第三十五話:格
お待たせしてすみませんっ!
戦闘描写って書くの難しくて遅くなりました。S2理論の方もなかなか考えがまとまらなくて・・・
駄文ですが読んでやってください。
―午後6時半過ぎ―
ついさっきまで見えていた夕日はいつの間にか地平線まで下がっており、茜色に染まっていたはずの空は徐々にその暗さを増している。もう日没が近い。そして夜がやってくる。
ドォンッ、ドォンッ、ドォンッ・・・
第一高校教室棟の一階廊下では何かが爆発したような音が何度も連続して響き渡っていた。
「―――くっ・・・」
床に片膝をついて屈んだ姿勢のまま僅かに表情を歪めている少女・明石央乃。彼女の目の前には高さ1メートル程の氷壁が何枚も床から生えており、まるで彼女の盾となっているかのようにそびえ立っている。
だが―――
ドォンッ
ピキピキピキッ―――パリンッ!
彼女を守っている氷壁は次々と破壊されていく。まるで弾丸のような速さで飛んでくる炎針によって。
ドォンッ、ドォンッ・・・
15センチほどの炎針が氷壁に直撃する度に爆発音が鳴り響き、氷壁に亀裂が入り、大量の水蒸気が周囲に立ち込める。
(あの女、やっぱり強い・・・)
10メートルほど先に立っている、ストレートの黒髪で二つの団子を作った髪型に、黒いチャイナドレスを身に纏った女。吊り気味の目を更に吊り上げながら両手の指の間に挟むように持っている炎針をこちらに向けて投げてはまた瞬時に生成している。その口元は楽しそうに笑みを浮かべている。
しかも飛んでくる炎針のスピードは尋常ではない。まるで銃でも使って飛ばしているようだ。とても生身の人間にできることではない。
(怪焔の『錬成操作』、それに加速系で運動速度を上げているアレは・・・『流纏操作』)
「・・・『二大操作』の『重操』なんて、第一官クラスじゃない・・・」
ピキピキピキッ
そう呟きながらも、床についている右手に意識を集中させると、また新たな氷壁が彼女を守るように床から生えてきた。
(私の力じゃ防御するだけで精一杯・・・せめて時間を稼がないと・・・)
ふと自分の背後にある、資料室のドアを一瞥して数分前の出来事を思い出す。
『・・・明石さん、一体どうしたのっ!?どうして雅君がこんな・・・』
資料室から出てきた2年1組の担任教師・佐藤めぐみは血まみれの式と彼を支えるように佇んでいる央乃の姿を見た瞬間、急いで駆け寄ってきてそう尋ねてきた。
彼女の視界に映っているのは、つい先ほどまで補習授業で勉強を教えてた生徒の変わり果てた姿だった。
気を失っているようでダラリと力なく首を垂らして、手足もピクリとも動かない。本来白いはずのカッターシャツは左肩と背中を中心に真っ赤に染まっており、傷口には流血を防ぐためか氷の膜のようなものが張り付いている。だがそれも完全には止血できていないようで、ポタポタと床に血が下垂れ落ちている。
式に肩を貸して立っている央乃にも血がついており、彼に触れている手や肘を始め、白いカッターシャツやグレーにチェック柄の入っているスカート、更にはその白くてきれいな足にまでベットリと血がついている。
思わず目を背けてしまいたくなるような血塗られた光景が彼女の視界に映っている。
『・・・佐藤先生、今すぐ雅君を連れてそこの部屋に隠れて下さい』
すると何かを決心したような表情で、式に肩を貸したまま央乃が静かに言った。
『―――え?隠れるって・・・一体どういうこと?』
状況に理解が追い付かず、混乱している様子のめぐみ。
『今は話してる時間はありません。とにかく雅君を―――』
『えっ!?えぇっ!?』
式の背中に回している腕を解くと、これ以上傷口が広がらないよう慎重に彼の体を渡してきた央乃。
未だ状況に理解が追いつかないが、とにかく央乃と同じように式の背中に腕を回して支えるめぐみ。
―――ヌルッ
『ひっ・・・』
その瞬間、腕に何やらベトリとした物がついたのが感覚で分かって思わず短い悲鳴を上げる。
見なくても分かる、背中の傷口から溢れ出ている彼の血だ。
『部屋に入ったらすぐに止血手当をしてください。やり方は分かりますよね?』
そんなめぐみの反応を無視して指示を出す央乃。
『え、えぇ、そのくらいなら・・・でもこのままじゃ雅君・・・』
素人が見ても分かる。こんなに出血が酷ければ命の危険性がある。
『大丈夫です。仮にも序列第三位と呼ばれているんです。このくらいで死んだら私が許しません』
それはめぐみを安心させようとそう言った言葉だったが、このままでは彼の命が危ないのもまた事実。
『佐藤先生、これを』
『・・・これは?』
そう言って央乃がポケットから取り出して差し出してきたのはスマートフォンだった。
『この中に日本支部の非常時の連絡先が入っています。雅君の止血が終わったらそこに電話をかけてもらえますか?』
『日本支部っ?なんで日本支部の電話番号をあなたが?』
『・・・私が日本支部の人間だからです』
一瞬躊躇ったが央乃は真実を告げた。
『―――ッ!?』
央乃の言葉に驚きを隠せない様子のめぐみ。
『さっ、早く中へ。私がいいと言うまで絶対に出てこないでください』
『明石さん・・・あなたは?』
めぐみは心配そうな表情で央乃を見る。
『あのふざけたチャイナドレスをやっつけます』
『ちゃ、チャイナドレス・・・?』
自分の背後にある、大きな亀裂の入った氷壁を見据えて少女は言った。
(―――って言ったけど、このままじゃこっちがやられる・・・)
ヒュッ
ドォン、ドォン・・・・
止むことのない炎針の怒涛の嵐。女の一振りで片手4本、両手合わせて8本の炎針が一直線に飛んできて、彼女を守るようにそびえ立っている数枚の氷壁を徐々に崩壊させていく。
氷壁が破壊されていく度に央乃は新たな氷壁を生成するが
ピキ、ピキピキッ
(集中が乱れてきた・・さっきより錬成に時間がかかってる・・・・・・)
「ドシター小娘?守ッテバッカダナー?カカッテコイヤ!」
突如、攻撃の手を止めると挑発的な口調で話しかけてきた黒いチャイナドレスの女。
「・・・あなた何者なの?目的は何?どうして雅君を狙うの?」
(答えるわけないだろうけど、時間稼ぎくらいには・・・)
「ン?私リンシェン。殺シ屋ネ。悪魔チャン殺セバ、イッパイ金貰エル」
何の躊躇もなくリンシェンと名乗る女は央乃の質問に答えた。
(・・・この女、バカね・・・)
「一体誰から貰えるの?」
「ンー?知ラン。ソーユー事イッツモ“メイシェン”二任セテル」
頬に人差し指を当て、悩んだ仕草をしながら言う。
「・・・メイシェン?」
「妹。今二階デ、モウ一人ノ相手シテンジャナイカァ?」
「もう一人が拓弥の方に・・・」
「メイシェンアタシ位強イゾ。キットソイツ死ンデル」
口元を吊り上げて笑みを浮かべる。
(この女と同じ、第一官クラスのS2操者が・・・拓弥の援護は望めそうにないわね)
「・・・さて、どうしようかしら・・?」
頬を流れる一筋の汗を拭いながら少女は考えを巡らせる。
―教室棟二階の廊下―
床にはさまざま大きさの氷の破片が落ちており、中には突き刺さっているものも見られる。教室側と反対側の窓ガラスも何枚か割れていて、普段では考えられない光景が広がっていた。
バチバチバチッ
青白い光を放つ雷刀を握っている少年・世良拓弥は次々と絶え間なく飛んでくる氷刃に苦戦していた。
60センチほどの湾曲した形のそれは、まるで鋭い刃のついたブーメランのようだ。
ブンッ
高速回転しながら飛んでくるその速さは、とても人間が投げたとは思えない。普通の人間なら避けることもできずにスパッと体を斬られているだろう。
だが拓弥は自分に向かってくる氷刃を一つ残らず、全てあしらっている。彼の動きもまた常人のそれを超えている。その動きは目で追うことが不可能で、彼が振るう度にできる雷刀の残像が幾重にも見える。
「その動き、加速系の『流纏操作』ですか」
すると数メートル向こうにいる、彼に向かって氷刃を放ってきている張本人が口を開いた。
流纏操作とはイミテーションに取り込んであるコードの力を直接、身体や物体に流して作用させる操作方法である。
この流纏操作が使えるのは怪焔、魔氷、豪雷、聖光の4つだが、最もよく使われるコードが豪雷の加速系で、体に微弱な電気を流すことで筋肉や神経系を走っている電気パルス信号に刺激を与えて運動速度を著しく向上させ、この加速系を極めると音速レベルまで運動速度を上げること可能だと言われている。
ピキピキピキッ
攻撃の手を緩めることなく、白いグローブをはめた両手から瞬時に氷刃を生成しては肘から下だけを動かすような小さなモーションで投げ放ってくる白いチャイナドレスを身に纏った女。吊り気味の目に無表情で、投げる度にストレートの黒髪を後ろで一つに束ねている長い三つ編みが揺れている。
その時、氷刃が白いグローブから離れる直前に一瞬、バチッと青白い火花が散った。その瞬間を拓弥は見逃さなかった。
「―――っと、お前の場合、この氷の刃を投げる瞬間に速度を上げてるみたいだな」
迫り来る氷刃を叩き斬りながら拓弥は自分の見解を述べる。
「この状況でよく見ていますね。君の言う通り、私も加速系の流纏操作でこの氷刃の速度を250㎞/hほどまで加速させています」
全く力を入れてないような動作で氷刃を放ってきながらさらりとそう言った女。
しかし口で言うのは簡単だが、流纏操作は例え素人がイミテーション持っていても真似できるような操作ではない。
素人でも使える拳銃型や弾丸型のように引き金を引けばいいというわけではなく、この操作はコードの原理を理解し、使えるまでにかなりの訓練が必要とされている。
(―――だがこの女のはそれだけじゃない)
「央乃と同じ魔氷の『錬成操作』か、厄介だな・・・」
次々と飛んでくる氷刃を叩き斬りながら拓弥は呟く。
錬成操作とはイミテーションの補助を得ることで原石のように第七感の力を自然発生させることができる操作方法のことだ。
この操作ができるのは怪焔、魔氷、豪雷の3つのみで、怪焔ならば発火現象、魔氷は冷却現象、そして豪雷ならばコードを元に錬成を行うと放電現象を発生させることができる。
だがこの操作は決して修練を積めば絶対できると言い切れるものではなく、“ある才能”が必要とされ、流纏操作以上に習得は困難と言われていて使える者は少ない。
身体能力を向上させる流纏操作、そして原石と同じように異常現象を発生させる錬成操作、この二つは『二大操作』と呼ばれており、この二つの内、どちらか一つでも習得し、第七感の力を行使できる者が一般的に『S2操者』と呼ばれている。
だが現在、彼の目の前にいる女は二大操作の組み合わせた戦闘スタイル―――通称『重操』を行っているのだ。どちらか一つを習得するだけでも大変なことである二大操作の両方を当たり前のように使いこなしている。
――間違いない、この女はS2操者としての格が自分より遙かに上だ――
「―――はぁ・・はぁ・・はぁ・・・」
絶えることなく飛んでくる氷刃をあしらいながら拓弥は心の中で素直に認めた。雷刀を振りかざしているその動きは徐々に鈍くなっていき、呼吸が乱れてきている。
「息が上がってきたようですね。無理もありませんか。いくら流纏操作とは言え、その激しい運動の負担は君の体に返ってきますからね」
落ち着いた口調で言う女だが、同じ流纏操作をしているはずなのにその表情から疲労の様子は見られない。
(―――あの女の場合、肉体じゃなくて投げた氷の刃の方に加速系を作用させてるってわけか・・・)
「体に負担のかからない『物体作用』か・・・ふっ、テクニックも向こうが上か・・・」
額から汗を流しながら一瞬不敵に笑って呟く。
流纏操作には、自分の肉体に作用させる『身体作用』と自分の肉体以外の物体に作用させる『物体作用』の2種類があるが、場合によって体に負担のかかる身体作用に比べて、物体作用は体に負担は一切かからないが、難易度は身体作用より高く、高いテクニックを必要とする。
(このまま持久戦になったら間違いなくこっちのコードが先に尽きる・・・)
氷刃を斬っている間、常に体全体に加速系を発動させている拓弥と違って、手から氷刃を放した瞬間の速度だけを上げている女はその一瞬だけに加速系を起動させているわけで、どう考えても明らかに加速系の消費量は拓弥の方が多い。
(しかも魔氷の錬成操作の方も俺の雷刀より長く持つに違いない・・・)
シルバーの柄に取り込んでる豪雷の電雷系のエネルギーのみで形成されている雷刀と違い、錬成操作を発動させるためのエネルギーはイミテーションのコードから消費するが、現象をつくりだすその原材料は大気中から得ている。
発火現象ならば酸素、冷却現象ならば水蒸気、放電現象ならば原子の周囲にある電子が必要となる。土地や気候によって発揮される力に変化はあるが、これらの原材料は基本的に大気中に常にあるので発動条件が限られるということはないと言ってもいいだろう。
つまり、錬成操作とはイミテーションに取り込まれているコードと、大気中の物質という二つのエネルギー源を使って行われるハイブリット操作というわけだ。そのため、同じ時間コードを消費し続けてもその消費量は流纏操作の半分以下と言われている。
これが錬成操作が持つ大きなアドバンテージだ。
(どうにかして接近戦に持ち込みたいが・・・)
先ほどから斬っても斬っても女は次々と新たな氷刃を生成しては投げてくる。
その生成時間はおよそたったの3秒弱。
つまり、拓弥が氷刃を斬った瞬間にはもうすでに新たな氷刃を作り出して、投げ込んできているのだ。
斬った次の瞬間にはもうすでに次の氷刃が目の前に迫ってきている。
つまり、いくら加速系で運動速度を上げてると言っても同じ加速系の速さで飛んでくる攻撃を防ぐので精一杯な状況に置かれている。
「―――はぁ、はぁ・・・はぁ・・・」
叩き斬った氷刃の破片が掠ったのだろう。カッターシャツの腕や肩の部分が所々裂けていて、ガラスで切ったような切り傷から血がにじみ出ている。
(まずいな、このままじゃそのうち、あの氷の刃の餌食になる・・・かといってこの状況じゃ接近する余裕がない・・・)
息を整えながら焦りを覚える。
「―――そう言えば、下の階の爆発音が止みましたね」
「―――?」
疲れた様子も見せずに氷刃を生成しては投げるというまるで精密機械のような動作を繰り返しながら女が口を開いた。
(・・・そう言えば・・・)
先ほどまで下の階から響いていた爆発音がいつの間にか止んでいた。
「恐らく姉さんがもう片付け終えたのでしょう」
女は残酷に現実を突きつけるように言った。しかし―――
「―――いや、それはないなっ」
激しい動きで雷刀を振り続けながら拓弥は断言した。
「・・・なぜそう言い切れるんですか?」
「アイツは人一倍プライドが高くて負けず嫌いなんだよっ。そう簡単にはやられない」
「それだけですか?」
「ああ、それだけだ」
「・・・S2操者と言ってもやはり子供ですね。ですがその若さでここまで渡り合ってるその実力には賞賛の言葉を送りましょう」
「―――っと、そりゃどうも、お姉さんっ」
「可愛い年下の男の子にそう呼ばれるのも悪くありませんが、そろそろ終わりにしましょう。このまま続けても時間の無駄でしょうし」
すると急に女はそれまで続けていた攻撃の手を止め、正面にいる拓弥を見据える。
「・・・・」
グッ・・・
シルバーの柄を握っている汗ばんだ手に自然と力が入る。
女は今その両手に氷刃を持っておらず、手ぶらの状態だ。
(何か仕掛けてくるのは目に見えている・・・迂闊に近づくのは危険だが―――)
接近戦に持ち込めるチャンスは女が猛攻をやめた今しかない。
ダンッ
即決だった。加速系の流纏操作によって常人を遙かに超えるスピードで拓弥は女に向かって接近する。
フッ
それを察知した女は何も持っていない右腕を軽く振った。
だたそれだけだったはずなのに―――
ザシュッ
「―――ッ!?」
目を大きく見開いたまま、声にならない呻き声を漏らす拓弥。
ドゴッ
直後、前方に向かって加速していたはずの少年は背後にある氷壁叩きつけられた。
「―――かっ・・・」
氷壁に叩きつけられた衝撃で呼吸もままならない。
「まだ息がありますか。浅かったようですね・・・」
女が拓弥の様子を見て呟く。
「―――がはっ!」
ビチャッ
喉の奥から何かが込み上げてきたと感じた瞬間には吐血していた。
「はぁ・・はぁ・・」
荒い呼吸をしながらふと左胸に違和感を感じてそちらに視線を向ける。
ドプドプドプ・・・
左胸から血液が流れ出ている。
そしてそこに何かが突き刺さっている感覚がするのは確かなはずなのに―――
「・・・何も・・・刺さって・・ない?」
力ない口調で言葉を発する。
だが次の瞬間―――
ヴ―ン・・・
左胸のあたりの空間の色波長が歪み始め、ある物がその姿を見せた。
「・・・光学・・迷彩・・」
少年は自分の左胸に突き刺さっている“それ”を見て呟いた。
60センチほどの湾曲した氷刃が抉るように世良拓弥の左胸に刺さっていた。




