女王と龍神 切愛
「その後、景華姫は……あら?」
ふと異変に気付いて、母親が目を上げる。そして、その後微苦笑した。
幼い兄妹は、安らかな寝息を立てていた。風邪を引かないように、そっと布団を掛け直してやる。その時、部屋の戸が静かに開いた。長身の陰が、入口をくぐる。それは、子供たちの父親だった。
「あら、迎えに来てくれたの?」
目を細めて笑って、彼を迎える。
「ああ。明かり、消えただろうと思ったからな。不便だろ?」
ぶっきらぼうにそう言う彼に、ありがとう、とまた笑って答える。大きな手が、自分そっくりの息子の髪を撫でた。彼は、本当に自分そっくりだ。同じ黒いくせ毛を、切り揃えるのを面倒くさがるところまで……。
「平和な寝顔だな。間抜けだ……」
「あら、あなたそっくりじゃない」
息子の寝顔にそう言った父親に、ほんの少し意地悪に母親が言葉をかけた。そして、そのまま立ち上がろうとする。
「きゃっ!」
「危ない!」
ガクン、と膝が折れる。転ぶ前に、間一髪で父親がその体を受け止めた。
母親は、二人分の体重をその細い腰で支えている。彼女のその体は、臨月を迎えていた。
「気を付けろ……」
「うん、ありがとう」
ホゥ、と息を吐いてから、彼女を立たせる。一人で歩かせるのは不安だったので、隣から支えて二人で歩きだした。
「今日は何の話を?」
何気ない調子で、彼が訊ねてくる。廊下に出て、子供部屋の戸を閉めた。
「あの時の話を……」
彼の顔色が変わった。怒っている訳ではないようだが、非難めいた目つきをしている。
「早過ぎないか? 半分もわからないだろう?」
「ええ……。それでも、いつかあの事件を事実としていきなり知るより、今お伽話として聞いておいた方が衝撃が薄れると思って。それに……」
顔を上げて、彼の瞳を捉える。月光のせいだろうか、その瞳は、いつもより色濃く見える。子供たちと同じ、深緑の瞳。それは、八年前も今も変わらず彼女の心を波立たせる。
「子供たちに話したお話は、結末が違うの」
彼は、訝しげに片眉を上げた。城の渡り廊下からは、裏山がよく見える。そして、そこにある満月も。
「綺麗な月。満月ね」
「ああ……」
ふと、二人の足が止まった。並んで月を眺めている内に、彼女の口から言葉が漏れる。
「子供たちに話したお話は、結末が違うの」
「さっきも聞いたぞ、それ……」
彼の苦笑交じりの言葉に笑顔を向けてから、その胸に顔を埋める。温かい左手が、彼女の肩に添えられた。真紅の瞳が、嬉しそうに細められる。
「だって、私の龍神は、ここにいるもの……」
そう言って微笑んだ彼女のその胸で、珊瑚の首飾りが赤く、淡く煌めいた。
全ては異国恋歌、物語の世界の中に……。
今回で本編が完結いたしました。
最後までお読み下さった皆様、本当にありがとうございます。
次回からは番外編を投稿させていただきます。もしよろしければ、どうぞそちらもご覧下さい。