忘却の冒険者、少女パーティーを助ける ―未見の暗器使いは名前を覚えられない―
初めてのファンタジーものです。御評価を宜しくお願い致します。
この世界の勇者は敗れた。
魔物、魔獣の徘徊を根本から消し去る力は消え失せたのだ。
人々は、嘆き悲しんだが勇者は、もういない。
魔王は勝者となったが、ただひたすらに人間を殺戮するようなこともしなかった。
魔物、魔獣と人類、エルフとの節度ある戦略的互恵関係という道を魔王は選んだのだ。
そしてダンジョンと地上は緊張感のあるバランスの世界となったのだ。
だが、狩り過ぎは無くとも殺戮を伴う悲劇は存在する。
それに耐えられない人間も、また存在した。
人々は勇者に替わる強大な力を持つ冒険者を探した。
しかし魔王を倒せる程の者はいなかったのである。
そんな、作られた混沌の世界が常態になってから百五十年も過ぎた頃、ある噂が出始める。
『魔王を倒し、人の世を取り戻す可能性があるのは、魔王の想像の遥か上をゆく未見の暗器使いだけだ』と……
◆ ◆ ◆ ◆
クロス・バレンタインは必死だった。
彼女の使う【未見の暗器】は、とにかく腹が減る。
そして、とんでもない副作用もいくつか存在した。
そのひとつが、名前に関する記憶があやふやになることだ。
その副作用のおかげで普通の仕事が何一つ上手くいかない。
そして今は、冒険者として稼ごうにも未見の暗器のもうひとつの副作用である腹が減り過ぎて動けないが先にきてしまっていた。
本来、彼女は大食いではない。一度の食事は、普通の量で充分なのである。
ただし、副作用のせいで一日八食は食べないと夜も寝られない。
また、未見の暗器を使うとなると更なる栄養の摂取を必要とする。
カネがない。
今日は、もう六時間も食べていない。
フラフラとギルドにきて依頼をとっとと受けてサッサと解決のつもりが、既にギルドの依頼掲示板の前で倒れそうだ。
既に限界を超えつつある状態でクロスは、受付までフラフラと歩む。
アダマンタイトの識別プレートに刻まれたSSSクラスを持つ冒険者が鬼気迫る顔で受付に向かう姿を見て他の冒険者達は恐れて道をあけた。
そして、受付カウンターに身を預けるようにドッカと上半身から倒れ込むと、懇願しだした。
「メリィ……頼むからカネ貸してくれ。そうじゃなけりゃ、なんか食わしてくれよぉ……」
受付嬢のミリィ・ホーネストは、深いため息をひとつつくと、机の中のきんちゃく袋からビスケットを二枚出してからキッパリと言い放った。
「バレンタインさん。事情はお察ししますけれどお金は貸せません。ご自身で稼げる力があるのに、一体、何をやっているんですか! それと私の名前はメリィじゃなくてミリィですっ‼」
出されたビスケットを早速、もぐもぐしながら「だってさぁ、あたしとパーティー組む奴らって、みんな途中で怒ってやめちまうんだよ。ダンジョンの中でだぜ? 信じらんないよ」
「あなたが怒らせるようなことばかりした挙句、一人で討伐するからパーティーとして登録した報酬を渡せないんじゃないですか! もう何回、同じことやっているんですか!」
「いや、だからよぅ。メシ食わしてもらえる温和な人のパーティーとか探してくれよんっ。ちょっとくらいならエッチな男がいても我慢するからさぁ」
それを聞いたミリィは顔を真っ赤にして怒り始めた。
「例え話だって! そっち方面にゃ興味あんまないから。でも、マジで、どんなんでもいいから仕事ねぇかな、ミレー。やっべ、ビスケットじゃ腹の足しにもなんねぇや」
「ミリィです。文句言うなら、もうビスケットあげませんよ……はぁ~。なんでこんな人がトリプルSランクなのよ……」
そう言いながらも、依頼帖を開き始めるのとビスケットを更に二枚カウンターに置いた。
屈強な冒険者に混じって、そのやりとりをじっと見ていた三人の少女達がいた。
「本当に何でもいいのかな……」
「ティアが聞いてくれると嬉しいんだけれど……」
「ご飯をおごって、報酬を多めに渡すってお願いしてみるとか? そんな感じでいい? マトイ」
「ん……うん……」
カウンターで頬杖を突きながら、相変わらずビスケットをポリポリ食べているクロスにか細い声がかけられる。
何かと思い、振り向くと目線の下の方に声の主がいた。
「あ、あの……ご飯、おごります……」
ティロッド・アーフィスは明るい性格なのだが、さすがに初見でトリプルSランクの冒険者に声をかけるとなると萎縮してしまって、ご飯のことを切り出すのがやっとであった。
「な、な、な、ん、だ、と、ぉ⁉」
いかにも駆け出しの戦士丸出しの少女にクロスがゆっくりと同じ目線まで顔を下げる。なんだかんだ言っても、目力だけですら、その辺の冒険者とは比較にならない。
「ひっ!」
「お前……マジで言ってんのか⁉ ああ⁉ どうなんだ⁉」
(ティア、がんばって!)
なにやら小声で応援している奴らがいる。
ちびりそうになりながらも、なんとか答えようとする。
「はい……あの、ご飯を食べながらでいいので、お話を聞いていただ」
「わかった‼ いこう! 聴こう! すぐ行こう‼」
「あ、あの実は依頼が、あの、パーティーとかあって、そので」
「わかった‼ 引き受けよう‼ だから、あとは食いながら聞く‼ そういうわけで、コイツの依頼を受けることにしたぞリリィ! じゃまたな‼」
クロスに首根っこを引っ張られてギルドから出ていく戦士系少女の後に回復系僧侶と魔法使いであろう少女二人が追いかけていき、出口付近で受付に向かってちょこんと礼をした。
受付嬢は、クロスと少女達に向かって叫ぶ。
「私‼ リリィじゃなくてミリィですっ‼」
◆ ◆ ◆ ◆
クロスは安くて量も多いと評判の、いわゆる大衆食堂の丸テーブルを陣取って肉やらシチューやらをご飯と一緒にガツガツと食べていた。
同じテーブルにクロスに話かけてきた三人の少女も肉じゃがスープの様なものを食べていたが、クロスのあまりの食べっぷりに、しばし食べるのを忘れ見入ってしまった。
「あ、おい。あたし、マジもんでカネないんだけれど。大丈夫なんだよな、食ってて」
「はい。このお店でよろしければお好きなだけ食べて下さい」
お代を持つのは、いいとこのお嬢様でもあるフロスティ・コーレンの役目だ。
大概のパーティーは経済的理由から空中分解していくのだが、彼女のおかげで、この少女パーティーは金銭的な摩擦がなく破綻しないでやっていけている。
「そうだ! 失礼しました! 自己紹介が遅れました! わたしはティロッド・アーフィスといいます。一応、このパーティー【早春の風】のリーダーをやっています」
名乗られてもクロスには未見の暗器の副次効果により、まともに名前が覚えられないので、どの程度の意味があるか、自分でもよく分からない。
(まあ、記号みたいなものだと思っていればいいのだろう)
「で、その」口に運んでいたローストチキンを一旦置くと、多少真面目に話を聞く姿勢をとった。
「あたしに、ただメシ奢っただけじゃないよね。何を手伝えばいいんだ? 力仕事以外ならいいぜ? 力仕事だけはダメだ。ナイスバディがムキムキになっちまう」
するとティロッドは、やや顔を近づけて小声で話し出した。
「あの、ここにいる、この娘。マトーレ・イースターって言います。実はこの娘が領主様より直々の依頼をされてしまって……」
「おい、ちょっと待て。領主より直々って……わりぃがお前たちは、どこからどう見てもはっきり言うと弱っちぃ冒険者パーティーだ。そこに領主が依頼をするということは、何か特別な関係がないとありえないな? お前、何者だ?」
マトーレは、クロスの勢いに気おされて、ただでも無口なのが更に無口になった。
「ん……」
「あ、あの。その辺の事情は内緒ってことでご理解頂きたいんですけれど……ダメでしょうか……」
すかさずフロスティがフォローに入った。
ティロッドもマトーレの様子を見ながら「話しを続けてもよろしいですか」と言ってきた。
(こいつら、少なくとも連携は上手くとれていそうじゃないか)
「そっか。まぁ、そのへんの事情は聞かないでおいてやるよ。メシ、食っちゃったしな」
と笑ったクロスを見て、三人の少女はホッとしたようだ。
「ありがとうございます。それで、あの受けさせられた依頼というのが、この近くにあるダンジョン【背徳の縄張り】の最深部付近にいるらしい【臆病な針ネコ】の捕獲なんです。問題はダンジョン最深部付近にいるのでパーティーの攻撃力が高くないと行けないのですが、大規模パーティーだと臆病な針ネコが逃げてしまうから小さなパーティーで、ひ弱な感じじゃないと針ネコが近寄ってくれないんです」
栗毛の戦士の少女は、自虐的な説明にしょんぼりしてクロスを見つめた。
「ええと……ティディだったか? 要するに、ヘロヘロなパーティーじゃないと針ネコは捕まえられないがダンジョン深層部だから強い奴が必要なんで、あたしに手伝えってことでいいのか?」
名前を間違われたことで戦士な少女が気を持ち直した。
「ティロッドです。ティロッド・アーフィス。わたし達、ダンジョンは、まだ浅い所で連携の確認やレベル上げの最中で、とても最深部には……お願い出来ますでしょうか」
「あの! 賞金も出るんです! 金貨500枚なのでわたし達が二百十枚、クロスさんが二百九十枚でどうですか!」
「うんうん……」
(それだけあれば、半年は食っちゃ寝できるな? なんか落とし穴がありそうな気もするが)
クロスは暫く黙って考えていたが、他に当てもないので、そもそも選択肢なんてものが無かった。
「いいよ? 引き受けようか」
その言葉を聴いて三人は色めき立った。
「だが。なんか、おかしい。情報が足りないねぇ。お前達、隠し事は依頼主に関すること以外は無しにしてくれないか。ともかく全部だ。全部、話をしてくれ」
「隠しているわけではないんですが、おかしなことが幾つかあって。どう話したらよいのか、迷っていたところなんです」
白銀のロングヘアで、いかにも聖職者的な見かけのフロスティが説明をはじめた。
「背徳の縄張りは、最深部以外は比較的弱いモンスターが多くて、しかも急に強いものが混じることもない初心者の冒険者にとっては学べる機会が多いダンジョンなんです。ところが、最近になって急にモンスターそのものがいなくなってしまって、ただの洞窟迷路になってしまったんです」
「一匹も出ないのか?」
「ロックラットが数匹とゴールドコックローチが少しいただけで、あれじゃ幾らわたし達が駆けだし冒険者でも、経験値も何も稼げないです」
「このダンジョンは広くて浅いことで有名で、階層も15階層までしかないんです。だから、ちょっと危ないなって思っても12階層くらいで引き返せばEランクの即席パーティーくらいなら問題なく帰還出来るくらいなんですよ」
「それが、三日前までにダンジョンに潜ったDランクパーティー三組が三組とも帰還していないんです。ギルドは、Bランクの冒険者チームに捜索依頼をだそうとしているみたいなんですが、昨日、捜索のために潜ったCランクパーティーが13階層までいっても、あまりに何もなかったのと聞いたことのない声の様なものを聞いて、いつものダンジョンじゃない雰囲気に怖くなって戻って来ちゃったんです」
情報をくれとは言ったが、矢継ぎ早にどんどん喋るんで考えを巡らせる余裕がない。
とりあえず、一番知りたい情報だけ聞いておく方が良さそうだ。
「あー、わかったわかった。そんで、ここのダンジョンボスモンスターは何なんだ?」
ワンドを持ったエルフの少女、マトーレ・イースターがはじめて喋った。
「アッシドスパイダー……の…つがい……」
確かにCランクのパーティーなら、まあなんとかなりそうなレベルだ。
「で、あんた達のランクは?」
「みんなFランクです……」
(下から二番目のランクだ。いくら針ネコが弱い冒険者の方が捕まえやすいとはいえ、Bランク相当のモンスターのいる最深部にFランクパーティなんぞ、まともな依頼じゃないねぇ。ここの領主も大概って奴ってことかい。ははぁーん……それじゃギルドを介して依頼をしようとしても断られちまうから自分達で高ランクの冒険者を探していたってことかい)
やっとクロスの中で話がつながってきた。
「よっし、わぁーった! なんだかギルドの冒険者教習みたいな役だが、やってやろうじゃないか。お前らのパーティー、入ってやるよっ」
三人の表情がぱぁーっと明るくなった。
自分達だけでは、よほど不安だったのだろう。
「あの、一時的とはいえパーティーを組むんですから、改めて自己紹介をします」
(やれやれ、またそこか。あたしが聞いてもなあ)
栗毛のショートカットで革とメタルの複合アーマーを着ているヒューマンの娘が挨拶を始めた。
「わたしはティロッド・アーフィスなのでティアと呼んでください。ソードファイターですが、ちょっとは盾役にもなれます。14才です」
「えっ、14だあ⁉」
「この娘は、マトーレ・イースター。わたし達はマトイと呼んでいます。まだ初級ですがグロリアスソーサラーで弓も使えます。マトイの年齢は私も知りません」
「……んっ……よろし……く……おね……」
本人の声が最後までは聞こえなかった。
「わたしはフロスティ・コーレン。長いのでフロンと呼んでください。見た目通りのプーリストです。回復と幾つか強化などの補助魔法が使えます。15才です」
クロスは、これは自分は本当に引率係だと覚悟した。
「クロス・バレンタインだ。これからよろしく頼む。えーと……フビンとケアとマトンだっけか?」
三人とも最初はクロスが何かの暗号を言ったのかと思っていたが、しばらく考えているうちに、どうやら自分達の略称を言い間違っているのだと気が付いた。
「もう、やだなぁクロスさんたら。フロンとティアとマトイですよっ」
(そら、きた。だいたい、この意図しないボタンの掛け違いからパーティーをおいだされちゃうんだよなあ。なるだけ名前は呼ばないように気をつけよう! うん!)
「クロスさん。即席とはいえパーティーを組んだのですからギルドに登録しないと。ギルドに一度、戻りましょう」
「それは構わないが……あのさ、悪いんだけれど、ここの弁当でもサンドイッチでも構わないから三食分くらい用意してくれないかな。理由は、ギルドへの道すがらにでも話してやるからさ」
◆ ◆ ◆ ◆
クロスは背中に弁当やらサンドイッチやらホットドッグやらを入れた包みを背負って少女達の前を歩いていた。
「いやー、何からなにまでわりぃねぇ」
「気にしないでください。クロスさんに依頼するための手付代わりですよ」
このプーリストの白いお嬢ちゃんは、本当にカネが潤沢なんだなと思いつつも、今のクロスの食い扶持は、この女子会連中が頼りなのも、また事実であった。
「あのクロスさん。気になっていたんですけれど装備がショートソード一本だけなんですか?」
ティアは、自分ですらロングソードに木の盾と短剣を装備している。今までランクが上の冒険者になるほど装備は充実してたし大型・重装備・レア装備が増えていくのが普通だと思っていた。
ところが、今、パーティーを組んでくれようとしている、恐らく冒険者の中でも頂点にたつ者であるはずのトリプルSクラスの冒険者は、かっこいい装備ではあるが、おおよそ防御力が高そうにもみえなければレアな大剣を持っているわけでもない。どちらかというと、どこにでも売っていそうなショートソードだ。
「不思議かい?」
「ええ。気にはなります。剣技が凄いんですか?」
「いや。そうじゃない。ここからは、あまり大っぴらには話せない。お前ら、こっちに近寄れ」
秘密の話らしいと分かり、みんなクロスを囲むように寄ってきた。
「あたしには特別な魔法……というよりは呪いのようなものがかかっている。無詠唱に近い形で土系魔法と錬金術を混ぜたようなものだ。武器に限らず防具のような物でも出すことが出来るんだ。だから、武器も防具も特にはいらないのさ。噂では、あたしの、この能力を魔法だと思っているらしい」
フロンは不思議に思った。そんなことが出来るのであれば、例え一時的なものだとしても何か作ってアイテムとして商売になりそうなものだが、何故、この人は、そうしないのだろうか?
「ここからは、小声で話すぞ。聞き逃すなよ。お前ら【未見の暗器】っての、聞いたことあるかい?」
三人共にうなづいた。
未見の暗器使いの話は、魔王討伐の可能性を秘めた人類の要として絵本にすらなっている。だが半ば伝説であり伝聞録がいくつもあるが、どれ一つとしてエクスカリバーのような象徴となるような武器やアイテムが出てこない。全てがバラバラな話なので、人類の希望が生み出した絵空事であるとされている。
つまりガセネタっぽいというオチまでがワンセットであり、有名すぎて幼年学校の生徒ですら知っている話だ。
「いいか、絶対に秘密にしろ。ばらしたらぶっ殺すからな」
「な、なにをですか? いきなり物騒ですよ」
「ちょっと怖いです。どうしたんですか?」
「ん……」
三人はクロスの言葉に縮み上がったが、さらに次の言葉に絶句する。
「あたしが、その【未見の暗器】使いだ」
全員、暫く黙って、まとまったままギルドの近くまできた。
無言に我慢できなくなったティアが、小声で確認してくる。
「本当に? ほんとにホントですか?」
「しっ! もうギルドだ。続きと証拠はダンジョンで見せてやる」
と、そこまで小声で言うと、いきなり普通の声で話し出した。
「まあ、そんなわけだから! お前らは雲にでも乗ったつもりで気楽にいけ!」
クロスは上手い例えをしたと自画自賛で笑って喜んでいるが、三人の少女達にとっては文字通り、雲をつかむ話にのせられてしまった気分だった。
ギルド内に入ると、真っ直ぐ受付カウンターに進んでいく。
「今度はビスケットをねだりに来たんじゃないよ。ちゃんとした用事だ、ロリィちゃん!」
いきなり間違った名前を呼ばれた受付嬢はクロスの前のカウンター越しにイライラを露にした。
「ミリィだって言ってるでしょクロスさん! で! 今度はなんなんです?」
カウンターに身を乗り出すとクロスは小声で「そう言うなょ。あたしの秘密を知ってるのは、ここじゃギルド長とアンタだけなんだからさ。名前を間違う理由だって、わかってんだろぅ?」と囁いた。
「はい、わかってますよ? 分かってはいますが! なんだか腹立たしいんですよ、ア・ナ・タ・は!」
「つれないねぇ~、モーリィ。あ、そだ。あたし、この娘らとパーティーを組むことにしたんだ。申請するから用紙くれよ」
それを聞いてミリィは驚いた。
名前が違うツッコミもせず、ひそひそ話を始めた。
「ちょっと、どうするんですか! ダンジョンにいく⁉ じゃあ、この子らにバレちゃうじゃないですか! は? ちょっと話した? 秘密保持契約はしたんですか? してないのお⁉ 一飯の恩義? それなら私にもビスケット代出して下さいよ! せこい? 自分を差し置いて何をいってんですか、アンタは⁉」
パーティー名を登録しに来ただけなのに、なにやらカウンターで延々とゴニョゴニョ話をしているクロスと受付嬢だったが、なんとかパーティー登録用紙をもらってきたらしい。
「クロスさん、もしかして私たちが弱すぎるから反対されてたんですか?」
「……」
ショボンとしている三人をクロスは笑い飛ばした。
「いやぁ、単に友達だから世間話に花が咲いちゃってさ! それより、この用紙のパーティー名ってところ。なんて名前にするんだい?」
「そうだったんですね。ほっとしました!」
「パーティー名ね……どうしようか。今が【早春の風】だから……」
ティアが唸っている間にマトイが、サッと用紙を取ると勝手に書き始めてしまった。
そこには【炎夏の嵐】と書かれていた。
「早春の風から灼熱の台風って感じだねっ。いいんじゃない?」
仲間から褒められ照れくさそうにしているマトイを見ながらクロスは何故か
(炎夏の花道の方が良かったんじゃないかなあ?)とくだらないことを思いついていた。
◆ ◆ ◆ ◆
ダンジョン名【背徳の縄張り】の入り口は、雨水が地下迷宮に入っていかぬように何重もの堀に囲まれた丘陵の上にポツンとある大岩の下にある。
本来ならばダンジョン入り口には、料金を徴収する為の国からの人員が数名配置されているのだが、現在はダンジョンの異常が報告されている為、誰もいない。
もっとも、話によるとダンジョン内に収益になる魔物がいなくなってしまったので、料金を払うと赤字になってしまう為に誰も来ないというのもあるのかもしれない。
フロンが照明の魔法ペイルライトで周囲を照らし出す。
地下一層、二層と進むが、確かに何もいない。
帰還しないパーティの痕跡もまだ見当たらない。
さらに奥だ。
冷たい空気が四人の足元を撫でて、ダンジョンが呼吸するように暗闇がうごめく。
三層目にして、やっと何かがいる気配がする。
キキッ
鳴き声からするとロックラットらしい。
「この程度なら! クロスさん、わたし達でやります! フロン、強化魔法と周囲をもっと明るくして! マトイは弓で、チャンスがあれば魔法で支援して! いくねっ‼」
ティアが音の方向へと走っていく。同時にフロンがエンチャントバイタリティを付与した。マトイは弓を引き絞って放つタイミングを見定めている。
「シャイニングライト!」
フロンが唱えた魔法によりティアが走る前の方が一気に明るくなると、眩しさで動きが止まっているロックラットが床に二匹と天井付近の壁に三匹いるのが見えた。
ティアの接近に一匹が飛びかかってきたところを抜刀と同時に下から跳ね上げるようにして胴体を叩き切った。天井付近の二匹にはマトイの矢が次々と命中したが、一匹は奥の闇に逃げていってしまった。
床にいた残る一匹も逃げようとしたがティアが持っていた釘型の投剣が刺さり動きが止まったところをとどめが刺された。
食堂で、クロスは、三人娘に対して、もしかしたら連携がそこそこ上手いのではないかと感じていたが、ロックラット程度ならば、まあまあ様になっていると言える。
ティアは、倒したロックラットから背中の鉱石と牙を取りながら「これじゃ、お菓子代くらいにしかならないけれど、無いよりはマシだと思って持っていくね」とぼやきながらも手早く作業をしている。
その後も、第八層まで進むもほとんど何も出ない。
確かに異常である。
「確か、十三階層までいった奴らが変な声だか音だかが聴こえたって言っていたんだよな?」
「そうです。あと五層ほど下になりますね」
「行方不明の連中が、まだ生き残っている可能性はゼロじゃない。その意味で先を急ぎたいんだが……よし、あたしは食いながら行こう! なんとなく後ろからついていくから十三階層に着いたら歩くペースをスローダウンして。それまでは食べてるから」
「えっ……ああ、はい……」
曲がりなりにもダンジョンなのに、ここまで緊張感のない人も珍しい。それだけ自信があるということなんだろうか。
とぼとぼと歩きメシをしているのに何も出ないので、案外と進んで行けてしまう。
「あたしの未見の暗器は燃費悪いのよ。これだけ食べても全然太らないしぃ。うっ!」
突然のクロスの声に驚いて全員立ち止まる。
「クロスさん! 何か起きましたか!」
「うぐっ! お茶、持ってないか?」
「あります。どうぞ。あの、ついでですから小休止しませんか?」
気がつけば、第十一層まで一気に来てしまっていた。
もしかしたら意識していないだけで疲労の蓄積もあるかもしれない。
小休止は良い提案だ。
それぞれ思い思いの場所に腰を下ろして座る。
ついでにポーションやマナの数を確認したり、水分をとったりしている。
座りながらクロスがぽつぽつと語り始める。
「これは、あたしの独り言だ。聴くも聴かないも好きにしてくれていい。あたしの未見の暗器が何故、未見と呼ばれているのかというと、誰も見た事がない武器や装備で、この世界を生き抜いているからだ。暗器とは言われているものの実際には何がでてくるのかは正確には分からない。大剣等も含まれているから暗器でもない。にも関わらず暗器と呼ばれているのは用事が終わった武具は、消滅か土になってしまうからなんだ。つまり、あたしが生成する武器、武具は、あたしにしか使えない。しかも、一度出した名前の武器は二度と出てこない。名前を変えれば出るには出るが似て非なる物しか出てこないんだよ」
「未見の暗器」──その二つ名は冒険者の間では伝説に近いものだったが、「見たことがない武器を使う」という点でしか語られない、いわば中身のない異名だった。本人すらその呼び方を気に入っていない節がある。
そして、未だ三人は未見の暗器というものが、どういうものなのかも見ていないのだ。
十分程の休憩の後、彼らは一気に十二階層まで進んだ。
これから十三階層に進もうかという時点で、クロスが妙なことを言い始めた。
「ここから先は、お前たちはあたしの後ろにいな。そして出来るだけ離れて歩きな。最低でも十歩。そこよりあたしに近づいたら、下手をしたらバラバラになるかもしれないよっ? お前たちは自分の保身だけを考えて行動するんだ、いいね?」
今までとは違う雰囲気がクロスから湧き出ている。
「バラバラになる?」とティアは繰り返し、フロンは少し震えているようだ。
マトイは、ただ一言「……近づかない」
三者三様の反応だったが、結論は同じだった。
「近づくなと言われたら近づかない」──それが今の自分たちにできる唯一のことだと、三人は理解していた。
「あたしの攻撃は、あたし自身にも分からない。だが、巻き込まれた人間は即死以外がないんだよ」
巻き込まれる程の攻撃。
「……見たい」と言うと「じきに見れるさ」と返ってきた。
三人はクロスに続いて十五歩の距離を保って、十三層へ足を踏み入れた。石造りの通路が続く。フロンの光球が壁を照らし、足音だけが反響する。
クロスが「動体感知箱」とただ一言呟いた。
左の手のひらから、光が凝結し何か四角いものになる。そこから、意味ありげな光がもれているが、その意味も含めて何も説明しない。
三人はその光景を黙って見ていた。
見たこともない道具。
魔道具とも違う。
四角い物体から漏れる光は文字のようにも見えるが、どの文明の文字とも一致しない。
これが「未見」たる所以かと三人は思った。
ティアが小声で「あれは、探知具かしら」と尋ねるもフロンは首を横に振るだけだった。
クロスの手の上で箱の表示部分の一部が急に輝きだす。
すると背中のリュックを三人の方へ投げてよこした。
「そこにはメシが入ってるからさ。預かっててくれ。くるぞ!」
真っ直ぐな通路の先は左に曲がっていて見えないが、クロスの小箱は何かを捉えているようだ。
その小箱を床に置くと、今度は「ワイヤーフェンサー」と呟く。
彼女の両手にひかりが集結し刀の握りがついた、釣り糸とオモリのようなものが現れた。
見た目は釣り具のようでもあり奇妙だった。
糸と錘。武器には到底見えない。
だが三人はもう驚かなかった。「未見」とはそういうものだと理解し始めている。
クロスがワイヤーフェンサーを釣り竿のように振り下ろすと、まるでマジックミサイルのように誘導されて左に折れた通路へ錘が飛び込んでいった。
糸が暗闇の先へ消えていく。
数秒の静寂。
錘が何かに引っかかったようだ。
何かゴゴッという音がすると、ゴトンと固いものが落ちた音がした。
そして──通路の角から転がり出てきたのは、体長二メートルほどの甲殻蟲だった。
鉤爪が四本、顎が二つに裂けた異形の蟲。本来このダンジョンにいる魔物ではない。
「あれは……ガルガンチュアビートル? Bランク相当じゃ……」
顔が青ざめていた。フロンは本でしか見たことのない魔物だった。
「……何故、ここに?」
糸に絡め取られた魔物がギチギチと暴れている。まだ生きていた。
糸にしか見えないワイヤーフェンサーを左右に振って波を作り、それをガルガンチュアビートルに叩きつけると、ワイヤーに触れた部分からスパスパと切れて、文字通りこま切れになっていく。
ガルガンチュアビートルが絶命すると、ワイヤーフェンサーは直ちに土塊となっていく。
土塊が石畳に散らばった。
あれだけ硬い外殻を誇るBランクの魔物が、触れた端から切断されてコマ肉になった。
原理すらわからない。
三人は十歩じゃなくて十五歩後ろでよかったと心の底から思った。
ティアの髪が逆立っていた。
恐怖ではない。
興奮だった。
フロンはしゃがみ込んで土になった残骸を見ている。
「一瞬で……あんなに硬そうな魔物を……」
マトイは今見たものを忘れまいとしている様だった。
クロスは床に置いた小箱を拾い上げると「この層には、もう何もいない。あれ一匹だけだったようだね。あたしのリュックから、何でもいいから食い物をくれ。未見の暗器は、つえぇんだが、とにかく腹が減るんだ。さ、次は十四層だよ」
マトイがクロスのリュックから食べ物を出そうとして開けて見ると、本当に食べ物以外のものは入っていなかった。ポーションすらないというのは、ある意味で衝撃だった。
結局、歩きながら食べるのだからとバゲットにハムやらを挟んだサンドイッチがあったので、それを持っていった。
渡すと、すぐに十五歩以上離れた後方に走っていく。
クロスが食いながらも速度を上げると、十四層に出た途端、通路から開けた空間に出た。第十五層への階段がある広間。
だがそこで最初に見たものは、壁際に積み上げられた冒険者の装備だった。
さすがに足が止まる。
「これ……Dランクの……?」
剣、盾、革鎧。
しかし持ち主の姿はない。
あちこちに血痕が黒く乾いてこびりついている。
はたして殺されたのか。
いや、見回すが遺体が見当たらない。
丸ごと何かに喰われたか、あるいは持ち去られたか。
装備だけを残したということは──。
フロンは口を押さえた。
目が潤んでいる。
冷静にしていたマトイだけは周囲を探っていたが、やがてしゃがんで地面を指差した。
土に足跡らしきものがある。
何か突き刺しつつ擦ったような跡だ。
明らかに人間のものではない。
かなり巨大な何かのものである。
「……向こうに続いてる」
クロスの持つ小箱にも反応があった。
青い点が近づいている。
「あー、当然っちゃ当然なんだが、なんかいるね、こりゃ。気をつけて進むよ」
十五階層への通路に近づくと部屋は、明かりが全く届き切らないくらいに、なお一層広く、天井も高くなったようだ。
「んー、おい、灯りをもっと明るくできるか?」
フロンは先ほどの冒険者たちの形跡がショックだったようだが涙を袖で拭って、杖を構え直した。
光球が一回り大きくなり、広間全体を昼のように照らしだす。
「こ、これで……大丈夫ですか?」
光に照らされた壁面が露わになっていくと、爪で引っ掻いたような痕が無数に走っているのが見え始める。
しかも新しい。
ここ数時間以内のもののようだ。
どうやら何かがこの広間で暴れたか──あるいは今もここにいる。
ティアがゆっくりと剣を抜いた。
鋼が光を弾く。
「クロスさん。この広間……何かいますか?」
「ああ。いるねぇ。しかも、すぐ近くだ」
小箱の反応も極近くに何者かがいることを示している。
かなり大きな生物反応だが、見えていない。
透明化の魔法かアイテムでも使っているのか……あるいは……
ふと、マトイが杖の先を天井に向けた。
紅い魔力光がワンドの先に凝縮していくとハッとした表情で上を見た。
「……上」
全員が天井を見上げた。
そこには光が届くギリギリの薄暗い中、八つの赤い光点がこちらを見下ろしていた。
天井はびっしりと糸だらけになっているようだ。
「ああ、そういうことか。 誰か、あれは何か分かるか?」
目を細めて観察していたティアだったが、何度も首を捻っている。
だが、急に思い出したようで、慌てだした。
「あれは……アラクネア。上位種のブラッドアラクネの可能性があります。アラクネアはAランク相当ですが、万が一ブラッドアラクネだったとしたら、Sランクパーティーじゃないと!」
天井に張り付いていたのは体長四メートルの巨大な蜘蛛型魔物だった。
女体の上半身が腹部から生えている。
長い黒髪の間から覗く八つの眼がぎょろりと四人を舐め回すように見ていた。
口から粘液が糸を引いて垂れ落ちる。
表現しづらいおかしな臭いも漂っている。
クロスは、ため息を一つつくと「たしか、ここのボスはアッシドスパイダーだったはずだよな? こりゃ、あいつに食われちまってるな。この臭いだ。コイツがダンジョンの魔物を誘引して全部あいつの餌になっちまったんだろうねぇ」
震えながらも光球を維持しているフロンだったが声は上擦っていた。
「あ、あんなの……大辞典にしか載ってない……」
「でも……動かない」
マトイは、この珍しい生き物をひたすら観察していた。
アラクネアもこちらを観察している。
襲いかかるでもなく、逃げるでもない。
まるで品定めをしているかのようだ。
そしてその背後の暗がりと壁の隙間に青い布切れが一瞬見えた。
いや、わざと見せたのか。
「かーっ! 悪趣味な野郎……いや、女だから、なんていうんだ?」
こんな状況でそんなことを気にするのかと一瞬面食らったが
「え……雌ですので、悪趣味な……女郎、でしょうか……?」
律儀に答えたフロンも大概だったが、誰もツッコむ余裕はなかった。
ブラッドアラクネの八つ目が一斉にクロスへ焦点を合わせた。
強者を嗅ぎ取ったのだろう。
威嚇するように前の四対の脚ががちがちと打ち鳴らされる。
「来るぞ! お前ら、あたしから離れなっ」
クロスが叫んだのを聞いて、三人はともかく急いで十五歩以上離れた。
これから恐ろしいことが始まるに決まっている。
ブラッドアラクネが天井から糸を切って落下してきた。
狙いは──クロス・バレンタイン。
落下しながら八本の脚のうち前二本が鎌のように振り下ろされる。
上体の女面が既に勝ち誇ったような甲高い叫びを上げながら牙を剥いた。
しかしクロスは、くすっとしてから大声で叫んだ。
「面白れぇ‼ あたしのとこまで来れたらキスしてやるよっ」
両手に光が集まる。
「光剣レーザーソード!」
この世界には存在しない眩い白色の切断用レーザーの剣が二本現れると、それをブラッドアラクネに対してグルグルと回す。
と全ての脚は瞬時に切断され動けなくなった胴体だけがボトンと落ちてきた。
レーザーとかいう光の剣は消え、クロスの手には土塊が握られている。
それをパンパンと払い落とすと
「ナパームフラッシュ」
と言うと小さな丸い玉が胴体の方にコロがっていった。
思いきや、爆発的な光を放ってブラッドアラクネを焼き払う。
悲鳴すら上げる暇も、脚を失ったアラクネアがのたうつ間もなく、光の玉が弾けて、ただ白い閃光が広間を塗り潰した。
熱波が三人まで届き、肌がちりちりと焼ける。
視界が戻った時には、炎以外、もうそこには何もなかった。
焦げていく石床と溶けた糸の残滓だけが、そこに蜘蛛の何かがいたことを物語っている。
三人娘は、ただ茫然と立っていた。
クロスは、いまだ燃えている炎を背景に三人に向き直るとニヤリとしながら一言いった。
「ご感想は?」
「出る幕がありませんでした」
「知らない言葉でした」
「……もっと離れておく」
「そりゃ結構で。しっかし、全部、焼いちまったのは失敗だったかなあ?」
と、ブラッドアラクネが落ちた場所の奥。
岩の陰に青いマントを羽織った人影がちらっと見えた。
うずくまっている。
片足を怪我しているらしく、動けなかったようだ。
間違いない。冒険者だ。まだ生きている。
「おい、あそこに誰かいる。お前らの出番だよ。行って助けてやりな」
はっとして、クロスの指す方向を見ると駆け寄って行った。
「フロン、フロン‼ 早く来て‼」
人影は若い男だった。
革の軽装にDランクのプレートがぶら下がっている。
右足の脛が紫色に腫れ上がり、顔は汗と涙でぐしゃぐしゃだ。
三人の姿を見ると、震える手を伸ばした。
「よく見つからずに頑張りましたね。今、すぐに治しますから」
フロンが治癒魔法をかけている間、ティアは事情を聞いていたが、やがて立ち上がるとクロスのところにやってきた。
「どうやら、まだ奥。つまり第十五階層に仲間が連れ去られたようです。助けに行きましょうよクロスさん!」
仲間がいると聴いて、いやなフラグだと思った。
モンスターは別に問題はない。
いままでも、そうだった。
面倒なのは、やれ仲間がとか、そういう人間が厄介だった。
みけんの暗器は、何が出ても威力があり過ぎて、必ず巻き込まれる犠牲者がでる。
だから、ランクは上がってもクロス・バレンタインが人々から称賛されることは、ほぼ無かった。
「また、これか……」
治癒が効いて助かったDランク冒険者の名はカイルといった。
彼のパーティは四人だった。
カイルは三日前にここでブラッドアラクネに阻まれ、仲間の一人はその場で殺された。残り二人は奥に引きずり込まれたという。
フロンの治癒のお陰で落ち着いて話せるようになったようだ。
「赤い髪の女戦士と……金髪の弓使いです。二人ともまだ生きてると思います。あいつらが奥に連れてかれた時、声が聞こえて……」
「つまり、もう一匹いるってことか? えっと……その……カエルくん?」
「カイルです……そうです。もう一匹。こんなの、話と全然違うじゃないか……お願いします! あなたならアラクネでも討伐出来ますよね! まだ、助かる可能性はあるはずなんだ……まだ……」
少女三人も目が「助けてやって欲しい」と言っていた。
「人助けは、苦手なんだよ……」
クロスは呟くが、それを分かっていてもクロスに頼るしかない。
「わたし達、邪魔にならないように離れてついていきますから! 治癒だって必要ですよね。ポーションもあります! お願いします!」
ちらっと冒険者を見る。
どうやら、足の腫れもひいたようだ。
「あー、ガーゴイルくん? 一人で出口までいけそうかい?」
「カ、カイルです! ガーゴイルじゃなくて! 一人でですか……足はなんとか、歩けそうです。出口までなら」
足首を回して確認している。
多少の痛みは残っているだろうが歩行は可能そうだ。
フロンの回復魔法は案外と強力なのかもしれない。
しっかり効いている。
ティアが手を貸しカイルを立たせる。
「カイルさん、地上に出た時に体力に余裕があるようでしたらギルドへ報告をお願いします。救助が来たこと、奥にまだ二名いること」
「わかった。お願いします、あいつらをお願いします!」
うわごとのように何度も呟きながら、カイルはよろよろと階段のある方向へと歩いていった。
それを見送ると「よし。アイルーさんだっけか? 無事に逃げたことだし、乗りかかった泥舟。しかたないから漕いでやるか!」
「……カイル」
もう誰しも訂正する気力もなく小さく笑った。
◆ ◆ ◆ ◆
第十五階層。
元々、この層はダンジョンボス戦のみが出来る程度で、他の階層よりも広くはない。
よく耳を澄ますと水滴の落ちる音以外に人のうめき声のようなものが聴こえる。
どうやら、カイルの勘らしきものは当たっていたらしい。
四人は更に奥へと進んだ。
通路が徐々に広くなり、やがて巨大な地下空洞に出る。
天然の鍾乳洞が迷宮と融合したような場所で、石柱が林立している。
その一本に女が宙づりにされていた。
赤い短髪。
カイルの言っていた女戦士だろう。意識はある。
もう一人の金髪の女は石床に倒れていたが、かろうじて胸が上下している。
二人とも衰弱しきっているが生きている。
向こうも四人の姿を認めて、叫び始めた。
「あ……人……人だわ! た、助けて‼ お願い‼」
前に出て助けに行こうとした三人をクロスは制止した。
「待て、お前ら。あたしの前にでるんじゃないよっ。後ろに二十歩下がんな」
初めてクロスにまともに叱られた三人は、各々が自分の未熟さを痛感しながら黙ってクロスの言う通りに後ろに離れた。
もし、今、クロスが止めなければモンスターの罠だった場合、この人は躊躇しないで未見の暗器を発動させるだろう。
そうなるとブラッドアラクネのように……考えただけで身震いがした。
「そこの女。その場で答えろ。ここにいるモンスターは何で、どこにいる?」
女は必死になって答える。
「アラクネアがもう一体……奥の横穴に! わたしを餌にして獲物を待ってるんだ! もう一体は、ずっと戻ってこない……!」
もう一体というのは、さっきのブラッドアラクネだ。
あれは番だったということか。
となると横穴の奥にはまだ何かあるかもしれない。
捕らえられた犠牲者が他にもいる可能性が浮上した。
赤髪の女戦士の拘束は、あの蜘蛛の糸である。
粘着性が高く、並の刃物では切れそうにない。
倒れている金髪の女の方は外傷こそ少ないが、衰弱が激しそうだ。
三日間ろくに食事も水も与えられていなかったのだろう。
瀕死というやつだ。
フロンがうしろから小声で話しかけてきている。
「クロスさん、二人ともかなり消耗しています。特に倒れている方は危険な状態かもしれません。わたしが治癒出来るところまで近づけませんか?」
クロスも小声で返す。
「分かっちゃいるんだが、罠だからなぁ。ちょっと待ってな」
小箱の反応と表示をよく確認すると、どうやら奥の横穴とやらに反応はあるが、随分と離れているらしいことも分かった。
「よし、いいだろ。だが、あたしが先にいって糸を切るからさ。あの人を下ろしたのを見てからこっちに来い。わかったか?」
「はい。わかりました」
「……了解」
未見の暗器の正体を見てからは、もともと素直だったのが更に言う事を聞くようになった。
焦らず宙づり女の方に近づくと早く降ろして欲しいのかバタバタしている。
「ああ、動くなよ。うっとおしい女だな」
糸に触ってみる。
糸は多少の粘着きはあるものの、思っていたよりも糸らしい糸だった。
細い部分を引っ張ってみてもビクともしない。
これは女を吊るしている部分は船の係留ロープくらいの強度くらいありそうだ。
(まいった。丁度いいものが思い浮かばないねぇ。ん? あれは使えるか?)
クロスの両手が光り始める。
「プラズマアーク溶断器」
待機していた三人の耳にも少し聴こえてきた言葉は、またしても聞いたことがないアイテムらしきものの名前だった。
「クロスさんって、遠いとこの外人なのかしら?」
「……そうかも」
そんなことを言われているとはつゆ知らず。
クロスの手にはコンパクトな溶断器が握られている。コードの先を蜘蛛の糸に挟めると、溶断機の先端から小さく鋭い光が放たれる。
ジュウ、と焦げる音がして蜘蛛糸が断ち切られていく。
高熱で融解した断面は綺麗なものだった。
女が支えを失って落下しそうになると、なんとか自力で着地した。
結束されている部分も焼き切ってやると、ようやく女戦士らしく振舞い始めた。
「わっ……と。ありがとう、ありがとう……! 恩に着るよ」
溶断器が土に還る。
次にクロスは倒れた金髪の女に歩み寄った。
呼吸は浅い。
頬がこけて目は落ち窪んでいた。水と食料が要る。
しかし悠長にしている時間はなさそうだった。
横穴の奥から、かさかさと這い回る音が響いてきている。
「三人とも、急いでこっちに来て。こいつらをあたしから離して介抱してやってくれ」
三人は倒れている金髪の女性をなんとか引きずりながらクロスから離れようと必死だ。
赤いショートヘアの女戦士は、クロスと一緒に戦うか金髪の女性の方にいこうか迷っているようだ。
「あんたも消耗してるんだから、あっちにいって介抱してもらいな」
「いや、でも、あれをひとりじゃ」
「邪魔だっていってんだよ。つべこべ言い合ってる時間はないよっ」
女戦士は自分を助けてくれたクロスが自己犠牲を買って出て自分達を逃してくれる時間を稼ぐものだと勘違いしていた。
「すまない……」と言うと四人がいる方へと走って行った。
「あいつ、わたし達の為に自分が犠牲になるつもりだ。それを無駄には出来ない。早く、ここから脱出しよう‼」
焦る女戦士とは裏腹に少女達は金髪の女性に水を飲ませたりヒールをかけたりで落ち着いて介抱している。
そして言ったのが「クロスさんが自己犠牲をですか。さあ、それはどうでしょう?」
クロスの両手が光り輝く。
「八つ裂きバズソー‼」
右腕全体を大きめの機械が包み込む。手の先には丸鋸が。それが高速回転し始め、ギュィィィンという金属の唸りを上げたところで穴に向かって右手を振り切ると丸鋸だけが吸い込まれるように穴の暗闇に飛んでいった。
数秒後、ギャアアアッ‼という断末魔だけが地下空洞に反響した。回転する丸鋸が闇の中を突き進み、穴の奥で何かが回転刃に切り裂かれ絶命した音だった。
その後もしばらくチュインチュインと何かを細かく切っている音がしていたが、それもやがて無くなると丸鋸は役目を果たしたらしく、クロスの右手に自動的に戻ってきて土に還った。
少なくとも三人は分かってはいた。
分かってはいたが、毎回、出てくるものが見聞きしたことがないものばかりなのと、結果が陰惨なので、驚くまいと思っていても気が付けば口が半開きになってしまっている。
特に女戦士は、クロスの何か分からないものを初めて体験した衝撃が走っていた。
「あんた……今の……一体……」
「ああ? べっつに気ぃにすんなっつて‼ あたしより、ほら、横穴ン中。気になんないのか? 見にいってみたらどうだ?」
恐る恐る女戦士がよこ穴の中に入って行くと、モンスターの残骸が転がっていた。
胴体が真っ二つに断たれた上でスーパーにでも並べられるように丁寧にこま切れにされている。
しかもどうやら、これはブラッドアラクネよりも更に希少種のデスドライダーのようだ。
本来、その脅威は軍隊を必要とするはずだが。
巣には他に捕まっていた人間はいなかったが、布袋がいくつか落ちていた。
中身は食料と水。狩った人間用の「餌」の備蓄だったのだろう。
結局、助かったのは二人だけだったのかと思うと女戦士の目に涙が滲んだ。
実はその奥に更に小さな穴があり、そこには何かがいたのだが、それには気づかず見過ごしてしまう。
自分達の顛末に納得したのか女戦士が犠牲者のタグを持って横穴からトボトボと出てきた。
「えーと、他に誰かいるんだっけ? そこの......赤くて......赤い人」
がくっと肩を落とした。
確かに、まだ名乗ってはいなかったが、赤い人って!
「リーナよ! リーナ・ガルシア! 赤くて赤い人って……もうちょっとなんかあるでしょ!」
ティアが思わず吹き出した。
フロンも水を与え終えた手が震えて笑いを堪えている。
金髪の女が少し咳き込んだが、水が喉を通ったようだった。
命は繋がるだろう。
「……これで全員?」
カイルのパーティーの生存者は三人。戦士のリーナ、弓使いのもう一人、そしてリーダーのカイル。全員救助できたことになる。
あとは地上に帰るだけだ。
「この金髪の人は、なんて名なんだ? その、あんたは.........リッパ・ガルガンチュアさん?だっけか?」
拳を震わせている。
命を助けていなければ一発殴られていたかもしれない。
「リーナ! リ・ー・ナ! ガルガンチュアは、どこから出てきたのよ!」
リーナが金髪の女を抱き起こしながら、顔だけクロスを向いて叫んでいる。
ツッコミの才能があるらしい。
「あの、そちらの方のお名前は……」
咳払いで笑みを誤魔化しながらフロンがそっと尋ねると、はっとして表情を改めた。
「あ……この子はサラ。サラ・スティル。あたしの幼馴染。三日間ほとんど何も食べてなくて……」
サラの傍で治癒魔法をしながら聞く姿勢は、既に医者の領域であった。
「内傷も診ますね……少し時間をください」
マトイはサラを見つめていたが経過が良くないことを見抜くと「……早く連れ出したほうがいい」と助言した。
六人で帰還することになったが、うち一人は自力歩行が難しい衰弱者が一名。
行きより荷物が増えた計算である。
「おい、これ。 この状態で二時間歩かせるのか? マズいだろ、そりゃ」
フロンもサラに治癒魔法をかけながら不安げに頷いた。
「はい……正直、歩かせるのは危ないと思います。せめてあと二時間は安静にしないと内臓が……」
ティアはサラを膝に抱えて唇を噛んだ。
「わたしが背負うよ。それくらい」
「ティア。冷静に。それにリーナさん、あなたも三日ぶりの食事すらまだでしょう。万全とは言えません」
正論だった。
空気が重くなる。
ここで休息を取るか、それとも別の手段があるのか。
クロスに、まだ「引き出し」があるのだろうか。
「ちっ.........ま、命にゃかえられないか...... いいか、お前ら。今までのも、今から出すものの名前も! 意味も聞くな! そして、誰にも言うな! いいか!」
五人がクロスを見つめた。
リーナとサラはまだ状況が飲み込めていないが、ティアたちはもう慣れたもので真剣な顔つきで頷く。
「はい、お約束します」
三人は、こくこくと何度も首を縦に振る。
リーナは困惑しながらも空気を読んで誓うことを決めた。
「わ、わかった。言わない」
するとクロスが右手に光を集中させ始めた。
今までのどれとも違う、少し長い溜め。左手も添えて両手が輝いた。
「ネコ‼」
出てきたのは、鉄製の一輪車で取っ手がついていて、何やら物を運ぶのに便利そうなものだった。
ネコ。
鉄の一輪車。
どう見てもただの荷運び用具だった。
命を救う秘密兵器でも世界を揺るがす大発明でもなく、工事現場にありそうな無骨なリヤカーの片輪のような代物だ。
五人が真顔のまま固まった。三秒。五秒。
「ネ、ネコって……それ……ただの……」
「……猫じゃない」
リーナがサラをそっと抱き上げて一輪車に乗せる。
「い、いやでも助かるわ。これなら揺れないし……ありがとう」
誰にも言うなと念押しされた割に、蓋を開けてみれば一番脱力する結果だった。
しかし機能としては申し分ない。
サラは一輪車の平らな荷台に横たえられリーナが取っ手を握ろうとしたが、そこをクロスが先に握った。
「悪いね。これは、あたしじゃないと土塊に戻っちまうからさ。こんなものでも、急げば間に合うだろ。どうしてもダメっぽかったら言ってくれ」
フロンがサラにかざした手から治癒の光を維持しながら歩く。
「私が回復を続ければ……きっと大丈夫です」
帰路は行きより速かった。
マッピングはクロスの頭に入っている。
名前以外なら忘却の影響を受けることもない。
最短ルートを迷いなく進み、一時間半後、地上の光が見えた。
「出られた……本当に……」
一時は絶望しかなかったリーナとサラにとっては、陽の光がとても眩しく見えた。
地上には、カイルが呼んでおいてくれたのだろう。何人かの兵士や馬車まで来ていてくれている。どうやら、かなり上手いことをいってくれたらしい。
事情を説明するとすぐに担架を用意してくれた。
三人娘はほっとしたのか、その場にへたり込んでしまった。
「いいかっ‼ 約束だかんな‼ 言うんじゃねえぞ! その.........赤い......アカリーさん‼」
もう涙目だ。
「リーナだってば! アカリーって何!? どんどん離れてってるんだけど⁉」
◆ ◆ ◆ ◆
ギルド前がちょっとした騒ぎになっていた。
救助されたリーナの叫び声と、周囲の冒険者たちのざわめき。
トリプルSランク冒険者が新人パーティを率いて救助任務、しかも六人無事。
それだけで十分話題になるのだが、当の本人は名前を覚える気すらないらしい。
「まあ、今回は人間ぶった切らないで済んだんで、かなりマシな解決だったな」
受付嬢のミリィは慌ててシーッとやった。
「クロスさん、誰が聴いているんだか分からないんですから、滅多なこと言わないでください!」
「……聞こえた」
下を見るとマトイが立っていた。
ミリィとクロスは、しどろもどろになりつつも声を合わせて「今のは、忘れろ」と言った。
そこにカイルとリーナもやってきた。
まだ、ダンジョンからのボロボロの恰好だが、とにかく何か言わないと気が済まなかったのだろう。
「クロスさん。改めて礼を言わせてくれ。今回の件、俺たちだけじゃどうにもならなかった。報酬はギルドから出るだろうが……俺個人として何か返したい」
「よしてくれ。大した手間なことはしていないことは、そこの陽気なかしまし娘共が証人だ。 あんたが義理堅いのは認めるが、対価以上の評価はくすぐったいだけで有難いとも思えないねえ その……タイルさん?」
額に青筋が浮いたが深呼吸で抑えたようだ。
「カイルだ」
リーナが笑いを堪えながらも彼女なりの挨拶をする。
「あんた結構いい女だよね……名前は覚えらんないけど! だからさぁ、マジでなんかわたしらでしてやれることはないのかい?」
今度はクロスは即答した。
「ある‼ しかも大至急に‼ メシを食わせてくれ! 腹いっぱいと、持ち帰り弁当も‼」
してやれることがあったカイルとリーナは喜んだ。
「いいぜ! お安い御用だ! すぐ行こう!」
「あの……クロスさん……」
もともと小さな声のマトイの声は、既にクロスには届かなかった。
クロスは、その後、二人の奢りでさんざん飲み食いした挙句、翌日の昼まで宿でぐっすりと寝た。そして起きてから、ふと重要なことを思い出した。
「あ……あたし、針ネコを捕獲しに行ったんだっけ」
ベッドの上で固まった。
一瞬の静寂。
そして頭を抱えた。
「やっべぇぇぇぇっ‼ 完全に忘れてたぁぁっ‼」
慌てて服を着ると、そのまま階段を駆け下り、宿の外へ飛び出そうとした。
そこへ。
「……クロスさん」
聞き覚えのある、小さな声がした。
振り向くと宿の待合の椅子の隅にマトイが座っていた。
その膝の上には、小さな木箱が置かれている。
「ん? えーっと……マカオ?」
「……マトイ」
マトイは無言のまま木箱の蓋を少し開けた。
中から、小さな鼻先がひょこっと出てくる。
続いて丸い耳。
そして木箱の隙間から見える全身を覆う、針のような硬い毛。
「…………ん⁉」
クロスは目を見開いた。
「針ネコか⁉」
「……帰る前に、横穴を見たら穴から出てきた」
そう言えば、ダンジョンの最深部で何かを呼びかけられた気がする。
さらにギルドに戻った時も、マトイが何か言おうとしていた。
全部、自分が聞いていなかっただけだった。
そこへティアとフロンも宿へ入ってきた。
「酷いですよクロスさん、やっと起きたんですか?」
「もう。昨日マトイが何度も言おうとしてたじゃないですか」
クロスは木箱と三人の少女を交互に見た。
ダンジョンでは、自分が守ってやらなければならない駆け出し連中だと思っていた。
だが最後の最後で、本来の依頼をきっちり片付けたのは、この三人だった。
クロスは頭をかきながら笑った。
「なんだよ。お前ら、案外使えるじゃねぇか」
ティアが頬を膨らませる。
「案外ってなんですか!」
「いやいや、褒めてんだよ。あたしとしては最大級にな」
するとフロンが微笑んだ。
「じゃあ、また一緒にパーティーを組んでいただけますか?」
「いいぜ。メシ付きならな!」
「それじゃ今度こそ、私たちの名前も覚えてくださいね」
クロスは三人を順番に見た。
しばらく真剣な顔で考える。
「もちろんだ」
三人の顔が明るくなる。
クロスは自信満々に指を差した。
「ティ……ファ! フロ……レンス! それからマッコイ?」
「全然覚えてないじゃないですかっ‼」
「……マトイ」
昼下がりの宿に、三人の少女の声と、クロスの笑い声が響き渡った。
こうして【炎夏の嵐】最初の冒険は、無事に終わったのである。
──ただし。
クロス・バレンタインが三人の名前を正しく呼べるようになる日は、まだ当分先の話だった。
宜しければ、連載中のSF作品「明日の未来」にもご興味をもっていただけますと幸いです。




