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わがまま陛下と龍神 相愛

 その場に顕現した青龍が身に纏っていたのは、その場にいるだけで相手を圧倒するほどの、強い霊気……。

「私を呼んだのはお前か? 龍神の紋章、栄光への権利を与えられた者よ」

 柳鏡が景華からすっと離れて、その前に跪く。景華は、茫然とその場に立ち尽くした。彼が、自分から離れて行く……。

「はい。私があなたを召喚いたしました……」

 冷たい言葉が、景華の耳に遠く響く。膝から力が抜けて、ガクン、とその場に座り込む。彼は、本当に行ってしまうのだろうか? 彼女を、一人にして……。

「お前は試練を乗り越え、昇龍の資格を得た。この世に、何も未練はないな……?」

「…………はい」

 かなり迷ってから、それでもそう答える。彼の未練は、たとえこの世に残ったとしても、永遠にそれが叶えられることはない。彼女とは、結ばれないように運命付けられているのだから。左腕の紋章から、淡い光が発せられる。彼の腕と同じ、青銀の色……。

「柳鏡! 行かないでよ! ダメっ!」

 青龍の霊気でその場に足が縫い止められてしまっているのだろう、彼女は駆け寄ろうとはせず、その場所から彼を見つめた。最後に想いを告げること位、許されるだろうか……?

「……泣くなよ。俺、あんたの笑った顔が好きだった。ガキの頃からずっと、自分でもアホかと思う位、あんたに夢中だった……」

 淡い光が、彼の体を包み出す。彼女が激しく首を横に振った。聞きたくない、ということだ。それでも、伝えたい……。

「あんたが、ずっと好きだった……」

 景華が顔を上げた。今更聞く、彼の本音……。でも、それなら。

「それなら一緒にいてっ! 一人にしないでっ! 私っ……!」

 理由も、話しておこうか。この速度でなら、まだ龍神になれるまではかなり時間がかかりそうだ。そばにいられない、理由も。

「龍神の華、の話は、覚えているか?」

 泣きじゃくる彼女が、辛うじて頷く。それに安心して、続きを話す。

「それ、あんたのことだそうだ。あんたみたいな、真紅のあかい目をしている奴。俺たちは、互いに害し合う存在らしい。あんたが生きれば俺が死に、俺が生きればあんたが死ぬ……」

 言葉を切る。何も聞きたくない、と彼女が首を振る。現実は残酷だが、自分の心に偽りがなかったことを証明するために、話さねば。

「だから、俺はあんたを離れる。あんたが大事だから離れるんだ、誤解するなよ……」

「……でもいい……」

「は……?」

 泣きじゃくる彼女の声は、かなり聞き取り辛い。必死で、彼女の声を拾おうとする。

「それでもいい! 一緒にいてくれるなら、何でもいい! 私が大事なら、戻って!」

 めちゃくちゃな論理。いかにもわがままな彼女らしいが、困る。

「そんなこと位で柳鏡を諦められる程、聞き分けが良い子じゃないわ、私! だって、わがままだもの!」

 その言葉に、笑みがこぼれる。そして、心が揺さぶられる……。

「それに柳鏡がいなくなったら私、今すぐ死んじゃう! 柳鏡がいないなら、生きてる意味もないもの!」

 本当に、彼女は無茶苦茶だ。自分がいなくても彼女は国王として生きなければならないのに、平気でそんなことを言う。

 涙で顔をクシャクシャにして、小さな肩をこれ以上はないという程大きく震わせて……。それでも彼女は懸命に、怒鳴る。

「戻って! ……戻りなさい、柳鏡! 好きなら私を置いて行くなっ!」

 深緑の瞳が、見開かれる。青銀の光に預けられていた彼の体が、心が動いた。そのまま、彼女の体を包み込む。強い腕、近い吐息……。

「あんた、どこまでわがままなんだよ……?」

 彼の顔を見上げる。深緑の瞳が、近い。寒さと霊気で白くなる吐息が、かかる。

「柳鏡が一緒にいてくれるなら、どこまででもわがままになる!」

 苦しい位の、抱擁。乱暴で、力加減なんて全くされていない。それが、嬉しい……。

 彼が纏っていた青銀の光が、左腕の紋章の中に治まって行く。

「それがお前の答えか、柳鏡? 龍神の紋章を持つ者よ……」

 青龍が、重く言葉を発する。彼女とともに滅びを選ぶのか、という意味の問いかけ……。

「はい。永遠の命も、巨万の富も……」

 柳鏡が、顔を上げる。その腕に、最愛の華を抱き締めたまま……。

「彼女と過ごす一瞬に比べれば、何の価値もない」

 青龍が、一度咆哮と思しきものを上げた。それから、次の言葉を紡ぐ。

「愚かなり、人の子……。短い生涯を、なぜ選ぶ?」

 確信に満ちた声で、柳鏡が告げる。

「それが……人、だからです」

 青龍が黙り込んだ。どうやら、彼の完敗のようだ。その体を大きくくねらせて、体勢を変える。

「それがお前の結論ならば、それも良い。龍神の華と龍神が結ばれたことは、未だ嘗てない。もしかすると、二つにはまだ知られていない別の関係があるやもしれぬな……」

 そしてその青く透き通った瞳で、景華を見つめる。身をすくませた彼女を、柳鏡が庇う。その様子が、青龍には腹立たしい。

「またしても龍神の華は、紋章を持つ者の昇龍を妨げるのか……」

 そう言い残して、空へと昇る。その姿は月明かりに紛れて、消えた。柳鏡が、おかしそうに笑い声を上げる。

「神様でも捨て台詞って吐くものなんだな……」

 冷たい左手が、景華の頬を包む。そして彼女の額に自分の額をコツンとぶつけて、彼が止まった。

「さあ、困った。俺は、まだあんたの返事を聞いていないんだが……」

 いつもと変わらない、景華に意地悪をする時に独特の口調。景華の頬が、見る間に赤くなった。

「な、そんなことっ、今更……」

「ほぅ、俺には今更・・あんなことを言わせておいて、自分は逃げるのか。大した根性だな……」

 意地の悪い、唇を吊り上げる笑い方。勝手に言ってくれたくせに、と景華は心の中で反論する。

「さて、困ったな。あんたの返事を聞かないと、続きができないんだが……。このままここにいるのも良くないよな、女王陛下? あんた、どうせ無断で城を抜け出して来たんだろう?」

「う……」

 景華が返答に詰まる。顔が近い。息がかかる……。もう、この際だ。

「残念でした! 柳鏡なんか、大っ嫌い!」

 そう言って舌を出して見せる。その両頬が、つねられた。そのまま、両方に持ってかれる。

「どの口がそんなこと言うんだ? この口か? 引っ張ったら素直になるか?」

「ふぁふぁふぁひ!」

 ならない! と抗議の声を上げる。つねられた両頬は、ようやく放してもらえた。自分の手で、それを包む。

「暴力反対ー!」

「アホ、今のはかわいがってやっている、って言うんだ。人聞き悪いな」

 むぅっとむくれて見せる。彼が、優しく笑う。それだけで、景華の膨らんだ頬は元通りになってしまう。

「帰るか。あんたが乗って来たの、颯だろ? 俺の馬は逃がしたから、二人乗りだな」

「やだー! 柳鏡みたいな変態とは二人乗りできないー!」

 彼の優しい笑顔が、とげのあるものに変わった。まずい、と思った時にはもう後の祭り……。

「じゃあ、あんたはここにいろ。俺だけ帰るから。じゃあな」

「あっ、待ってよ! 嘘だよ、嘘!」

 颯に向かって歩いて行く彼の後ろを、慌ててついて行く。この半歩の距離は、永遠……。

 景華を馬上に押し上げてから、彼がその後ろに乗った。一年前と同じように、彼の右腕に抱き締められる。

 颯が、走り始めた。秋の夜は長い。彼女なら、そんなに遅くならずに城に連れて帰ってくれることだろう。

「柳鏡、さっきのあれ、嘘だよ」

「どれだよ? あんたの言ったこといちいち覚えていたら、俺、洗脳されるだろうが」

 面倒そうに彼が答えた。本当は、もう洗脳されているくせに……。

「柳鏡、大好き!」

 これまで彼女にかけられた言葉の中で、一番素直で、一番嬉しい言葉……。

「……知ってる」

 龍神は、ついに華を手にした。

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