第二十一話:戯れ
―――『第一高校占拠テロ事件』における事後報告―――
今回のテロの標的に第24区・第一高校が狙われたのは24区内の他の施設に比べ、セキュリティが低いこと、加えて始業式という校内の生徒・職員全員が体育館に集まる時間帯を狙えば確実に大人数の人質を取れることが理由として考えられる。今後は学校施設の警備の強化の必要性がある。
次に監視カメラに映っていた構成員の姿と遺体の身元確認から構成員全員が在日朝鮮人であることが判明した。また構成員が所持していた『発火系』のコードが取り込まれていたイミテーションは中華連邦共和国製のものであると確認されている。これらのことから、この事件の裏に中華連邦共和国が関与している可能性が考えられる。
よって以後、中華連邦共和国の動向に目を見張る必要があると結論づけられた。
「・・・中華連邦・・」
リビングのソファにもたれかかりながら、結理からもらった事後報告書を読み終えた式。そこで先日の事件の裏で糸を引いていたと思われている黒幕の名を呟いた。
――中華連邦共和国――
2020年、旧北朝鮮が日本の石川県・能登半島に向けて核弾頭ミサイル『ヨンガマン』を発射した。その事件後、その核開発技術が当時の旧中華人民共和国から旧北朝鮮へ流れたものであることが判明し、中国は世界中から批判を浴び、常任理事国の拒否権剥奪、及び国連の脱退を余儀なくされた。その後、他国との関係を断った中国は力づくでモンゴル、キルギス、ネパール、ブータン、台湾を吸収していき、『中華連邦共和国』を改めて建国した。このことはもちろん世界中で大きな問題になり、「制裁が必要だ」と唱えた国も少なくはなかったが、世界最大の人口を有し、未だ成長を遂げていると考えられる中華連邦の底知れぬ力は完全にブラックボックスとなっており、現在、世界最強の軍事力を有しているアメリカでさえも迂闊に手を出せない状況で、中華連邦は他国と鎖国状態が約8年間続いている。
その中華連邦が今回の事件に関与している可能性がある。この情報はアメリカを始め、各国にも流れていることは確実だろう。となると―――
(来週のサミットで確実に議題になるな・・・・)
本来ならば今週に行われるはずだったG18サミットだが、先日の事件があった影響もあり、開催は一週間後の9月17日に行われることになった。
サミットで議題にされることは大きく分けて二つある。
一つ目は先ほど述べたように今回関与していると考えられている中華連邦の件。
二つ目は現在、アメリカ、日本が共同で『復興再建』の名目で占領している旧北朝鮮の首都・平壌、通称:『Ground Zero』の今後について。
だが実を言うとこの二つ以外にもある。それが―――
「俺のことでロシア辺りが文句言ってくるだろうな・・・」
アメリカが8年間も秘密裏に保有していた原石、雅式についてアメリカとあまり関係が良好でないロシアがそのことを議題に挙げて批判してくる可能性が考えられる。さらにサウジアラビアでのテロ組織『カルトディア』殲滅作戦時の現地の被害についてもサウジアラビアを始め、イスラム系国家から批判の声が上がっている。
(まぁ、無理もないか・・・郊外の砂漠とはいえ、イスラムの聖地に大穴を開けたんだからな・・・まぁ、アメリカのことだからその辺はなんとかするだろ――――)
そんなことを考えていると―――
―――スッ
「―――ッ!?」
背後から首に、白く細い腕が絡まってきてた。
「おにーちゃん♪何してるのぉ?」
風呂から上がったばかりの綾が後ろから抱き着いてきた。
「ん?ちょっと仕事のことで」
そう言って報告書を適当に折ってポケットに仕舞う。
「ふーん、お疲れ様。もうお風呂上がったから入ってきていいよ♪」
ふと、シャンプーと石鹸のいい香りが鼻孔をくすぐる。
「・・・ああ、分かった・・」
「ん?どうしたのお兄ちゃん?」
可愛らしく小首を傾げて綾が尋ねてきた。
「いや、いい匂いするなと思って・・・」
正直に思っている感想を言うと、嬉しそうな表情を浮かべて首に回している腕にギュっと力を入れ始めた綾。自然と二人の距離が近づき、体が密着する。
「ねぇ、お兄ちゃん・・・もっと近くで嗅いでみる?」
妖艶な笑みを浮かべた綾が耳元で囁いた。
(いや、もう十分密着してるだろ・・・これ以上どうやって近づ―――)
ニュルッ
「―――なッ!?」
いきなり左耳をなんとも言えないぬるぬるした感覚が襲い、思わず声を上げてしまった。
「フフフ、お兄ちゃん意外とこういうの敏感なんだねっ!」
そう言うと再び式の耳元に唇を近づけ―――――
「あーむっ♥」
ペロペロッ
式の耳を甘噛みしながら貪るように舌を這わせる綾。
「あ、綾!ちょ、タイムタイム!」
歯が耳に当たる感覚で全身に衝撃が走り、唾液を含んだ舌が耳の中に侵入してくる感覚で体中がビクンと跳ねた。
「あはは、お兄ちゃんかわいいっ!」
その様子を見ることができた綾はご満悦の様子だ。ようやく耳から口元を離してくれた。唾液のぬるぬるした感じがまだ残っている。
「―――ったく、いきなり何すんだよ。そんなところ舐めても汚いだけだぞ?」
呆れ口調の式。
「そんなことないもんっ。他の男なんかと違ってお兄ちゃんはきれいだよ。こんなにいい匂いもするし」
そう言って式の首元に鼻を近づけ、匂いを嗅いだ。
「―――ッ!?」
だが匂いを嗅いだ瞬間、ある疑問が綾の頭の中を駆け巡った。
そして、その疑問に意識を向けていたその数秒が命取りとなった。
―――ガシッ
「―――え?きゃぁっ!」
気がつくと体を反転させ、こちらを向いている式が両手で綾の脇の下をガッチリと掴み、腕力だけで綾の体を持ち上げ、そのまま自分の太ももの上にちょこんと優しく置いた。ソファに座っている式の上に綾が跨っている状況だ。そして綾の正面には表情の読めない式の顔がある。
「お、お兄ちゃん?どうしたの?」
日頃は無気力でボーとしている兄が取った少し強引な行動に戸惑いの表情を浮かべる綾。
すると式の両手が綾に向かってゆっくりと伸びてきた。そこである可能性が綾の中で芽生えた。
(ひょ、ひょっとして・・・お兄ちゃん・・・やっと私を女として・・・)
先ほどの誘惑している(ような)大胆なスキンシップで兄は男としての劣情を抑えきれなくなり、今まさに自分の体でその欲求を満たそうとしているのでは――――
(嬉しい・・・嬉しいよ、お兄ちゃん♥)
それは綾にとっては言葉では表現にならないほど喜ばしいことだ。ずっと愛し続けてきた兄と、とうとう『男と女の関係』を持つことになる。
そんなことを考えている間に式の手は徐々に綾の体に迫ってくる。そこで式が口を開いた。
「―――綾」
「な、なに?お兄ちゃん?」
「覚悟はできてるな?」
「―――ッ!?」
(お兄ちゃん・・・やっぱり私を今から・・・最高に幸せな気分だよっ。お兄ちゃんが私を『女』にしてくれるなんて・・・♥)
「い、いいよ・・・や、優しくしてね・・・///」
顔を赤くしながら、うっとりとした潤んだ瞳で式を見つめる綾。
(さぁ、お兄ちゃん、私を好きなようにめちゃくちゃにしてっ♪私もお兄ちゃんが気持ちよくなれるように頑張るよっ♥)
今から起こることを想像するだけで興奮が抑えられない綾。
―――ピト
そしてとうとう式の手が綾の体に触れた。肋骨の辺りだ。
その手が触れた瞬間、自然とビクンと体が跳ねる。恥ずかしさからか目をぎゅっと閉じた綾。
そしてそれは始まった。
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ・・・・
「―――ッ!?ひゃっ!お、お兄ちゃん!や、やめ――ッ!く、くすぐったいよぉー!」
綾のあばらから脇の下を器用な手つきでくすぐり始めた式。
「あれ?綾、覚悟はできてるんじゃなかったのか?」
からかうような口調で言うとくすぐる速度を速める式。
「や、やんっ!く、くすぐったいってっ!あひゃひゃひゃっ!ゆ、ゆるしてー!」
あまりのくすぐったさに身をよじらせながら笑い声に近い悲鳴を上げ懇願する綾。その耳元で式が囁いた。
「綾も意外と敏感なんだな」
「ッ!?は、はぅ・・・///」
いつもより少し色っぽい声でそんなことを言われ、思わず女としての羞恥心がくすぐられる感覚に陥ってしまう。
(ず、ずるいよ、お兄ちゃん・・・そんなエッチな声で・・・///)
「さっきのお返しだ」
「あひゃひゃひゃっ!も、もうお願いっ!ゆ、ゆるし―――あひゃひゃひゃ!ゆ、ゆるしてっ!お兄ぃちゃぁぁぁんー!」
その後も少しの間、式のささやかな復讐は続いた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ひ、ひどいよぉお兄ちゃんっ!くすぐり攻撃なんて・・・」
式の上でグッタリしている様子の綾。どうやら式のくすぐりを受けて疲れた様子だ。
「ははは、いつもやられてばかりじゃつまらないから偶にはと思ってな。それに綾の反応も面白かったし」
「ムー!お兄ちゃんのいじわるぅー!」
プクーと頬を膨らませながらもどこか嬉しそうな表情を浮かべて兄の顔を見た。
(・・・え?)
そこで綾は衝撃を受けた。
あの滅多に笑わない兄が楽しそうに笑っている。それもとても優しい、にこやかな笑みを浮かべて。
「・・・・」
そのあまりに魅惑的で温かい表情を目にして言葉を失う綾。式を見つめているその表情は赤みを帯びている。
(ホ、ホントにずるいよ、お兄ちゃん・・・そんな笑顔向けられたら私・・・)
恍惚とした表情で式を見つめている綾。
彼女は嬉しくてたまらないのだ。周りからは『残忍』だとか『冷酷』だと呼ばれ、恐れられている兄が自分だけにこんな優しい笑顔を向けてきてくれることが。この笑顔を自分だけが見られるのだと考えるとどれだけ幸せなことか。
目を合わせているうちにだんだん体が火照ってきた。
(・・・も、もう我慢できない・・)
途端、ばっと式に抱き着き、首に腕を回しながら耳元に唇を近づけ、熱い吐息を吹きかけ言った。
「・・・はぁ・・大好き、お兄ちゃん・・・」
それは今にも劣情が爆発しそうな女の顔だった。
シャー
現在、浴室でシャワーを浴びている式。
(・・・少し、やりすぎたか・・・)
そう思い先ほどの綾との戯れを思い返す。
最近、学校などで忙しくあまり構ってやらないせいか、綾がやけに大胆なスキンシップを要求するようになってきた。かなり甘えん坊の綾ではあるが、今日のはさすがに驚いた。
だが例え相手が妹だろうとやられっぱなしは性に合わないので、ここ数日の反撃として少しイジワルをしてしまったが、綾の楽しそうな笑顔を見ていると思わず自分も顔がほころんでしまい、偶にはこういった兄妹でのじゃれあいも悪くないと思った。
(・・・まぁ、偶にはいいよな)
珍しく、そんなことを式が考えていた時、綾は脱衣所に散らかっている、式が先ほどまで着ていたカッターシャツを手に取り、匂いを嗅いでいた。
(・・・やっぱり、少しだけど雌の臭いがする・・・)
先ほどリビングで式の首元の匂いを嗅いだとき、いつもの兄の匂いの中に僅かに女物の柑橘系のコロンの臭いが混じってた気がして、それがどうも気になり確認しにきた。
予想通り綾にとっては汚らわしい、雌の臭いが僅かに兄のカッターシャツに染み込んでいた。しかも一人ではない、複数だ。
(・・・殺してやりたい・・・お兄ちゃんに近づこうとしている雌犬がいる・・・お兄ちゃんのいい匂いを汚しやがって・・・ああ、ムカつく・・!)
そんな狂気の感情が湧き出てきた。
最近は美紀が兄に対して積極的になってきて、学校では二人きりになることができないため、家で兄とイチャつきながら彼の魅惑的な匂いを嗅ぐことが私にとって誰も邪魔が入らない至福の一時なのだ。なのに汚らわしい雌共の臭いのせいで今日はそれを邪魔された。思わず殺意が芽生えてくるが、今日はその代わりにいいこともあった。
兄が自ら自分の体に触れてきてくれた。私の想像とは結局違った結果になってしまったが、耳元で少し官能的なセリフを囁かれた瞬間、体中に痺れるような快感が走り、履いている下着が湿ったのが自分でも分かった。極め付けはあの全てを包み込んでくれるような温かい笑みだ。
自分だけに兄が見せてくれる、あの一面を見られただけで今日は満たされた気分になる。
これから処理すべき問題も見つかってしまったが、反対に思い出すだけで体中が火照ってきそうな、胸が高鳴る出来事もあったので良しとしよう。
浴室のドアからシャワーを浴びている兄の肉体のシルエットを見つめる。
「・・・フフフ、いつか・・・」
劣情を含んだ笑みを浮かべ、ふと脱衣所にある洗面台の鏡を見ると、そこには醜く歪んだ女の顔があった。
(―――ッ!いけない、いけないっ!こんな顔お兄ちゃんに見せたらドン引きされちゃうっ!)
そう思い、いつも式にするように可愛らしくニコリと鏡に向かって笑いかけ、床に散らかってる兄の衣服を片付けようと拾い始める。
式は私生活においてはだらしないことが多く、脱いだ服もいつも散らかしたままなのだ。
(ホント、お兄ちゃんったら・・・私がいないとダメダメさんなんだからぁ~)
心の中で文句を言いながらも、その顔は嬉しそうだ。
なぜなら
(・・・コレはさすがに汚らわしい雌の臭いなんてしないよねっ♥)
興奮した様子で兄が先ほどまで身に着けていた、まだ温かい下着を手に取りとり、鼻に当て、匂いを嗅ぐ。
(はぁ・・・やっぱりいい匂い・・・お兄ちゃん・・・)
やはりそこには狂気で歪んだ女の顔があった。
そして、彼女が毎日脱衣所でこのような行為に及んでいることを式は知らない。




