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6.夜の中庭

異世界から来た具現者、名をレンといったが、彼女が私とそう歳が変わらないとコリーンから聞いたとき正直驚きを隠せなかった。

小柄で華奢な体つきや幼い顔立ちを見ると、せいぜい14,5だと思っていたのに、25とは。

まったく異世界とは恐ろしいものだと思う。

魔術か何か使っているのではないかと思うほどだ。


レンとやらはこの世界の言葉をまったく話せないが、必死で言葉を覚えてこの世界になじもうとしている。

必死で覚えた言葉を書きつけていて、驚くほどの速さで言葉を覚えていっているのだとコリーンが報告した。

きっとまじめでひたむきな性格なのだろう。

彼女はどんな生活を元いた世界でしていたのだろうか。

25ともなれば夫や子供がいたのやもしれぬ。

彼女の生活も人生も家族もすべて奪って、さらにその命まで犠牲にしようとしている。

なんという罪深いことだ。

罪悪感を抱くことすら勝手でしかない。

だがいつかそう遠くない未来その命を奪う人間に向き合えるほど、私は強くなかった。





夜の中庭には今が盛りのバラの花からかぐわしい香りが満ちている。

この静謐とバラの香りが心地よい。

不浄な私を言う人間を浄化してくれるような気さえする。

そんな都合の良い思いを抱く。

私は庭の隅にあるベンチに腰を下ろした。

ここは奥まっていてめったに誰も来ない。

ただ一人になりたいとき、眠れぬ時に来れる唯一の場所だった。

コリーンに見つかればまた口うるさく言われるだろう。

「皇帝ともあろうお方の御身に万一のことがございますればいかがされるおつもりですか!」と。

コリーンの眉をひそめた仏頂面を思い浮かべて私は苦笑した。

ふと自分の手の平を見やる。

この手に何十万の命と生活が懸かっている。

私の何を犠牲にしてでもこの国を戦火にさらすわけにはいかない。



古くからの歴史をもつこの国は小国ながらも隣国と不可侵条約を結び、温暖な気候と海に面した地の利を生かし、漁業と農業で栄えてきた。だが10年ほどまえに、我が国の東部にあるワーシュレ山脈から貴重な鉱物が採掘されたとたんに隣国の目の色が変わった。

虎視眈々とこの地に攻め入る隙を狙い始めたのだ。

西のレガート帝国は強大な軍事国家。

昨年前帝のルマイレ3世に代わりルガーヌ2世が即位してから状況はますます緊迫するようになった。

新帝は苛烈な性格だと聞く。

軍の増強、隣国への植民地政策。

数年以内に我が国にも浸食の手を伸ばしてくることは間違いがない。

他の国と協力しようにも、レガート帝国の軍事力はあまりにも強大だった。

今我が国はかつてない危機に瀕している。

レガート帝国との折衝、国内軍備の強化を何を持ってでも進めなければ。



私は目をつむり組んだ手を瞼に押し当てた。


と、その時。


私は背後に人の気配を感じ、無意識に使い込んだ剣のつかに手をかけた。

気配が動いたその刹那。

一気に剣を引き抜き、背後の気配に向かって突きつける。


「っ!!」


そこにいたのはレンとかいう女だった。

あまりのことに声も出ないのか目をいっぱいに見開いてその場に腰を抜かしている。


私はバツが悪くなって、剣を鞘にしまう。


「私の後ろに立つな。誤って切り殺しかねん。」


「なに?」


女はまだ言葉を理解しないのだろう。

私の言葉に首をかしげる。その拍子に肩より少し長い黒髪がはらりと揺れる。

それは小さな小動物を彷彿とさせて私を妙にいらだたせた。


「去れ。」


女のほうを見もしないで言い捨てる。


「かいるざーく、なに?」


女は少し眉をひそめて私の言葉を聞き取ろうとする。


わけのわからぬいらだちに私は剣を抜き、女に突きつける。

それは自分でも理解できない暴力的な衝動だった。

冷静沈着、感情を表さない冷たい氷の皇帝とあだ名されていることは知っている。

それはある意味自分にとっては思い通りの虚像だった。

その自分にこんな暴力的な衝動があるとは知らなかった。



「これ以上ここにとどまるなら殺す。」


私は声を絞り出した。


女は私の様子に何かを察したのか踵を返して走り去っていった。



この得体のしれぬ衝動がなんなのか私には測り兼ねた。

レンというあの女が独特の発音で発した私の名。

”カイルザーク”

ついぞ呼ばれたことのない自分の名に心が揺れたことに私は気づかないふりをした。


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