショック死に至る―――」

カツン、カツン・・・スッ

女は少年の目の前で足を止めて、赤く染まった床に膝をつき、至近距離で朦朧と俯いている彼を見据えると―――

グイッ

その顎に手を添えて、無理やり視線を上げさせる。

「―――がはっ・・・」

血を吐きながら苦しそうに呻き声を発する拓弥。

「『なぜ知っている?』といった表情をしていますね?」

その顔をじっくりと眺めながら女は口を開いた。

「いいでしょう、楽しませてくれたお礼に教えてあげますよ」

そのまま女は語り始めた。

「錬成操作を行える私は『共感覚者』でもあります。私の場合、怒り、悲しみ、喜び、焦り、動揺などといった『感情の色』が他人の表情から見えるんですよ。君のその左胸に傷を負わせた時、私は君の表情に映る『色』から、君の行動がある程度読めていました。そして今も、『苦痛』の中にわずかですが『動揺』の色が見えます」

スッ

すると、変わり果てた自身の顔の左頬にゆっくりと手を当て―――

「―――痛ッ・・・ですが、先ほどの君の反撃、私には君の『色』が見えなかった・・・恐らく君は死に直面したことで何も考えずに、本能的に行動を取ったのでしょう。考えるよりも先に体が動いた・・・死を早めるリスクさえも考慮せずに・・・フフフ、見事でしたよ」

真っ赤に染まっている少年の口元に指を這わせながら、一瞬右端の口元を吊り上げて笑みを浮かべる。

「―――話が逸れましたね・・・つまりはこういうことです。君の表情を見て『動揺』や『焦燥』の色が鮮明になる方向へ話を進めていけば、直接話を聞かなくとも、君の情報・・を引き出すことも可能なんですよ」

すると女は拓弥から視線を外し、近くに転がっている、黒ずんだ男の首を一瞥する。

「ついでにもう一つ教えてあげましょう。そこに転がっている男もこの能力で私が操っていたんですよ」

「―――ッ!?」

(―――な・ん・・だと・・?)

女の言葉が耳に入った途端、それまで朦朧としていた拓弥の意識が呼び戻された。

「『第一高校の占拠』に『雅式の暗殺』、この二つは“内部からの協力者”がいなければ実行が困難でしたからね、そこで“我々”が目をつけたのが、そこに転がっている男だったというわけです。“こちら側”に引き入れるのにそう時間はかかりませんでした。3年前に日本人によって息子を殺された『怒り』や『憎しみ』なといった感情を呼び戻させて、それらに支配されるよう洗脳した。私の能力は使いようによっては、マインドコントロールも可能にします」

「・・・・・」

(・・そうか・・・お前たちが・・・)

「それにしても、あの“生ゴミ”・・・確実に殺せた機会があったにも関わらず、仕留めそこなった上に勝手に自害とは・・・まったく、いい迷惑ですよ・・・おかげで私と姉さんがわざわざこうして出てくるハメになってしまい、私はこの有様です」

忌々(いまいま)しげに表情を歪め、自らの左頬をさすりながら再び少年に視線を戻す。

すると―――

「―――ん?」

先ほどまで力なく俯いていた少年はギリッと歯ぎしりをたてながら血走った目で女を睨みつけている。

『色』を見るまでもない、少年は呼吸を荒げながらこれ以上ないほど憤怒していた。

(・・・この『怒り』は・・・)

「・・・少年、ひょっとして君は・・」

試みるような口調で女は言った。


「朝鮮人・・・あるいは偽竄民ぎざんみんなんですか?」


ピクッ

わずかに拓弥の眉が動いた。

「・・・やはりそうですか」

拓弥の反応を見て女は確信した。

「実を言うと、初めて会った時からに感じていました。私が見ていた限り、君はあの男に対してそれほど『敵意』を抱いていなかった・・・いや、むしろ男の言葉にどこか共感・・を示していた―――まるで自身もそれを味わってきたかのように―――」

「・・・・・」

「そして私の言葉を聞いた途端、憤怒に満ちたその表情―――なるほど、納得がいきましたよ」

「・・・・・」

「しかし疑問ですね―――ならなぜ君は、死に瀕してまであの“赤い悪魔”を守ろうとしてるのですか?ご存じですよね?あの少年を含む、アメリカ本部最高戦力、『人間兵器』の3人が8年前、2000万人近くの朝鮮人を虐殺した『旧北朝鮮殲滅戦』を―――女、子供、老人といった無抵抗な市民も彼らは見境みさかいなく殺し尽くしたと聞きましたよ―――まさに兵器のように―――」

「・・・・・」

「彼を憎いとは思わないのですか?そもそもなぜ君は日本支部に―――」

「―――るせ・・」

翻弄するような口調で話し続けていたメイシェンだったが、少年が小さく発した言葉によって、その話が中断された。

「・・・はい?」

「・・ベラベラ・・うるせぇよ・・“ブス”・・ペッ―――」

ピチャッ

少年の吐いた赤い唾が至近距離にある女の顔にかかった。

「・・・・・」

無言で顔にかけられた唾を手で拭い取ると女は口を開いた。

「随分と言ってくれるじゃありませんか。こんな顔にしたのは一体誰ですか?」

グッ

「・・・があっ―――」

無理やり拓弥の顔を自分の方へ引き寄せて、変わり果てた顔の左半分を見せつける。

「女の顔に酷いことをしてくれましたね。お嫁に行けなかったらどうしてくれるんですか?」

「・・・はぁ、はぁ・・誰が・・お前みたいな“人でなし”を・・はぁ・・嫁にとるんだよ・・・」

呼吸を荒げながら女を睨みつけて吐き捨てるように言った。

すると女は急に笑みを浮かべ―――

「フ、フフフフッ―――まだそんな口を利く体力がありましたか。大したものです、気に入りました。それに・・・よく見ると、なかなかいい男じゃないですか。“赤い悪魔”も大層な色男と聞きましたが、君も私好みの顔をしていますよ」

覗き込むように少年の顔を見て、舐め回すように視線を巡らせる。

「・・・ですが残念です・・・そろそろ“お別れ”をしないと―――」

そう言って名残惜しそうに拓弥の顔から手を離すと―――

ピキピキピキッ

白いグローブをはめた左手の指の付け根の辺りから、鋭利な氷の鉤爪かぎづめが生成された。

「君のような“いい男”が、苦しみ悶えながら死んでいくのを見るのは、私としても心苦しいです。そこで―――」

ジャキッ、ジャキッ

五本の鉤爪を擦り合わせながら女は言った。

「生きたまま、その“機械の心臓”を抜き取ることにします。臓器型イミテーションというものを、一度この目で見てみたいですし」

右端の口を吊り上げながら肘を曲げて、手を斜め後ろに引き、照準を少年の胸の中央へ定める。

窓から差す月明かりに照らされた氷の鉤爪が、ガラス細工のような魅惑的な輝きを放っている。

「違った出会い方をしていたら、色々と“イイコト”ができたかもしれませんね」

「・・はぁ、はぁ・・・ねぇよ・・」

「フフフフッ・・・楽しかったですよ、少年。今度こそ“さようなら”です―――」

ズオォ―――ッ

氷の鉤爪を纏った手刀が拓弥の心臓へと一直線に迫ってくる。

(・・・ちくしょう・・俺は・・)

俺はこんなところで死ぬわけにはいかないのに―――

(・・・ごめん、母さん・・・約束守れなかった・・・)

薄れゆく意識の中、少年は心の中で呟いた。

ズオォ――ッ

そして、鋭利な氷の鉤爪が少年の胸に突き刺さる―――


寸前だった―――


「「―――ッ!?」」

女の手刀が彼の血で染まることはなかった。

なぜなら―――

グンッ

(―――なっ!?)

突然、拓弥の体が何か強い力に引っぱられるように、物凄いスピードで後方へ飛んで行ったからだ。

だがその先には巨大な氷壁がそびえ立っている。

このスピードで衝突すれば彼は確実に死ぬ―――

その時だった―――

正面からその光景を見ていたメイシェンは驚愕した。

氷壁の中央に突然、音もなく巨大な穴が開いた。

まるでその部分だけが消失・・したかのように――――

ヒュッ

そして、衝突することなく氷壁を通過した拓弥の体は―――

ドンッ

何か―――いや、“誰か”に受け止められた。

「随分とやられたみたいだな、拓弥」

「「―――ッ!?」」

暗がりの中、聞こえてきたのは彼の知っている人物の声だった。

だが理解できなかった。なぜがここにいるのか。

カツ、カツ、カツ・・・

その人物は拓弥の体を担いだまま、氷壁にできた巨大な穴から姿を現した。

「―――ッ!?」

月明かりに照らされたその姿を見たメイシェンはビクリと体を震わせた。

まず目についたのは、真っ赤に染まったカッターシャツ。

そしてその視線は、吊るすように少年の体を持ち上げている右腕―――いや、カッターシャツの首の後ろの襟元を掴んでいる右手に向けられている。

音もなく不気味に揺らめいている黒い炎を纏った右手に―――

「・・・またチャイナドレスかよ・・・下の階にいたヤツといい・・・ここはチャイニーズパブか・・・」

女の姿を見てその人物はうんざりした様子で言った。

「・・・・何で・・・お前が・・?」

あまりの驚愕に拓弥は思わず言葉を発した。

「ん?・・・“借り”を返しに来たんだよ、さっきの“借り”を」

あっけらかんとした様子で“黒い瞳”の少年、雅式は言った。


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