わがまま陛下と龍神 打撃
次の日には、四番目の課題である芸の課題が出された。馬術での競技は柳鏡も得意としていたので、彼は意気揚々と厩舎に向かった。
「行くぞ、颯!」
そう言って、二人には非常に思い出深いあの馬を厩舎から連れて出る。そして、確認のためにその背にまたがった。颯は、脚力もバランスも最高の馬だ。健康状態も申し分ない。
「颯で出るの? 柳鏡」
景華が寄って来て、その胴を撫でてやる。
「ああ。馬としての能力も高いし、俺と一番相性がいいからな」
「ふうん……」
何となく面白くなくて、短くそう答えた。その様子を見て、柳鏡が苦笑する。
「何だよ、妬いてるのか?」
意地悪く微笑んで、片眉を吊り上げて彼女にそう問う。不機嫌そうに口を尖らせるその様子が、とてもかわいらしい。馬にまで焼き餅を焼くところが、なおさら……。
「そうだよっ!」
あっさりと返って来た肯定の言葉に、彼は正直言って驚いた。妬いてないよ! という答えを、期待していたのに……。
「だって」
彼女の言葉が続くようなので、耳を傾ける。どうやら、その理由を教えてくれるらしい。
「颯と一番仲良しなのは、私だもの!」
ガクン、と彼の上体が揺らいだ。力が抜けるが、なんとか颯の背の上から落ちないように踏みとどまる。そうか、そうだったのか……。
「そっちかよ……」
試合開始前に、まさかの大打撃。これが、試合に影響しなければ良いが……。
颯の背から一度降り、何となくやるせない思いで出発地点に向かおうとする。
「柳鏡!」
人の期待を無邪気に踏みにじった彼女が、呼ぶ。いや、元々彼女にそんな期待をかけた自分が良くなかったのだろう。いかにもけだるい、というように振り返る。左腕に彼女の体重がかけられて、彼の体がそちらに傾いた。
左頬に、何かが触れる。ふっくらと柔らかい、何か……。それが何だったのか一瞬後に理解した彼は、真っ赤になってその頬に自分の手を重ねた。
「おい、あんた! 人に見られたらどうする気だよっ?」
「大丈夫だよー、皆もう出発地点にいるもの。頑張ってね!」
そう言って彼に背中を向けて、弾む足取りで戻って行く。先程以上の、大打撃……。頬が熱い。危なく、本気で再起不能になるところだった。
気を取り直して出発地点に向かい、颯に乗る。
「おい、お前顔が赤いぞ? 風邪でも引いたか?」
凌江が横から問いかけて来た。鼓動が、治まらない。
「ああ、大打撃だった。そしてその後に出た特効薬が効き過ぎなんだよ……」
凌江が肩をすくめる。先程のやりとりを見ていなかった彼には、話の内容がわかるはずもない。もっとも景華にそう言っても、何が? と、目を丸くされてしまうだろうが……。
異国恋歌~龍神の華~改訂版、第八十五話をお読み下さってありがとうございます。
外伝「わがまま陛下と龍神」はもう少しでお終いです。ぜひ最後までお付き合い下さいませ。
よろしければ、その後の外伝の方もよろしくお願いいたします。