14.心の揺れ
先程から手元の資料に目を通しているものの、同じ箇所ばかりを目で追ってしまう。
私はため息を一つついて資料を机の上におく。
私らしくない。
ただあの女と他愛ない話をしただけだ。
ただそれだけなのになぜ心がこんなにも揺れるのだ?
レンが書いたという子供の教育と女性の社会進出の必要性についての意見書は、文法や言葉の選択こそ誤りがあったものの、その問題提起の着眼点と解決策は目を見張るものがあった。
簡単に死なない国。
優しい国。
理想の帝国に必要なのは、軍事力だけではないのだ。
教育、福祉が国の未来に何よりも必要なのだと、レンの言葉で気がつかされた。
レンの話では当たり前の考え方なのだと言っていた。
そして私に幸せになって欲しいなどと、今まで実の両親ですらかけなかった言葉を、さらりと口にするの
はやはり、彼女が異世界から来た人間だからなのだろうか?
あの女が私の理想の国の姿を言葉にし、自分ですら気にもしなかった私自身の幸せを口にしたから、これほどまでに心が乱れるのだ。
だから別れ際にあんな言葉を口走ってしまったのだ。
「そなたと別の形で出逢いたかった」などと。
馬鹿げている。
女にあんな言葉を吐くなど、まるでくだらない恋愛小説のようではないか。
この女にこれ以上近づくのはまずい。
私の理性が忠告する。
この異世界から来た女は私の願いを叶える具現者。
時が来ればいずれ殺すことになる。
この気持ちの重さは罪悪感によるものだ。
少し近づきすぎからだ。
早く遠ざけなければいけない。
これ以上苦しくなる前に。
ガチャ
「失礼いたします。陛下。」
いつの間にか、コリーンが執務室に入ってきていたらしい。
ぼんやりしていたものだから気がつかなかった。
「ああ。」
努めてなんでも内容に装って再び資料に目を落とす。
「陛下。お忘れではありますまいな。」
「なんのことだ。」
「幼少より仕えてきた私の目がごまかせるとでもお思いか?
今まで他人の気配にあれほど敏感であったあなた様が、私が入ってきたのにも気がつかずにぼんやりされるなど、一体どんな心境の変化があったのです?」
私はコリーンに顔を向け口を開く。
「何が言いたいのだ?」
「レン様のことです。」
彼女の名を聞き心臓がはねる。
「最近夜に逢引されているのを私が知らないとでもお思いか?
他の女ならば私は何も申しません。むしろ、あなた様の心をお慰めできる女性が現れたのであれば、こんなに喜ばしいことはございません。
即刻后にでも、側室にでも迎えましょう。
ですが、レン様は具現者です。
あなたの願いを叶えるただひとりの。
時が来れば、その命を奪うことが運命づけられているのです。
その人間と親しくなることがどういうことかお分かりか?
あなたの中に、情け心がわけば、あなた様自身レン様を犠牲にして国の安寧を願えなくなるのではないですか?
あなた様は、国の王です。
あなたが揺らげば国は崩壊します。」
「わかっている!」
コリーンの言葉を遮り声を荒らげる。
「わかっている。
あの女はただの具現者だ。
だが、異世界の知識は非常に興味深かっただけのこと。
これからの国づくりに利用できるものは利用するべきだと判断しただけだ。
その時が来れば殺すだけだ。」
そうだ。
別に何も変わらない。
あの女は時が来れば具現者として殺すだけのこと。
父親を殺して王位についた私が今更何をためらう?
あの女の物珍しさに動揺しただけだ。
「陛下、ではレン様ともうお会いにならぬよう。
あの方とおかしな噂がたてば今後にも障りましょう。
延期していたお妃選びを再開させましょうか?」
「いや、よい。
后選びはまだ先で良い。
コリーン、心配かけて済まなかった。
もう下がってくれ。」
「はっ」
コリーンが重い執務室の扉を開けて出て行く。
胸に砂を詰めたような重さだけが残った。