第十一話:化物
―――パアンッ!!
「―――ッ」
銃声が聞こえた瞬間、少女は涙で腫れた目を瞑り、自分は死を迎えたのだと思っていた。
(・・・え・・?)
だが銃声が鳴り響いても自分に変化は見られない。どこも痛くない。死とはこういうことなのかと、その時は思った。
「・・・・」
怯えながらもゆっくりと目を開け、自分の目の前に背を向けて立っている人物の姿を見るまでは―――
「え?だ、誰?」
「―――悪魔」
振り向いた黒に赤いラインの入った服を着ている人物はこちらを見据えて言う。
―――キイィンッ
赤く光る瞳ををこちらに向けて―――
「・・・・」
確かに見方によっては悪魔に見えるかもしれないがその赤い瞳を見た少女は純粋にこう思った。
(すごく・・・きれい)
まるで、見るもの全てを引き込む力を持っているようだ。
思わず見とれてしまい、自分が先ほどまで死の淵に立たされていたことを忘れてしまいそうだった。
―――ゴト・・・
「―――ッ!」
横に転がっている、自分に向けて銃の引き金を引いた男の生首を見るまでは―――
「ひぃっ!」
思わず後ずさろうとするが腰が抜けて上手く動けない。
「あー、ちょっと女子高生には刺激が強すぎたか・・・」
落ち着いた口調で頭をかきながら言う赤い目の人物。
パンッ!
すると銃声が響いた。
「・・・いきなりなにすんだよ。ビックリするじゃねぇか」
赤い目の少年、式はそう言うと自分に向けて銃口を向けたまま立っているリーダーの男、パク・イギョンに視線を向ける。
だか式に向けられて放たれた銃弾は彼に当たった様子はない、この至近距離で外すはずもない。
―――ブシャアッ
「――――がぁ・・!」
バタッ・・・
直後、体育館の後ろのほうで人質の見張りをしていた一人の男が頭から鮮血をほとばしらせ、その場に倒れた。
「―――キャアッ!」
近くにいた人質はその死体を見て思わず悲鳴をあげる。
「おいっ!どうしたっ!?」
―――ダッ
近くにいた男の仲間が駆け寄り、男の死を確認すると―――
「この野郎・・・ぶっ殺してやるっ!」
ジャキッ!
式に向けてライフルを向ける男。
「ま、待てっ!やめろっ!」
それを慌てて止めようとしたパクだが、間に合わなかった。
ドルルルルル―――――ッ!
ライフルを乱射する音が辺りに響き渡り、人質たちは思わず耳を塞ぐ。
やがて乱射音が止み、体育館が静まりかえるとそこには蜂の巣になった死体が倒れていた。
ただしそれは式の死体ではなく、さきほど銃を乱射した男とその仲間たちの死体だった。全員銃痕が体中にあり、血だらけで息絶えている。ものの数十秒で10人が死んだ。
「さて、残るはお前一人だけだ」
「・・・・外の見張りはどうした?」
「見てくるか?原型留めてないから誰が誰だかわからねぇと思うぞ」
不敵に笑う式。
「・・・貴様、S2操者か?」
「まぁそんなもんだ。お前こそ持ってるんだろ?ウチの国の“サンプル”をよ」
「こんなところでコレを使うとは思わなかったがな・・・貴様を殺すために使ってやるさ」
「あっそ、まぁその前に場所を移すか」
バチバチバチ―――ッ
「―――ッ!?」
そう式が言った瞬間、突如パクの背後の空間に赤い火花が散る。
グア―――ッ
そして、空間が歪み始め、そこから歪のようなものが生まれるとその部分の空間だけ黒い別の空間のようなものになった。
「な、なんだ、これは・・・」
その気味悪さに思わず声を漏らすパク。
「先に行ってろ。俺もあとで行く」
「な、な―――っ」
シュバッ
式がそう言うと黒い空間は有無を言わさぬ速さでパクを飲み込んでいった。まるで生き物が餌を丸呑みするように。
「―――さてと・・・」
黒い空間が消えたのを確認すると式はスマートフォンを手に取り、電話をかけ始めた。
「―――あ、結理さんですか?もう突入してもいいですよ」
ドドドドドド――――ッ
そう言い式が電話を切った途端、体育館の出入口から数十人の特殊部隊と思われる隊員が入ってきた。
人質の避難誘導を始め、それに従って出入口の方へ安堵の表情を浮かべ体育館の外へ避難していく人質たち。
タタタタタ―――ッ
だがそんな彼らとは明らかに真反対の方向、つまり式のいる方へ走ってくる二人の少女。
「お兄ぃちゃ~ん!」
「式く~ん!」
一人はとても嬉しそうな笑みを浮かべて、もう一人は今にも泣きだしそうな表情だ。
(・・・あいつら)
そのいつも通りの様子を見て安心したが、半分呆れてしまった式だ。
―――ガバッ
「―――おっと・・・」
二人は勢いよく式の胸にダイブし各々の感情を爆発させる。
「お兄ちゃ~ん!会いたかったよぉ♥やっぱりわたしを助けに来てくれたねっ!もうわたしを放さないでぇ~♥」
「うわーん!ぐすっ、じきくん。怖がっだよぉ~だずけに来てぐれてありがどぉ・・・ぐすっ」
片や全く恐怖の淵に立たされていたことを感じさせない甘えた声で抱き着いてきた可愛らしい黒髪ツインテールの美少女。
片やその恐怖で嗚咽をもらし、涙と鼻水を垂らしながら抱き着いてきた少し大人っぽい黒髪ミディアムヘアの美少女。
(こいつら・・・色んな意味で極端だよな・・・)
「遅くなって悪かった。ほら美紀、とりあえずこれで顔拭け」
美紀にハンカチを手渡す。
「美紀、顔すごいことになってるよ」
「―――ッ///」
遠慮のない綾の言葉でようやく自分の顔がどんなことになっているか気づいた美紀は顔を真っ赤にさせ、恥ずかしそうにハンカチを受け取ると顔を拭き始める。
その様子を見て笑っている綾。
(まぁとにかく・・・無事でよかった)
そんな二人の様子を見ていると―――
「・・・ん?」
不意に視線を感じた。そちらの方へ目を向けると、先ほどの少女がさっきと同じ体勢ででこちらを見ていた。
目が合うとビクッと震える少女。
(・・・はぁ、仕方ねぇな)
カツカツカツ・・・スッ
ため息をもらし、少女の方へ歩を進め、彼女の前で膝をつき、手を差し伸べる。
「・・・え?」
「腰が抜けてるんだろ?手かしてやるから」
「あ、ありがとうございます・・・」
―――ギュ・・・
式の手を取る少女。
「―――ッ!」
(この人の手・・・とても冷たい)
ひんやりとした式の手を握り思わず彼女はあるものを連想した。
―――死―――
先ほどまで自分が置かれていた状況をそのまま表現したような冷たさを彼の手から感じる。だがその冷たさが不思議と心地いい。
―――グイ
「・・・んっ」
手を引っ張ってもらい、立ち上がろうとするがまだ足元がおぼつかなくてうまく立ち上がれない。
「―――ふむ・・・」
それに気づいたのか、彼は少女の手を放すと―――
「ちょっと失礼―――」
―――スッ
「―――えっ・・!?」
そう言って正面から少女の脇の下に手を回し、そのまま背中に手を添えて少女の体を抱きかかえる。
「あ・・・///」
それは端から見ると抱きしめているように見えなくもないだろう。
トクン、トクン・・・
体が密着するのを感じると体中が急に熱くなり始める。密着している体を通して自分の心音を彼に聞かれてしまうのではと心配するほど激しく鼓動している心臓。
そしてほのかに香る彼の匂い。
(すごく、いい匂い・・・)
強張っていた体の力が自然と抜けていき、思わず彼に体を委ねてしまいそうになる。
「―――もう立てるだろ?」
「・・え?」
気が付くと少女は彼に支えられながらではあるが、確かに自分の足で立っている。
「怪我とかしていないか?」
―――パッ
彼女の体から手を放す彼、それがとても名残惜しく感じてしまう。
「は、はい。大丈夫です・・・・」
「ん?シャツが破けてるな」
「あ・・・・」
恐らく無理やりここまで連れて来られた途中で破けてしまったのだろう。
「そのままの格好じゃ外に出にくいだろ?これでも着とけ―――」
―――バサァッ
そう言って上着を脱ぎ、白いカッター姿になった少年は、彼女に手渡した。
「そ、そんな・・・申し訳ないです・・・」
「気にするなって、それは今日生き残った記念だと思え。しかもそれ、オークションに出したら結構いい値が張ると思うぞ?」
「そ、そんなことしません!」
「冗談だよ―――まぁそれはお前にやるから上にでも羽織って早くここを出な」
赤い瞳を向けてやさしく微笑む少年。
カアァ―――///
その魅惑的な表情を見て思わず顔を真っ赤にする少女。
「―――こんな状況でも女子高生を引っかけるなんて・・・さすがですね、序列第三位」
「・・・人聞きが悪いですよ。人助けと言ってくださ――――」
振り返り見てみると女性陣3人がジーとこちらを見ていた。
「はぁ・・・まったく・・・」
一人はあきれた様子で―――
「うぅ~・・・」
一人は何かを訴えるような表情で―――
「お・に・い・ちゃ・ん?」
一人は浮気者を今にも殺しそうな目つきで―――
「・・・結理さん、3人をよろしくお願いします」
「あなたはこれからどうするんですか?」
「後始末をしてきます」
「・・・殺すんですか?」
「さぁ、どうでしょう?状況によりますね」
「・・・私もついていきます」
「俺の心配はいりませんよ。すぐに終わります」
「私の心配は他にあります。あなたの安全ではなくあなた自身が心配です」
「・・・どうせ海場さんに何か言われたんでしょ?俺を“見張っておけ”―――とか」
「・・・・・」
「結理さん、俺はあなたのことが嫌いじゃない、俺みたいな化物にも分け隔てなく接してくれる人がいるのを知って、この国も捨てたもんじゃないなと思ったんです。だから言わせてください―――」
一呼吸おいて彼は言った。
「――――俺はできればあなたを殺したくない――――」
ゴオォ―――ッ!
「「「「――――ッ!」」」」
その場にいた者が全員震えあがった。美紀も式の傍にいる少女も綾も先ほどまでの恐怖とは比べものならないゾッとした何かが体中を駆け巡り、支配されそうになるのを肌で感じ取っている。
それは結理も同じであった。彼女は今ここで海場が言った言葉の本当の意味を理解できた気がした。
『―――ただの子供だと思うなよ。アレは正真正銘の化物だ』
(これが序列第三位、雅式・・・確かに人間とは思えないわ・・・)
体が震えてるのがわかる。抑えようとしても震えが止まらない。そしてあの赤い瞳から目を逸らすことすら許されない。
言わば―――絶対的な支配―――
これは気力でどうこうなるものじゃない、本能レベルで体が警告している。
―――アレに刃向えば殺されると―――
「――――まぁ、そういうわけなんで3人のことは頼みましたよ、結理さん」
途端、体の震えが止まり自由が効くようになった。どうやら解放されたようだ。
「・・・わかりました。お気をつけて」
その言葉を聞いて安堵した様子の式。
バチバチバチ―――ッ!
途端彼の目の前の空間に再び赤い火花が散り、空間の歪から黒い空間が出てきた。
「―――よっと」
その中に入ろうとする式に後ろから声が掛かった。
「―――あ、あの!」
「・・ん?」
振り向くと式があげた上着を抱きしめ、式の方を見つめている少女が声の主のようだ。
「あ、あの私、立花華蓮と言います。その・・・・よろしかったら、お名前を教えていただけませんか?」
不安そうな表情でたずねてくる立花という少女。
(本気ではないとは言え、さっきのを食らってまだ俺に話かける気力があるのか・・・・)
「雅式」
「雅式さんですね。そのお名前、深く心に刻んでおきます。今度ぜひお礼をさせてください」
「・・・・また会うことがあったらな」
―――バッ
そう言うと赤い瞳の少年は黒い闇の中に消えて行った。
シーン・・・
空間が元に戻り、静まりかえった体育館。
少女、立花華蓮は大きめの黒に赤いラインの入った上着を着ると頬を赤く染め、呟いた。
「暖かくて・・・いい匂い」
その様子を見ていた結理は今はもういない彼に向けて言った。
「知ってる式君?女ってのは、危険な男に惹かれるものなの」
「「うんうん♪」」
隣にいる綾と美紀も意味深そうに頷いていた。