13.何かがしたい
世の中の半分のことはどうにもならないことで、残りの半分はどうでもいいことだと思っていた。
日本で毎日仕事に忙殺されていた時、あたしはそんな風に投げやりに考えていた。
死に物狂いで欲しいモノなんてなかった。
どうにかしたいことなんてなかった。
そう、ただ固執するようなものを持たずに諦めることで、自分の心を守っていたのだと思う。
そしてどうにもできなかった問題は諦めればいい。
それだけだった。
なのに、あの夜、カイルザーク王と話して、あの人の国を負う本気と潔さを見つけてしまったから。
自分にも何かがしたいと痛烈に感じたのだ。
王の、ただ一心に自分の幸せなんて考えもしないとでも言うように、国のために走り続けるその姿を見てそう思ったのだ。
あの人はきっと誰にも頼ることなく、きっと進み続けるのだろう。
それはどれほど孤独なことだろう。
どれほどにさみしいことだろう。
もしかしたらそんなこと感じもしないくらいに揺るぎないのかもしれない、
でも、あの不器用で誠実な王様がいつの日か心から笑い、安らげる日が来ればいいと心から願うばかりだった。
この曖昧な気持ちは何なんだろう?
この人とどうにかなりたいなんてそんなことは思わない。
ただ、あの人が安らげる時間が今後の人生でもてたらいいと思う。
そのために何かがしたいと思うなんて、動機が不純かしら?
ある日の夜に女性教育の必要性を訴える企画書を書いて出してみた。
具体的には女性の職業訓練所と子供の義務教育制度導入について。
殆どは大学の時に何かの役にたてばいいと思ってとった教職の授業の受け売りだけれど。
この国で栄えている漁業と農業を軸に、織物や細工品といった工芸品を作るための職業訓練所、病気の人を手当する知識を習得すべき職業訓練所。
手に職があれば仕事に付ける。
そうすればやむにやまれず不衛生な売春をする女性の数もきっと減るはずだ。
生きるために、守るために体を売り続けて死んだあの女の子の骨ばった肩の細さの感触が手から離れない。
あたしがここでぬくぬくと暮らしている今この瞬間にも、あの汚い裏路地で、客を取り続ける少女がどのくらいいるのだろう。
そして飢えて死んでいく子供たちがどれくらいいるのだろう。
なんでもいい、ただ、誰かを守るためにボロボロになるまで春を鬻いで死んでいくような人生を送らなくても済むようにしたかった。
この世界では女性の立場はまだまだ弱い。
女性は守るべき存在で、そして虐げられてもそれを甘んじて受け入れるしかないという現実がある。
教育や福祉よりも、軍事力の強化と国家の安全が優先されてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
でも、子供と女性が元気でなければ国は栄えないのだと。
識字率の高さは犯罪の件数に反比例する。
自分の世界の常識をここの世界に押し付けたくはないけれど、それでも、子供の教育は国の安全につながり、女性の社会進出は国力の拡大につながるのだと訴えた。
机上の空論で、綺麗事で、現実には実現しないかもしれない。
でも、綺麗事すら語れない人間にはその問題に向き合う資格はないのだ。
世の中のことを、ただどうでもいい、どうせ自分なんか、どうにもならないと思って冷めた目で見ていたところで、それでは何も解決しない。
こんなに情熱をもって企画書を書いたのはいつぶりだっけ?
広告代理店に就職したのも、人に好かれ悪しかれ影響を与えるメディアで、真実を人に伝えたいって気持ちがあったからだ。
ただ日々の雑務、小さな仕事に忙殺されていくうちに自分の気持ちを見失っていた。
ここでだってきっとあたしにできることがある。
なんでここにいるのかわからないけれど、それでも平和で、ちゃんとした教育を受けられる恵まれた環境に生きてきたあたしにしかできないことだってきっとあるはずだと、そうかんじたのだ。
*
今王様はあたしのとなりで企画書を真剣に読んでくれている。
あの夜以来、あたしは王様とこうして話すことがなんとなく習慣化している。
別に大したことを話すわけではない。
そもそも、あたしの言葉はまだまだカタコトなので、流暢な会話はできない。
ただ他愛ない話をするだけで、ほとんど何も話さず星を見ているだけのときもある。
無表情であまり口数は多くないのだけれど、彼のそばはなんとなく心地よくて安心できる。
あたしの横で汚い字の企画書を読んでくれる彼の横顔は信じられないくらい整っている。
何とも言えない深いアイスブルーの瞳は真剣に文字を追っている。
しばらく経って彼が顔をあげると、あたしの目を捉え、
今まで見たことのないような笑顔を見せた。
ああ、まずいわ。
この笑顔は。
心臓に悪い。
「レンの国は優しい。
こんな国にしたいな。子供や女が泣かずに生きられる世界にしたい。
そのための道しるべが見えたようだ。」
「実現…できますか?」
「まだまだ詰めるべき点はあるが検討する価値はある。
教育は何にも勝る宝なのだということがわかった。
すぐには無理かもしれないが、試験的に学校や職業訓練所を作ってみるのが、いいように思う。」
キラキラしたアイスブルーの瞳に魅入られる。
笑うとエクボができるんだわ。
ドキン
あたしってばミーハー。
いい男の笑顔にこんなにときめくなんて。
「レン」
不意に声をかけられて慌ててしまう。
「っはい。」
「ありがとう。」
「っ…。」
顔に血が上っていくのがわかる。
反則よ。
その笑顔は。
普段は笑顔なんてお母さんのお腹の中においてきましたっていうくらい無表情なのに。
「ど、どういたしまして。」
動揺してしまいますよ。
照れてまともに顔が見られない。
「%&&%&%%#」
「え、今なんて言ったのですか?」
不意に早口で聞いたことのない言葉をつぶやいた王様の顔は少しさみしそうで、「なんでもない。」とはぐらかされてしまった。
このときあたしは浮かれていたのだと思う。
自分がここにきて何かすこしでもできることがあればと本気でそう考えていた。
ただ現実は全然甘くないってことをこのあと嫌でも思い知らされることになろうとはこのときあたしは知る由もなかった。