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わがまま陛下と龍神 御意

 そして、いよいよ朝がやって来た。大会最後の種目、忠の課題が執り行われる、朝。天気が良いおかげで、温かい日となった。外に特別に設置された競技場で最後の課題が行われるということで、朝からそちらに向かっている候補者もいる。

「柳鏡、緊張してない? 大丈夫?」

 朝食をとっていた柳鏡の元に、景華がやって来た。彼女の方が、余程緊張しているように見える。

「するかよ、緊張なんて。あんたの方がよっぽどヤバそうだぞ?」

「当たり前だよー、私の一生が決まっちゃうんだから。まあ、柳鏡が失敗しなければいいだけなんだけど」

 真正面に腰掛けて、真剣な口調でそう言う。思わずその真面目な顔に吹き出してしまった。

「ちょっと、なんで笑うのよ!」

「いや、あんた口でそう言っている程緊張してないだろ?」

「な、なんでわかるの?」

 慌てたようにそう言う彼女に、笑いを噛み殺しながら説明してやる。彼が負けるだなんて全く考えていない彼女は、ぷぅっとふくれっ面になった。

「あんた、演技に集中し過ぎて顔がクソ真面目になり過ぎなんだよ。大体、試合前にこんな所に来て大丈夫なのか?」

「あ、それは大丈夫。他の候補者たちの様子も見て回って来たから。皆緊張してたよ。まあ、一人全く別の人種がいたけど……」

「あんな奴の所にまで行ったのかよ……」

 彼が不機嫌になった理由は、彼女が英明の元も訪れた、ということだった。おそらく、いつもの軽薄な口調で彼女に接したに違いない。想像しただけで、吐き気がする。

「あんた、大丈夫だったのかよ……?」

「へ? 何が?」

 柳鏡が何をそんなに不安がっているのか、景華には全く想像もつかない。心なしか頬を赤く染めて目を逸らしながら、不機嫌さを全面に押し出したような口調で彼が続けた。

「……あいつ、軽薄な口調であんたみたいな奴にまで迫りそうだったから……」

 景華の頬がまたパンパンに膨らむ。

「あんたみたいな奴にまで、って、随分失礼な言い方ね! 別に何も言われなかったよ? 今宵陛下の御元へどうのこうの、とか、望外の喜びが何とか、って言ってたけど……」

「十分迫られてるじゃねえか……」

 白い目で彼女を見つめる。彼女の鈍さは、今始まったことではないが……。

「え、そうだったの? 私、寝ぼけていらっしゃるようだから手水を持って来させます、って言って来ちゃった。……ひどいことしたかしら?」

「ぶっ……! あんた、それは最高にひどいな! 英明の奴、今までにそんなこっ酷い振られ方したことないと思うぜ?」

 嬉しそうにそう笑って、彼はその大きな手で景華の頭を撫でてくれた。髪が、乱れる……。

「だってー、わからなかったんだもん!」

 むくれて彼にそう反論する。その様子を見て、彼がその表情を一層緩めた。

「あんたが鈍いのは昔から知ってるって。被害者は俺だけかと思ったが、そうでもないようだな」

「柳鏡に迷惑かけたことなんてないよ!」

 彼が、再び冷えた視線を彼女に向けた。その両頬が、乱暴に彼の手に挟まれる。

「あんたがそれを言うのか? あんたの鈍さで俺がどれだけ苦労したと思っている?」

「知らないよ! 大体、柳鏡には鈍さで迷惑かけたことないったら!」

 彼女の頬を挟む力が、さらに強くなる。いい加減、腹が立ってきた。

「じゃあ聞くが、あんた俺の気持ちにいつ気が付いた? ガキの頃か? 清龍の里にいた時か? それとも母さんの珊瑚の首飾りを渡した時かっ?」

 景華が首を横に振る。その答えは、予測済み。

「龍神の紋章のせいで出て来た、青い鱗を見せた時じゃないのか……?」

 そう、あの時の他にあるはずがない。それまでにも気付く機会はいくらでもあったが、鈍い彼女ならあの時がやっとだろう。

 しかし、その問いにも彼女は首を振ってみせた。その向きは、横……。思わず、彼女の頬を放した。

「おい、じゃあいつだって言うんだよ?」

 苦笑いして、彼女が答える。どうやら、自分がその鈍さで彼に迷惑をかけていたということがようやく自覚できたらしい。

「えっと……柳鏡が龍神になっちゃうのを、止めに行った時……」

 固まる。それから、ようやく言葉を見つける。

「嘘だろ……?」

「いや、本当……」

 大きく溜息をつく。果てしない、脱力感……。

 長年自分の片思いだったのはわかっていた。だが、あまりにもひどい返答……。虚しさが、彼の心を吹き抜ける。

 あれだけはっきりと口にしなければわかってもらえない程、自分の愛情表現は間違ったものだったのだろうか? ……否。できるだけ彼女に対する感情は表面に出さないようにしていた彼だが、最近思い返してみれば、先程述べた数々の出来事のように、隠し切れていない部分の方が圧倒的に多いのだ。

「いや、あんたに少しでも期待した俺が馬鹿だったんだ……。そうだ、あんたの鈍さをここまで痛感しておきながら、あんたに期待した俺が……」

「あ、えっと……ごめんね? 柳鏡……」

 苦笑したまま彼女がその手を胸の前で合わせた。もはや、笑うしかない。

「あんたなぁ……。いや、もういい。これ以上言ったらきりがない。あんたの鈍さにはとっくに諦めがついていたんだ。ただほんの少し、見極めが甘かっただけだ……」

「何よーっ! さっきから聞いていれば人のことを鈍い、鈍いって! 随分な言い草じゃない! そういう柳鏡だって、私の気持ちなんて気付きもしてくれなかったじゃない!」

 ばつが悪くなって、彼女はついに怒り出した。これは、得意の八つ当たりに近い。その言葉に、柳鏡が苦笑する。

「清龍の里。具体的にいつからっていうのはわからねえけど、亀水の里に行く前後位から。違うか?」

「う……合ってる……」

 完敗。いや、初めから彼には敵うはずもなかったのだ。こんな自分を、ずっと見つめ続けていてくれたのだから……。

 黙り込むその様子を見て、柳鏡がまた苦笑をもらす。

「まぁ、今更気にするな。……そろそろ行くか。時間だろ?」

「うん……」

 立ち上がって戸口に向かって歩く彼の背を見つめる。大きくて広くて、温かい背中。それが。

「好き……」

 小さく呟いた彼女に、彼が振り返った。

「何だよ急に? 気持ちわりぃ……」

 聞かれてしまったことに対する照れ隠しに、その背中を思い切り叩く。

「何するんだよ、乱暴だな! あんた、そういうところ姉さんに似てきたぞ!」

「いいの! だって、明鈴さんは今日から私のお姉ちゃんなんだもの! 絶対優勝しなさいよ!」

 彼が、笑った。優しい、心地良い微笑み……。

「……わがまま陛下の仰せの通りに」

 秋晴れの空が、その誓いを見守っていた。

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