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3.現れた具現者

昨日の最高預言者の言葉通り明けの明星輝く頃、それは起こった。

神殿の祈りの泉が光を放ち、一人の人間が現れた。


不思議な着物を身に着けて現れたその人間はまだ幼い少女のようだった。

黒髪に黒い瞳。

肌は大陸の東にいる人種に似てクリーム色だ。

自分の置かれた状況をつかめぬのか目を瞬かせている。


「お前、名は?」


私が問うても眉間に皺を寄せて私をにらむままだ。

言葉が通じぬのか?

まったく厄介な。

俺は舌打ちを一つしてその娘を横抱きにする。

女は頼りないくらいに軽く、そして柔らかい。

それが余計に心をささくれだたせた。


「%&$%&!」


その女はわけのわからぬ言葉でどうやら抵抗しているらしい。


「おとなしくしていろ。」


言葉がわからぬはずだが女は聞き分けよく黙ってその容姿に似合わぬ大人びた吐息を漏らした。

濡れた髪からしずくが私の衣服へしみていく。

伏せたまつ毛は長く、まつ毛の先に水滴が涙のようにたまっていた。

幼い顔立ちに胸に言い知れぬ痛みといらだちが湧き上がる。

言葉もわからずに殺されるであろう哀れな少女から目をそらす。


罪悪感か?

今更だ。

私はこの国の皇帝としての生を受けたその瞬間から人間らしい感情をなくした。

いや、そんなものは初めからありはしなかった。

国のため。民のため。

私はその血一滴さえも己のためにはない。

それが、国を統べる王という生き物なのだ。

ただこの国の危機を、救い、この国の何万、何十万の命を守るためには手段は選べぬ。

それがたとえ、苔の生えたような伝説だとしても。

そこにすがらざるを得ない愚帝と後の世で罵られようと、

それでもその予言に縋らざるを得ない。

なんの罪もないこの少女はそう遠くない未来に殺される。

己の願いをかなえるためにいけにえとなる少女

身勝手なものだ。

何も知らずにこの娘は死んでいくのだ。



「この娘に着替えと食事を用意しろ。大切な客人だ。丁重に扱うように。」


「はい。陛下。」


女官長に娘を託すと俺はその部屋を後にした。



「陛下!ついに伝説の具現者が現れたようですね。これでこの国も安泰でしょう。」


宰相のコリーン・デクターが珍しく興奮気味に言う。

この男は幼少期をともに過ごした数少ない私の心情を吐露できる人間だ。


「まだ何も始まっておらん。具現者が現れたところで何も問題は解決してはいないだろう。」


私は苦笑して友であり、またかけがえのない臣下を見る。


「ええ。ですが陛下。これは我が国にとって大きな一歩です。国を救う一筋の光となるでしょう。

してその娘とはどのようなものなのです?」


「まだ若い。いや幼いといったほうがよいか。見たこともない衣服を着ていたな。

言葉がわからぬようだった。コリーンお前が導いてやれ。」


「言葉が…。それは哀れな。最低限の会話ができるほうがいいでしょうな。」


「ああ。頼んだ。」


「御意。」


「少し休む。」


「陛下。私も含めこの国の多くの人間はあなたにならば地の果てまでもお供すると決めております。

では失礼いたします。」


コリーンが一礼して去っていく。

その目に揺らぎはない。

そうだ。

だから私は進まねばならぬ。

この修羅の道を。

どんな犠牲を払い、氷の皇帝と呼ばれようとも。

守るべきもののために私は心を棄てるのだ。


瞼が重い。

まとまった睡眠を取ったのははたしていつのことだったか。

もう思い出せぬ。

執務室の机に肘を着き、目をつむると、瞼の裏にはきょう来た女の鮮やかな黒い双眸が浮かんでなかなか消えなかった。


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