わがまま陛下と龍神 追跡
夜中、柳鏡はふと空を見上げた。一年前と同じように、彼は景華の部屋の戸口を守っていた。そして、その部屋の戸口を静かにくぐる。
彼女は、安らかな寝息を立てていた。見慣れた、寝顔……。そしてその髪に、そっと触れた。深緑の柔らかい髪は、彼の冷えた指先に心地良い。そっと屈みこんだ柳鏡の唇が、彼女の額に触れた。そして。
「……」
もう一度ゆっくりと彼女の顔を眺めて、彼は踵を返した。決して、彼女の方を振り返ろうとはしない。
渡り廊下に出た彼の頬に、一筋の光が流れた。
景華はふと目を覚ました。暗闇に慣れられるように、彼女は明かりをつけて眠る習慣を改善しようとしていた。それでも、やはり暗闇は恐ろしい。何者かが、息を潜めて彼女を狙っているかのような錯覚に囚われる。
「柳鏡……?」
廊下にいてくれるはずの、彼の名を呼ぶ。返答は、ない。近くにいてくれるはずなのだから、今の声の大きさでも十分に聞こえるはずだ。もしかしたら、疲れて眠っているのかもしれない。嫌な予感がする。ヒヤリとした床に、足をつける。そして、渡り廊下に続く戸を開けた。
「柳鏡……?」
もう一度彼の名を呼んでみるが、やはり、返答はない。
「柳鏡っ……!」
廊下を見渡す。奥底でひどく動揺しながら、自分の心を落ち着かせてくれるその姿を探す。
彼の姿は、どこにもない。そこで、確信する。彼女の体から力が抜けて、床に膝をつく……。空気の冷たさが、彼女のその身に染みる……。
「どこ行っちゃったのよっ?」
真紅の瞳から、滴がこぼれそうになる。彼は、約束を守ったのだ。行く時は何も言わずに行くという、約束……。あの言葉は彼女の口から出た精一杯の強がりだと、わかっていたくせに。
彼女はぐっと、こぼれそうになった物を飲み込んだ。そして、力が抜けてしまったその体を奮い立たせる。泣く前に、自分がするべきことがあるはず……。
「探さなきゃ!」
ぐっと力強く、その足で立ち上がる。そうだ、強がりを言って物わかりがいいふりをするよりも、彼が困り果てる位のわがままを言って引き止めてしまう方が、余程自分らしい。
寝巻に上掛けを羽織って、彼女は自分の部屋を飛び出した。彼を、失いたくない。その一心で……。
「颯! お願い、一緒に柳鏡を探して!」
厩舎に飛び込んで、あの馬に飛び乗る。彼女の言葉が理解できたのかどうかはわからないが、そのとたんに颯はものすごい勢いで駆け出した。乗馬には大分慣れた彼女でも、振り落とされそうになる。
「お願い颯! 急いで!」
彼の行き先を、知っている訳ではない。しかし彼女の脳裏に、ある場所が浮かんだ。確信はない。それでも、その場所を目指して、駆ける……。
颯は、一年前のように壊れた城壁の上を飛び越えた。