第十三話:回想
「―――え?・・・今なんて?」
「今から体育館内に乗り込みます」
アメリカ本部の制服を身に纏い、返答する式。
現在二人は日本支部の司令部にいる。辺りには彩香、恵美、歩や他にも多くの職員がいるが、全員が驚愕した表情で彼を見た。
「・・・突入するってこと?」
「ええ、そうです」
しれっと返答した。
「―――無茶よっ!そんなことしたら人質に被害が及ぶのは目に見えているっ!」
それを聞いていた恵美が声を張り上げて言う。
「安心して下さい。人質は全員、無傷で取り返しますから」
「・・・式君、君はこの状況でそんなことが可能だと思っているの?」
一見落ち着いた様子だか、そこに強い意志を感じさせる口調で言う彩香。
「不可能を可能にするための第七感じゃないですか」
「で、でも・・・この状況でそんなことが可能なコードなんて・・・存在しないと思うよ」
遠慮がちに歩も反対の意思を示した。
「・・・まぁ、みなさんがそう言うのも分かります。信じられないならそこのモニターで見ていて下さい」
式が指さしたのは司令部にある大型のホログラム液晶モニター。そこには現在、体育館の外で見張りをしている、イミテーションと思われる機具を所持している8人のテロリスト、そして体育館内部には銃を所持している10人のテロリストと檀上の辺りに立っているリーダーらしき男がいる。その後方に集められている約650人の人質たち。それらの映像が分割されモニターに映っていた。
「それにしても、高校に防犯カメラですか・・・さすがにヤツらもこれは予想しなかったでしょうね」
のんきな調子で少年は呟いた。
「・・・式君、どうやって乗り込むつもり?外には未確認のイミテーションを持った見張りが8人いるのよ?」
式に問いかける結理。任務時は敬語口調だがこのときばかりは思わず素が出てしまった。
自分の妹が人質にされていて、そこまで気が回らないのだ。
「そうですね・・・どちらからでもいいんですが、人質もいるんでまずは外の見張りを始末しましょう」
淡々と述べる。
どうしてこの少年はこんなに落ち着いていられるのだろうか。
彼の妹も人質の中にいるというのに―――
ガシャ―――カツカツ・・・
そこへ司令部の扉が開き、支部長の海場が入ってきた。
「調子はどうだ?」
「いつも通りですよ」
「そうか、頼んだぞ」
「はい」
「待ってくださいっ、支部長!」
そこへ日本支部の幹部たちが詰め寄ってくる。
「この状況で突入なんて無謀です!」
「もし死傷者が出たらなんと説明する気ですか!」
「ここはもう少し様子をみるべきです!」
それぞれが抗議の意を唱える。
「本件における指揮権は日本支部ではなく雅式一人に一任してある。お前たちは黙って見ておけ」
「本部の言いなりになるのですか!?ここは日本ですよ!?」
「どちらにしろ、今我々にできることはなにもない―――そうだろ?」
「「「「・・・・」」」」
海場その一言で全員が押し黙った。
「―――じゃ、そろそろ行ってきます」
「ああ」
次の瞬間、その場にいた全員が自らの目を疑う。
バチバチバチ―――ッ
突如、火花が散ったような音が聞こえ、そちらの方に目を向けると―――
グオォ―――
そこに黒いものが出現した。
その部分だけ、他の空間とは違うものであるのは誰の目から見ても明らかだ。
その先の見えない黒さに不気味さを感じずにはいられない。
「な・・・・なにこれ・・・」
「結理さん、5分後くらいに電話で突入の合図をかけるんで、なんか中の様子に変化があったら電話してください」
「え?そ、それはどういう――――――」
疑問を投げかけようと彼の方を見ると言葉が詰まってしまった。
―――カァッ
その赤く光る瞳を見て―――
噂では聞いたことがあったが、初めてあったときからその瞳は黒かったので、ただのデマだと決めつけていた。
だが本当だった。その赤さは見るものを飲み込んでしまいそうな力を感じさせる。
「後はよろしくお願いします」
―――シュバッ
そう言って赤い瞳の少年は黒い闇の中に消えて行った。
グウゥン・・・
すると黒い空間は消え、元に戻った。
「ゆ、結理・・なに今の・・・?」
疑問の言葉を口にする恵美。
「・・分からない・・・」
力なく答える結理。
(式君、あなたは一体・・・・)
司令部内が静まりかえる。
すると―――
「おい・・・・嘘だろ・・・」
誰かの声が静まった司令部内に響く。
「「「―――ッ!?」」」
そちらの方へ目を向けた者たちは呆気にとられた。
第一高校の体育館裏口の監視カメラから送られている映像に、たった今ここにいた彼が映っていたのだ。
「おい!その映像アップにしろっ!」
映像がアップにされ、その姿が鮮明に映る。
間違いない、彼だ。
グチャア・・・
そしてその周りは真っ赤に染まり、さまざまな大きさの不気味な塊がいくつも散らばっていた。
そこには先ほどまで3人のテロリストがいたはずだ。よく見ると赤く染まった3つのイミテーションと思われるものが確認できる。
少しモニターから目を離した隙に3人のテロリストが惨殺されていたのだ。
つい先ほどまでここにいた少年によって―――
「・・・これって・・・式君がやったの・・?」
「でも・・・どうやって・・・」
「・・・イミテーションを使う間も与えなかったってこと・・・・?」
彩香、恵美、歩の3人は信じられなかった。
血肉が飛び散り、肉片の塊が辺りに落ちている場所に平然と立っているのがあの無邪気にラーメンをおいしそうに食べていた少年であるということを―――
―――シュッ
「「「―――ッ!?」」」
途端、彼がその映像からぱっと消えた。
(―――ッ!?今のはっ!!)
そこでこの前の模擬戦のことが蘇ってきた。あのときも彼は一瞬で消えた。
「―――ッ!23番のモニターだ!」
すると、100メートルほど離れた体育館正面入出り口のモニターにその姿が映っていた。
模擬戦で消えた後、いきなり自分の背後に現れたときと同じだ。
(これは・・・瞬間移動!?)
だが瞬間移動のできるコードなんて聞いたことがない。
思考を中断し、モニターを食い入るように見つめる。
彼の真正面にはイミテーションを持った5人のテロリストたちがいる。
その距離、およそ15メートル。
―――ガッ
いきなりの侵入者の存在に気づいた男たちが慌てた様子で一斉に拳銃型のイミテーションを向け、引き金を引いた。
―――ズギャンッ
銃口から出てきた5つの赤い閃光が式に向かって集中砲火された。
(アレは!『発火系』の起爆弾!?)
着弾すれば掠っただけでもその部分が吹き飛んでしまう。殺傷性Aランク相当のS2兵器だ。
それを5つも集中的に食らえばあっという間に肉片に変わってしまう。
「危ないっ!!式君っ!」
歩が思わず声をあげた。
5つの閃光が式に着弾するその瞬間だった―――
グオォ・・・
式と閃光の間を隔てるようにあの黒いものが何もない空間から出現した。
そして赤い閃光はそれに飲み込またかと思えば、標的に向かって飛んでいく。
ただし、標的は式ではない。引き金を引いた男たちだった。
―――パンッ
直後、赤い閃光の直撃を受けた5人の男の体がバラバラに弾け飛んだ。
生きていた人間が一瞬で肉片と化した。むき出しの白い骨が転がり、血しぶきが正面出入り口の前を真っ赤に染める。
「―――ッ!」
司令部内に誰かの短い悲鳴が響いた。
男たちを肉片に変えた少年は表情一つ変えずその様子を見ている。まるで興味がないような様子で―――
「・・・・」
その姿を見ていた結理は改めて再認識させられた。
戦功序列第三位、雅式―――
彼がアメリカ本部の最高戦力、人間兵器の一人だということを―――
「た、体育館内の様子に変化がありましたっ!」
体育館内の映像を見るとテロリストの男が一人の少女を無理やり引きずり中央へ連れて行こうとしている。
(―――ッ!まずいっ!)
先ほどのことが意識から離れ、即座にスマートフォンを取り出し、無線を繋いだ。
『はい、もしもし?』
「式君!人質が危険なのっ!」
モニターには結理のその言葉を聞いて体育館を一瞥する式の様子が見える。
そして彼言った。
「・・・ああ、アレですか・・今から乗り込みます」
―――シュバッ
そう言い残すと再び彼はその場から消えた。
「おい!まずいぞっ!」
体育館内では床に倒れている少女と彼女に銃口を突き付けているテロリストという絶望的な絵が完成していた。
(お願いっ!間に合ってっ!)
―――パアンッ!
直後、銃声が轟いた。
その音を聞いた誰もが最悪の状況を想像してしまった。
しかし、少女にその弾は届かなかった、少女の目の前に突如出現したあの黒いものが鉛弾を飲み込んでいった。
―――ザッ
そしてそこから出てきた赤い瞳の少年は呆然と立ち尽くしている目の前の男に向かって手刀を繰り出した。
その手はなにか黒い炎のようなものを纏っていた。
―――ブシャアッ、ゴトッ・・・
首の断面から血しぶきをあげて倒れる体と、少女の前に転がっているその頭部。
「・・・・・」
カツ、カツンカツン・・・・
その惨劇を目にし、結理は司令部の出口へと歩き出した。
「―――ッ!結理、どこへ行くのっ!?」
恵美の声に呼び止められた。
「現場に向かうわ。突入部隊の準備はもうできてる」
そう言い、彼女は司令部を後にした。
「・・・・」
その圧倒的な力を見せつけられて理解した。
恐らく彼は人質に被害が及ぶことなく任務を完遂するだろう。
けど、なぜだろう・・・胸騒ぎが止まらなかった。
それはあの圧倒的な力を持つ少年に対する恐怖なのかもしれない。
カツカツカツ・・・
そう思い、彼女は歩く速度を速めた。
予想通り、突入の合図の電話を受け体育館に入った時には全てが終息していた。
「・・・スー・・スー・・」
彼が眠ってから一時間ほど経った。
結局最後まで補佐として自分は何もしてやれることができなかった。
(なにが“バディ”よ・・・笑っちゃうわ・・)
多少足が痺れるがその程度、彼の疲労に比べればなんてことはない。
せめてその疲れ切った体を休めるのに役立とうと自ら進んでしている膝枕だ。
体育館で倒れていたその姿を見たとき、あまりの衝撃に声が出なかった。
数時間前までは圧倒的な力を行使し、自分が恐れを抱いた少年が閑散とした体育館で力なく倒れていた。
黒い闇の中で一体なにがあったかは分からないが、ただ事ではないと思い駆け寄った。
その表情に先ほどの威圧感は欠片もなく、赤い光を失った弱々しい瞳が私を見返してきた。
体を動かすことができず、満足にしゃべることも叶わない少年の姿。
その様子は見ていてただただむなしかった。
見ているだけで涙が出てきそうになり、それに気づかれまいと虚勢を張った態度をとってしまった。
彼のこんな弱い一面を知ってしまったそのときの私は、とてもじゃないが彼を化物だなんて呼ぶことができなかった。