第二十八話:女子会
小説のタイトルを変えさせていただきました。
混乱された方はごめんなさい。
立花邸から自宅の秋北タワー・ヒルズまでは車で約25分と行きに比べてそれほど時間はかからなかった。
「華蓮の家は『春東』の住宅地の中でも奥の方だから、学校がある『夏西』からだと結構距離があるんだな」
現時刻20:58、そんなことを呟きながら自宅である5002号室のドアの前で佇んでいる式。
土地面積84k㎡、東西に長い長方形型の24区は大きく分けて5つのエリアに分かれている。
幕張方面からの『ノースブリッジ』や『ノースモノレール』が架かっており、繁華街やオフィス街が立ち並ぶ『秋北』。
新浦安方面からの『ウェストブリッジ』や『ウェストモノレール』が架かっていて、24区内の教育機関が集中している『夏西』。
羽田空港からの『サウスモノレール』や東京アクアラインからの『サウスライン』が架かっていて滑走路や港、アリーナなどがある『冬南』。
五井方面からの『イーストブリッジ』や『イーストモノレール』が架かっていて住宅街が密集している『春東』。
これら4つのエリアは『田』の字のように碁盤目割りに分けられていて、北西部が『秋北』、南西部が『夏西』、南東部が『冬南』、北東部が『春東』となっている。
そして、24区の中央に位置し、土地面積の約1/20を占めるサオス・日本支部。24区はこの5つのエリアで構成されている。
「・・・眠い。今日はすぐ寝るか」
カードキーを差し込み、暗証番号を入力する。
ガチャッ
オートロック式のドアの鍵が開いた音がしたのでドアノブを引いて家の中に入ると――――
「・・・なんで真っ暗なんだ?」
玄関を始め、リビングに続く廊下まで明かりが点いておらず、家中が静まり返っている。
「・・・綾のヤツ、もう寝たのか?」
靴を脱ぎ、明かりを点けてリビングに入ると
「ん?なんだこれ?」
テーブルに書置きが置いてあった。
『美紀の家に来て』
書いてあったのはその一言だけだった。
「・・・取りあえず、行ってみるか」
ピンポーン
隣の5001号室のドアのインターホンを押すと―――
『は~い♪』
インターホン越しに聞こえるどこか陽気な声。
(この声、結理さんか)
「俺です。そちらに綾がお邪魔していませんか?」
『あら~、式君じゃないっ♪』
「・・・・・」
(・・・やけにテンション高いな・・)
『今開けるから待っててちょうだ~い♪』
ガチャ
「も~、来るの遅いからお姉さん持ちくたびれちゃったぞっ☆」
出てきたのはウェーブのかかった腰まである黒髪の美女、工藤結理(現在26歳)。その表情はいつもよりどこか陽気で顔が赤くなっている。その彼女が―――
ガバッ
なぜかいきなり抱き着いてきた。
「ちょ、やめてくださいっ!てゆうか酒臭っ!」
(酒飲んでるのか、この人)
「女の子に酷いこと言うのねぇ~、そんなんじゃモテないわよ~」
だらーと寄り掛かってきながらぷはーと息を吹きかけてきた。
(だから酒臭いんだよっ!てゆうかもう“女の子”って歳でもないだろっ!)
口に出してツッコミたかったが命の危機を悟って心の中に留める。もはや最初に空港で会ったときの、落ち着きのある、「デキる大人の女」の雰囲気など微塵も感じなくなってしまった。
「それより早く上がって頂戴っ♪みんな待ってるのよ♪」
「・・・みんな?」
「みんなー、色男のお出ましよー♪」
リビングに入ってきた結理の一言で全員がこちらに注目する。
「あ、おにいちゃんっ!」
「式くん、いらっしゃいっ」
ソファに座っている腰まである茶目っ気のかかった黒髪をツインテールにしている妹の綾と肩まで伸ばした黒髪に赤いフレームの眼鏡をかけている結理の妹の美紀、そして――――――
「やっほー!」
「久しぶりね」
「こんばんわ、式君」
結理と同じ日本支部で働いている三人の女性職員。肩まである黒髪でやんわりとした明るい雰囲気の大槌恵美、茶髪のショートで大人っぽくクールな雰囲気の林彩香、茶髪のロングヘアで大人っぽいというより可愛らしいといった感じのほうが近い渡辺歩。その三人はカーペットを敷いた床に座り込んでいる。
結理ほどではないが3人ともほんのりと顔が赤くなっていて、ソファの前のテーブルや床には宅配ピザやスナック菓子、つまみの袋があり、ビンや缶が転がっている。
「・・・これは何の宴会ですか?」
「違うよー、式君!これは『女子会』だよっ!」
そう強調してきた恵美。
「・・・まぁ、何でもいいですけど・・・なんで“女子会”に俺が呼ばれるんですか?」
「まぁまぁ、とにかく座りなさいってっ!」
「はぁ・・・」
「お兄ちゃん、こっち、こっち!」
綾に手招きされ、ソファに座っている綾と美紀の間に座る。直後――――
ガシッ
両腕をガッチリと掴まれた。右腕を綾、左腕を美紀に。まるで逃げることを許さないかのように。
「・・・え?」
「お兄ちゃん、今日どこ行ってたの?」
ニコリと笑いかけてくる綾だが、その目は笑っていない。
「・・・どうした、急に?」
「いいからっ、どこ行ってたの?」
グッ
腕を掴んでる手に更に力を込めて問い詰めてくる。反対側の美紀も何らかの意志の籠った瞳で式を見つめている。他の女性陣たちもなにやら興味ありげな視線を注いでいる。
(・・・よく分からないが・・・ここは当り障りのないように適当に言った方が賢明か・・・)
今までの経験から瞬時にそう直感した。
「・・・知人と食事をしてたんだ・・・遅くなって悪かった」
「「「ふ~ん・・・“知人”ねぇ~」」」」
結理、恵美、彩香の声がハモる。
「な、なんですか・・・?」
「学校の子なの?」
「・・・そうですけど」
「いや~、登校4日目でもうそんなに仲の良い子ができるなんて、さすが式君だなーって思ってねぇ~」
どこか楽しそうな口調で言う恵美。
「・・・別にそんな大したことじゃないと思いますけど・・・」
「えー、そうかなぁ?彩香はどう思う?」
「そうね、たった4日でもう“女の子”と食事なんて、式君も結構やるのね。結理もそう思うでしょ?」
(・・・おい待て、俺は一度たりとも“女”なんて単語は口に出していないぞ・・・)
「ホント、式君も隅に置けないわぁ。いつもは興味なさそうな顔してるけど、なんだかんだ言って年頃の男の子よねー♪」
「・・・ちょっと待って下さい。何の話をしてるのかよく分からないんですけど・・」
「もー、とぼけちゃってっ♪照れなくたっていいのよ♪」
「いや、だから―――――」
「じゃあ、女の子のお家にお呼ばれされて何してたのかしら、式君?」
「・・・え?なんでそのことを・・・?」
結理の一言で体が固まる。
「いやぁ、いつも通り下校時間に車で迎えに行ったら綾ちゃんしかいなかったからどうしたのかなって思ったら、綾ちゃんが『あの黒い車追いかけて』って言うから見てみたら式君が女の子と車に乗り込んでるではありませんか!ってこと♪」
「・・・それで後をつけたってことですか?」
「ま、まぁ・・・私としても式君の“行動観察”は重要な“任務”なのよっ!」
(・・・嘘臭ぇ・・・)
明らかに“興味本位”だろう。“任務”に就いている人間の態度とはとても思えない。
「まぁ、大きな門のある敷地の中に入って行っちゃったからそれ以上は無理だったんだけど―――ねぇ、綾ちゃん?」
「・・・・・・」
ゆっくりと隣にいる妹に視線を向ける。
「さぁ、説明してお兄ちゃん。立花って女の家で何してたの?」
ドス黒いオーラを纏った少女がニコリと笑って言った。
「なーんだ、そんなことだったのかー」
拍子抜けしたような口調の恵美。
「・・・一体何を期待してたんですか?」
「そりゃーねぇ、お年頃の男女だからねぇ~。ねぇ、歩ぃ?」
「えっ?わ、私はその・・・」
いきなり話を振られておどおどした様子の歩。
「まぁ、歩にとっては良かったんじゃない?」
そこへ一言放ってきた彩香。
「あっ、そうだねぇ~。歩は式君のこと――――」
「ちょ、ちょっと!恵美先輩っ!何言ってるんですかっ!?」
顔を真っ赤にして恵美の口を塞ぐ歩。
その様子を見ていた綾と美紀は瞬時に直感した。
―――また恋敵が増えたと―――
((まぁ、“何も”なかったならよかった・・・))
だがひとまず一安心している様子の二人。
(・・・助かった・・)
あれから華蓮を助けた礼に立花邸に招待されて食事をご馳走になった経緯を話したことによって現在はどうにか隣の二人に解放された式。
「でも助けたのが『立花グループ』のお嬢様だったとはねぇ、通りであんな立派なお家だったのねぇ」
納得した様子で頷いている結理。口調が元に戻っている。どうやら少し酔いが醒めてきたようだ。
「やはりご存じでしたか」
「逆にこの業界で知らない人間なんていないでしょ?ウチで使われているイミテーションも約7割があそこのものなのよ」
ワインを飲みながら彩香がそう言ってきた。
「フロース製のイミテーションは故障が少なくてコードの消費量も少ないって好評なの。その分、パワーの面では他国の物には劣るらしいけどね」
先ほどまで取り乱していた歩が調子を取り戻し、付け加えてきた。
フロースとは立花グループに属しているイミテーションの製造メーカーであり、グループの売り上げの1/3を担っていてグループ内でも最も名の知れた企業だ。
(まぁ、この国は戦争をするわけでもないし、アメリカみたいにすぐにコードを消費するパワー重視のタイプを使う必要はないよな)
「確か立花と言えば2番目の女の子がS2競闘で有名だよねー?」
恵美がそう切り出してきた。
「あ、そう言えば聞いたことある。なんでも神速系を使える天才美少女とか・・・」
彩香が思い出したように答える。
「えー!神速系ですかッ!?それスゴくないですかっ!?」
彩香の言葉に驚いている歩。
「ウチの上官たちもその子には期待してると思うわ。あの若さで神速系を使えるのなら将来日本支部にとっても重要な人材になりうるからね」
『若さ』という単語をやけに強調して言う結理。
「・・・あの、ところで今日は何の集まりなんですか?まさか俺からさっきの話を聞くために集まったわけじゃありませんよね?」
(さすがにそこまで暇な連中じゃないだろ)
「・・・式君、今何か失礼なこと考えてなかった?」
ずいっと近寄ってきて疑惑的な視線を向けてくる結理。
「・・・いえ、まさか」
内心、冷や汗を掻きながら答える。
「式君、今日はね、みんなでお祝いをしてたの」
そこへ隣に座っている美紀が声をかけてきた。
「・・・お祝い?」
「そうだよ、お兄ちゃんっ。結理さんのお祝いだよ」
反対側に座っている綾も式の顔を見ながらそう言ってきた。
「・・・結理さんの?」
(・・・なるほど、そういうことか)
「結理さん」
「ん?なに?」
「おめでとうございます」
「あ、ありがと・・・」
少し嬉しそうな表情を浮かべ答える結理。
「でも困りましたね、もう少し早く教えてもらえれば俺から何かプレゼントを用意したかったんですが・・・」
「そ、そんなプレゼントなんていいのよっ、気持ちだけでも嬉しいわ。ありがとうね、式君っ♪」
ニコリと優しい笑みを向けてきた結理。
「そんなわけにはいきませんよ。結理さんにはいつもお世話になってますから」
「・・・そんな風に思ってくれてたんだ・・・ちょっと感激・・・でもホントにいいのよ、その気持ちだけで十分だから、ね?」
感慨深い表情を浮かべて式にそう言い聞かせてくる。
「んー、そう言われましてもね・・・“誕生日”くらい何かお祝いしたいと思ったんですけどね・・・」
「「「「「・・・・え?」」」」」
式の言葉に女性陣が疑問を浮かべたような表情を浮かべている。途端、表情を変えた彼女を除いて―――――
「・・・式君、今なんて言った?」
静かな声で尋ねてきた結理。その表情は先ほどとは打って変わって無表情になっている。
「え?誕生日っていいましたけど・・・」
「・・・誰の?」
「・・・結理さんの“27歳”になった誕生日ですけど・・・」
「「「「・・・・・・」」」」」
「―――ぷっ・・・」
肩を震わせながら今にも吹き出しそうな表情で笑いを堪えている恵美。
そして「やっちゃった」と言わんばかりの表情を浮かべている彼女以外の女性陣たち。その表情を見た式は―――
「・・・え?違うんですか?」
「ぷっ・・・くくくっ・・・あっははははっ!やっぱり式君おもろー!」
ついに堪えきれず、大声で笑い始めた恵美。
「ぷっ・・・くくく・・・」
「ご、ごめんなさい、結理先輩。で、でも・・・おかしくて・・フフフフ・・」
「お、お兄ちゃん・・・ちょっとそれは・・・ふふふっ」
「ちょっとひどいよ・・・式君・・・ふふふ・・」
恵美につられて他の4人もクスクスと小さく笑い始めた。そして――――――
「「「「「あっはははははっはっ!!!!」」」」」
リビングに女性陣たちの甲高い笑い声が響いた。ただし、一人を除いては―――――
ガシッ
不意に後ろから万力のような力で肩を掴まれた。
「・・・・・」
ゆっくりと首を回して振り返ると―――
「・・・式君」
「・・・はい」
「私は“今年で26歳”なの」
「・・・はい」
そこには怒りで震えている、先日昇格したばかりの第三官が立っていた。




