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わがまま陛下と龍神 夜明

 景華ひかりのはな……。彼女の名には、そんな意味があると言う。

 その冷たい体を、温めてやりたいと思った。自分のために涙を流してくれる、その心を。必死になって自分に縋りつく細い腕を、震える小さな肩を、叶うものなら一生守ってやりたい、と……。そして。

 初めて会った時から自分を真っ直ぐに見つめ返してくれる真紅の瞳を、手に入れたいと願ってしまった。たとえそれが自分と彼女の両方を滅びに導いたとしても、後悔は、なかった。


(あれ? 何か変……)

 目を覚ました景華が感じた物は、朝に特有の空気の冷たさと、温かい腕、規則正しい息の音……。そっと目を開ける。

 最初に目に映ったのは黒いくせ毛、次に包帯を巻かれた腕と体。空は白んで来ているが、まだ日は射していない。

(あ、そうか、柳鏡……)

 寝ぼけた頭で、ようやく状況を飲み込む。昨夜、彼を連れ戻してからの記憶……。

(柳鏡の腕、痺れてないかな……?)

 自分が頭をもたれさせているその腕は、包帯が一部の隙もなく巻かれている。呪いの青い鱗を、隠すために。

(……あれ……?)

 景華は、ふとあることに気が付いた。昨夜と違って、彼の腕が温かくて、柔らかい。そっと起き上がって衣装を軽く整え直し、早く確かめたい、という一心で、彼を揺り起こす。

「柳鏡……? ねえ、柳鏡?」

「何だよ、うるせえな……」

 寝起きが悪いのは、いつものこと。それでも、彼女が起こせば彼は必ず起きる。

「ねえ、柳鏡。腕っ……」

「あぁ?」

 そう言って仕方なさそうに起き上がる。そして。

「ちっ、痺れてひでえな……。あんた、頭悪いくせに重過ぎるんだよっ……」

 思ってもいないような悪態をつく。そこで、彼の表情が変わった。

「んっ……?」

 彼も異変に気付いたらしく、右手で肩の結び目を解こうとする。あまりうまくいかないので、景華がその結び目を解いてやった。逸る気持ちとは裏腹に、ゆっくりと包帯が解かれていく。そして。

「龍の鱗が……消えている……。紋章も……薄くなってっ……!」

 柳鏡が目を見張り、驚きの声を上げる。景華もそれを見てニッコリと微笑み、何度も頷いた。真紅の瞳には、涙がいっぱいいっぱいに湛えられている。

 長い間彼を苦しめ続けていた呪いの証、龍神の紋章から、彼は今、やっと解き放たれたのだ。

紋章これの伝説に一つ、書き加えねえとな」

 柳鏡のその言葉に、景華は首を傾げた。一体何を? とその瞳が問っている。

「龍神の呪い・・から救ってくれるのは、破滅をもたらすはずの龍神の華だ、ってことだよ。俺も……これで、人になれた……」

 抱き寄せられる。景華を抱きしめてくれるその腕は、二本とも温かい。それが、何よりも嬉しかった。

 彼がこだわり続けた、人として存在すること。それが、叶ったのだ……。

「でも、待てよ。紋章これのおかげで強かったんだとしたら、前より弱くなっちまったかもしれねえな……」

 景華が彼のその言葉に元気に答えた。

「その時は、私が柳鏡を守ってあげる! 任せて!」

 たまらなく不安げな顔を彼女に見せてから、その額を指でピンッと弾く。

「痛っ!」

「あんたに助けられる位なら、死んだ方がマシだ。……そろそろ時間だな……」

 そう言って、足元に脱ぎ捨てたままだった上着たちを拾い上げる。こんなものもういらねえな、と言って彼は乱暴に、だが、嬉しそうに包帯を捨てた。そして最後に、枕元に立掛けたままだった大剣を背負う。

「どこか行くの?」

 きょとん、として問いかける景華に、柳鏡は苦笑して答えた。

「あのなぁ、俺のいるべき場所は本来、この部屋の外なんだよ……」

「うん、そうだね。それで?」

 鈍い彼女にできるだけ状況を理解させようと、言葉を選びながら続ける。

「つまり、俺があんたの部屋の中にいることは、他の人間に見つかる訳にはいかねえんだ」

「どうして?」

 この姫、いや、この女王はどこまで鈍いのだろう、と思いながら、答えてやる。目を逸らして、長い指を黒いくせ毛に掻き込んで……。

「……まだ……人に認められて、正式に結婚した訳じゃないからな……」

 それで、わかった。景華は一度目を見開いて、それからしゅん、として俯いた。

「そうだね……」

 大きな手が、彼女の頭をクシャクシャっと撫でた。その仕草は、昨日までに比べると、遥かに優しい。

「そんな顔するなよ、不細工だな。いや、アホな顔って言った方がいいか?」

「失礼ねーっ! 人が真剣に考え事してるのに! 大体っ……!」

 彼はずるい。その瞬間、彼女がとっさに思ったのがそれだった。彼女の額に一瞬、その唇で触れると、彼は体をくるりと反転させて出て行ってしまったのだ。それで、彼女が何も言えなくなってしまうのを知っているから。

(ずるい……)

 そして。

(好き……)

 景華は、寝台の上で膝を抱えた。そのまま、真剣な顔で足元を見つめる。まだ温もりが残っている、寝具たち……。

(人に認めてもらうって、どうすればいいんだろう? 私は一度趙雨のことがあったから、信用されていないだろうし……。ただ柳鏡と結婚したいって言っただけじゃあ、やんわりと否定されちゃうよね……)

 その時、突拍子もない考えが景華の頭に浮かんだ。これならば、彼を皆に認めさせることができる。時期を見て、大臣たちに話してみよう。

 いつの間にか、部屋には朝日が差し込み始めていた。

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