第二十四話:バトル開演
「―――明石さん、ちょっといいかな?」
「え?」
4時限目の授業のチャイムが鳴り、昼休みになってすぐに声を掛けられた。
「・・・立花さん・・・もう体調は大丈夫なの?」
「ええ、もともとゲガもしていなかったから全然平気っ♪」
そう言って笑いかけてきた立花さん。
「・・・そう、それは良かった」
彼女、立花華蓮はテロ事件とき拳銃を突きつけられ、殺されそうになっていたところを雅君に助けられた私のクラスメイトだ。
そして私は彼女が殺されそうになっていたのをただ黙って見ていることしかできなかった。
―――ギリッ
そのことを思い出し思わず奥歯に力が入る。
「あの・・・明石さん?」
「・・・・え?あ、ごめんなさい・・・でも習熟度試験は受けられなくて残念だったね。立花さん優秀なのに」
「両親に事件の時の心の傷を癒せって言われて昨日やっと学校に来ることができたの。その分中間試験は頑張るからっ♪」
どこか楽しそうに話す立花さん。
「それは私も負けてられないなぁ―――それでどうしたの?」
彼女とはクラスメイトだが特別仲が良いわけでもない。そんな彼女が昼休みになってすぐ私のところに来たのだから何か用でもあるのだろうか。
「あ、え、えっとね・・・・」
どこか遠慮気味の立花さん。
「・・・さっきの休み時間、1組の雅君とどこか行ってたの見ちゃって・・・な、何してたのかなと思って・・・ゴメンねっ、なんか変なこと聞いちゃってっ」
申し訳なさそうな表情をこちらに向けてきた。
(・・・どうしよ・・・なんて言えば・・・)
私と拓弥が日本支部の人間で雅君の監視役ということは学校の人間には知られてはいけない。彼の妹と工藤さんの妹はまだいいとして―――
あの時は彼が機密事項をベラベラと話すという愚行を起こしそうだと盗聴していて気づいて、後先の事なんか頭になく急いで隣のクラスに駆け込んで彼を教室から引きずり出したから周囲の目なんか気にしていなかった。
(・・・と、とりあえず・・・)
「そ、その習熟度試験の問題で分からないところがあったから教えてもらおうと思って・・・・ほら雅君て理系科目は全て満点だったらしいから・・・」
ありきたりたことを言った。
「へぇ、そうなんだぁ・・・でも、どうして手を繋いでたの?」
(・・・えっ!?)
そう言えば教室を出てから立ち止まるまでずっと彼の手首を掴んでいたかもしれない。あの時は無我夢中で気づかなかったけど。
それが手を繋いでるように見えたのかもしれない。だがここははっきりさせておかなければいけない。後で変な誤解をされては困るから。
「え・・・手を繋いでなんかいないよっ」
「そう?だったら私の見間違いかな?」
「そ、そうだよっ。私が雅君と手を繋ぐわけないって。あははは・・・」
「そう、ならいいんだけど・・・・なんかごめんないさいね、変なこと聞いちゃって」
「いやいや!全然気にしてないから」
「ありがとう。それじゃ、またね」
そう言って教室を出て行った立花さん。
「一体何だったんだろ・・・」
よく分からないが、とりあえずさっきのような誤解の原因をつくった序列第三の変人に腹が立った。
―――所変わって1年2組―――
「ねぇ美紀、あんたって雅先輩と仲良いの?」
「ホントホント、美紀ってあの先輩と知り合いなの?」
「え?・・・な、なんで?」
クラスメイトの夏川詩織と江藤あずさにいきなりそんなことを言われて戸惑う美紀。
「だって今日の朝一緒に登校してたじゃんっ!しかも腕組んでっ!かなり目立ってたー!」
「しかも昇降口で手繋いで見つめ合ってたって聞いたよ」
「えっ///あ、アレはその・・・///」
美紀としては綾に負けていられないと顔を真っ赤にしながら無我夢中でやったことなのだ。だが今考えるとかなり恥ずかしいことをしていた。
「も、もしかして美紀と雅先輩・・・付き合ってるのっ!?」
詩織が大声を出して言った。周りの生徒がこちらを向いている。
「―――ッ!!し、詩織っ!声が大きいってっ!」
顔を真っ赤にさせてあわあわとしている美紀。
「じゃあ、美紀と雅先輩ってどんな関係なの?」
あずさが尋ねてきた。
「わ、私と式くんは・・・ご、ご近所さんなのっ」
これなら怪しまれないと思ったが
「へぇ・・・“式くん”ねぇ・・・」
不敵な笑みを浮かべる詩織
(・・・あ、しまったっ!)
つい気が動転していつもの呼び名で呼んでしまった美紀。
「なになに?名前で呼ぶなんてただのご近所じゃないよねぇ?」
ニヤリとこちらを見てくるあずさ。
(うぅ~、どうしよう・・・)
「あ、綾ちゃんが同じクラスだから仲がいいのっ!」
「ふぅ~ん、そうなんだ。てゆうか美紀って今どこに住んでるの?」
「えっ?え、えっと、秋北タワー・ヒルズだけど・・・」
「えっ!?あそこってお金持ちしか住めないとこじゃんっ!いいな~」
(私たちも式くんのおかげであんないい所に住めるようになったんだけどね・・・・)
「やっぱり雅先輩もいい所に住んでるんだねぇ~」
「そりゃそうでしょっ!アメリカ本部の序列第三位だよっ!はぁ~、いいなぁ。あんなイケメンで強くてその上お金持ちなんてサイコーじゃんっ!」
「それに勉強もできるらしいよぉ。初めてのテストで学年3位だって2年の先輩が言ってた」
「えー!それもう完璧じゃんっ!ねぇ美紀ぃ~、今度紹介してよぉ~」
「え!?で、でも紹介だなんてそんな・・・・・」
「いいじゃ~ん♪いつでもいいからっ!ねっ?」
手を合わせてきた詩織。
「・・・じゃあ、今度聞いてみるけど・・・あんまり期待しないでね?」
(式くんはあんまり他人に興味がない人だから頼んでも「めんどい」とか言いそう・・・)
「ホントっ!?ありがとぉ~、美紀ぃ~」
―――バッ
詩織が抱き着いてきた。
「わっ!?ちょ、ちょっと詩織っ」
「ん~美紀のおっぱい、柔らかくて気持ちいい~」
むにむに・・・
そう言って美紀の胸に顔を当ててくる詩織。
「ちょ、ちょっとくすぐったいってっ!」
「にしてもその胸は武器になるよねぇ」
美紀の胸をまじまじと見ながらあずさが言う。
「まさかっ!?そのおっぱいで雅先輩をゲットしたのっ!?」
「だ、だからそんな関係じゃないってばっ///」
「もう触られてたりして」
「―――ッ!!そ、そんなこと・・・あるわけ・・ないよっ///」
顔を赤くし、明らかに動揺している美紀。
「ふぅーん・・・まぁいいけど・・・それにしても雅さんもいいよねー。あんな人がお兄ちゃんなんて羨ましいっ!ウチの兄貴なんかとは天と地との差だよ」
「あんなお兄さんだったら誰でも甘えたくなるよねぇ。私も欲しいなぁ、あんなお兄さん」
「・・・・・」
綾ちゃんと式くんの様子を普段から見ている私からすれば、アレは甘えてるなんてものじゃない。式くんはともかく、綾ちゃんは完全に彼を“男”として見ている。兄妹同士でそういう関係は認められてないけど、綾ちゃんにはそんなこと全く無意味。そんな常識が彼女には通じないということが見ていて分かる。
たまに綾ちゃんが怖い。まるで獲物を食らおうとする蛇のような目で式くんを見ている時がある。あの子なら無理やりにでも式くんと“関係”を持とうとするかもしれないと考えてしまう。
それに今日の朝、式くんが言ってた『遊び』って何なんだろ・・・その言葉を聞いた途端、綾ちゃんの表情がすごく明るくなった。
(まさか・・・“そういうこと”じゃないよね・・・?)
私の見てる限り、式くんはいつも妹として綾ちゃんに接してるし・・・でも正直言ってあの二人が一体家で何をしているのか気になって仕方がない。
初めは自分なんか相手にしてもらえないだろうって諦めてたけど、一緒にいるうちに彼に対する気持ちを抑えられなくなってきた。綾ちゃんという強力なライバルがいるけど彼がここにいる3か月間、も“女”として頑張ってみようと決めた。
なんたって8年前から好きな人にやっと再会することができたんだから。
『―――安心しろ、俺が死なせない―――』
8年前の“あの日”、泣いてばかりいた私に赤い瞳の少年はそう言って優しく笑いかけてきてくれた。私はそんな彼に心を奪われた。
やっぱり式くんは私のことを覚えていないようだけど、それでもいい。あのときの思いは確かに私の心にあるから。
でも、いつか彼が思い出してくれたら嬉しいな。
(・・あれ?そう言えば綾ちゃんは・・・?)
そんなことを考えながら綾ちゃんの席に視線を向けると、そこに彼女の姿はなかった。
今は昼休み。ということは・・・・
(―――しまったっ!!出遅れちゃった!)
どうやらライバルに先を越されたみたいだった。
「ご、ごめんっ!ちょっと用事あるからっ!」
「あっ、ちょっと、美紀ぃ!」
―――バッ
そう言ってお弁当と彼のために作ったクッキーの入ったタッパーを持って急いで教室を出る。
(ふふふ・・・今日も食べてくれるかな///)
恋のバトルはまだ始まったばかりなのだ。
昼休みになったのでいつものように二人と昼食をとろうと教室を出たときに気がついた。
「・・・あれ、そう言えば今日からどこで食えばいいんだ?」
昨日拓弥という日本支部の監視役が屋上の代わりに食べる場所を用意したと言っていたが、結局どこなのか聞いていなかった。
「うーん・・・参った」
「おーい、式」
そんなことを考えてると背後から声を掛けられる。
「ん?なんだ、拓弥か」
「なんだとは失礼だなぁ。それより今日からどこで食べればいいか言ってなかったよな?いやー、悪い悪い」
「それよりいいのか?監視役がこんな人気の多いところで堂々と監視対象と会ったりして」
「まぁそのあたりはいいんだよ。実際、監視をしてるのはほとんど央乃だからねぇ」
「アイツか・・・てことはお前はサボってるってことか?」
「おいおい、ひどいなぁ。俺は俺でやることがあるんだよ―――お、そう言えばまだ昼食とる場所言ってなかったか。4階にある生徒会室を用意したからそこに行ってくれ」
「生徒会室か、分かった。なんか悪いな」
「これも仕事の一つだから気にすることはない。妹さんたちにはもう伝えてある。じゃあ俺はこれで―――」
そう言ってどこかへ行った監視役。
「・・・生徒会室って何するとこなんだ?」
そんなことを考えながらも4階へ向かおうとしていると
「式さんっ」
また背後から声を掛けられた。
振り返り見てみるとそこには一人の女子生徒がいた。
「・・・立花さん・・」
(だったよな?)
「昨日言ったように華蓮と呼んで頂いて結構です。いえ、むしろ呼んでもらえると嬉しいですっ」
ニコリと笑いかけてきた華蓮という少女。
「は、はぁ・・・それで俺に何か?」
「そ、その、昨日のお返事を聞かせて頂こうと思って・・・」
どこか緊張した面持で式を見つめてきた。
(返事?・・・ああ、そういえば・・・)
―――昨日の放課後―――
『・・・お礼?』
『はい、ぜひお礼をさせてほしんです。明日の放課後、お時間を頂けないでしょうか?』
『・・・いや、お礼とか別にいいよ』
(早く家帰って寝たいしな)
『そんなっ!私は命を助けて頂いたんですっ。そのくらい当然のことですっ!』
急に血相を変え、に強い口調の華蓮。
(いや、そんなこと言われても・・・)
『う~ん、でもなぁ・・・』
『何も今日お返事する必要はありませんっ。明日のお昼休みまた伺うので、その時にお返事を聞かせてくださいっ』
『は、はぁ・・・』
『そ、それと・・・・』
急に頬を染め、モジモジとしながら式を見つめる。
『なに?』
『そ、その・・・お名前で呼んでもいいですか?わ、私のことも華蓮と呼んで頂いて結構なので///』
『・・・別に構わないけど』
『あ、ありがとうございますっ///そ、それでは、明日のお昼休みにお返事を聞かせてください。ではまた明日、式さんっ///』
(・・・忘れてた)
「あの、式さん・・それでお返事のほうは?」
期待を込めた視線で式を見据える。
「あ・・・えーと、せっかくだけど悪い。やっぱりお礼とかいいよ」
(なんか面倒そうだからな)
そんな怠惰なことを考えながら華蓮に視線を向けると―――
「えっ!?ちょ、おいっ、どうした?」
目の前にいる華蓮が俯き涙を流している。
「うっ、うっ・・・・・」
「ちょ、どうしたんだっ!?」
(俺泣かすようなこと言ったかっ!?)
「・・・うっ、うっ・・・・言ってくれたじゃありませんか・・・」
嗚咽を漏らしながら華蓮が呟いた。
「え?・・・何を?」
「・・・体育館で・・私が・・・『今度お礼をさせてください』って言ったとき・・・『いつか会ったら』って・・・・」
(・・・いや、忘れたよ・・・)
それより今の状況は非常に好ましくない。廊下で泣いている彼女と俺に通り過ぎる生徒たちの視線が集まっている。これでは一緒にいる俺が彼女に何かして泣かせたようではないか。
「と、とりあえず、泣くなよ、な?」
「・・・うぅ・・・今日は・・・式さんにお礼ができると・・・・楽しみにしていたのに・・・」
体をヒクヒクと震わせ、嗚咽を漏らす華蓮。
(・・・・・)
「分かった。なら放課後空けておくから」
「・・・本当ですか?」
目のあたりが赤くなった顔を上げ、潤んだ瞳で式を見る。
「ああ、だからもう泣き止んでくれ」
―――スッ
「―――ッ!?」
そう言ってポケットからハンカチを取り出し、涙で濡れている華蓮の目元に優しく当てる式。
「///」
式の突然の行動に驚き、顔を真っ赤にする華蓮。
「コレやるから涙拭けよ」
そう言って彼女にハンカチを手渡す。
「え?・・・で、ですが・・・」
「いいからいいから」
(まずい・・・このままじゃ昼食にありつけなくなってしまう・・・)
「なら放課後教室にいるから、また後で」
そそくさとその場を去っていた式。その後ろ姿を見つめていた華蓮はと言うと―――
(よかったぁ・・・これでお父さんとお母さんに彼を紹介できるっ///)
先ほど泣いていたのがまるで嘘だったかのように今の彼女の顔は晴れ晴れとしている。
(それに・・・)
式からもらったハンカチを顔に近づけ、匂いを嗅ぐ。
(やっぱり・・・いい匂い・・・・)
恍惚とした表情で彼の匂いに酔いしれていた。




