爆弾陛下と龍神 年末
「ようし、始めよう!」
冬のある日、彼女の部屋からそう元気のいい声が聞こえてきた。そして、それに面倒そうに答える声も……。
「どうせあんたのことだから、何でもかんでも出て来る内に収拾がつかなくなるのがオチだろ?」
「うっ……」
返答に詰まってしまった。確かに、あれこれと懐かしい物が出て来る内にそちらに集中してしまって、片付けが手につかなくなってしまう、ということはしょっちゅうあった。彼は、彼女のそんな様子も全て見て来ている。
「大体、なんであんたが急に片付けなんか始めたんだよ? そんな珍しいこと始めるから、今年は城にも雪が降ったんじゃないか?」
外には、チラチラと白い雪が舞っていた。辰南の国で、城の辺りに雪が降ることは非常に珍しいことだ。冷え込み、かなり厳しい……。その言葉で寒さという物の存在を思い出して、思わず肩を抱いて身震いする。
「この部屋じゃあ他国からのお客様がいらした時に手狭だから、って言われて、別の部屋に引っ越すことになったの! ほら、文句ばっかり言ってないで柳鏡も手伝ってよ!」
景華がふくれっ面で言った言葉に、彼は仕方なく手近な書物の山に手をつけた。どれも政治に関する本や兵法書ばかり……。その中に一つ、変わった装丁の本を見つけた。どこか見覚えがある、赤い花の押し花が表紙に飾られている。
「あれ、確かこれは……」
「あぁーっ! ダメっ!」
景華が、彼の手から慌ててその本をひったくった。その様子が、何かその本がただならぬ物だということを窺わせる……。片眉を吊り上げて、彼は意地悪に笑った。
「ほう、それはもしや、隠し事か……?」
「えっ、違うよ! ほら、続きしなきゃ!」
苦笑いして誤魔化そうとする彼女に向かって、ある紙切れを突き出す。
「ほら、夫婦の約束事第十七条。ここに隠し事はしない、って書いてあるぞ。確かこれは、あんたが決めたんだったよな……?」
彼が突き出した紙切れには、細かい字でびっしりと二人の間になされた約束事が綴られていた。
あの大会から、二月が経過している。景華の結婚相手を決める大会で柳鏡は見事優勝し、二人は毎日犬も食わない喧嘩をしながら仲良く暮らしていた。
「うっ……。な、なんでそんな物持ってるのよ……?」
「こんな三十三条もあるような物、面倒くさくて覚える気もしねえよ。それなら、持って歩いた方が早いだろ? ほら、こうしてあんたに突き付けることもできる訳だし」
さっとその顔色を変えた彼女に向かって、利き手である左手を差し出す。本を渡せ、ということだ。
「お、怒らない……?」
「それは内容次第だな。何の本だよ?」
いい加減手がだるくなってきた。初めは何の気もないただの意地悪だったはずなのに、彼女があそこまで隠そうとするものだから、気になって仕方なくなってしまったのだ。
「日記帳……」
「は? あんたもそんなものつけてたんだな。大体、片付けなんかするからそんなものが出てきたんだろうが」
渋々と柳鏡の手にそれを預けてから、彼女はさっと自分の元いた場所、柳鏡の手が届かない場所まで逃げた。
「だって、部族長たちが帰郷して閣議がお休みの今でないと、片付けなんてゆっくりできないじゃない」
各部族長たちは年末年始を家族とともに過ごすために帰郷していて、そのために閣議が行えないので、暇潰しのついでに部屋を移ってしまおう、というのが彼女の考えだった。
柳鏡が、日記のページを開く。景華は誓った。できる限り、無視をしようと……。