表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/144

わがまま陛下と龍神 我儘

 秋の空気は、冷たい。ましてや夜の空気は、なおさら……。彼の心を温めてくれる少女ひとは、もういない。最後に、眠っている彼女に別れを告げて来た。約束通り、何も言わずに……。

「自分で言ったくせに、怒るだろうな。あのわがまま姫は……」

 泉が見えた。彼が龍神の紋章を解放してから、飛翔するならここで、と密かに決めてあった場所。一年前に、彼女に水を飲ませようとして拒絶された、あの場所……。彼を最後に見送ってくれるのは、ほろ苦い思い出の方が良い。その方が、決心が鈍るようなことがないだろうから。

 乗って来た馬から降りて、彼を離してやる。彼は、勝手に走って行った。

「さてと、青龍の召喚とやらを行うか……」

 そう言って、左腕を捲る。それから、その腕に巻かれた包帯を解いた。くっきりと刻まれた青い紋章と、青銀の鱗……。自分の腕だとしても、見る度に悪寒が走る。彼女は、そんな腕の自分でも受け入れてくれた。深緑の髪が、意識の隅にちらつく。ダメなんだ。彼女は、俺のものにはできない……。

「確か、紋章に触れて呪文を唱える、だったか? 随分とお手軽だな……。本当にそれで大丈夫なのかよ?」

 彼の悪態に反応を示してくれる者は、一人もいない。彼女なら、ほら、文句言わないの! と言ってくれただろう。真紅の瞳が思い出されて、胸が苦しい。人でなくなろうとしているこの瞬間にも、思い返すのは、考えるのは彼女のことばかり……。

「洗脳されてるみてえだな……。馬鹿だな、俺……」

 自分から、彼女を離れたくせに。望んだ訳ではないが、それが彼女の幸福のためなのだ。自分の存在は、彼女の存在を害するように運命付けられている。そして、その逆も……。それならば、最も傷つけたくない存在を護るために、その手を離す他ないのだ。

 暗い思考を振り切って、彼は息を吸い込んだ。青龍の力で龍神になれば、もう、苦しむこともないだろう。

「我、龍神の紋章を持つ者なり。ここに東方の守護神、青龍を召喚す……」

 辺り一面が、青白い光に包まれた。真昼の太陽よりも眩しく思える程の、輝き。もしも彼女が城からこれを見れば、気付くだろう。いや、もしかしたら自分の不在で気が付くかもしれない……。そして、帰らない自分をいつまでも待ち続けてくれるのだろう。約束通り、何も言わずに離れたのだから……。

「柳鏡!」

 城に残して来た、愛おしい声。その時になって、気が付く。あぁ、自分は。最後に彼女が自分を呼ぶ幻聴が聞こえる程、本当に強く、彼女を想っていたのだと……。

「柳鏡!」

 ハッとする。背中から、細い腕が回される……。まさか、そんなはずはない。彼女が自分を追いかけて来るなんて、そんなこと……。肩越しに、後ろを振り返る。

「っ……!」

 最初に目に入ったのは、深緑の髪。その柔らかさは、彼の凍えた心に温かい。そして次に目に入ったのは、龍神の華の、真紅の瞳。そして。

「やだ! 龍神なんかになっちゃダメ!」

 相変わらずの、わがまま……。今度は、体ごと振り返る。彼女の細い腕は一度解かれたが、今度は彼の正面から、再び折れそうな腕がその体に回される。非力な彼女が、精一杯の力を込めて。

「あんた、どうして来たんだよっ? 何も言うなって言ったの、あんただろっ?」

 必死で彼女を振り払おうとする。決心が、鈍ってしまうから。それでも、彼女は離れようとしない。

「前言撤回! 何があっても、一緒にいてくれなくちゃダメ!」

 小さな肩が、震える……。彼女は、最後の最後に約束を破った。

「一人ぼっちに、しないでよぉ……。柳鏡がいてくれないと、ひとりぼっち……」

 この一年間で、彼女は多くのものを失った。残っていたのは、彼だけ……。

 眩しい光が収まって、青い長大な龍がその姿を泉の上に現した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ