爆弾陛下と龍神 少年
ことの発端は、温かい春の日だった。
「ねえ、本にうさぎさんって出てくるけど、本当に真っ白なの?」
四人で一緒に読んでいた本の挿絵を指差して、景華が顔を上げた。どうやら、全員からの返答を期待しているようだ。
「何だよ、そんなことも知らねえのか?」
「柳鏡、そんなこと言わないの。そうだよ、景華。この位の大きさで……」
優しい春蘭は、彼女に一生懸命その様子を説明してやる。趙雨がそれに協力して足りない部分をつけたしてやっている横で、柳鏡は溜息をついた。本当にこの姫は、城の外の世界に好奇心旺盛で、困る。何でも聞きたがるから、手に負えないのだ。
「説明するより持って来た方が早いだろ? 明日獲って来てやるよ」
「えっ、うさぎさん、連れて来てくれるの?」
真紅の瞳が、パッと明るく輝いた。その様子にドキリとするが、そんなことは決して表には出さない。
「ああ。ただし、死んでる奴だけどな。生きてるのは面倒だから……」
「ダメっ! 生きてるうさぎさんがいい! 生きてるの! お願い、柳鏡!」
困った。言ってしまった以上は仕方ないが、生きているうさぎを明日までに、というのはいくら彼でも無理だ。
「景華、無理を言ってはいけないよ。柳鏡が困るじゃないか」
趙雨が彼女の隣から優しくそう声をかける。景華が、小さなその口を今と同じように尖らせた。
「だって、生きてるうさぎさんの方がかわいいに決まってるわ。殺したりしたら可哀想だし……。柳鏡ならできると思ったのに……」
彼女は、無意識の内でだが、ずるかった。自分の願い事を誰に言えば叶えてもらえるか、小さなその頭で本能的に理解していたのだ。そんなことを言われては、面倒くさがりの彼も努力するしかない。
「わかった。じゃあ、夏まで待て。今から捕まえるとなったら、その頃がやっとなんだよ。人に馴らさないといけないし……」
真紅の瞳が上げられて、再び眩しい光を放った。
「うん、わかった! うさぎさん、楽しみだねぇー」
ニコニコと笑う彼女を見て、趙雨と春蘭はホウ、と息をついた。柳鏡のおかげで、彼らは質問攻めから逃げることができたのだ。その後、眉根を寄せて仕方なさそうに笑う。温かい日差しが、降り注いでいた。
清龍の里に一度戻った柳鏡は毎朝、山にうさぎを捕らえるために仕掛けた罠に足を運んでいた。今日で、もう三日目だ。
「あーあ、面倒くせえ……。何だって毎朝こんなに早く起きなきゃならねえんだよ……」
そう言って、三つ仕掛けた罠を近くのものから順番に見て行く。一つ目の罠は、空っぽ。そして、二つ目も……。
「仕掛け方が悪いのかな? 全然ダメじゃねえか……」
そして、少し離れた所に仕掛けた三つ目の罠を見に動いた時だった。
「おっ?」
何か白い物が、彼が仕掛けた木の檻の中で動くのが見えた。まさか……。
「……!」
いた。白くて柔らかい、あの生き物……。見た所、そんなに大きくはなさそうだ。これなら、彼女を怖がらせることもないだろう。
元々、彼はうさぎなんてどうでもいい。ただ一つ、彼女の喜ぶ顔が見たくてこんな面倒なことをしていたのだ。これを渡してやった時の彼女の顔が想像できて、少し気は早いが嬉しくなる。
「さてと、連れて帰るか」
檻ごとそのうさぎを持ち上げる。しばらくは、これに入れて飼うことになるだろう。
「母さんも、こういうの見たら喜ぶかもな」
家で毎朝、彼がどこに行くのかも聞かずに待っていてくれる母親の顔を思い浮かべる。ひとりでに、笑みがこぼれた。
「早く帰ろうっと」
うさぎを驚かさないように慎重に運びながらも、気は家へと急く。彼は、ついには走り出してしまった。