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姫と龍神 漂着

 柳鏡は、景華を乗せたまま馬を走らせ続けていた。途中何度か短い休憩はとったものの、ほぼ不眠不休の状態である。

「ハァ……、ハァ……」

 さすがの彼でも、二日間休みなしでいるのは相当堪えていた。

「もう少しの、はずなんだが……」

 腕の中から、景華がその顔を覗き込んだ。どうやら、どこに着くのかということと、彼自身の疲労具合が気になっているらしい。

「清龍の、里だ……。あそこは……青龍の加護を受けた者でなければ、見つけられない……。あそこに入れば、まずは、安全だ……」

 そう答えてやっても、景華はまだ一抹の不安が拭えないらしく、柳鏡の方を見上げていた。

「俺は……大丈夫だ……」

 景華は気付いていた。時間が経つにつれて、自分が馬上から振り落とされないように捕まえていてくれる柳鏡の腕が、力を失っていくことに……。それでも自分のために大丈夫だと答えてくれる柳鏡を休ませるために、一刻も早く目指す清龍の里に着いて欲しかった。

 その一心で前方を見つめた、その時。

 視界が急に開けたと思うと、緑豊かな木々の合間に、多くの家が立ち並ぶ様子が見えた。中には、木の上に建てられている家もある。少し離れた場所には畑が見え、清らかな水を湛えた泉も、それを跨いでいる橋も見て取ることができた。

「着いたぞ……。清龍の、里だ……」

 柳鏡が力ない笑みを浮かべた、その時だった。

「柳鏡? ちょっと、柳鏡じゃないの!」

 そう言って干しかけの洗濯物をその場に放り出し、駆けて来る姿があった。ほんの少し年上だろうか、褐色の肌に、柳鏡と同じ真っ黒な髪の女性だ。

「ね……えさん……。あと、頼みますよ……」

 その姿を認めた柳鏡は、そう言い残すとドサリと音を立てて馬上から転落した。

「っ……!」

 助けに動きたいものの、景華は一人では馬から降りられなかった。

「いいわ、今降ろしてあげる」

 柳鏡の姉は、景華を馬から静かに降ろしてやると、柳鏡を肩に担いで、景華の方を振り返った。

「手伝って。その子を連れてくる位なら、できるわよね?」

 そう言いながら馬の方を顎で示すと、彼女は先に歩き出してしまったので、景華は恐る恐る手綱を引いた。馬は疲れ切っていたせいもあってか、大人しく彼女に従って歩いた。

「とりあえずここでいいわ」

 柳鏡の姉は、村はずれの一軒の家の前で足を止めた。その家は村の中心部には程遠く、いかにも疎外されているという雰囲気を醸し出している。

 戸を開けて中へと入っていく彼女に、景華は門前の手ごろな木に手綱をつないだ後でつき従った。

 中は、彼女が見たこともない程簡素な造りだった。寝台が一つに、衣装箱が一つ。それに小さな茶卓が一つと、隅に台所がついているだけ。ガランとしている、という言葉がしっくりとくる気がした。

 不躾だとはわかっていながらも、彼女はあまりの珍しさに辺りをきょろきょろと見回してしまう。

「ここ、こいつの家なの。随分簡素な造りでしょ?」

 気を失っている柳鏡を寝台に下ろしながら、彼の姉は景華に話かけた。初めて見た一般の家というものに戸惑い、彼女はうまく返事を返せなかった。

「そっか、見たことないのか」

 その言葉に、景華はひどく動揺した。自分の正体が、彼女にばれてしまっているということだ。いつでも逃げられるように姿勢を整えながら、景華は油断なく相手を見据えた。

「大丈夫よ、私は味方だから。それに、こいつに後は頼むって言われちゃったしね。とりあえず、そんなに警戒しなくていいよ」

 顔の横で大げさに両手を振って見せながら、柳鏡の姉は一歩、景華に近付いて来る。

「私は、龍明鈴ロンメイリン。ここにいる龍柳鏡の姉よ。あなたが景華姫?」

 先程の柳鏡の様子からも怪しむ必要がないと判断した景華は、彼女の問いにコクコクと二度頷いた。

「城から早馬が来てたわ。あなたたちを見つけたら即刻捕らえるようにって。柳鏡、本当にあなたのお父様を殺害して、あなたをさらって来たの?」

 景華は、慌ててぶんぶんと首を横に振った。一体、どこからそんな話が出てきたのだろう。

「やっぱりね、柳鏡にそんな度胸あるわけないじゃない。まあ、罪を着せるにはちょうどいい相手だったのかもね」

 少し意味ありげな言い方をしながら、明鈴は手早く柳鏡に布団をかけてやった。

「あーあ、気絶したまま寝てやんの。アホな顔ねぇ。で? 一体どういう経緯でこの清龍の里に来たの?」

 死んだように眠っている柳鏡の頬をつねってから、明鈴は景華に向き直った。

「……」

 声が出ないというのは、なんと不便なことだろうか。景華は一生懸命身振り手振りでそれまでのことを説明しようと考えたが、あまりにも複雑なことが多過ぎて不可能だった。そこで、何とか声が出なくなったことだけでも伝えようと試みる。

 喉に手を当てたりしている景華の様子を見て、明鈴は彼女が何を言いたいのかすぐに悟った。

「声、出ないの?」

 ちょうど先程と同じように、景華は首を二回、縦に振った。

「お姫様の声が出ないなんて、柳鏡から聞いたことなかったけど……。最近なったの?」

 また深い緑色の髪が二度、縦に揺れた。どうやら、この動作は強い肯定を表しているつもりらしい。

「そっか、困ったな。柳鏡が起きるまでは、事情は聞けないわね。いや、叩き起すかな?」

 今度は首を横に振ってみせる景華に、彼女は戸口に向かって歩きながら笑いかけた。

「冗談、冗談。さすがに可哀想だからね。そいつが起きたら呼んで。今日はこの辺で仕事してるから」

 景華の髪が再び縦に揺れるのを確認してから、明鈴は外に出た。

「やれやれ、ひと波乱ありそうね……」

 柳鏡が誘拐した、という話は最初から信じていなかったが、姫が護衛である柳鏡ただ一人に連れられてこの里にやって来たとなると、事態が深刻だということは嫌でもわかる。

(まぁ、どんなことになってても、私はあいつの味方だけどね……)

 小さい頃兄たちと仲が悪く、そのせいで自分の母親にも疎まれていた明鈴にいつも味方してくれたのは柳鏡だった。一緒に食事を抜かれたこともあれば、夜の森に二人だけで置き去りにされたこともある。

「姉さん、俺がついているよ!」

 その度にそう言って励ましてくれる柳鏡は、明鈴にはこの里の中で一番大切な存在だった。

(あいつは、自分の大切な人を隠すためにここに連れて来たんだから。何があっても、この里にかくまってあげないと……)

 自分でも厳しい顔つきになっていることに気付きながら、明鈴は残っていた洗濯物をあっという間に干し終えた。

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