8.孤高の王
「レン様は随分言葉が話せるようになって参りましたよ。」
コリーンが執務室に書類を持ち込んで報告する。
あの娘が現れてから3ヶ月。
相変わらず随分熱心に言葉を覚えているらしく、簡単な会話ならなんなくこなせるほどになったとコリーンも、驚いていた。
あれから娘にはあってはいない。
政務が山のようにあったのも確かだが、それ以上に私が会うのを避けていた。
私が剣を突きつけたとき、あの娘の目には怯えと、戸惑いが見てとれた。
悪いことをしたと思う。
言葉も解さぬ娘にすることではなかった。
ただ、あの娘の吸い込まれるような黒い瞳が私をいぬいたとき、これ以上私のなかに踏み込ませてはならぬと、警鐘がなった。
あの娘は具現者だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただ、それだけの存在だ。
時が来れば殺す。哀れな運命の女だ。
それを越えて近づけばきっと殺せなくなる。
外は雨で景色が白くけぶっている。
ガラスに自分の顔が映る。
氷の皇帝…。
いつからかそんな渾名が付いた。
この氷のような冷たいアイスブルーの瞳もさることながら、人前で笑みを見せぬということが所以らしい。
笑わないのではない、笑うという必要性がないからだ。
ただ、この国を守り、統べる。
それだけが私に求められたことだから。
それには余計な感情は必要ない。
笑う。
そんな感情をこの先私は持つことができるだろうか?
不意に執務室にコリーンが、駆け込んで来た。こんなに慌てるなどこいつにしては珍しいことだ。
「何事だ。」
「ご無礼をお許し下さい。
大変です。レン様のお姿が城内のどこにもないのです!」
「なんだと!?誘拐か?」
「いいえ。城を出るとの書き置きが部屋に残されていましたので、ご自分の意思かと。とにかく至急兵を挙げて城下をくまなく探しておりますが何かわかり次第ご報告にあがります。」
コリーンが、一礼をして出ていく。
娘が消えた。
私は目を伏せてをきつく握り込んだ。