わがまま陛下と龍神 意志
競技場には各候補たちと部族長たちが、すでに集まっていた。景華のために用意された席の隣には、月桂樹の冠が置かれている。これを、景華は優勝者の頭に被せてやることになっていた。
候補者たちに、木刀が一本ずつ配られる。皆がそれを見て一様に目を見張った。
「これより、忠の課題を行います。候補者たちは、その木刀を持って競技場の中にお入り下さい」
課題を作った者からそう説明をするように言われた景華は、言われた通りに説明をした。話が続けられる。
「それでは、今回は全員乱戦で戦っていただきます。木刀が手を離れた時点で負けです。勝敗がつくまでは、決して競技場の中から出ることのないように。木刀での決闘だなんて馬鹿らしいと思う方もいらっしゃると思いますが、真剣での勝負は危険ですし、私からの命令に忠実に従って下さい。それでは、始め!」
全員がバッと後ろ飛びに飛んで、距離を開けた。油断なく相手を見据える。
「お前に協力するぞ、柳鏡。陛下を手に入れるまで、あと一歩だろう?」
凌江が、そう言って柳鏡の背中の方に回ってくれた。彼らは、他の三人の候補に囲まれている。
「恩に着る。なんなら、今度一騎打ちで負けてやろうか?」
真正面にいる英明を油断なく見据えながら、そう軽口を叩いた。凌江は、大連と睨み合っている。紅瞬も、柳鏡の方に回って来た。
「そりゃいいや。辰南の龍神を倒せば、俺の評価も上がるかもな」
二人が、バッと逆方向に駆け出した。案の定、英明と紅瞬は柳鏡を追って来る。とりあえず適当にこの二人の相手をしておいて、凌江が大連を倒して戻った時に紅瞬を引き受けてもらえばいい。そう思った時だった。
「きゃあっ!」
彼女の、悲鳴。二人の様子を窺いながらも、そちらに視線を走らせる。
なんと、どこから入ったのかわからないが、彼女が腰掛けている席が刺客に取り囲まれている。その人数は、三人。その手には、抜き身の剣……。
(まずい! 候補に渡したりしないように、と、部族長たちは武器を没収されている! だが……)
勝敗がつくまでは、決して競技場から出ることのないように。その命令に対する、忠。もし彼女を助けに動けば、それが足りないと見なされてしまう。課題をこなせなければ、失格。それは、彼女の期待に添えないということを意味する。
(柳鏡っ!)
彼女が、喚んだ。足が、勝手に彼女の元へと動く。英明が笑うのが、目の端に映った。たとえ、優勝できなかったとしても。彼女が、他の人間のものになってしまったとしても。それでも、守りたい。
(怖い!)
久しぶりに味わった、恐怖という感覚。抜き身の銀の刀身は、彼女に今も一年前の恐怖を想起させる。足が、震える。誰も、自分を助けに動くことはできない。もちろん、彼も……。剣が、振り上げられた。恐ろしさに、ギュッと目をつぶる。
(柳鏡っ!)
無意識に喚ぶのは、いつもその名前。彼女の体が、強いものに引き寄せられる。一年前のあの夜と同じ、あの感覚……。まさか。
「ダメ、柳鏡! 戻って! 失格になっちゃう!」
見上げた先には、思った通りに深緑の瞳。彼女を抱えたまま、何とかその剣撃をかわした。
「アホっ! 優勝したって、あんたが生きてなければなんの意味もないだろうが! 考えろ!」
「柳鏡が優勝しなきゃ意味ないの! 戻って!」
大好きなその腕のその感覚を、必死で自分から引き離そうとする。そうしなければ、この腕に抱き締められることが、永遠にできなくなるから……。
「あんた、俺を喚んだだろっ? 聞こえたぞ!」
「っ……!」
反論できない。彼女は、確かに無意識のうちに彼を喚んでしまったのだ。その言葉はとても嬉しいのに、現実が辛い。




