第三十話:電話と鼻血
―――9月11日、午後11時過ぎ―――
結理の逆鱗に触れてしまった式がその後、2時間以上も彼女の晩酌に無理やり付き合わされている頃―――
日本支部・支部長室にて海場宗次は受話器を片手にある人物と会話をしていた。
『8年ぶりのあの子との再会はいかがだったかしら?ミスター・カイバ』
「随分と様子が変わっていたから少し驚いたよ。昔は『鬼童』という呼び名通りの、手が付けられないガキだったからな。君ともよく揉めていたな、ミス・ローランド」
『ヤダ、覚えてたの?フフフ、あの頃は私もまだ子供だったからそんなこともあったわね』
「御転婆娘だった君が今や最強の戦闘組織の司令塔とは・・・あの頃は想像もつかなかったさ」
『司令塔だなんて・・・現在は第一位が不在だから仕方なく代わりにやってるだけよ。おかげで書類との睨めっこばかりで退屈でつまらないし、シキに会えなくて寂しいわ。あの子は元気にしてる?』
「ああ、どうやら毎朝きちんと起きて学校に行ってるようだ」
『フフフ、あの子が学校ねぇ・・・よく行く気になったわね』
「アイツの補佐に就いている日本支部の第三官のアドバイスで転入することになったらしい。俺も半信半疑だったが、まさか本当に行くとは思っていなかったさ」
『あら、あの子は今休暇中なのにまだ補佐なんてつけてるの?』
「先日の米国の政府の発表会見でアイツが原石であることが知れてしまったんだ。24区でもそれなりに騒ぎになってるから念のためにと思ってな。それに一般生活でも誰か大人がいた方がこちらとしても安心する―――だが最大の理由は別にある」
『あら、何かしら?』
「俺は君たち本部をあまり信用していない」
『あらま、随分とストレートね』
「君らが『壮爪』についての情報を日本支部に提供してくれた時に、式を派遣すると聞いた時から何かあるとは思っていた。8年間、アイツが原石であることを隠していた君らがそれがバレるのを承知で送り込んできたんだ。世間に知られると余程まずいことが先日の事件に絡んでいたんだろ?それに第一、俺には本部が何の見返りもなく、戦力支援を送ってくれるようなお人よしには見えないからな」
『ふっ・・・どうやらお見通しのようね。まぁ今回は日本支部の指揮権領域なのに無理を言って協力してもらったし、少しなら話してもいいわ』
「随分とあっさりだな」
『アナタは口外するような愚かなことはしない男だって分かってるから』
「まぁな、米国の内情に首を突っ込む気はない。俺は政治家でもマスコミでもないからな。それに本部を敵にするのは御免だからな」
『フフフ、分かってるわね。まぁ簡単に言うと米国の軍の尻拭いをさせられたって話。ただそれだけよ』
(粗方予想はしていたが、やはりそんなことか)
「そうか。まぁ日本に害が及ばないのならば問題ない」
『でも実際被害は被ったんじゃなくて?現に24区内の学校を占拠されたんだから』
「確かにそれは事実だが、仮に米国が関与していなかったとしても、第一高校が連中に占拠されていた可能性はあった。それを考えたら式のおかげで日本側も犠牲者を出さずに済んだわけだからここはイーブンとしよう。どちらにしろ、我々ではあの状況に手が出せなかったからな」
『アナタの『怪焔』は今回のようなケースにはちょっと不向きでしょうね。それにしても、アナタは話の分かる人で助かるわ―――どっかのロシア人と違って』
「米国のごたごたに首を突っ込んでもロクなことはないからな」
『フフフッ―――そう言えば、あの子の補佐についてる第三官ってどんな男なの?あの子を学校に行かせるなんてなかなかやるじゃない』
「男?いや、アイツの補佐は女性だ」
『・・・ちょっと待って、私の聞き違いかしら?今“woman”という単語が聞こえたんだけど?』
「聞き違いではないぞ。アイツの補佐は女性だ」
『・・・どうしてあの子の補佐が女なの?私は補佐は男をつけてくれってアナタに言ったわよね?』
「そんな要望に一々応えられるわけないだろ。こっちだって人員は限られてるんだ」
『そんなことどうでもいいわっ!その補佐を別の人間に変えてちょうだい!当然、男に!』
「何をそんなに必死になってるんだ?」
『何をですって?あの子は私の婚約者なのよっ!その女があの子に手を出したらどう責任をとってくれるつもり?まったく・・・ただでさえ、あの目障りな小娘がいるってのに!』
「・・・いや、考え過ぎだろう。それに式も彼女のことを気に入ってるようだから問題はないだろ」
『・・・シキがその女を気に入っているですって?』
「ああ、事件後も補佐をつけると話した時、彼女ならいいってアイツ自身が言ったんだ」
『・・・その女の名前、教えてくれないかしら?』
「ん?工藤結理だが」
『ユリ・クドウね・・・年齢は?既婚者かしら?』
「確か・・・26歳、独身だ」
「ユリ・クドウ・・私より2つ上か・・・油断できないわね」
ちょうどその頃、工藤家にて――――――
―――ゾッ
「――――ッ!?」
「どうかしたんですか、結理さん?」
「い、いやぁ~・・・なんか今、体がブルッてなってぇ・・・」
一瞬だけだったけど、体が震え上がるような感覚を覚えた。
(さっきの感じ・・・前にもどっかで感じたような・・・)
「きっと飲み過ぎですよ。もういい歳なんですから、子供の前でみっともない真似しないで下さい」
「あははは、いーぞ式君。もっと言ってやれぇ!」
顔を赤くしてケラケラ笑いながら式に声援を送る恵美。
「結理先輩、もうやめておいた方がいいんじゃないですか?」
「そうだよ、おねぇちゃん。私まで恥ずかしいからもうやめてよ」
「酒の飲み過ぎで子供に説教されるなんて・・・結理アンタいくつ?」
「お兄ちゃん曰く、今年で“27歳”なんだよねー、結理さん?」
「もぉ~、皆うるさいなぁ・・・てゆーか、私はまだ26歳だー!」
「はいはい、それはよかったですね」
素っ気ない返事をする少年。
(・・・あ、思い出した・・・“あの時”の感じと似てたんだ)
今隣にいるこの少年が、テロ事件を解決した直後に体育館で私に向けた、殺気にも似た、あの威圧感のようなものに―――――
(まさか・・・今のも式君が?)
気になって少年の顔をジーと見つめる。
「・・・何ですか?俺の顔になんかついてますか?」
せっかく端整に整っているその顔をいかにも嫌そうに歪めている。うん、いつもの彼だ。
(・・・気のせいかな?)
「あ、ゴメンゴメン・・・てゆーか、早くお酒を注ぎなさいよぉ。私はまださっきのこと怒ってるんだからぁ~、今日は朝まで返さないわよ~」
―――バッ
顔を真っ赤にしながら持っているガラスコップを式に突き出す結理。
「・・・俺、明日学校なんですけど・・・」
「そんなのカンケ―ないもーん。私を怒らせた罰だもーん」
「・・・結理さんに恋人ができない理由が分かった気がします(ボソ)」
「何?今何か言った?」
「・・・いえ、何も・・・」
手に持っている一升瓶を傾けて結理のコップに注ぐ式。
「今日はこれで最後です。結理さんがソレ飲んだら俺は帰りますから」
「なーに言ってんのっ?これからよ、こ・れ・か・ら!」
「俺は帰って寝たいんです。もう11時過ぎですよ」
「まだ11時よぉ?。まだ若いのにぃ、元気が足りないんじゃなーい?」
「―――ふっ、嫉妬ですか」
「な・ん・で・すってー!」
バシッ
「ぐほっ!」
結理の手刀が式の後頭部に直撃した。
「まったく、君は式の女絡みの事となると周りが見えなくなるな」
『当然よ。愛しているんだから』
「ははは、若いってのはいいな」
『私が今こうしていられるのはシキのおかげよ。きっとあの子に出会っていなければ現実から目を逸らしたままだったわ』
「“原石の宿命”か・・・確かに子供には酷だったろう。いや、子供も大人も関係ないか・・・」
『でもアナタとハワードはやけに落ち着いていたわよね?』
「彼と俺を一緒にするのは間違っている。アレは6人いる原石の中でも異質な存在だ。式が“正真正銘の化物”なら彼は“正真正銘の神”と言ったところか。あの二人は似ているようで正反対だ」
『確かにそうかもしれないわね』
「その二人に加えて君までいるんだ。いやはや、考えただけでも恐ろしいよ」
『フフフッ、8年前、あの子を完膚なきまでに叩きのめしたアナタがそれを言うかしら?炎帝』
「アレは俺なりの教育だったんだよ。それを言えば君なんかしょっちゅうアイツを半殺しにしていただろ、破天使」
『その呼び方やめてもらえる?嫌いなのよ・・・まったく、『麗天使』とかだったらまだ許せるのになんで『破』なのよっ、『破』!フンッ、失礼しちゃうわ』
「そうか?君にはお似合いな異名だと思うが」
『前にシキにも同じようなこと・・・いや、もっと酷いこと言われたわ。“俺から言わせればお前の方が悪魔だ”って・・・危うくあの子のタマを握り潰してしまうところだったわ』
(・・・恐ろしいことを・・・まぁアイツにとって聖光は天敵だからな)
「痛ってぇー!」
(―――ったく、酔ってるせいか、いつもより威力が増してやがる)
後頭部を押さえながらそんなことを考えていると―――――
「あ、式君大変っ!」
突然、正面にいる歩が血相を変えて声をかけてきた。
「・・・何がですか?」
「あ、ホント・・・真っ赤・・」
彩香が式を見てポツリと言った。
「・・・真っ赤?」
「鼻血出てるよっ、お兄ちゃん!」
「・・・え?」
「ちょ、ちょっと式君、こっち向いてっ」
グイッ
式の両頬をホールドすると顔を自分の方へ向ける結理。
「うわ・・・」
鼻血がタラタラと流れて口の周りや顎を真っ赤に染めている。
ポタポタポタ・・・
そして顎から下垂れ落ちている血が第一高校のカッターシャツやズボン、さらに座っているカーペットにまでついている。
「ありゃりゃ、結構出てるねぇ。ほら、これ使って」
つまみをボリボリ食べながら恵美がハンカチを投げてきた。
「・・・すみません」
鼻の下や口元にハンカチを当てて見てみると、ベットリと血がついている。
「・・・気づかなかった」
「私、ティッシュ取ってくるっ」
急いで立ち上がる美紀。
「えっとぉ・・・私のせい・・・なのかな?」
「まぁ・・・」
「他に考えられない」
「でしょ」
上から歩、彩香、恵美。
「・・・・」
酔いが一気に醒めたのか、急に深刻そうな表情になった結理。
「式君・・・」
「はい?」
「ごめんなさいっ!私がさっき頭を叩いたせいよねっ!?大丈夫!?」
「はい式君、ティッシュ」
そこへ美紀がテッシュ箱を持ってきた。
「ああ、ありがと美紀。大丈夫ですよ。自分でも気がつかなかったくらいなんですから。それよりカーペット汚してしまってすみません」
「そんなこと気にしなくてからっ!それよりホント大丈夫!?確かにちょっと強く叩いちゃったかもしれないけど・・・まさか鼻血が出るなんて・・・」
(・・・アレが“ちょっと”なのかよ・・)
「でも頭シバかれて鼻血が出るとか・・・」
「・・あんまり聞いたことないよね?」
結理以外の女性陣たちもどこか腑に落ちないような表情をしている。
「とにかく大丈夫です。少しすれば止まりますよ」
「・・・ホントに大丈夫?」
依然、心配そうな表情で見つめてくる結理。
「たかが鼻血ですよ。心配ありません」
(まぁこれを機に、以後暴力行為をやめてくれたら、俺としてはありがたいが・・・)
それはないだろう。
『――――――――では先ほど話した来週のサミットのことはシキに伝えておいて頂けるかしら?』
「分かった。式には俺の方から伝えておこう」
『お願いするわ。あの子のことよろしく頼むわね』
「ああ」
ピッ
電話を切るとため息をついて海場は言った。
「面倒なことにならなければいいが・・・」
ジャー・・・
洗面台から聞こえてくる水の流れる音。
「んー、やっぱり原因はあの時か・・・」
洗面台の鏡の前に立って自分の姿を見ながらそう呟く式。着ているカッターシャツには所々赤い染みがついている。
「あー、やっぱり聖光のコードなんて喰わないほうがよかったなぁ・・・」
女子会がお開きとなり、自宅へ帰った式は洗面所でうなだれている。
「まぁ、あの時はいきなりだったから仕方なかったが・・・・」
立花家で次女の金髪の攻撃を回避するために“アレ”を使って豪雷と一緒に聖光のコードを飲み込んだことが先ほど鼻血が出た真の原因だろう。
「結理さんがどついた衝撃で溜まっていたダメージが鼻血として表れたってことか・・・競技用のイミテーションだったからコードの濃度が低くて助かったが、本物のイミテーションなら大量出血だったな」
―――ガチャッ
「お兄ちゃん?」
するとドアが開いて綾が入ってきた。
「ん?どうした?」
「鼻血、もう大丈夫?」
「ああ、もう止まった」
「ズボンは洗えば大丈夫だと思うけど、そのカッターシャツはもう使えないね」
「ああ、ちょっと血痕が着き過ぎてるからな。登校4日目で捨てることになるとは思いもしなかったよ」
「でもお兄ちゃんが鼻血を出すなんて珍しいね」
「・・・ははは、そうだな」
(綾には余計な心配をかけさせたくないから黙っておこう)
そう心の中で考えていた式だが、綾の次の言葉で表情が固まった。
「誰にやられたの?」
「・・・え?」
「誰にやられたの?お兄ちゃん」
「え?・・・誰って・・そりゃあ、結理さん・・だろ?」
「でも頭叩かれただけであんなに鼻血が出るなんておかしいよ。私が殴っても血が出ることなんてなかったじゃん」
「・・・うん、そうだな。でもアレ、結構痛いんだぞ?」
「―――と・に・か・く!私はお兄ちゃんが鼻血を出した原因は他にあると思ってるの」
「いや、それは―――」
「―――例えば、聖光のコードで攻撃を受けたとか」
「・・・・」
「立花家の次女が神速系を使えるとか言ってたよね?」
(―――何コイツッ!?鋭い!)
「・・・いや、あのな綾、実は――――」
「ソイツに攻撃されたんだね、お兄ちゃん?」
有無を言わさぬ口調で詰め寄ってくる綾。
「・・・いや、向こうが俺を侵入者と勘違いしただけだったんだ。だからお前が心配することはないから、な?」
そう言ってなんとかなだめようとしたが――――――
「―――心配するに決まってるじゃんっ!」
綾が大声で怒鳴った。
「・・・すまん」
「お兄ちゃんにとって聖光はすごく危険なんだよっ!?死んじゃうかもしれないんだよっ!?お兄ちゃんが死んじゃったら・・・私・・・」
バッ
目元に涙を浮かべながら勢いよく抱き着いてきた綾。
「・・・心配させて悪かったな。でもお前を一人にして俺が死ぬわけないだろ?」
そう言って式は綾の体を優しく抱きしめる。
「・・・ずっと私のそばにいてくれるんだよね?」
涙を浮かべ、上目づかいで式を見る綾。
「ああ、約束しただろ?お前は俺のたった一人の家族なんだから」
頬を流れている涙を指で拭き取ってやる。
「そ、そうだよねっ、私たち夫婦だもんねっ!」
(あれ?今なんかニュアンスが違ったような・・・まぁいいか)
「ねぇ、お兄ちゃん・・・」
「ん?」
「今日・・・一緒に寝てもいい?」
「・・・え?何で?」
「だって今日家に帰ってもお兄ちゃんがいなかったから寂しかったんだもんっ!」
プクーと頬を膨らませる綾。
「いやぁ、でもベットが狭くなるからなぁ」
「・・・お兄ちゃん、お兄ちゃんの部屋のベットがダブルベットなのは何でか知ってる?」
「そんなの、偶々だろ?」
「違うよ。一緒に寝られるように私が大きいのを発注しておいたの!」
「そうだったのか?でもお前と一緒に寝たらダブルベットの意味なくなるだろ?お前やたらくっついてくるから寝辛いんだよ」
「・・・お兄ちゃんの嘘つき・・・」
ギロリと式を睨んでくる綾。
「・・・何のことだ?」
「今日の朝、昇降口で昨日みたいにまた遊んでくれるっていったじゃんっ!」
(ん~、そんなこと言ったけ?)
頭の中の記憶を探っていく。
『わかった、わかった。また昨日みたいに遊んでやるから、な?』
『ホ、ホント!?』
「・・・あ~、確かにそんなこと言ったかもな」
「でしょっ!?だったら――――」
「でもそれがなんで一緒に寝ることになるんだよ?」
「・・・だってお兄ちゃん約束してくれたのに、今日は家で一緒にいてくれなかったじゃん・・・・」
シュンと俯く綾。かなり落ち込んでいる様子。そんな妹の姿を見てしまった兄は――――
(あ~、断われない・・・)
「・・・分かったよ、なら一緒に寝るか?」
「ほ、ホントッ!?」
途端、元気を取り戻し、満面の笑みを向けてくる綾。
「ああ、お前先に風呂入れよ。俺は後で入るから」
「いいよ、お兄ちゃん先に入って♪私先に宿題済ませたいから」
「ん?そうか?なら遠慮なく」
「あ、血の付いたカッターシャツはそこに置いておいてね。後で捨てておくから」
「ん、分かった」
「じゃあ、後でねっ♪お兄ちゃん♥」
ガチャ
そう言って洗面所を出て行った綾。
「・・・なんか今日は色々あったな・・・」
その① 朝は教室に入った途端、むさ苦しい男子どもに囲まれた。
その② 休み時間に女子たちに囲まれ、その気迫に負けて機密事項を漏らしてしまいそうだったところを明石さんに助けられ、ボロクソに文句を言われた。
その③ 昼は華蓮に泣かれてしまい、生徒会室で詩菜さんに再会するも、その(胸の)成長っぷりに目を奪われていると女性陣3人から理不尽なコンボ攻撃を受けた。
その④ 華蓮の家ではあの金髪が殴り掛かってきて危うく殺されそうになった。
その⑥ 帰宅後、隣の工藤家に行ってみれば酔っ払いの相手を2時間もさせられ、終いには後頭部を強打され、鼻血のオンパレード。
「・・・はぁ、早く寝よ」
あまりに内容の濃い一日だった。




