わがまま陛下と龍神 波乱
三日後、最初の文の課題が執り行われた。これは非常に単純な課題で、史学、語学、数学の三つの科目の試験が代表者たちに課されるというものだ。皆一室に集められて、答案用紙の上にさらさらと筆を走らせる。それを文官たちが採点した。
「どうだった?」
景華が、文官たちが採点を行っている部屋を訪ねた。全員が礼をしてから、責任者である文官長が答える。
「たった今、採点が終了いたしました。結果も出ております。一位は、虎神族の英明様でした」
景華は、これは仕方ない、と思った。彼が苦手とする語学が含まれていたし、他にも種目があるので全てで一位を取らなくても良い、と……。
「二位が砂嵐族の大連様、次に亀水族の凌江様、緋雀族の紅瞬様と続き……」
「えっ、柳鏡は?」
いくら語学が苦手でも、彼の知識ならば他の部分で十二分に挽回が可能なはずだ。その彼の名前が、ない。
「あの……清龍族の柳鏡様の回答用紙がこれなのですが……」
文官長は、ひどく困った様子で景華にそれを差し出した。それを受け取った景華の手が、わなわなと震える……。
ブチンッ! 何か、不穏な音がした。そして、彼女は勢いよくその部屋を後にした。廊下を、その足で踏み鳴らして……。
バターンッ! 先程から廊下がやけに騒がしいな、と彼は思っていた。なにやら、ドシドシとその床を踏み鳴らす音が……。しかし、まさか自分の部屋の戸がそんなに勢い良く開けられるとは思ってもいなかったので、驚いて飛び上がった。
「……柳ー鏡ぉーっ!」
そして現われた人物にも驚かされたが、そのものすごい剣幕にはもっと驚かされた。怒りが、その全身から滲み出ている。大剣の手入れをしていた柳鏡は、その瞬間に思った。間違いなく殺される、と……。武器を持っているのは、自分の方だったにも関わらず。
「な、何だよ、いきなりっ……!」
何とか平静を装って、そう声をかける。対する彼女は、息を切らせて肩を上下させていた。自分が何をやったのかは全くもってわからないが、相当頭に来ているらしい……。
「馬鹿っ! 柳鏡の馬鹿っ! 馬鹿、馬鹿、馬鹿っ!」
現われて早々に喧嘩を売るとは良い根性だな、と思いながらも、これ以上彼女を怒らせれば本気で八つ裂きにされかねないので、黙っている。
「何でっ、何で、何で、何でっ!」
そう言って彼の方へツカツカと歩き、詰め寄る。そして。
「何でこんなに、字が汚いのよーっ!」
彼の目の前に、手に持っていた答案を突き付ける。それを見て一目で自分の答案だと理解した柳鏡が、訊ねた。
「やっぱり……汚いか……?」
「当たり前でしょーっ! こんな、こんなっ……!」
彼の答案用紙は、敢えて題をつけるなら、ゲテモノ協奏曲。そこには、何匹ものおたまじゃくしやミミズが元気良く泳いだり地を這う姿が、かなり芸術的に描かれていた。……文字には、見えない……。
「仕方ねえだろ。俺、ガキの頃から字書くのが苦手なんだから」
確かに、彼はいつも筆を持てば顔や手を汚す方が専門だった。だが……。
「読めないから……採点できない、って……。柳鏡、最初の課題は一点だよ……」
景華が俯いた。肩が、先程とは違う震え方をしている。その様子に柳鏡は困ったが、どうしようもないというのも事実だ。
「済んだ物は仕方ねえだろ。苦手なことだったし、他の課題で挽回すれば……」
バンッ! 景華の拳が、激しく机を打ちつけた。
「苦手、苦手って……。さっきからそればっかり……。そんな風じゃあ、優勝、できないよ……?」
「そんなこと言ったって、こればっかりは仕方ないだろうが」
パァンッ! 今度は、景華の平手が柳鏡の頬を強く打った。
「そんなこと言わないでよっ! 苦手でも嫌いでも、私のために頑張りなさいよ、馬鹿っ! 大っ嫌い!」
言うだけ言うと、彼女は行ってしまった。思い切り平手で打たれた頬よりも、心が痛い。久しぶりに見た、彼女の泣き顔……。
開けっ放しの戸口から、冷たい風が吹き込んだ。