第十七話:予想外
「―――――つまり、諸君も知っているように今現在、世界中では5人・・・いや失礼、6人の原石が確認されており、彼らの第七感についての詳細な情報はサオス四機関が厳重に管理しているため、一般的には明かされていない。次に、原石が持つ第七感をいくつかの体系に分類したコードについてだが――――」
現在、二年一組では『S2(Seventh Sense)理論』の授業が行われており、教団に立っている男性教師が黒板に書いてる板書を生徒たちがカリカリとノートに書き写していた。
現代の日本の普通科高校では第七感に関するいくつかの教育プログラムが組み込まれていて、S2理論はその一つだ。なかでもサオス・日本支部が置かれている24区にある第一高校と第二高校は他の高校に比べて、その教育に力を入れているカリキュラムになっており、普通の高校より深く第七感に関する知識を学ぶことができるシステムとなっている。もちろん一介の高校生に兵器であるイミテーションを使わせるわけにはいかないので、組み込まれている授業はこういった第七感やサオスに関する歴史や理論といった座学がほとんどとなっていて、基本的には普通の高等学校と変わりはない。
だがここに入学してきた生徒の中には第七感関係の職場、主な一例を挙げるとサオスなどへの就職を希望している者が多いのが特徴的だ。
だが世界に四機関しか存在しないサオスに入るのは実際は超がつくほど難関で、日本支部の就職希望者の倍率は毎年1500倍近くあり、部門によって内容は異なるが基本的に面接、筆記、実技、の三段階の試験があり、そこでコネクションなどは一切通じない、実力主義の構造となっている。つまり、本当に実力のある者しか選ばれないのだ。
(・・・そう考えると、結理さんってああ見えてそこそこ頭が良いんだな・・・)
その難関を突破するため、自分たちの将来がかかっているかもしれない重要な講義に他の生徒たちが真剣な態度で耳を傾けている中、一人そんなことに考えを巡らせている式。
(・・・いや、こんなことを考えるのはやめておこう。本人に感づかれたらこないだみたく、地獄を見るハメになる・・・)
2日前に自室で起きた惨劇を思い出すと、思わず身震いがした。
あの出来事を機に、式の脳内フォルダーに結理は綾、アリスに並ぶ、『怒らせると恐ろしい女』に登録された。
(・・・もうあんな目に遭うのは勘弁だ・・・)
キーン、コーン、カーン、コーン―――
すると授業終了を伝えるチャイムが鳴った。
「――――では今日はここまでにしておこう。各自、よく復習をしておくように」
そう言って男性教師は教室を出て行った。
(昼飯か・・・・購買でパンでも買うか・・・)
―――ガタッ
(・・・ん?)
席から立ち上がると、いつの間にか自分のことを遠巻きに見ている多くの視線に気づく。
無理もない、第七感関係の職業に就く生徒が多いこの学校で彼のことを知らない人間などいない。ましてや一週間前に恐怖を抱かせるほどのその圧倒的な力を彼らは目の当たりにしているのだ。そんな自分たちとは全く住む世界が違う彼がいきなり転入してきたのだから混乱もするだろう。
彼を見ているその多くの視線には、普段なら絶対にお目にかかることのできない大物に対する好奇心、あるいは10人近くいたテロリストたちをいとも簡単に惨殺したその力と人格に対する恐怖などといったものが含まれているのかもしれない。
「・・・・」
だが式はそんな視線などこれぽっちも気にならない。見たければ勝手に見ていればいい。彼にとって興味もない人間たちからの注目を浴びることなど、その程度のことなのだ。
そんな視線を全て無視して、教室を出ようと歩きだした。
―――サァッ
自然とその道をさえぎらないよう遠慮した様子で道をあけていく、彼を遠巻きに見ている生徒たち。
真横を通り過ぎていき、目の前でその姿を見た、教室に残された生徒たちはどこか興奮を覚えている様子だった。
キャッキャッ、キャッキャッ
特に女子生徒たちの熱狂ぶりは計り知れなかった。
ガヤガヤ・・・
廊下に出るとそこにも多くの生徒たちが群がっていた。そのほとんどが式の姿目当てで来たのは明らかだ。
彼が廊下に姿を現した途端、その視線が彼に集まるが、誰も彼に話しかける者はいない。
ただ遠巻きにその姿を見ながら周りの人間と小声で話をし、彼に道を譲っていく。
そこには明らかに好奇心が見られるが誰も彼に話かけない。
いや、話かけることができないのだ。
自分たちにとっては遠すぎるその存在に対してどう接していいのかわからないのだ。
カツカツカツ・・・
そんな彼らのことなど気にもとめず、一人購買を目指して歩く式。
「―――式くんっ」
ふと、後ろから声を掛けられた。
「ん?」
振り向くとそこには眼鏡をかけた美少女が、周りの視線を気にしながらこちらに向けて小さく手を振っていた。
「おう美紀、どうしたんだ?確か1年は上の階じゃなかったか?」
普段通りの口調で美紀に話しかける式。そんな二人のやり取りを聞いていた周りの生徒たちは驚いた様子で彼らに目を向けている。
「あ、その・・・移動教室の帰りでいつもここ通るから・・・あ、そう言えば綾ちゃんが『一緒にお昼ご飯食べようってメール送ったのに返事が来ないっ!』って言ってたよっ」
「え・・・?マジ?」
そう言ってポケットからスマートフォンを取り出し、受信ボックスを見てみると―――
「・・こ、これは・・ヤバい・・」
30件以上のメールが来ていた。
『一緒にご飯たべよ♥』から始まり、最終的には『今どこにいるの?もしかして他の女と食事してるの?・・・・待ってて、今からお兄ちゃんの教室に行くね』というものになっていた。
マナーモードにしていたため気がつかなかった。
(・・・怒ってるかなぁ・・?)
すると―――
「あ、見つけたっ!お兄ちゃ~ん!」
周りの視線など全く気にしていない、元気ハツラツとした声の方へ振り返ると、妹が大きく手を振って駆け寄ってきた。
「綾、すまん・・・メール気づかなかった」
「いいよ・・・・他の女と食事してたわけじゃないみたいだから・・・」
後半部分は声色が低くなっていて、思わず身震いがした。
「そんなことよりっ、はやくご飯たべようよ!お兄ちゃんのために愛を込めて作ったんだから♪」
そう言って弁当箱を見せてくると、式の腕に自分の腕を絡めてきた綾。その姿は端から見ると恋人にしか見えない。
「・・・そうだな、どこで食べる?」
「どこでもいいよぉ♪お兄ちゃんと食べられるなら♥」
甘い声でそう言う綾。
「・・・あの・・式くん・・・私も一緒に食べてもいいかな?」
そこへ美紀が声をかけて来た。綾が「ふうん」といった様子で彼女に目を向ける。
「ああ、構わないぞ。綾もいいだろ?」
「まぁ・・・美紀ならゆるしてあげる」
「あ、ありがと・・・」
その言葉を聞いてホッとした様子の美紀。
どうやらこの二人は隣人でクラスメイトということもあって、結構仲良くなったらしい。何度か楽しげに会話をしているのを式も目にしたことがあった。今までは自分の周りにいる全ての女性に異常な敵対心を抱いた綾にも美紀のような友達ができたことは兄として安心できる。
「美紀も弁当か?」
「う、うん」
「なら教室までついていこうか?教室に弁当あるんだろ?」
それが普通だと思っていたが、今日の美紀は一味違っていた。
「ううん、じ、実は今持ってるから・・・」
そう言って恥ずかしそうに弁当箱を見せてきた美紀。これにはさすがに綾も驚いている様子だ。
「美紀・・・お前は日頃から弁当箱を持ち歩いているのか?」
だが式はその意味を違う意味で解釈した。
「ち、ちがうよっ!こ、これはその・・・///」
顔を赤く染め、何か言おうとしたが途中で黙り込んでモジモジと体をよじり始めた。その行動の理解に苦しむ式。
「・・・まぁいいや。なら行こうぜ」
「う、うんっ!」
まだ顔が赤いが式の言葉を聞いて嬉しそうな表情でこたえる美紀、そのまま綾とは反対側の式の隣に恥ずかしそうに身を寄せてきた。
「・・・」
その様子を黙って見ていた綾は―――
(・・・・意外だよ、抜け駆けとは・・・考えたね、美紀)
心の中で素直に友人に賞賛の意を示していた。
そしてそのまま3人はどこかへ行ってしまった。
その一部始終を見ていた周りの生徒たちの中の誰かが言った。
「・・・・両手に花・・」
放課後、授業が終わったので自宅へ帰ろうと荷物を整理している式。
結局今日一日、綾と美紀以外、誰とも話すことはなかった。
(まぁ、それはそれで煩わしくなくていいんだけど)
今まで綾と一緒にいるとき以外はほとんど一人だったので、孤独が寂しいと感じたことや友人がほしいなど思ったことは一度もない。彼にとって一人でいることは当たり前。
それにしても、学校というものは、やはり彼にとって退屈だったようだ。
(やっぱ家で寝てたほうがよかった・・・・)
そんなことを考えながら教室を出ようと席を立ち上がった時だった。
「あ、あの・・・み、雅くんっ!」
突如、目の前に現れた女子生徒に声をかけられた。
「・・・なに?」
「あ、え、えっと・・・その・・・実はクラスのみんなで雅くんに言いたいことがあって・・・」
声を掛けてきた女子生徒の後ろにいた、別の女子生徒が前に出てきてそう言った。
「・・・言いたいこと?」
「う、うん・・・その、えっとね・・・・」
手を前で組んでどこか言いづらそうな様子の女子生徒。気がつくと、まだ教室に残っているクラス全員がこちらを見ている。
(ああ、そういう事か・・・)
その様子を見ていて、だいたい察しがついた。
例え殺した相手がテロリストだったとは言え、クラスに人殺しがいるのだ。そんな人間がクラスメイトだなんて、他の生徒にとっては恐怖以外のなにものでもないだろう。
(・・・まぁ、それならそれで都合がいい)
これで自分もわざわざ朝早く起きて、こんなつまらない場所に来る必要もなくなる。彼にとってはむしろ喜ぶべきことだ。
(これで明日から好きなだけ寝られるな)
そう考えると少しテンションが上がってきた式であったが、女子生徒が発した次の言葉でその思考がショートした。
「・・・ありがとう・・・」
「・・・は・・?」
思わず間抜けな声が出てしまった。今彼女はなんて言った?
「・・・ごめん、もう一回言ってくんない?」
聞き違いだと思った。
「え?・・・・あ、うん・・・・その・・ありがとう」
目が合うと顔を赤く染め、体をよじらせながら彼女は言った。
「・・・・」
聞き違いではなかった。
(“ありがとう”だと?・・・・なんのことだ?)
頭の中が混乱している彼に、誰かが声を掛けてきた。
「お礼を言うのが遅くなってしまってごめんなさい。混乱を避けるために放課後伝えるようにクラスで決めてたの。私からもお礼を言わせてください。生徒たちを守ってくれてありがとう、雅くん。あなたがあのとき来てくれなかったら、私たちはここにいなかったかもしれない・・・・本当にありがとうございました」
担任の佐藤めぐみが自分に向けて深々と頭を下げていた。
「ありがと、雅君っ」
「ホントにありがと!」
「助けてくれてサンキューな」
「学校の事で分からないことがあればなんでも聞いてねっ!」
「雅、ありがとう」
「助けてくれてありがとう、これからよろしく」
一斉に礼の言葉を述べ始めたクラスの生徒たち。
「・・・・・」
こんな状況ではさすがに彼も言えなかった。
―――お前たちを助けたのは綾のついでだ―――と
そしてどうやら自分はこれからも朝早く起きなければいけないようだと悟り、ため息をついた。