第十九話:本物
「そういえば式君、今日で3日目だけど学校のほうはどう?楽しくやってる?」
「・・・・・・」
「フフフ、黙り込んじゃって。初日は嫌がってたけど、行ってみれば意外と楽しいものでしょ?」
「・・・・・・」
「いやー、思い出すわぁ。私も戻れるものならあの頃に戻りたいなぁ。確かに3か月という短い期間だけど、あなたにも同年代のお友達とかができて、思い出を作ってもらえると私も嬉しいわ。青春は一度きりなんだから式君も楽しまないともったいないわよ♪」
運転席でハンドルを握りながらそう言った工藤結理であったが―――
「・・・結理さん・・・お兄ちゃん寝てるよ」
式の隣に座っている綾が事実を伝えてきた。
「・・・・もうすぐ学校に着くから叩き起こしてあげて」
朝の登校を結理の車で送ってもらっている式、綾、美紀の3人。第一高校に向かっている車内で後部座席に座っている式に青春の貴重さを語っていたつもりの結理だったが、当の本人は耳も傾けず爆睡していた。
(まったく・・・本気で話してた私がバカみたいじゃないっ!)
かなり恥ずかしい思いをした結理であった。
「―――ん?なんだこれ?」
下駄箱を開けると、一通の紙の封筒のようなものが入っていた。
「・・・学校からの事務連絡か?」
そんなことを考えていると
「おーっす、式!」
―――ガッ
急に後ろから誰かが肩に腕を回してきた。
「・・・驚かすなよ、リク。知らない人間だったら殺していたぞ」
「お、おいっ!サラッと恐ろしいこというなよっ!」
後ずさり、怯えた様子のリク。
「冗談だよ」
ということにしておいた。
「はぁ・・・これじゃまともにスキンシップもできねぇぞ」
「なんで男同士でスキンシップとるんだ、気色悪い・・・ひょっとしてお前、“そっち系”の人間だったのか?」
「―――なっ!?んなわけねぇだろっ!俺は女が好きだぁっ!」
昇降口にリクの声が響き渡った。周りの生徒がこちらに注目している。
「・・・朝っぱらからうるせぇ」
「・・・・・」
やってしまったという顔をしているリク。
「ホント、朝っぱらからうるさい男ね。おはよ、雅君っ!」
今日も明るい笑顔で挨拶してきた、同じクラスの木村結衣。
「おはよう、木村さん」
「出た、媚売り女」
「・・・こんなヤツと一緒にいたら私たちまで変な目で見られちゃうよ。早く教室に行こっ♪」
「ああ、そうだな」
「あ、おいっ、式!オレを裏切るのかっ!?」
「・・・なんのことだ?」
「くっ、お前も所詮友情より女を取るということか・・・ん?式、お前の下駄箱に入ってるそれ何だ?」
「あ、これか・・・俺にも分からないんだが、学校からの事務連絡とかだと思う」
「・・・ちょっとそれ見せろ」
急に雰囲気が変わったリク。
「ああ」
そう言ってそれ手渡すとリクはそれをまじまじと見て言った。
「式よ・・・こんな可愛らしいデザインの事務連絡があると思うか?」
「ん?ならそれ何なんだよ?」
リクはおもむろに口を開いて言った。
「ラブレター以外ねぇだろっ!」
そして目に涙を浮かべている。
「・・・なんで泣いてんだ?」
「うるせぇっ!確かにモテるとは思っていたが・・・転校3日目でラブレターをもらうとは・・・この裏切り者っ!」
そう言って乱雑にそれを返してくると、大粒の涙を流しながらダッシュでどこかへ消えていった。
(ホント元気なヤツ・・・)
とりあえずこのままではらちが明かないので、そのラブレターとやらをカバンの中に入れる。
「・・・ん?」
ふと後ろに気配を感じたので振り向くと、結衣が立ち竦んでいた。
「木村さん、教室に行こう。遅刻するよ」
「・・・え?あ、うん・・・」
―――朝のホームルーム前―――
「なぁ式、ラブレターもう読んだのか?」
「ラブレター?」
その言葉に蒼が反応した。
「そうなんだよっ!コイツの下駄箱の中に入ってたんだよ!クソっ!やっぱ男は顔なのかっ!?」
悔しがっている様子で嘆いているリク。
「まだ中身を読んでいないのにそう決めつけるのは早いんじゃない?リク」
「・・・どういう意味だよ?」
「式が転入してきた日にクラスのみんなで助けてくれたお礼を言っただろ?それと同じだよ。僕たちの他にも、式にお礼を言いたい人はいると思うよ。でも直接は言いづらいから、手紙に書いて伝えようしたということも考えられるんじゃない?」
「なるほどな・・・まぁ、それなら許せるか」
「・・・いや、許す許さないの問題じゃないと思うけど・・・」
「てゆうか・・・・式、寝てんのか?」
机に伏せたまま微動だにしない式。
「・・・みたいだね」
「ホント変わったヤツだよな。あの事件の時とは雰囲気が全然違うもんな。正直、昨日話すまで怖いヤツだったらどうしようって不安だったぜ」
「確かにそうだね。あの時の式には正直恐怖を感じたよ。あんな簡単に人を殺せるんだから―――」
さらっとそう言った蒼、決してその言葉に悪気があるわけではないと分かってはいるが―――
「おい蒼、そーゆー言い方よくねぇぞ。式は俺たちの命の恩人なんだぜ」
純情なリクはその言い方が気に入らなかったらしい。
「・・・そうだね、少し言い方がまずかったかもしれないね、謝るよ式」
「・・いや、だから寝てるって」
呆れ口調でリクは言った。
「・・・・・」
そんな彼らの様子を離れた席から眺めていた結衣。
「どうしたの、結衣?」
そこへ加奈がやって来た。
「ん?ちょっとね・・・」
「雅君のこと?」
「・・・まぁね。今日雅君の下駄箱に女の子からっぽい手紙が入ってるの見ちゃったんだ」
「へぇ・・・こないだの事件のこともあるし、まだ誰も仕掛けてこないと思ってたけど・・・」
「私も同感。ウチのクラスだって最初はみんな畏縮してたじゃん」
「私も正直言ってちょっと怖かったかな・・・・人が殺されるところなんて初めて見たから・・・・」
「私たち結構前の方にいたからよく見えちゃったよね・・・」
銃声が鳴ったあの時、女子生徒が撃たれたのかと思って、私は思わず目を瞑った。けど周りの様子がおかしいと思って目を開けたらなぜか彼が女子生徒の前にいた。
そして彼女に銃を向けていた男の首がその足元に転がっていた。その光景を見て思わず目を逸らした。でもその直前、確かに銃声は聞こえたのに、彼女には撃たれた様子もなかった。そしたら女子生徒の近くにいた、もう一人の男がいきなり彼に向かって発砲したけど、彼は撃たれた様子もなくてその直後、私たちの傍にいた男が頭から血を流して倒れた。近くにいた私もその悲惨な瞬間を目の当たりにして、ただただ加奈と怯えていた。
彼がテロリストを倒して私達を助けてくれたことは見ていて分かったけど・・・それでも彼に恐怖を抱かずにはいられなかった。
(今は普通の男子と変わらないのに・・・・)
そんなことを思いながら彼を見つめていた。
「みんなー、席についてー!」
担任のめぐみ先生が教室に入ってきた。
「さっき習熟度試験の結果張り出しておくから確認しておいてね」
途端、教室中がどよめき始めた。
「は~、昨日の試験あんまりできなかったんだよね~」
「私も~、結構難しくなかった?特にS2(Seventh Sense)理論とか」
「あ~、確かに、でも雅君の方がキツかったと思うよ。だって向こうで学校行ってないって言ってたじゃん」
「英語はできたかもしれないけど、なんかかわいそうだよね」
そう言って机に伏せている式を見る二人。だがこのとき、彼女たちはこの少年の異質さを知らなかった。
「・・うそ・・・」
そう呟いた結衣。彼女の前には習熟度試験の上位20名の名前が載っている紙が掲示されているのだが―――
「雅君て・・・・頭も良いんだね」
驚いている様子の加奈。
一位 世良拓弥 668点
二位 明石央乃 656点
三位 雅式 650点
「―――ねぇ、でもこれどういう事?」
「・・・さあ?」
―――国語補習授業対象者 1名 雅式
「ああ、国語は評論以外よく分からなかったんだ。たぶん半分くらいしか点数とれてないと思ってた」
さらっと式は言った。
「やっぱり・・・漢文と古文?」
結衣がたずねる。
「ああ、古文や漢文っていうのは読んだことないし、小説もよく分からなかった」
「いや、小説とか一番点取りやすいだろっ!」
リクが異議を唱えた。
「いや、リク・・・驚くべきところはそこじゃないよ」
そこで蒼が切り出した。
「そうよっ!アンタやっぱりアホね!」
「うっせーな!てゆうか他にどこに驚くんだよ?」
「だって・・・国語が半分しかないってことは、それ以外の教科はほぼ満点じゃないと合計650点なんてとれないよ?」
加奈がリクに言い聞かす。
「あ・・・そう言われれば―――って!ほぼ満点!?ありえねぇだろっ!?式、お前カンニングでもしたのか!?」
「んなわけあるか、普通に解いただけだ」
「・・・お前、顔だけじゃなくて頭もいいんだな・・・なんか世の中って不公平だよな・・・」
力なくうなだれるリク。
「たまにこういう人いるって聞くけど・・・・ホントにいるんだね・・」
「しかもこれでアメリカ本部のナンバー3だろ・・・完璧じゃねぇか・・・逆に女が近寄ってこない方がおかしいぜ・・・」
「うーむ、しかし参ったな・・・補習とは・・・とくに小説は苦手だ」
大して困った様子も見せず言う式。
「でも評論はできたんでしょ?どうして?」
「評論は読んでいれば自然と文脈から答えを導き出せるからな」
「・・・雅君って、やっぱりスゴいんだねっ///」
そんなことをサラっと言った式に、少し熱の籠った視線を加奈は向けていた。
―――数学の授業時間―――
「では次の245ページの問題、雅、結構苦労すると思うが・・・できるか?」
遠慮気味に男性教師がたずねてきた。式にとっては今日が初めての数学の授業。
「・・・・・」
「ん?雅はどうした?休みか?」
「あ、あの先生・・・」
そこで一人の女子が声を発する。
「高坂どうした?」
「その・・・雅君、寝てます」
そう言って隣の席で机に俯せて寝ている式を見て彼女は言った。
「はぁ・・・授業初日から居眠りとは・・まぁこの前の恩もあるから今回は見逃してやるか・・」
呆れた様子で言う数学教師。
「なら悪いが高坂、代わりに黒板で解いてくれ」
「え!?わ、私ですかー!?」
(む、無理だよ!・・・こんな難しいの・・・)
彼女が当てられたのは章末問題の最後の問題でかなり難解なものだ。
時間があればできるかもしれないが、今から黒板の前に立って解くなんてどう考えても不可能だ。
それを分かっているクラスメイトたちも彼女に同情の視線を送っている。
(あ~、こんなの前に出て恥かくだけじゃん・・・予習しとけばよかった・・)
そんな絶望の淵に立たされている彼女の隣から声が聞こえてきた。
「・・・・ふわぁ、やっと昼飯の時間かぁ・・」
そう言って腕を伸ばしながら大きくあくびをする式。
「・・・おい雅、まだ授業中だぞ」
数学教師が呆れ口調で言う。そんな彼の様子に周りの生徒たちもクスクス笑っている。
(やった!起きてくれた!これで・・・)
「先生っ!雅君起きたんで私黒板で解かなくてもいいですよねっ!?」
期待の込もった表情でそう言ったが---
「あのなぁ、高坂・・・今まで寝てたヤツにいきなりこの問題を解けって言って解けると思うか?」
「うっ・・・」
痛いところを突かれてしまった。
(あぁ、もう赤っ恥決定だよぉ・・・)
と落ち込んでいると―――
「・・何?俺当てられてたの?」
あっけらかんとした表情で式が言った。
「う、うん・・・でも雅君寝てたから私になっちゃって・・・・」
(「元はといえば雅君が寝てたからっ!」からなんて、言えないよぉ・・・)
彼女自身、先日の事件で式に感謝の気持ちを感じているし、アメリカ本部の序列第三位に文句を言える勇気など持っていない。それに予習をして来なかった自分にも落ち度はある。
(はぁ・・・もう諦めよう・・・)
立ち上がって、重い足取りで黒板に向かおうとした時だった。
「―――待ってくれ」
ガタッ
急に席を立ち、彼女の正面に立つ式、自然と二人の距離が縮まる。
背は自分より頭一つ分くらい高く、非常に整った端整な顔立ちに、少し長めの艶のある黒髪。
(うわぁ・・・かっこいいなぁ・・)
思わず見とれてしまった。
すると式が言った。
「悪いんだけど、少し教科書を見せてくれないか?」
人にものを借りるのだから、いつもより優しい口調で言った式。
「え?・・・は、はいっ!ど、どうぞっ!」
その言葉で思考を中断し、慌てた様子で式に教科書を渡した高坂という女子生徒。
「問題、何ページって言ったけ?」
立ったまま女子生徒にたずねる式。その間も注目を浴びてるが全く気にしていない。
「え?えっと・・・245ページです」
「245・・・と、あった・・・なるほど、ありがと、助かったよ。えっと・・・」
「こ、高坂弥です・・・よろしくお願いします」
俯き加減で言った弥、いつもは明るくおどけた感じ生徒だが、目の前の少年の前だと、どうしても緊張してしまう。実を言うと、隣の席というだけで、もう変な汗が出てきそうなくらい緊張していたのだ。
「こちらこそよろしく。助かったよ、高坂さん」
そう言うとパンッと教科書を閉じて弥に返した。
「あ、あの・・・どうして教科書を?」
「ん?今から黒板に答えを書くのに、問題が分からなかったら困るだろ?」
「え?で、でも雅君寝てたから・・・ちょっと無理なんじゃ・・・」
遠慮気味に言う弥。たしかに彼が行ってくれるのなら、自分は恥をかかずに済むが、そうなれば恥をかくことになるのは彼になるだろう。
彼は今問題をほんの数秒しか見ていなかった。それではこの長ったらしい問題の内容も覚えられていないだろう。それ以前に、今まで寝ていたのだから解き方すら分かってないはずだ。
(もしかして・・・私をかばってくれて・・・///)
ついそんなロマンチックなことを考え、頬が赤くなってしまう弥。だが彼が次に放った言葉は決してロマンチックなものではなかった。
「ああ、その心配はないよ。今解いたからね」
((((・・・は?))))
弥を含めた、その言葉を聞いた全員がおかしなものを見るような目で式に視線を向ける。
数学教師まで「何言ってんだコイツは?」みたいな目で式を見ている。
そんなことなどつゆ知らず、手ぶらで黒板の方スタスタと歩いていく式。
そしてチョークで黒板にさっきチラリと見た問題を書いてその下に書いた。
『Answer 3645.46』と―――
流れるような見事な筆記体で書くと、チョークを置いて席に戻ろうとする。
「・・・ちょ、ちょっと待ってくれ、雅・・・」
いきなり男性教師が慌てたように呼び止める。
「・・・何でしょうか?答えはあってるはずですが、問題の指示通り小数点第三位を四捨五入しましたよ」
「い、いや・・・・確かにあってるんだが・・・途中式はどうした?」
「途中式・・・?そんなの書かないといけないんですか?」
「いけないんですかって・・・書かないと解けないだろう?」
「え?・・・なんで解けないんですか?」
今度は式が驚いた様子でたずねる。会話がまるで噛み合ってない。
「まさか・・・・この問題を・・・暗算で解いたのか?」
「そうですけど・・・さっき彼女に教科書を見せてもらって解いたんですが、何か問題でもありましたか?」
「「「―――ッ!?」」」
教室中が驚愕した。今彼が解いた問題は、数学の教師でも何行も途中式を書かなければ混乱するほど高度な問題だった。
それを暗算で解いたと目の前の少年は言った。
そして疑いようのない、その現場を目撃していた彼らは認めざるを得なかった。
雅式、彼が本物であることを―――




