わがまま陛下と龍神 喧嘩
「……あんた、どういうつもりだ?」
その口調がとても静かなことから、彼が本気で、しかも相当怒っていることが窺える。それも当然だ、今回のこの計画は、彼女の独断で行った物だった。彼に、一言も相談せずに……。
「柳鏡、絶対勝ってね!」
敢えて全く関係のないことを言って誤魔化そうとする……が。
「ふざけるなっ! どうして俺が、あんたを賭け事の対象として、賞品として獲得しなければならないっ? 俺にあんたを物扱いしろって言うのかっ? それにあんたっ、自覚はあるのかっ?」
「何のよっ?」
対する景華も、声を荒げた。外には誰もいない。彼らの会話を聞いているのは、彼ら自身と、この部屋の調度品たちだけ……。
「……どうやら……俺の思い上がりだったみたいだな……」
柳鏡が唇を噛んで、俯いた。その拳が強く握られて、指先が手のひらが白くなるほど食い込む。
「あの時……たとえ非公式にだったとしても、俺はあんたを手に入れたと思っていた……。どうやら、俺の思い違いだったみたいだな……」
「違うよっ!」
景華が力一杯その言葉を否定した。腕を上下に振る、お決まりの仕草。
「私、あの時にずっと、一生柳鏡だけって誓ったもの! ただ、柳鏡言ったじゃない。人に認められて、正式に結婚した訳じゃないって。だから、ずっと一緒にいる訳にはいかないって……。それじゃあ嫌だから、皆に認めて欲しくて、一緒にいて欲しくてこうしたの!」
「そんなこと、他にも方法がいくらでもあっただろうっ? 俺を戦地にやって武勲をあげさせて、それを理由にする、とかっ……! 何でこんな方法……!」
「それじゃあ時間がかかり過ぎるもの! 現在一緒にいられないじゃない!」
普段のふざけた喧嘩とは違う、本当に本気での口論。それでも、彼にわかって欲しい。自分が、なぜこんな方法を選んだのかを……。
そして、深緑の瞳が見返して来る。ほんの少しだが、その面積が大きくなった。おそらく彼は自分の意図を理解し、納得してくれたのだろう。面倒事が嫌いな彼には、気に食わないかもしれないが……。
「絶対優勝してよ! 負けたりしたら、一生呪ってやるから!」
軽く溜息をついた柳鏡の左手が、景華の右手を取った。その甲に、彼の唇が押しつけられる。それは忠誠の印であり、彼女の言葉通りに優勝してみせるという、誓い……。
彼は、彼女の絶対命令を受けた。
「約束、してくれる?」
真紅の瞳に涙をうっすらと浮かべた彼女が、そう問いかける。
「ああ。まったく、相変わらずわがままで、面倒なことを言いやがる……」
溜息をついてだるそうにするが、彼は決して嫌そうな顔はしていない。彼女の絶対的な信頼が、何よりも嬉しかった。
「負けたりしたら、呪うついでに死んでやるっ……」
景華が、頭一つ半近く背が高い彼の目を軽く睨んで、そう言う。最高の脅し、のつもりだった。
「ああ、一層その方が楽かもしれないな。このままいって本当にあんたなんかと結婚しちまったら、一生わがまま陛下の面倒を見る羽目になっちまうし……」
「何よ、柳鏡の馬鹿っ! 大っ嫌い!」
赤くなって怒るその姿は女王のそれではなく、年相応の、十七歳の少女の姿だった。
「はいはい、知ってるから」
そう言って彼女を宥めるような仕草をしてから、柳鏡は椅子に立掛けたままだった大剣を背負って出て行った。