12.幸せの形
花とイケメン。
夜のイケメン。
なんて絵になるんだろう。
たぶんこの人は鼻をかんでも、あくびをしても、イケメンなんだろうなあ。
そんな乱れは一切見せないだろうけれど。
あたしはベンチの隣に座るイケメンの王様を見てしみじみ場違いなことを思う。
すっきりと整った鼻梁。
切れ長の瞳は凄烈なまでのアイスブルー。
髪はつややかな漆黒。
無愛想ながら、さりげなくあたしの肩に上着をかけてくれるそんな完璧なエスコートはやっぱりお国柄なのだろうか。
その端正な横顔からは一分の隙も無い。
この人は本当に生まれながらの王様なんだろう。
生まれ落ちたその瞬間から自分の身も、心も、
何もかもを国に捧げて生きる、
どんなにつらくても、苦しくても逃げ出すこともできない
心も許せない
そんな生き方を強いられるのはどれほどの重圧だろうか?
お城の人の話を聞けばわかる。
言葉足らずだし、無愛想だし、偉そうだと思うけれど
誰もがこの人を尊敬し、ついていこうとしている。
それはこの人が本当に国のことに心をくだいている証拠。
国の安寧を願い、
人の幸せの為に
文字通り心をくだいている
そんな人だからこそ
皆がついてくるのだろう。
でも、あなた自身は?
幸せなの?
そんな思いを込めて言うと王はそんなものはどうでもいいといった。
救いようのないくらいの仕事馬鹿。
人によって幸せの形は違う。
でも、普通の人が感じる恋とか家族とかそんな穏やかで柔らかいある種当たり前の「幸せ」をこの人も感じられる日が来ればいいと心からそう思ったのだ。
王様だし、暗殺とか権力争いとか、想像もつかないことがいろいろあるに違いないけれど、でもほんの少しでも心が穏やかで、幸せと感じられる時間がこの人に訪れることを祈った。
どうしてこの人のことをこんな風に気にするのかよくわからないけれど、でも、この人だけは幸せになってほしいと、強く思うのだ。
「王は、幸せになってほしい、です。」
そんな思いを込めて言うと王は目を伏せて黙り込んでしまった。
生意気言いすぎたかしら。
年上に向かって。
「レンの国はどんなところだ?」
なんなんだ?
急に?
あたしは王に初めてレンと呼ばれたことに、面食らいながらも、言葉をゆっくり選んで話しだす。
「あたしの国では人は簡単には死にません。
子供は全員教育を受けられて、戦争もなくて、病気なんかで、簡単には死なない国でした。」
もちろん良い面もあれば、悪い面もある。
たとえば環境問題。宗教問題。終わらない戦争。
そのどれもがあたしの日常とはかけ離れていて意識することなんて全然なかったけれど。
こんな風に人に語ると、自分がどれだけ無関心だったかがわかる。
「幸せだったのだな。レンの国は。」
そうだろうか?
そうとばかりも言い切れないけれど、戦争もないし、飢えることもない。
話だけ聞くと天国みたいだと思うだろう。
でも、あたしは?
あたしは「幸せ」だった?
毎日何の目的もなくただ漫然と過ごす日々。
人と一線を引いて傷つかないようにしていた日々。
「難しいです、ね。」
人の幸せも。国の幸せも。
ただ、あたしは何のためにここにいるのだろう?
「すべての人間に幸せな国を作るのは不可能だ。
誰かが富めば誰かが飢える。
それに努力したものが報われるものでなければ意味がないからな。
だが、簡単に人の命が奪われない、優しい国を作りたいのだ。
それが王と呼ばれる者の使命だと思うのだ。」
真っ直ぐに前を見る彼の瞳にきらめく光に魅入られる。
優しい国…
そのフレーズを聞くとなぜか切ないくらいに胸が痛んだ。
遠いと思った。
この人が王様だからだけじゃない。
この人が生まれながらに王として生きる使命を負って、きっと周りからのプレッシャーも想像を絶するもので、きっと孤独で…それでもなお熱い志をもって国の未来に想いを馳せるその姿がまぶしかった。
この人は自分が傷つくことも、孤独に生きることにも揺らがずに凛として王としての生をひたむきに生きている。
それがただただ眩しかった。
「きっと…できる。
あなたなら…。」
あたしはそう言うだけで精一杯だった。