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15.見なければよかったもの

あたしは果てしなく続く廊下を走った。

途中女官さんたちがぎょっとするように振り向いたようだけれど、

構っていられない。

とにかくこの混乱した頭を落ち着けなければ。


あたしはいつも入り浸っている図書館に滑り込んだ。

古びた本棚に背中を預けて目を伏せる。


ズキズキと脈打つように頭が痛んだ。

喉に舌が張り付いてしまったようで離れない。

自分が聞いてしまったことが耳から離れなくて…


利用していただけ…って

具現者って

ナニ?


その時が来れば殺すだけだ…

ってナニ?


王のそんな言葉がどこまでも突き刺さる。


言葉がわかってしまうのが皮肉だった。

言葉なんて分からなければよかった。

聞かなければ良かった。

こんなことはあとの祭りでしかないけれども。

30分時を戻せたら、執務室の前なんて絶対に通らなかったわ。


執務室の前を通ったのは偶然だった。

食事や睡眠すらも煩わしいなんて言っていたから、仕事をしながらでも食べられるサンドイッチを作って差し入れしようと思い立ったのだ。

マリーナに頼んでこっそり厨房を使わせてもらってウキウキしながら野菜とチキンのサンドイッチを作った。

よろこんでもらえるかと思って。

どうしてあんなにも浮かれていられたのだろう。

バカみたいだわ。

片想いの相手に喜んでほしいがための好意の押し売り。

滑稽すぎてイタイ。

いい年してなにやってんのよ。あたし。


そんなんだから聞かなくてもいいことを聞いてしまうのよ。



偶然聞いてしまったその言葉はどこまでも冷たくて、あたしの心を突き刺す。

執務室の向こうから。

早口ではあったけれど、あたしのことが話題になっていた事はわかる。


「あの女はただの具現者」

「異世界の知識は非常に興味深かっただけのこと。」

「国づくりに利用できるものは利用するべきだと判断しただけ」

「時が来れば殺すだけ」


カイルザーク王と他愛ない話ができた夜はあたしにとっては何者にも代え難いもので、自分がここにいる意義を見つけられたような、そんな気がしたのに。

でもそんなのは違うわ。

あたしは彼の人間らしさに、ほんのすこし見えた弱さに安心しただけで、

彼を助けたいなんて自己満足の欺瞞だった。

本当は自分が救われたかったのよ。

ここにいてもいい理由を探してただけだった。


あたしは、何もないどこから来たのかもわからない女をどうして置いておくことができるなんて思ったんだろう?

ここにおいてもらってるのは何か理由があるってなんで考えられなかったんだろう?

なんておめでたいのかしら。

自分という人間のバカさに自嘲が浮かんでくる。


このせかいのために利用されるために、あたしはここにいる…


そのこと自体はすんなり納得できるのに、こんなに辛いのはどうしてかしら。

バカみたい。

一人で舞い上がって。

ちょっと影のあるイケメンに浮かれたりして。


あたしはきつく目をつむって現実から逃げ出そうとしていた。





「(お嬢さん、どうしたね。)」


どれくらい時間が経ったのか…

はっと顔を上げるとそこには無数のシワの刻まれたおばあさんがいた。

黒いフードを頭からすっぽりかぶっていて、表情は伺えない。

ただ、その人は日本語を話している。

あたしはその人に掴みかからんばかりに詰め寄った。


「ねえ、どうしておばあさんは日本語が分かるの?

もしかしておばあさんは私がここへ来たこととと関係があるの?」


「(あんたをここへ招いたのは残念ながらあたしじゃない。

あんたがここに招かれたのはこの世界の神々の思し召しさ。)」


「なんで…あたしなの?」


あたしはずっと心に凝り固まっていた疑問を口にした。


なんでここに喚ばれたのがあたしなのか。

何のためにここにいるのか。



「(あんた、カイルザーク王の話を聞いてしまったんだろう。

ならばこのまま知らずにいるってのも酷な話だ。

自分に課せられた使命を聞くかい?

でもそれは知らない方がいい話かもしれないよ?)」


世の中には知らずにしたほうがいいことも山ほどあるってことは嫌ってほど知ってる。

表面では笑っていても、裏では足の引っ張り合いをする人や、陰口や。

自分の信じていた人が裏では自分を陥れようとするとか?

知らなければ無邪気に笑っていられた。

でも、もう知らないころには戻れないのよ。

あたしは知らなければいけない。

前に進まなければ。

自分だけが何も知らないかやの外ではいられないの。



「教えて。あたしはどうしてここにいるの?

具現者ってなんなの?」


おばあさんはにやりとシワだらけの口を歪め静かに滔々と話しだした。


「(いいだろう。

ではこの国に伝わる古い言い伝えを教えよう。


大地怒りて、戦乱の危機にさらされしとき、

暁の女神、地上に舞い降り、王の願いを遂げる、

その命をもって。

女神の血が大地に落つる時、わが国光に満ち、悠久の平和を、得るだろう。

この王、稀代の覇者にして賢帝となる。

王の統べるこの国は長きにわたり平和と栄光の光に包まれるだろう。)」


おばあさんの声は、直接にあたしの心に響くような不思議な声だった。

しわがれているのに、その言葉の一つ一つは心に響き渡る。


「(そしてときは流れ、カビの生えた伝説になりつつあったとき、誕生した皇子に対してある預言者が告げた。


伝説は今蘇る。

この皇子が王となり、国の危機に瀕したとき、この世ならぬ世界より暁の女神現れて、王のたった一つの願いを叶えるだろう。

その命をもって。


それがカイルザーク王さ。

そして予言通りあんたは現れた。

この世ならぬ世界から。


カイルザーク王はあんたを予言を叶える具現者として時が来たら殺すことを承知で、この城に留め置いているのだよ。

あんたはこの世界の犠牲になるためにここに居るのさ。)」


コノセカイノギセイニナルタメ二ココニイル…


この人は何を言っているのだろう。

あの無口で無表情だけれど、国の未来を真剣に考えているあの王様が、そんな古臭い馬鹿げた予言になぞらえようとしていた?


あたしは…


殺されるために…


ここにいる…


ここに来てからもうひとりの自分がずっと心に問いかけていたこと

「自分は何のためにここにいる?」

その答えはこれだった。


目の前が真っ暗になっていく。

世界が崩れ落ちていくような気がした。


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