爆弾陛下と龍神 迷子
「ふぇ……。ここ、どこ……?」
気付けば、彼女は全く知らない場所まで来てしまっていた。辺りは、すでに暗くなっている。初めは城が見える範囲で遊んでいたが、花を摘んで歩く内に夢中になり過ぎて、気付けば城の裏山のかなり奥まで来てしまっていたのだ。
「帰らなきゃ……。お父様、お母様……」
ふらふらと、当てもなく歩く。夜の森は、六歳の少女には十二分に恐ろしかった。暗さで、足元もおぼつかない。
「あっ!」
ドサッ! 彼女がドジなのは、昔からのようだ。足をもつれさせて転んでしまった。左の足首が、ジンジンと痛む。どうやら、足をくじいてしまったらしい。もう、歩けない……。夜の闇は、一人で座りこんでいる彼女に迫って来る……。
「ふぇっ、怖いよう……。お父様、お母様っ……」
涙が出る。城から出てはいけない、とあれほど言われていたのに。こんな悪い子の私は、誰も迎えに来てはくれない。
「やだぁーっ! お父様! お母様!」
そして。
「柳鏡っ!」
彼女がこんな時に無意識に喚んでしまうのは、普段頼りにしている趙雨や春蘭ではなく、決まって柳鏡だった。それも、今も昔も変わっていない……。
「……!」
彼女の喚び声が、彼の耳に届いた。そのまま、駆け出す……。
「あっ、柳鏡! どこ行くの?」
後ろから春蘭が呼び止める声が聞こえたが、振り返って説明している暇はない。彼女は、泣きながら助けを求めているのだ。一刻も早く助けに行ってやらなくては。大人たちは誘拐ではないか? なんて言っているが、あの人騒がせで面倒な姫のことだ、一人で城から抜け出して迷子になっているに決まっている。
「まったく、面倒な奴……」
そう口では言ってみても、足は思いのほか正直で、全速力で駆けている状態だ。
正直、彼女から目を放したことで彼は責任を感じていた。自分が目を放さなければ、こんなことにはならなかったのだ。少なくとも、彼女を迷子にすることはなかった。その思いが、彼の足を余計に早く動かす。
「ふぅっ……! お父様、お母様……。柳鏡……」
泣き疲れた彼女が、そう彼の名を呼んだ時だった。
ガサッ、ゴソッ! 目の前の茂みが、不穏な動き方をした。喉の奥から、ひきつった音が出る……。熊や虎だったらどうしよう! その思いが、余計に彼女の恐怖心を煽る。ギュッと固く目を閉じた。
番外編も二話目、「爆弾陛下と龍神」に突入しています。
いつもお読み下さっている皆様、本当にありがとうございます。
景華や柳鏡の子供の頃の思い出話がたくさん出てきますので、どうぞお付き合いください。