第十話:予想的中
―――バッ
「・・・ん゛~・・」
9月1日午前8時、昨日言ってた通り、俺は結理さんに叩き起こされた。
「・・・まだ8時ですよ」
「もう8時よ。起きなさい」
有無を言わさぬ口調で鬼のような形相でこちらを見てくる。
「・・・はい」
(俺・・・この人の上官じゃなかったけ?)
ガチャッ・・・
リビングに行くと綾が朝食の準備をしていた。
「あ、お兄ちゃんおはよう。ホントに起きられたんだね」
「おはよう。鬼にたたき起こされた夢を見て目が覚めたんだ」
「だ・れ・が鬼ですってぇ?」
ゴオォ―――
後ろからドスの効いた声が聞こえてきた。
―――ビクッ・・・
「・・・いえ、なんでもありません。それにしても綾、それが学校の制服か?」
「あ、やっと気づいてくれた。ねぇねぇ、似合ってる?」
「ああ、かわいいぞ」
緑を基調としたブレザータイプの制服、今は夏なので白いカッターシャツの姿だ。グレーにチェック柄が入っているスカートに黒いニーハイソックス、これが24区第一高校の制服だ。
「―――嬉しいっ!」
式の胸に抱き着いてくる綾。
(朝っぱらから元気だなぁ・・・)
「お、おじゃまします・・・」
玄関のドアが開いた音が聞こえると美紀がリビングへ入ってきた。綾と同じ第一高校の制服を着ている。
ただ、靴下の丈は綾と違って、脹脛までのを穿いている。恐らくこちらが正装と言えるのだろう。
「あ、式くんおはよう」
「おはよう美紀。今日から綾のこと頼むな」
「う、うん!」
嬉しそうに頷く美紀。
(これなら心配もなさそうだな)
今日から綾は美紀と同じ第一高校に転入する。クラスは学校の計らいで美紀と同じ1年2組にしてもらった。
「あーあ、これでお兄ちゃんがいたら最高なのにぃ~」
ぎゅっ・・・
いまだ式に抱き着いている綾。
「ちょ、ちょっと綾ちゃんっ!早くしないと学校遅刻しちゃうよっ!」
その様子を見てどこか抗議するような口調で言う美紀。
「え~、だってこうしていたいんだもん♪」
そう言って見せびらかすように式の胸に顔をうずくめる綾。
「・・・・」
それを見た美紀がどこか悔しそうな顔をしている。
「―――美紀の言う通りだ。そろそろ行ってこい」
―――ポンッ
綾の肩に手を置き、自分の体にくっついてる綾を引き離す式。
「え~、でもお兄ぃちゃ~ん・・・」
ウルウルと目を潤ませ、こちらを見つめてくる。
「お前は俺とは違って普通の人間なんだから、学校に行くのは当然だろ?行けるのも日本にいる間だけなんだから、貴重な体験だと思って友達とか作って楽しんで来い。夕方になればまた会えるだろ?」
綾の目を見据えて言う。
「うん・・・わかった」
―――ぎゅっ!
そう言ってもう一度抱き着いてきた綾。その頭を撫でてやると嬉しそうな表情をして言った。
「浮気したらゼーッタイ、許さないからねっ!」
「はいはい」
「・・・・」
そんな二人のやり取りを美紀はただ見ていることしかできなかった。
「―――意外だったわ」
「ん?何がですか?」
「正直言って、あなたのことだから行きたくなかったら行かなくてもいいって言うかと思ってたの」
「・・・まぁ、いつまでも甘やかすわけにはいきませんからね。それにアイツにとっていい機会かと思いまして、今まで俺のせいで普通の学生生活を送ることができなかったんで」
「綾ちゃんのことちゃんと考えてあげてるのね」
「たった一人の家族ですから」
「これで自分のこともしっかりしてくれると部下としては助かるのになぁ~」
「・・・・」
綾と美紀が学校へ行った後、残された式と結理は現在、結理の車で日本支部へ向かっている。
「それで、なにか情報はつかめましたか?」
「残念ながらまだ何もつかめていないわ。でも一つ連中の目的として考えられるものがある」
「なんですか?」
「来週、24区で18か国の首脳が集まるサミットが開かれるの。もしかしたらそこでテロを起こすのが連中のねらいかもしれない」
「ん~、それはないと思いますよ」
きっぱりと式は否定した。
「え?どうして言い切れるの?」
「まず、首脳会議なんて警備が厳重過ぎてテロの成功率が低い、おそらく各国は首脳会議の警備に自国の選りすぐりの『S2(Seventh Sense)操者』を警備兵として連れてくるでしょう。24区としてもそんな重要な会議で問題が起きないように日本支部から優秀なS2操者を警備に回すはずです。そんな各国の戦力が集う、緊迫している現場で一介のテロリストだけでテロなんて起こせるはずがありません。テロっていうのはなんてことない―――いつもと同じ日常に突然襲ってくるものですよ」
確かに的を射た考えだ。しかし、もし彼の言葉通りになればある仮定が導きだせる。
「とゆうことは式君・・・・」
「―――ええ、連中のねらいは首脳会議自体ではなく、それを中止させるためにまだ警戒が弱いこの時期を狙ってくるのかもしれません―――つまり、首脳会議が開かれるまでのこの一週間に連中はなんらかのテロ行為に及ぶ可能性があると俺は考えます」
「・・・さすがです。少し見直しました」
いきなり敬語口調になる結理。
「・・・その言い方、褒められてるんだかよく分かりません」
「とりあえず今は褒めています」
「・・・そ、そうですか」
ピロリロ♪ピロリロ♪
そのとき車内に着信音らしきメロディが流れた。どうやら結理のもののようだ。
「―――はい、工藤です」
運転中にも関わらずその電話に出る結理。
「―――ッ!そんな・・・」
そして時間が経つにつれ、その表情が険しいものになり―――
―――ピッ
電話を切ると少年に向かって彼女は言った。
「あなたの予想があたりました」
「・・・何かあったんですか?」
「始業式最中の第一高校が『壮爪』と名乗るテロ組織に・・・占拠されたようです」
―――24区第一高校、体育館内―――
「―――人質は全員で何人いる?」
「はい、大体ですが生徒が600人、教職員が50人、合わせて650人ほどです」
「そうか・・・引き続き見張りの方を頼む」
「了解しました」
そう言うと去っていく男。
(・・・さて、日本政府はどう出るか)
第一高校を占拠したテロ組織壮爪のリーダー、パク・イギョンは体育館の後ろに固まって集められている650人の人質の方へ目を向けながら考えを巡らせる。
このテロの目的は来週行われるG18のサミットの中止及び、アメリカ、日本の旧北朝鮮から撤退の要求を飲ませるためだ。その要求が飲めなければ人質を全員殺すとさきほど日本政府に伝えた。
(―――しかし、これほど上手くいくとは思わなかったな)
24区という日本中の第七感戦力が集まっている場所にある高校ということでこちらも色々(・・)と用意はしてきたのだがその必要もなかった。
(これもヤツらのおかげか・・・感謝せねばな)
「今に見てろ、次はお前たちが血を見る番だ―――日本人ども」
狂気を含んだ静かな声で男は言った。
同じく体育館内の後方に固まっている人質の集団の中―――
「・・・はぁ・・」
その中にいる綾は憂鬱な気持ちになっていた。
(あーあ、登校初日でこんな厄介事にに遭うんだったら、やっぱり学校なんて来ない方がよかったなぁ~そしたらこないだみたいに、お兄ちゃんとチューできたかもしれないのにぃ~!)
おそらくこんな悠長なことを考えてるのは彼女くらいだろう。
グスッ、グスグス・・・
周りからは恐怖からか、女子の泣き声や女性教師の泣き声、男の泣き声まで混じってる耳障りな音が聞こえてくる。
(ホンット!どいつもこいつも情けないっ!)
「―――美紀、あんたもいい加減泣くのやめたら?」
隣で嗚咽を漏らしながら泣いている美紀に小声で言う。
「うぅっ・・・だ、だって・・・」
「あんたがこの程度で泣く弱い女なんて知ったら、お兄ちゃんはきっとガッカリするよ」
「・・・・」
するとピタリと泣き止んだ美紀。思わず今までのはウソ泣きだったのではないかと疑ってしまった。
「で、でも・・・綾ちゃんはどうしてそんなに平気なの?怖くないの?」
「怖くなんかないもん。お兄ちゃんが来てくれるから」
当然のことのように言う。
「で、でも、いくら式くんでもさすがに無理だと思う・・・外にも見張りみたいな人がいたし、こんなに人質がいるんだもん・・・」
「・・・あんたのその言葉を聞いてわたし、安心した」
「・・・・どういう意味?」
「あんた、お兄ちゃんのこと好きみたいだから、わたしあんたのこと一応警戒してたけど、もうその必要ないみたい」
「・・・どうして?」
「あんたはその程度の女ってコト。上っ面だけで好きとか言ってるどこにでもいる女。そんな女にお兄ちゃんを取られるかもって少しでも焦ったわたしがバカだった」
「―――ッ!上っ面だけじゃないよ!私は何年も前から式くんのことを知っていたし、好きだった!それだけは誰にも否定させない!」
目に強い意志を込めて見つめてくる美紀。
(ふぅん・・・やっぱり警戒しといたほうがいいかも)
「ならメソメソしないで信じるの。ホントにお兄ちゃんのことが好きなら、このくらい乗り切れるでしょ?愛する男をちょっと待つくらいできなくてどーすんの?大丈夫、お兄ちゃんは必ず来てくれる―――わたしはあの人を信じてる」
同じく人質の集団の中にいる一人の少年―――彼は周りが落ち着きない中、一人落ち着いた様子で辺りを見回していた。
(恐らく全員で20人といったところか・・・・厳しいな、せめて“Gald”があればなんとかなるかもしれないが・・・)
体育館で人質の見張りをしているのは10人、外で見張りをしているのも10人ほどだ。そして檀上の方からこちらを見下ろしているのがリーダーと思われる男だろう。どちらにしろ、イミテーションが手元にない今の状況では手の出しようがない。
「―――ねぇ、拓弥」
すると後ろから声を掛けられる。振り向く必要もない、声の相手は知っている人物だ。
「央乃か」
「どう?なんとかならない?」
「この状況じゃ難しいな・・・イミテーションがなければ、俺たちはただの人間だ」
「・・そう、そうね。こうなったら日本支部に期待するしかないようね」
「どうかな、これだけ人質がいるんだ。こんなとこでドンパチを起こせば大人数の死傷者が出るだろう。日本支部のS2操者―――支部長でも簡単に手は出せないと思う」
「はぁ・・・ホント、参ったわね」
「・・・まったくだ」
「犯行声明を出してそろそろ30分経ちます」
「そうか・・・適当に一人、連れてこい」
「はい」
命令をすると自らも体育館の中央に向かって歩きはじめるパク。彼と部下の男が近づくに連れ、ビクビクと震える人質たち。
「―――来い」
―――ガッ
「きゃあ!」
ズルッ、ズルズル―――ッ
部下の男が人質の中から一人適当に選んだ女子生徒を無理やり引きずって体育館の中央にいるパクの元へと連れてきた。
それを見ている誰もがこれから起こることを予想できる。だが誰にもそれを止めることはできない。
彼らには他人はおろか、自身を守るための力さえない。
あるものは絶望した表情でその様子をただ茫然と見ていて、あるものは泣きながら目を逸らし、耳を塞いでいる。
「だ、誰かっ!助けて!」
泣きながら必死の思いで助けを求める女子生徒だがその叫びはただむなしく体育館に響くだけだ。
「最初の見せしめにコイツの死体を校門の外へさらす―――30分ごとに一人ずつだ。お前たちも覚悟しておけ」
「「「「―――ッ!」」」」
その言葉を聞いた人質たちは恐怖で怯えてる。もう彼らの頭の中は今から殺される少女のことではなく、次は自分の番かもしれないという恐怖で支配されていた。
「―――やれ」
―――ジャキッ
拳銃を少女に向ける部下の男。
少女はあまりの恐怖でもう声もでない。彼女を支配しているのは恐怖と絶望のみだった。
パンッ!!
銃声が体育館に響いた。数人の悲鳴が聞こえるが誰もが見るまでもなく、少女の死を疑わなかった。
「―――ふう、ギリギリセーフ」
そう、突如少女の前に現れた黒髪に赤い瞳の少年の姿を見るまでは―――――