2.ここはどこ?超絶イケメンの腕の中。
落ちた。
道に開いたブラックホールみたいな穴に。
どうしよう。
このまま地下の下水に溺れて死ぬなんて。
死体目も当てられないじゃん。
っていうかそもそも発見されるのか?
行方不明扱い?
あーそしたら部屋に警察入ったりするのかな?
干したままのベージュの下着見られたら生きていけない!!
ていうか部屋汚すぎ!
朝、遅刻しそうになって洗い物流しに残したままだし、生ごみの処理もまだじゃん!
洗濯物も!!
こんなことになるならちゃんときれいにしとけばよかったわ!
妙にピントのずれたことを考えたのを最後にあたしは意識を手放した。
…
…
苦しい。
息ができない。
スーツがからみつく。
あたしは必死にもがいて水面を目指す。
光の揺らめく水面へと上がっていく。
「ぶはっ!ゴホゴホっ」
空気が急に肺に流れ込んできて咳込んでしまう。
「¥#$%&$$#$#!」
「#$###$%%y!!」
「は?」
ようやく落ち着いて周りを見るとあたしは思わぬことに目が点になった。
あたしが落ちたのはどうやら下水じゃなかったみたい。
大浴場みたいなプールの周りにはどこのどこのコスプレ?と聞きたくなるような衣装を身にまとった人・人・人…。
しかも話している言葉はさっぱりわからない。
何、ここ?
不意に一人の男の人が近づいてくる。
漆黒の髪に高い鼻梁。
恐ろしく整った顔立ちは人間ばなれしていて
どこか作り物めいてみえた。
キリリとした切れ長のその眼は深い深い青。
北欧のフィヨルドを思わせる氷の冷たさを宿してあたしをにらむ。
「%&%%%%&’’?」
「え?何?」
英語でもないその言語にあたしは眉根を大げさに寄せてみせる。
言葉がわかりませんのアピールだ。
その人はアイスブルーの目を細めるとあたしに負けず劣らず眉根を寄せて舌打ちを一つ。
感じ悪。
百歩譲って死ぬほどイケメンなのは認めるけど、どこぞの王子さまみたいなコスプレしてぶんむくれてるなんてたいがいな人間に違いない。
まあ、この男には王子様なんていう甘い雰囲気は一切ないけど。
王様とか若き皇帝みたいな雰囲気。
そこには絶対的な支配者のそれがあった。
その人は眉間にしわを寄せたままあたしのそばまで来ると背中と膝の下に手を差し入れいきなりあたしを抱き上げた。
それはいわゆるお姫様抱っこいうやつで。
あたしの今まで25年の人生の中で自慢じゃないけど男性にこんな扱いをされたことはない。
あたしは一気に顔に血が上るのを感じた。
最近運動不足だし、人に持ち上げてもらうにはいささか体重が気になる。
「な、な、なにするんですか!歩けます!!ちょ、ちょっとあんた!」
直視するのもはばかられるくらいのイケメンに向かってあたしは抗議する。
外国人のイケメンだからってこちらが下手に出る必要もないのだけれど、敬語になってしまうのは平凡な日本人の悲しい性。
それくらいこのイケメンには威圧感と圧倒的なオーラがあった。
「#$#$%%。」
イケメンは声まで素敵らしい。
低いバリトンの声は何を言っているのかわからないけれど、腰が砕けそうになるくらいに甘い。
そんないい声を耳元でささやかれたらキュン死ぬ。
だがこの状況から見て「おとなしくしろ。」か「うるさい」だろう。
もしくは「大人しくしていないと首が飛ぶぞ」とか。
首が飛ぶリスクに、あたしはおとなしく黙って超絶イケメンの腕の中でこの思考回路の限界を超えた状況を考えていた。