わがまま陛下と龍神 魔法
真っ暗な室内で、柳鏡は軽く溜息をついた。自分に寄りかかったまま気持ちよさそうに寝息を立てている彼女を見て、苦笑する。もうすぐ、明鈴が指定した虎の刻だ。仕方なく、彼女の頭をそっと支えて寝台に寝かせようとする。だが。
「……もう時間?」
枕に頭がつくか否かというところで、彼女が目を覚ましてしまった。寝ぼけた顔で、目を擦りながら起き上がる。どうやら、目の腫れは引いたようだ。
「起こしちまったな、悪ぃ……。もうすぐ姉さんが戻って来るんだ」
大会が終わるのは、各種目を一日おきに行うから、八日後。景華は、ふとそんなことを考えていた。そして。
「ねえ、柳鏡?」
「何だよ?」
面倒そうな、かと言って決して嫌そうではない返事が返って来る。大剣を背負うその背中に笑いかけながら、言う。
「九日後の朝は、一緒にうんと朝寝坊しようね!」
何も答えないのは、承諾の証拠。その合図に微笑みながら、彼の大きな背中を見送る。彼は、そのまま出て行ってしまった。
廊下に出てから、軽く左腕を振る。彼女が寄りかかっていたので随分と痺れてはいたが、嫌な感じはしなかった。蘇るのは、柔らかい重さの記憶……。
「九日後の朝は、か……」
先程彼女が言った言葉を、繰り返す。
「勝手に約束増やすんじゃねえよ。面倒な奴……」
しかも、わがままだ。小さく笑みがこぼれる。
彼女のわがままを聞いてやれるということは、彼にとっては何よりも嬉しいことだった。一度は諦めた、彼の願い。それは、彼女のわがままを一生、一番そばで聞き続けてやるというもの……。彼の未練。昇龍を妨げた、一番の理由だ。
ふと、月を見上げる。
「今頃、青龍は悔しがっているかもしれないな……」
短い生涯を、なぜ選ぶ……? あの言葉が、蘇る。青龍は、自分が後悔をすると思っていたに違いない。だが。
「生憎だったな。俺、今が一番幸せだ……」
空を見上げて、かの神にそう声をかける。彼の言葉を受けて、月が輝いた。
次に行われた武の課題は、全員で総当たり戦を行ってその中で優劣をつけるというものだった。もちろん、一位は柳鏡だった。他の候補者たちもかなり腕の立つ者揃いだったが、辰南の龍神には敵うはずもなかったのだ。
「くっそー! やっぱりお前は強いな!」
尻もちをついた状態で大剣を胸に突き付けられた凌江は、本当に悔しそうにそう言った。
「当たり前だ。そんなに弱い奴に陛下の護衛が務まる訳がない」
「わがまま陛下の、か?」
柳鏡が手を貸して、凌江を助け起こす。この前の柳鏡と英明の会話を思い出して、凌江は彼にそう言った。
「その上、ドジで、無茶苦茶で、無鉄砲で……だっけ?」
続きを思い返して、彼に問う。景華が白い目でこちらを見ているのを知っていて、柳鏡は彼に答えた。悪意に満ちた、爽やかな笑顔で……。
「ああ。しかもの八つ当たりの常習犯で、じゃじゃ馬で、泣き虫で。その上、泣き顔とふくれっ面は世界一不細工ときている」
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……! 背後から、怒りで迸る闘気を感じる。背中に彼女の視線が刺さっているのが、感覚でわかる。だが柳鏡は、とびっきりの魔法を使った。
「だから、目が離せねえんだよ」
なんと単純なのだろう、彼がそう言った途端に、背後の不穏な空気が一瞬でピタリと治まってしまった。その様子を見て、凌江が苦笑する。
「確かに、お前でなければ務まらないな……」
武の課題は、二位が英明、三位が凌江、四位が紅瞬、五位が大連となり、総合得点では柳鏡は六点で、凌江と並んで二位に躍り出た。一位の英明とは、まだ三点差がある。