あんな願い事、こんな願い事
キャラがわからない方は「たすけてっ!」を読もう!
7月7日。今日が何の日かわかるか?
冷やし中華の日だって? そうそう、夏に食うと美味いよな。……違う。何だか、食べたくなってきたじゃないか。
ポニーテールの日。織姫さんがその髪型だから……ってそれも違う! 若干近いけど、違う。
今日は年に一度の――
「……は? 笹を取って来い?」
「そ。今日が何の日かわかってるでしょ?」
7月初旬。太陽が「そろそろ本気を出すか」とばかりに照らし、暑くなる時期だ。
この月で笹が必要な記念日って言ったら――『七夕』か。
「ん、まあな。……でも、これまた突然だな」
現在、部室は俺とましろの2人。
俺はうちわで扇ぎながら、毎度唐突な提案を聞いていた。
いきなり笹を持って来いってのも大変だ。
「自分で出せば済むだろ」
「無理よ。登録してないもの。短冊なら用意するわ」
さいですか。
ていうか短冊が出せるなら一緒に笹も出せるようにしとけよ。というのは言わずに飲み込むとしよう。
(しょうがない、乗り気じゃないがあいつに頼むか)
俺は携帯を取り出し、ある番号に掛けようとした瞬間に電話が掛かった。
……とりあえず出てみた。
『僕を呼んだかい!? 悠里』
夏の暑さも吹き飛ばす様な爽やかで清々しく、それでいてアニメ声。
相変わらず気持ち悪い奴だ。
「まず、俺の質問に答えろ。……何でわかった?」
『それはズバリ、愛のテレパ……』
ブツン。
……~~♪ ~~♪
すぐにまた着信音が、ったくうるさいな。
「正直に言え」
『盗聴したのさ!』
「あ~電波悪そうだから切るわー」
『あぁ! 待って、わかった。ごめんなさい!』
ただでさえ暑くてイライラしてるってのに、こいつとくれば。
まあ、必死さが伝わったので切るのはやめてやろう。
「あれだ。頼まれ事を1つ受けてくれ」
『笹の事だったら、もうちょっとでそっちに着くと思うよ』
「何でそれもわかった?」
『盗聴器付けてるからね! 右袖の内側』
と言った瞬間に俺は人生初、音速で動き盗聴器を破壊していた。
自分の速さにも驚きだが。本当にあった事に驚きだ。
『七夕かー。僕はお嬢様との用事があって、一緒に出来ないのが残念』
「安心しろ。お前は呼ばねえから」
電話越しでガーンって音が聴こえたが気にしない。
それに呼んだところでお前のビジュアルは決まってねえよ。……まだ登場してないからな。
あるとしても、変態執事もどきっていう称号だけだ。
『もう少し話していたいけど、そろそろ時間が。それじゃあね、悠里。ましろ様にもよろしくね』
「ああ、わかったよ。……笹、ありがとな」
『べ、別に悠里の為に送ったわけじゃな……』
ブツン。
よし、笹についての問題はこれにて解決。
「随分と楽しい通話ね。またあの子?」
「まあ、そんなところだ。笹、届けてくれたってよ」
そう、とため息吐いてはご機嫌はあまりよろしくない顔をしているな。
笹が届くんだからもうちょっと喜べば良いだろうに。
なあ? と俺は左肩にいる白猫の頭を撫でる。そいつは首を傾げてにゃーと鳴いた。
「とりあえずは笹と短冊は揃った事で、どこに飾るんだ?」
「ここよ」
ビシッと指差したのは部屋の隅っこ。あ、外でやるんじゃないのか。
ガチャ。
「こんちゃ~」
「こんにちは」
「遅れてすまんのう。それより、笹がドアの前に立て掛けてあったぞ?」
遥先輩と梨多に亜理紗が笹を担いで入って来た。届くの速いなー。
まあ笹よりもまず、俺は3人の格好に気付いた。
遥先輩はいつものダルダルの制服ではなく、髪色と同じすみれ色の着物。……結局はサイズが合わなくて袖が長いのか。
梨多も水玉模様が入った水色の着物を着ている。
亜理紗は制服自体が着物だが、今日は帯の色が違うし頭にはリボンじゃなくてかんざしだ。
何て言えばいいのか。……可愛いな。
「それは短冊を吊るす為に持って来てもらったんだ。それより、3人ともその格好どうした?」
「ましろちゃんに着替えてって言われたんだよ~」
「雰囲気は大切よ!」
言いたい事はわかる。それに夏に着物は定番だな。
「お前は着ないのか?」
「〝着物〟っと。……アンタはこれ」
ましろの手元に、白くて所々花の模様がある着物と紅色の帯が出てきた。
はい、と俺に渡してきたのは黒い着物。……用意周到なことで。
「それ持って隣の部屋なり借りて着替えて来なさい。間違っても覗くんじゃないわよ?」
「へいへい」
誰が覗くかっ、と断言しきれない状況を以前作ってしまったからな。
俺は頭を掻きながら部室を出て行った。
ちゃっちゃと着替えるか。
男の着替えなんて早いもんさ。
――俺は部室の前で、猫のアゴをさすったり頭を撫でたりして待っていた。
「入って良いわよ」
「おぅ」
入ると、着替え終えているましろが皆に短冊を渡していた。
……改めて見ると、本当華やかだ。着物っていうのがまた良いってやつだな。
男子達、特に運動部辺りが羨ましがりそうなこの状況。
外見だけって言えば、世辞抜きで全員可愛い。
(俺としてはかえって危険地域だけど)
俺も短冊を受け取り、机についた。
「……」
皆も受け取るなり、椅子に座って沈黙。
その中でましろと遥先輩だけはスラスラと書いていく。
願い事なんてそんなパッと浮かばないぞ。書けてる奴に聞いて、考えてみるか。
「ましろ。お前何て願い事書いたんだ?」
「な、何聞こうとしてんのよ!? ばっ、馬鹿じゃないの!?」
「なんだよ。そこまで怒らなくてもいいだろうに。……遥先輩は何て書いたんですか?」
「ん~? はい」
短冊をすんなり渡してきた。こんな感じに素直に出してくれよ。見せたくなければ、怒らず言って欲しいものだ。
ええと、なになに『もっと研究材料が増えますように』……け、研究材料? 一体何を研究してんだ、この人。
俺は短冊を返して、また自分のを見る。
(……な、何も浮かばねえ!)
周りを見渡すと、亜理紗と梨多も書き終えたみたいだ。
梨多は……両腕で隠した。細かく言えば、目が合った瞬間に隠された。
あとの頼みはお前しかいない、亜理紗。
目を合わせた亜理紗は恥ずかしそうにもしながら、見せてくれた。
うーんと『真理紗は渡さん!』……真理紗って、刀じゃねえか! 誰も取らねえよ!
俺は机に突っ伏す。結局何も良い案が浮かばない。
「ちょっとアンタ。肩車してくれない?」
「なんだって?」
「だから、肩車! あの笹のてっぺんに吊るす為よ!」
部屋の隅に置かれた笹の頂上を指差す。何で、わざわざあんな高い所なんかに。
「あんな所吊るしたら見えないぞ、良いのか?」
「良いのよ! 見えなくたって。ほら、早く土台になりなさい」
「はいはい、わかったよ」
俺はやれやれと肩をすくめながら、笹の前でしゃがんだ。
肩と首辺りにドスンと乗る感触、いや衝撃。……もっとゆっくり乗ってくれよ、頼むから。
俺はゆっくり立ち上がり、吊るすのを待った。
部員全員集合してるからか、部室はさっきよりも蒸し暑くなってきた。そういえば、ここ扇風機一台しかないんだよな。暑いったらありゃしない。
……まあそれよりも、だ。
この肩に当たる太ももの柔らかい感触。鼻に入る微かな香水染みた良い匂い。
若干だが、鼓動が早くなってる気がする。これは少しでも油断したらヤバイ。本当ヤバイ。
(早く吊るし終わってくれー)
俺は少々焦りながら、まだかと呼びかけようと上を向いた。
「んしょ、短冊って吊るし辛いわね。それにもう、あっつい!」
上手く吊るせなくて、更に暑くてイライラしてるのか。
襟元を掴み、ガバガバと半ば強引に扇ぐ。開かれた襟から微妙に見える胸元。
ドキンッ!
心臓が大きく動いた。とんでもなく危険だ。
俺は瞬時に下を向いて呼吸を整える。
「……これで、よしっと。いいわよ、降ろして」
(あ、あぶなかった)
俺は安堵の息を零し、しゃがむ。ぴょんと跳んだようにましろは離れた。
自分の席に戻り、また短冊を睨み……書いてみた。
『興奮しませんように』と。
(……いやいやいや)
アホか!? そんなの見られたら明らか変態扱いされるだろ。
そんな文字をすぐに消して、頭を抱える。もうダメだ、暑くて思考が……。
俺はふと周りを見渡した。少しずつ前の事が脳裏に映像みたいに浮かんできた。
――ましろが突然と俺を部に勧誘し、誰も使ってない部屋に連れてこられ、亜理紗には前髪を切られたが入部してくれて、俺は勝手に部長にされ、遥先輩が快く入部してくれて、梨多に尻アタックをくらわされ……じゃなくて若干俺との距離を置きながらも入部してくれた。
……まるで昨日の事かの様にいっぱい浮かんでくる。
色んな事があったなー。中にはハプニングもあったけど。……まあ、そこまで嫌な事もなかったな。
強制的部分はあるが、これでも部長という身だ。
こいつ等を束ねていかないといけない。
(……そうか。案外簡単で、神様も叶えさせやすい願い事があるじゃないか)
俺はそのまま考え付いた事を書いた。
「よし、書けたー!」
「な、何よ急に!? びっくりするじゃな……い?」
俺は短冊を持ちながら万歳した。
皆は俺の顔をじーっと見るんだが、何か付いてるのか?
「ん、どうした? 皆」
「先輩……」
「良い事でもあった~?」
「それとも、暑さにやられたのかの?」
「ふんっ、いきなり万歳するなりニヤけちゃって。気色悪いわね」
どうやら俺は笑っているらしい。気付かなかったな。
俺は短冊を持って笹の前へ、そして真ん中に吊るした。
「これで全員分の短冊も吊るし終えたことだしな。それじゃ、『何でもお助け部』……活動開始だ!」
勝手に意気込むなり、俺は部室を飛び出した。
願い事、叶うといいな。
――『何事もなく、こいつ等と仲良く活動できますように』――