爆弾陛下と龍神 追憶
やがて景華が諦めたらしく、大人しく動かなくなった。それで柳鏡もやっと彼女の頬を放した。彼女の指先が、懐かしむようにその表紙の押し花を撫でる……。
「確かこれって……」
柳鏡の視線も、白い指先に当てられた。
「ああ、確かこの前趙雨たちと話になったよな。あんたが人騒がせにも行方不明になった時に持ってた花だろ?」
「う……。人騒がせ、は余計! しかも、あの花じゃないし……」
口を尖らせて、それでもその表紙の花は優しく見つめる。しかし、あの時以外に彼女がこの花に触れる機会があっただろうか。城の庭園にある花ではないのに。
「じゃあ、いつのだよ?」
いつ彼女が他に城を抜け出す機会があったのか、と思って訊ねる。もし彼女があの後も城を抜け出していたのなら、自分の管理不行き届きだ……。
「覚えてないの? あの後、柳鏡がいっぱい持って来てくれたじゃない。私が持って来たのはしおれてひどかったから、柳鏡がくれたやつで押し花したの。あ、日記にもつけてあるかも」
二人で、そのページを探す。四つの目が、どんどん後ろに行く程幼くなっていく文字を見て行く。
「あれ、何歳の時だったかしら……?」
「あんたが六歳の時だぞ。……お、これじゃねえか?」
柳鏡が、あるページを指差した。六歳の少女が書いたにしては、美しい文字が記されている。
「あんた、字だけは綺麗なんだよな」
「少なくとも、読めない、ってことはないわね」
これは嫌がらせ。彼の絵画作品、ゲテモノ協奏曲、に対する……。
「あんた、まだあのこと根に持ってたのかよ……。読むぞ? 六歳、七月十二日。今日は、珍しく柳鏡が優しくて気持ち悪かったです。……この頃から良い根性してるな……。私が欲しがった花を、たくさん持って来てくれました。もう行方不明になるなよ、なんて言われました。余計なお世話です。……さすがあんただな……」
あはは、と笑って誤魔化す。確かに、今とほとんど変わっていない。いや、今の彼女がこの頃から一つも変わっていないという言い方の方が、正確なのだろうか。
「でも昨日も助けに来てくれたし、今日も花を持って来てくれたから、柳鏡は本当は優しいのかもしれません。……前言撤回です。散々文句を言われたのを忘れていました。……あんた、死にたいのか……? 今日はこれで終わります」
「あっ、柳鏡が助けに来てくれた時のこと、覚えてるよ!」
あまりにひどい日記の内容だったので、彼の思考を切り替えるために別のことを言う。彼女の思惑通り、彼の思考は、彼女の言葉に絡め取られた。
「あの時、暗くなっちゃって怖かったんだ。あれから暗いのが怖くなったの……」