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姫と龍神 絶望

 柳鏡は、そのまま馬を走らせ続けた。平地を避け、山道を行ったせいだろうか、彼らが乗っている馬の速度はだんだんと落ちてきていた。

(そろそろ追手をまいたと思っても、いいだろうか……)

 厳しい表情でそう考えていた柳鏡の目の前に、小さな泉が姿を現した。

(姫にも休息が必要だろうし、ここで休んだ方がいいかもしれないな)

 柳鏡が手綱を引くと、その走る速度が緩まり、小さくいなないてから完全に停止した。彼は自分がまず馬から降りると、不思議そうに彼を見つめている景華を馬上から降ろしてやる。

「ここで少し休もう……。こいつが限界だ」

 そう言って馬の方を顎で示してから、景華の足をそっと地につけた。案の定、その足には力が入らないようで、彼女は力なくその場に崩れた。

 喉が渇いていたのか、馬はすでに泉の水を飲み始めていた。柳鏡は景華をその場にきちんと座らせると、立ち上がって水を汲みに歩く。ちょうど、彼の腰には酒宴の残りの酒が入れられていたひょうたんが下がっていた。しゃがみ込んで水を汲み始めると、ひょうたんから出てくる気泡の、ブクブクという耳障りな音が辺りに響き渡る。

 追手は、いつどこから現われるかわからない。彼は、自分の神経が小さな音も聞き逃すまいと逆立っているのを感じていた。心臓の鼓動が、嫌という程大きく聞こえる。それは、今にも彼の口から飛び出してきそうな程だ。

「飲んだ方がいい」

 彼がそう言って差し出したひょうたんに、彼女は見向きもしない。ただぼんやりとその場に座っているだけだ。

「……」

 仕方なく、彼は自分の口に新鮮な水を一口含む。そして、なんの反応も示さない景華にその水を飲ませるために、その顔を力ずくで自分の方へと向けた。

「っ……!」

 ドンッ! 景華は、力一杯柳鏡の胸を押し返した。

「くっ……!」

 柳鏡はどうしようもない苛立ちを感じた。今の景華からは、生きようとする力の欠片すら感じられない。

「そんなに嫌なら水位自分で飲め! 死にたいのかっ!」

 そして、そんな状態の彼女に拒絶されたという事実が、これ以上はないという程、彼の心に重くのしかかっていた。景華は、柳鏡の問いに全力で首を振った。まるで、言葉にできないものを懸命に表現しているかのようだ。

 柳鏡は、ホゥ、と溜息をついた。こんなに追い詰められている彼女をさらに追い詰めてしまうようなことは、しない方が良い。一呼吸おいてから、彼女に話しかける。

「怒鳴ったりして悪かった。大丈夫か?」

 柳鏡の言葉に答えようとしたのか、彼女は口をパクパクとさせた。そして、そのあと自分の喉元に手を当てて、再びパクパクと口を開いた。その表情には、焦りの色が見てとれる。そして、何度もその行動を繰り返してからどうしようもなく不安そうな顔をして、不思議そうに彼女を見つめている深い緑の瞳を見上げた。真紅の瞳からは、涙が溢れている。

 柳鏡は、彼女のその様子から何かを察した。だが、嘘だと信じたかった。

「まさか……」

 自分の仮説が間違っていることを確かめたいという一心で、言葉を紡ぐ……。

「声が……出ないのか……?」

「っ……」

 真紅の瞳の持ち主は、涙で顔をクシャクシャに歪めながら、コクッと小さく頷いた。

「そんな……っ」

 柳鏡の驚きを隠せないという表情に彼女は何度も頷いて見せた。その様子に彼自身も絶望を感じ、行き場のない憤り、そして自分自身の不甲斐なさを感じた。

 自分がもっとしっかりしていれば、もっと趙雨や春蘭の様子に気を配っていれば、景華をこんな目に遭わせることはなかったのかもしれない、と……。

 だが、暗くなっても仕方がない。彼は敢えて前向きに現状を捉えることにした。

「命があるだけマシだ。先天性のものではないから、何とかなる……いや、俺が必ず何とかしてみせる! だからあんたは、今は生きることだけ考えるんだ。先を急ぐぞ」

 今の彼女には、柳鏡だけが頼りだった。いや、今の彼女に残されたものは、もはや柳鏡だけだった。幼馴染の、護衛の青年……。今はその背中がなんと頼もしく見えることだろう。

 気を抜けばすぐに真っ白になってしまいそうな頭をなんとかして奮い立たせながら、その背中に向かって大きく頷いた。

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