第十五話:原石
「―――式君」
「はい?なんですか?」
綾の作った卵焼きを口に運んでいる箸の手をとめて結理の方を向く式。
現在二人は式の自宅の4人掛けのテーブルに向かい合って座っている。綾には「大事な話がある」と言って美紀と一緒に席を外してもらっていた。
「まさかとは思っていたけどあなた・・・原石なの?」
遠慮がちに尋ねる結理。
「ええ」
あっさりと式は認めた。
人間の感覚機能は大きく分類すると視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚(通称『五感』)に分けられる。
そして五感を超えるもので、ものごとの本質をつかむ心の働きのことを指しているのが第六感。インスピレーション、勘、直感、霊感、超感覚的知覚(Extrasensory perception、ESP、超能力の一種)、平衡感覚がその類義語として扱われることもある。
その第六感の力が進化し、物理現象にも大きな影響を与えるほどの強大な能力を第七感という。
第七感をその身に宿している人間を超越した存在―――それが原石だ。
つまり、第七感の力を行使する人間は大きく分けて2種類いる。
その人物特有の第七感を持つ『原石』、そして原石の第七感の特性をいくつかに分けた『コード』を模倣して取り入れたイミテーションを使う『S2操者』。
(やっぱり・・・でも聞いていないわ・・・・6人目の原石がいたなんて・・)
第一高校での彼の戦闘を目の当たりにしてまさかとは思っていたが薄々その予感がしていた。
模擬戦の後の食堂で彼が言っていた言葉の意味が今になって分かった気がした。
『そのうち実戦になったら嫌でも知ることになると思いますから―――』
まず第一に彼の使っていた力が、現存するどのコードの特性にも当てはまらない。あんな“空間を自在に操れる”ようなコードは彼女の知っている限り、存在しない。
第二に結理は式がイミテーションを“操作している姿”を一度も目にしたことがなかった。確かに敵に見つからないよう、衣服の下に装着するものもあるが、それでも操作時はどうしても“それらしい動き”が目につくはずだが、彼にはその動きすら全く見られなかった。
そして最後の決め手はあの『黒い空間』を出現させた途端に赤く変わった瞳に、戦闘が終わった後の彼の異様に疲れ切っていた様子だ。
イミテーションは使うにつれ、中に取り込まれているコードの力が減少していき、全て使い切ると銃弾を装填するように再びコードを取り込む必要がある。だがコードを使い切ったからと言って人体にその影響が及ぶことはない。そのあたりは従来の兵器となんら変わりはない。
それに対し、第七感を身に宿している原石は体がイミテーションの役割そのものを担っているため個人差はあるらしいが、その力と肉体が互いに影響を及ぼし合うことがあると言われている。
これらの見解から結理には式が原石であるとしか考えられなかった。
イミテーションを使いこなせることができれば誰でもそう呼ばれるS2操者に対して、原石の存在は非常に希少で、その存在が知られているのは現在のところ世界に5人しかいない。
アメリカ本部のハワード・べイル、アリス・ローランド、ドイツ支部のベンノ・グロピウス、ロシア支部のサーニャ・べグロフ、そして日本支部の海場宗次。
だが今彼女の目の前に、存在しないはずの6人目の原石がいる。
―――雅式―――
8年前の『旧北朝鮮殲滅戦』で一躍その名が世界中に知れ渡った当時まだ若干9歳だった少年。後に創設されたサオスアメリカ本部が彼の身柄を引き取ることとなり、アメリカ本部でランク付けされている戦功序列第一位のハワード・べイル、第二位のアリス・ローランドに次ぐ第三位の地位にS2操者として就いた。その力は5人の原石にも並ぶとも言われ、べイル、ローランド、雅のアメリカ本部最高戦力3名はその圧倒的な戦闘力でアメリカ敵対国家や組織を根絶やしにしていったことから、いつしか国内外から人間兵器と呼ばれるようになった。だが人間兵器唯一のS2操者である雅式だけがそのイミテーションに取り込まれている第七感の力をはじめ、身辺情報が全く明かされていなかった。その姿がメディアに露見することは『旧北朝鮮殲滅戦』以来一度もなく、世間では「実在しないのでは?」と噂されることさえあった。
そんな彼がいきなり日本に来たかと思えば、実は未だ確認されていないはずの6人目の原石だったのだ。
「・・・式君、これから世界中が大騒ぎになるわよ」
「まぁその辺の面倒事は本部がなんとかしてくれるでしょう」
原石はたった一人でも戦況を大きく左右させる力を持っている。
そんな危険な存在をアメリカはS2操者と偽って保有していたのだ。これは国連加盟国の批判を浴びても仕方のない、裏切り行為だ。
しかし、今回はそんなリスクを冒してでもアメリカ本部は雅式を日本へ送った。
(自国の軍が極秘でつくってたイミテーションのサンプルがテロリストの手に渡ったと知られたら批判どころじゃ済まないからな)
日本をはじめとした他国にその失態を知られないよう、証拠湮滅を行いながらサンプルを回収することが今回、式がアリスから伝えられた真の任務内容だったのだ。
「・・・なぜ本部はあなたが原石であることを隠していたの?」
「恐らく空席を作っておきたかったんじゃないですか。新しい原石が発見されたときにすぐさま手に入れられるように」
「・・・バーゼル条約ね」
「ええ」
――バーゼル条約――
永世中立国スイスのバーゼルにて国連加盟国が参加して行われた会議で締結されたサオス創設に関する条約である。
「サオス一機関に対する原石保有数を3人までに制限されてるのに関わらず、本部はあなたの存在を隠すことで1つ空席を空けておいて、いつ発見されるか分からない7人目の原石を手に入れようとしてたっていうの?そんなの、条約違反じゃないっ」
信じられないような口調で言う結理。
「そのあたりの詳しいことは俺も分かりません。まぁ興味もありませんが・・・ですが今現在、7人目は見つかっていませんから事実、条約違反にはなっていないでしょう」
淡々と述べる式。
「・・・それでも本部に批判が集中することは間違いないわ」
未だ納得ができていない様子の結理。
「でしょうね。まぁあの国のことですから、力に物を言わせて事態を収拾させるでしょう。それか“あの国らしい”いかにも自分たちが正しいような物言いの声明でも用意してるんじゃないですか?」
そう言いながらもくもくと卵焼きを食べる。
「・・・まるで他人事ね」
「いつかこうなることは分かっていましたから」
翌日、アメリカ本部は6人目の原石、雅式の存在を世界に向けて公式発表した。
式の予想通り、なぜS2操者と偽って今まで原石を保有していたのかという批判に対する理由は確かに“アメリカらしい”ものだった―――
『我々には次の世代の子供たちを守っていく義務がある。当時、たった9歳だった少年に原石としての責任を背負わすのは重すぎると我々アメリカ本部は判断し、その将来を考え、このような批判を浴びるであろうリスクを承知した上でこの件を秘匿していた。もう一度言おう―――我々大人には次の世代の子供たちの未来を守らなければならない責任がある。一人の少年の“未来を守る”ためならいくらでも批判を受けることも厭わない、それが我々の正義だ』
「・・・・それはリスクに見合った価値が彼にあると知っていたから言えることでしょ・・・今まで散々利用しておいて・・・よくそんなご立派なことが言えるわね」
―――グッ・・・
その発表をテレビで見ていた結理は思わず拳に力を入れ、その画面を睨みながら言った。