自分
世の中には自分とそっくりなやつが三人いるって話がある。自分を入れれば四人か。ドッペルゲンガーなんて話もある。そいつに会っちまったら死んじまうらしいが今は置いておこう。そっくりとまではいかなくても、誰かに似てるって言われることはよくある話だ。
要は自分とそっくりなやつがいても不思議じゃないってことだ。
だけど、毎日自分にそっくりなやつと五人も六人も会ってりゃ気が狂いそうになる。そうだろ?
「ただいま」
俺は立て付けが悪くなった扉を開けて帰宅した。幽霊みたいな音を出すこの扉はそろそろ寿命かもしれない。
「お帰り」
新婚ホヤホヤ(惚気る気はない)の妻ジュリアが微笑みながら迎えてくれる。黄金色の長髪を靡かせ振り返る姿はとても絵になる。
彼女は台所に立って夕食の準備をしていた。玄関までたどり着いた臭いを嗅げば、どうやらシチューのようだ。
俺は上着を玄関のコート掛けに掛けると、そのままリビングの椅子に座り腕枕をしてテーブルに蹲った。
台所からは規則正しいまな板を叩く音が聞こえてくる。一見すると何かに思いつめてる、もしくはとても疲れていると思えるような仕草にも彼女は慣れているから、すぐには何も言わない。
事実俺は思いつめていたり、疲れていたりするのだ。それに慣れられているというのも複雑な気分だが、悪いのは俺だ。ため息が出る。反吐も出そうだ。
時折顔を上げると窓から夕日が差し込んでくる。日が落ちる前に少しでもその流れに抗うように輝くこの時間が俺は好きだ。
人間だって、どんなちっぽけな人間だって、こんな風に最後は輝かせてくれるんじゃないかと思わせてくれる。
「また、悩んでるの?」
ジュリアが台所からやってきて俺の目の前に座る。微笑みながら首を傾げる姿がとても愛おしい、なんて言うとただの惚気にしかならないから止めておこう。
彼女は両手で頬杖をついて俺を見つめてくる。
「……ああ」
彼女は「また」と言った。そう、このやり取りは何も初めてじゃない。結婚してから、結婚する前、いや、彼女と会う前も、そもそも生まれてから、何度同じ事を考えただろう。気にしないように振舞っても年に何度かはこうやって思いつめて、気分が沈むのだ。
「気にしなきゃ、いいのに」
彼女はいつもこうだ。彼女だけじゃない。誰もこのことで悩んだりしない。俺だけがこうやって悩んでいる。
もしかしたら他に俺みたいなやつがいるのかも知れないが、少なくとも俺は会ったことがない。
「気にならないのか?」
俺は彼女に尋ねる。少し言い方がきつかったかもしれない。
「うーん。そうねえ……」
彼女は特に気にしなかったようで顎に指を添えて考える仕草をしている。
「だって、わかるもの」
「だけど!」
俺は声を張り上げてしまった。思わず椅子から腰が浮く。彼女は驚いて目を丸くしたが、すぐに微笑んで「落ち着いて」と俺に言った。俺は深呼吸をして椅子に座りなおした。
彼女は立ち上がり再び台所へと向かっていった。
「おかしいじゃないか……。みんな同じ顔だなんて」
台所まで聞こえたかどうかわからないが、搾り出すような声で俺は呟く。
「私は気にしたことないけれど」
台所から声が返ってくる。
「だって、向かいのダブも、酒屋のライサンガーも、薬屋のエドガーも同じ顔なんだぞ! 気にならないのか!?」
「宿屋のヨークは違う顔ね」
「全員が全員同じ顔でたまるか!」
また熱くなってしまう。そうしてまた「落ち着いて」と言われてしまうのだ。
「うーん……。だって、わかるもの」
少し間が空いてから彼女は先ほどと同じ言葉を返してきた。彼女はティーカップを二つ運んできた。ハーブティーだ。彼女は俺の前に一つ置くと、また俺の前に座って両手でカップを持ってそれを口にした。
「あなたも、ダブもライサンガーもエドガーも同じ顔かもしれないけど、私にはあなたがあなただってわかるもの。それだけで十分よ」
そういって笑う彼女の表情は向日葵のように、なんていうと月並みかもしれないが、輝いて見えた。少なくとも月よりは輝いていると思う。
「ありがとう」
そうして、彼女はそんなことを言うのだ。
「え?」
俺は何のことだかわからずに間の抜けた声を出してしまった。
「あなたも私がわかるでしょ?」
「ジュリア……」
「私もユニやノラやルーシーと同じ顔だけど、あなたは私がわかるでしょ? だから、ありがとう」
面と向かってそんなことを言われると恥ずかしくなってしまう。顔が赤くなるのを感じながら、落ち着こうとハーブティーを一口飲む。
「私は私、あなたはあなた。ダブはダブだし、ユニはユニ。それでいいじゃない? あなたは顔で私を選んだの? もしかしたらユニを選んでた? ノラ? それともルーシー?」
「いや……」
「でしょ? それでいいのよ。きっと」
そうだ、それでいいんだ。「人間、顔じゃない」ってのはブサイクが苦し紛れに言った言葉じゃない。顔なんかじゃ判断できないんだ。例え、隣人と顔が同じだろうと、俺は俺なんだ。ダブは俺じゃないし、ライサンガーも俺じゃない。エドガーももちろん俺じゃない。
俺は俺だからジュリアと出会って、結婚して、こうして今がある。俺が俺だからユニじゃなくて、ノラじゃなくてルーシーでもなくてジュリアを選んだんだ。
自分は自分、他人は他人。それが真理。それが正解。これでいい。
「ありがとう」
今度は俺がそう言う番だった。
「あれ? こいつじゃない」
小柄な少年が首を傾げる。
「おいおい。しっかりしてくれよ」
スポーツ刈りの少年がベッドに寝転がりながら文句を垂れる。ちなみにそのベッドは小柄な少年の物である。
「うるさいなあ。僕だって、覚えてないんだよ。これやったの結構前だし」
「いいからやってくれよ。全然進めないんだって」
そう言いながら彼は本棚の漫画を取り出す。これも小柄な少年の持ち物だ。この部屋自体が小柄な少年の部屋なのだ。
使われた形跡のない勉強机、漫画ばかりの本棚。壁には一流プロ野球選手のポスター。テレビの前には複数のゲーム機と大量のゲームソフト。典型的な小学生の部屋である。
「このゲーム鬼畜なんだよ。キャラ絵が少なすぎるから、重要キャラも同じ顔なんだよ。大事なアイテムくれるキャラくらい変えて欲しいよ。せめて色くらい変えてくれないかなあ」
小柄な少年はコントローラーを握り、懸命に主人公を動かしている。
彼はある民家へと入る。そこでは若い夫婦がリビングで談笑していた。何ともない、RPGの一風景である。この光景に見覚えがあった。
「ああ、こいつだ。村人A。やっと見つけたよ」
俺は何が書きたいんだ?笑




