爆弾陛下と龍神 初夏
「あら、柳鏡。それ、どうしたの? かわいいわね」
家に帰った彼を迎えた母親は、彼が思った通りの反応をそのうさぎに対して示した。得意気に、ほんの少し胸を反らす。
「捕まえたんだ。お城の姫との約束で、夏までに城に連れて行かなきゃならないんだよ。人に馴らしたりしなきゃならないから、しばらく家で飼うから」
そう言って家の隅に檻ごとそれを下ろす様子を見て、母親は微苦笑して見せた。その瞳は優しく、彼と同じ深緑の色をしている。
「わかったわ。じゃあ、うさぎの分も朝御飯を用意しなきゃね」
母親はそう言って外に出て行き、青菜をたくさん抱えて戻って来た。それを、息子に手渡す。
「ほら、ご飯をあげてね。うさぎのお世話は、柳鏡がちゃんとしなさい。いいわね?」
「わかったよ、母さん」
そこに、柳鏡の腹違いの姉の明鈴が訪ねてきた。
「おばさん、おはようございます」
「あら、明鈴ちゃん。遊びに来てくれたの? 朝御飯は食べた?」
明鈴が首を横に振る。彼女は家で兄たちと対立してしまい、他の二人と仲良くできない、ということで自分の母親からも疎まれていて、しょっちゅう食事を抜かれたりしていた。そしてそういった時には、決まって村外れにある柳鏡とその母親の家に避難して来ていた。柳鏡とは父親は同じだが、母親が違う。しかし彼女は、母を同じくする兄たちよりも彼が好きだったし、自分の母親よりも彼の母親の方が好きだった。
「じゃあ、明鈴ちゃんの分も用意しましょうね。もう少し待てるかしら?」
その言葉に明鈴は素直に頷いて、うさぎに餌をやっている柳鏡の元にやって来た。
「何? 捕まえたの?」
「うん。城にいるわがまま姫が、うさぎが見たいって言うから……」
彼の手から餌を少し受け取って、明鈴もうさぎに青菜を与えてみる。忙しく口を動かすその様が、とてもかわいらしかった。
「じゃあ、またお城に行くの? うさぎ、捕まえたんだし……」
「しばらくは行かないよ。うさぎ、人に馴らしてからでないと。姫様に怪我させたりしたら大変だし……」
「そうだね。手伝うよ!」
隣でまだ餌をやり続けている二つ年下の弟に、明鈴は笑いかけた。本当は弟は、早く城に行きたくてたまらないはずだ。いつも城から帰って来た彼から聞くのは、その姫のことばかり……。どんな悪戯をされた、とか、どんなことを言われた、とか……。
「ありがとう、姉さん!」
弟からも、嬉しそうな笑顔が返って来た。
それから一月が経って、彼はうさぎを檻から出してみた。大分人の存在には慣れたようだが、逃げ出されないように、戸を閉めてからそっと抱き上げる。
「痛っ! このっ! 暴れるなっ!」
案の定、抱き上げられたうさぎは慌ててその後ろ足で彼を何度も蹴りつけ、その腕から脱走した。しかしその後彼から逃げようとはせず、少し離れた所からこちらの様子を窺っている……。
もう一度、試してみる。
「あっ! ちくしょう!」
やはり、彼のその腕からは懸命に逃げようとする。しかし、近くに寄られる位では彼を怖がりもしなくなった。そっと、撫でてみる……。すると、うさぎは今度は逃げようとはせず大人しく彼にその体を撫でさせた。
「あーあ。景華もこの位大人しかったらかわいげがあるのにな……」
うさぎの目の色は、彼女と同じ真紅。若干彼女の瞳の方が色が淡いようだが、よく似ていた。彼に捕まえられたら暴れ出す所まで、そっくりだ……。
「いつになったら城に行けるかな……」
それは、このうさぎがいつになったら人に完全に馴れて大人しくなるのか、という意味。それまでは、彼女に会いに行けない。
「早くなつけよ」
そう言ってうさぎを撫でる少年の頭上を、初夏の風が吹き過ぎて行った。